for DREAMING-EDEN
第八章
『説得』
(1)
やっとコンディションレッドからイエローへ移行できる状態になり、すぐに一旦艦内に設けられた自室に戻る。入念にロックとモニター
カットをした後、複雑な手順を経た後でとある秘匿回線に繋いだ。
『おや、これは珍しい。こっちに繋いでくるとは、何かあったな』
「…、何故そう思われるんですか」
『便りがないのは良い便り、ってね。わざわざこの回線を使って便りを寄越したってことは、誰かに聞かれちゃ困る話をするためなんだろう?
おおっぴらにできない話っていうのは、得てして悪い話が多い』
そこで一旦音声が途切れ、コーヒーを啜る音が微かに響く。やれやれ、鋭い洞察力と同様、やたらコーヒーにうるさいところも健在らしい。
「すみませんが、あまり時間が取れません。キラと代わって頂けますか、隊長」
『懐かしいねェ、君からそう呼ばれるのも。…代わるぞ』
『…はい』
近くに居たのだろうか、それとも最初から察していて傍に呼んでおいてくれたのだろうか。ヘッドフォンを受け渡すだけの間を置いて、
バルトフェルドの声は本当にすぐにキラと入れ替わった。
「キラか。オレだ」
『イザーク!?』
名前を言わずに名乗った途端、かなり驚かれてしまった。そんな場合ではないのだが、思わずふっと優しい笑いがこぼれてしまう。
「一体誰だと思ったんだ」
『…そう言われると、それも困っちゃうんだけどね。でも良かった、無事なんだね』
「オレを誰だと思ってる」
『うん。そうだね』
自信満々に言い切ると、クスクスと微笑が返された。
穏やかな会話。イザークには、とてもとても心地よい時間。いつもなら秘匿回線などでなく、通常の個人回線で、バルトフェルドを
介さずに語り合う二人の時間のはずだった。
キラ・ヤマト。
ストライクとは何