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for DREAMING-EDEN

第七章
『誤算』

(2)






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「うわぁ…! あはっ、アスラーン!!」
「!!?」
 ぎょっとして振り返ると、見慣れたピンク色の長い髪がひらひらと舞い、自分に向かって階段を駆け下りて来るのが見えた。
 よくよく見知った彼女は、あろうことか両手を広げ、当然のように抱き着いて来る。
「!? !? !?」
 だが、ピンクの妖精はそんなアスランの混乱には構わず、無邪気だ。
「うれし〜い! やっと来て下さいましたのねっ!!」
「………!?!?」
 ぱくぱくと金魚のように口を開けてしまうアスラン。ラ…、ラ…、ラクス!? …と言いたいのだが、喉で息が引っかかって出てこない。
 子供のようににこぉっと笑った屈託のない表情と、ボディラインがくっきりと出る奇抜なデザインの衣装。おかげで豊満なバストを ぎゅうぎゅうと押しつけられるような格好になり、アスランは更にパニックに陥ってしまう。
「…ラクス様。お時間です」
「あ、はーい。わかりましたわっ」
 後ろから歩み寄ってきた黒いサングラスにスーツ姿の男達に声をかけられ、そこでやっと彼女は体を離した。
「ではまた、のちほど。…よかった…ホントに嬉しい!」
 臆面なく笑う彼女の傍らで、片言の英語を喋る赤いハロがぴょんぴょん跳ねる。会釈の代わりのようにもう一度笑って、彼女は男達に 守られるように廊下を歩いて行った。
 取り残され、ぽかんとするより他ないアスラン。

 あれは、ラクス…?
 見た目は確かにラクスだが、違和感がありすぎる。いや、違和感どころかもはや別人格に乗っ取られたという方が近い。婚約していた 頃でさえ、あんな接し方をされたことはないし、そもそもあんなことをするような人ではない。
 ああ、それに、こうして遠ざかって行く彼女を見てやっと気付けたが、あの衣装はとんでもない。ロングスカートではあるが、 デザインの関係上、腰骨のあたりは素肌が露出している。こんなものが彼女の趣向に合うとは思えない。

「やあ、アレックス君」
 不意の穏やかな声に、はっと我に返って振り返る。そこには、議員数人と連れ立ってデュランダル議長の姿があった。
「君とは面会の約束があったね。だいぶお待たせしているようで、申し訳ない」
「…あ………いえ………」
「? どうかしたのかね?」
「……………」
 尋ねてみたかった。今の、ラクスらしき人のことを。
 オーブを出る前に、キラ達のところへ寄る余裕はなかった。だから、カガリが話さない限り、彼女達は自分がプラントに来ていることを 知らないはず。ということは逆に、ラクスが評議会の要請を受けて急遽プラントに戻っていたとしても、自分はそれを知るタイミングを 逸したことになる。ただその場合、隠匿されているはずのラクスの所在を何故評議会が掴んでいたか、という新たな疑問が湧くのだが。
 …しかし、それにしてもあれは本当にラクスなのだろうか? 確かにハロも連れていた。だが、あの振るまいはまったくもってラクス とはかけ離れた―――――。
「…えっ」
 迷いながらラクスらしき人が行った先を振り返ると、彼女はおろか、スーツの男の姿さえ、ない。
「アレックス君?」
「…いえ…」
 あれは、夢だったのだろうか? それとも幻覚? 白昼夢?

「………なんでもありません…」



 こういうのを、狐につつまれたとでも言うのだろうか。いや、正しくは狐につままれた、だっただろうか。………もうこの際、 どちらでもいい。

 釈然としない気持ちで、すまないが後程と言って通り過ぎて行く議長を会釈で見送る。
 そのまま廊下でぼーっと考え込んでしまう。
 あのラクスらしき少女は、一体なんだったのだ。なんだか実在したのかどうかも定かでなくなってきた。こうなってくると本気で狐に 化かされたとでも思わなければ自分を納得させられない。だが、このアプリリウスワンで狐を飼育しているなんて話は聞いたこともないし、 そもそもここに狐がいたとしても、化かすなんてそんな非科学的なこと、実際に起こるわけがない。
 どう記憶を手繰ってみても、ラクスが自分に抱き付いてきたことはない。それどころか、そういえば手をつないだことさえあったか どうか。せいぜいが、自分から挨拶でぎこちなく頬にキスをしたくらいで、彼女からそういったアプローチをされた覚えなどない。 それが突然ああなるというのは、どう考えても無理がある。
 白昼夢を見るほど寝不足ではないし、幻覚を見るほど疲れているとは思えないのだが、 ひょっとして自覚がないだけで疲れが取れて いないのだろうか。
 呆然としていた自分を引き締めて、先ほどまで議長との面会を待っていた待合室代わりの応接室へ戻る。あの様子では、議長と今日中に 会えるかどうかも怪しい。それまで体を休めていれば、これ以上妙な幻覚も見ないで済むだろう。
 部屋に戻ると、議長との会談を取り次いでくれた大使館員はいなかった。外で行われているらしい戦闘の情報を集めに出たのか、 それとも具体的にいつ頃になりそうなのか議長サイドへ確認に行ったのだろうか。そんな事を考えながらソファに深く腰掛け、背もたれに 体を預けた。
 だが、無心になって休もうと思っているのに、どうしてもさっきのことが気になってしまう。

 …幻覚。
 確かに、そんな非現実的な感覚だ。見なれた親しい人物が、いるはずがないと思われるところへ現われ、まったくの別人のようになって いた、というのは。
 しかし幻覚か白昼夢だったというには、抱き着かれて密着した体温だとか、髪が触れた感覚だとかが、やたらとリアルすぎる。本人に しては、言動や表情が別人だ。そして他人の空似というには、あまりにも似すぎている。
 熱狂的なファンが整形手術で鼻や唇の形を似せたとか、そんな話は昔聞いたことがあった。髪の色は染めたとしよう。眼の色は コンタクトや、最近ではアイカラーコントロールとかいう手術で変えられるという話も聞く。…しかし、声もあそこまで似ている他人 というのは、有り得るのだろうか?

 こんなに悶々と考え込んでしまうのも、やはりあそこまで生き写しで、なのに子供のように満面の笑みを浮かべて抱き着くなどという、 およそ本人らしさのかけらもない突飛な行動をされたからだろう。これが他の人だったら、すとんと納得がいったかもしれない。
 そうだ。同じ抱き着かれるなら、まだカガリのほうが納得がいっただろうか。忙しさにかまけてしまって、あまりそれらしいことが できないままだが、カガリとは恋人同士なのだから、そのくらいのスキンシップがあっても不思議ではない。彼女とはキスだってかわした 仲なのだから。
 …想像してみる。まあ、微妙な感じではあったが、ラクスよりはまだ納得できそうだ。もっとも、プラントにいるわけがないと一番 確定している相手でもあるわけで、もしカガリだったとしたら一発で幻覚を見たのに決まってしまうのだが。
『アスラン!! 嬉しいぞ、やっと来てくれたんだな!!』
 ぷ、と吹きそうになってしまって、ぐっと堪える。人目がないとはいえ、今この状況で笑うのは不謹慎だ。
 しかしまあ、ラクスよりはマシといった程度で、無理があるのは同じかもしれない。それに想像してみた「抱き着きカガリ」は、 オーブの宰相服ではなく、何故か赤いシャツにアーミーズボンという、初めて出会った頃の服装。表情も幼い。
 あの頃のカガリが、やっても一番違和感がない、ということなのだろうか。実際、オーブでキラと再会した時には、彼女が自分達二人の 首っ玉に抱き付いてきたことが、キラとの微妙な距離を一気に消してくれた。あの頃の元気なカガリになら、突然飛び付かれても確かに 違和感はない。…セリフはかなり改善の余地がありそうだが。

 …では。

 ………………もし、キラなら?



 すぅっと想像の中でキラの姿が鮮明になっていく。
 青い制服。…懐かしい地球軍の制服だ。突然女性体に変化してしまった後も、現実を否定するかのように…いや、自分の身に起こった ことを受けとめられていないのだろうか。彼女は頑なに男性用の制服を着続けていた。
 それでも、想定外の部分が圧迫されたり緩んだりしている制服のラインは、女性の体であることをむしろ女性服よりも強く強調して いたかもしれない。
 肩に乗っていたトリィが鳴いて、パシッと羽音を立てて飛び立つ。振り向いたキラが、優しく、儚く微笑む。

『アスラン』

 耳に馴染んだ優しい声。記憶にある声をリピートさせているだけのはずなのに、どくん、と心臓が跳ね上がった。
 アメジストの瞳はまっすぐに自分をみつめ、広げられた手は自分の首に巻きつくように伸ばされて。
 体が密着する。きゅっと腕に力を込めるキラに応えるように、想像の中の自分は彼女の体を抱き返した。その温もりが自分のものである ことを確かめるかのように、強く。
『ずっと一緒にいられるんだよね。…もう…戦わなくていいんだよね』
 セリフが勝手に変更されている。自分の記憶から作り出した想像のはずなのに、自分の知っているキラではないかのようだ。といって、 発端である最初のラクスらしき少女のように、別人ではという疑問は全く浮かんでこない。
 どくどくと心臓が血液を送り出す音がやけに大きく響く。赤血球が血管の壁にぶつかる音まで聞こえてきそうだ。
 なにがどうなっているんだろう。キラは大切な友達で、親友で、唯一の理解者で…特別な幼馴染。それは性別とか年齢とか所属とか、 そういったものを全て排除した先にある魂と魂の絆。決して揺るがない永遠のものだったはず。
 なのに。
 空想の中のキラは、遂に暴走を始めた。

『…君が、好き』

 耳元に熱い吐息さえかかったような気がしてしまう。
 こんなアドリブ、認めた覚えはないのに、止まらない。


『好きだよ、アスラン。…愛してる』



「――――――っ!!!」
 無理矢理立ち上がって、思考回路を一旦落とした。
 呼吸は上がって、体が熱い。まだ心臓がバクバク言っている。

「俺はっ、一体…何を考えて…!!」

 動悸も混乱も、すぐには収まりそうにない。
 ラクスに対してもカガリに対しても、こんなに極端な反応を示したことはないというのに、よりによって自分の空想の中のキラを相手に ここまで過剰反応してしまうなんて。
 途端に後ろめたいというか申し訳ないような罪悪感でいっぱいになってしまう。
 何の根拠もないが、キラを汚してしまったような気がしたのだ。

 …いやちょっと待て、汚すって。まだ何もしちゃいない。ただ、片想いの相手をシミュレーションしてみるみたいに、ちょっと想像力が 暴走してしまっただけだ。
 って、まだ何も、って。あのまま何かするつもりだったのか、想像の中の俺は。大体、何かするって何だ。告白してその次というと、 キスとか、それから―――…ってそんな事をキラにしたいと思ってたのか!?
 そもそも、片想いの相手をシミュレーションしてみるみたいにって、それじゃまるで俺がキラに片想いでもしてるみたいじゃないか!!  ちょっと待て冷静になれ、それはたとえの話であって、実際に自分が好意を抱いているのはカガリなんだし、カガリとは実際にキスまで したし、けどその時はわりと普通に……………。



 はた、と気付く。
 想像の中で告白されただけで、動悸息切れ体温上昇を起こしてしまうキラ。
 実際に唇を重ねた時、ちょっとドキドキしたカガリ。
 ……………。

 あくまで一般的な話として、だが。
 何か、ちょっとおかしくないだろうか。

 恐らく一般的と思われる恋愛に関するセオリーやハウトゥーといったものを、その手の知識の薄い自分の思考回路の中から無理矢理 ひねり出してみる。
 その上で、さっきのことを振り返った。つまり、想像の中で告白されて動悸息切れ体温上昇を起こしてしまうキラと、実際に唇を重ねた 時にちょっとドキドキしたカガリ。

 …。
 これではまるで、恋をしている相手はキラのようではないか。
 比較してみた後者の、つまりカガリとのキスについては、カガリが相手だからというよりも、キスという行為に対する緊張と期待で ドキドキしていたように聞こえる。

 おかしい。





 そんなことを考えている時ではないと、頭のどこかから警鐘が聞こえてくるけれど、一度囚われてしまうと簡単には抜け出せない。
 もう一度ソファに座り込んだアスランは、そのまま悩み込んでしまった。


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「どうして、アスラン様がこんなところに………」
 ブロンドの美女が、思わぬ人物の登場に慌てて身を翻す。咄嗟にエスカレーターの陰に滑り込み、そのまま一旦二つ上の階まで逃れた。
 眼下ではミーア・キャンベルとSP達が角を曲がり、かたや評議員と部下を数名連れた議長がアスランとにこやかに話をしている。 アスランのほうは、なんだか間の抜けた顔をしているが。

 地球軍が核攻撃の準備をしていることを察知して飛んできたにしては遅すぎる。ニュートロンスタンピーダーのことを聞き付けて 飛んできたにしては早すぎる。では一体、何のために? オーブの特使が今プラントでできることなど、言っては悪いがたかが知れている。 プラントは最初から歩み寄る意志を示し理解を求める姿勢でいたのだから、特使を送って説得するならまず連合国だ。そのくらいカガリ にも彼にも判断できるだろう。
 百歩譲って、議長ひいてはプラント政府たる最高評議会の今後の対処について確認しに来たとしても、今はそのために本土から特使を 出す必要はない。何の為に大使館があるのだ。わざわざ代表専属護衛官である『アレックス・ディノ』が出てこなくてはならない必然性 などない。
 では、彼も独自のルートでラクス・クラインの偽物のことを知ったのだろうか。
 …それも無理がある。ロイ達でさえ、デュランダル議長の内偵を厳しく根気強く執念深く行ってきたからこそ、掴めたことだ。オーブ 本土にいたアスランが察知することは不可能だと断言していい。第一その偽物と接触したついさっき、彼はぽかんと突っ立ったままだった ではないか。『ミーア・キャンベル』のことを知っていたとは、到底思えない。
 ならば、アレックスが特使としてやってきたのではなく、デュランダルがアスラン・ザラを呼び寄せた、というのはどうだろう。
「………」
 有り得ない話ではないところが恐ろしい。彼はユニウスセブン破砕作業に参加する際、議長の特別許可を得てザクウォーリアに乗った。 それがもし前振りであったとしたら。

 胸元から赤いシグナルライトがチカチカと光っている。携帯の着信だ。
『おい、今の“赤い騎士”だろ!? 聞いてねェぞおい!』
「私だって聞いてないわよ」
 通話ボタンを押してスピーカーを耳に当てた途端、ユーリが抑えた声で険しく告げる。周囲に人がいるためか、あの一度聞いたら耳に こびりつきそうな方言は使っていない。
『こんな時になんでこんなとこに………まさか』
 さすがに彼も、脳味噌の髄までお調子者ではない。すぐさまロイと同じ可能性を探り当てる。
「そうね。切り札を一枚見せて、手持ちのカードを増やす気かもしれないわ」
『ヤバいだろ、それ。すぐに“フィギュアドール”のほう押さえて、動き止めねェと』
「待って。その“フィギュアドール”と“赤い騎士”が接触したとき、彼は彼女に対してリアクションらしいリアクションをしなかったわ。 まさかとは思うけど、見抜けていないのかもしれない」
『えェ!? いや、さすがにそこまでボケてねェと思うけど?』
「予め手を回してあったとも考えられるでしょう。とにかく、状況が大分変わってしまったわ。一旦指示を仰がないと」
『………。オレは“フィギュアドール”を“保険”にしといたほうがいいと思うけど。でも、そこまで言うんなら何かあるんだろ。わかった、 オレはとりあえずプラン5で動くから、そっちよろしく』
「お願い」
 隠語だらけの会話を終了させて、そのまますぐに公衆端末に歩み寄り、モバイルと接続コードを取り出して繋ぐ。課長に報告し、 ミーア・キャンベルをこのまま確保すべきか否かの結論を出すために。


 それにしても、とロイは眉を顰める。
 ―――まさかアスラン様が、カガリ様のお傍から離れるとは思いもしなかった。キラ様はこのことをご存知なのかしら。
 それどころか、もし本当に彼が、議長から"贈り物"を受け取る為にやってきたのだとしたら。

 ………赤き騎士にはもはや、聖なる庭園の守護者たる資格なし。

 見定めなければならない。
 彼を信じていいのか、それとも切り捨てて考えるべきなのか、或いは、敵に回るのか。
 既にデュランダルに取り込まれているのか、それとも何か思惑あってデュランダルに近づいたのか、何も知らずただ振り回されている だけなのかということを。

 それはユーリも課長も知らないロイの本当の目的。
 キラ様のために。
 十八年越しの願いをかなえるために。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

 ヒロトのぐだぐだ劇場に続き、アスランのぐだぐだ劇場をお届け致しました。
 ふっふっふ、悩め悩め青少年(笑) 青い春っていいねぇ〜!!
 というわけで、アス→キラフラグが立ちました。ニヤリ。
 シン、アスランと来たら次はイザークです。次章、実は彼が一番有利な位置にいるかもしれない、というエピソードになります。
 …あ〜、でもどうだろ。有利か完全に脈なしか、の両極端な感じかも。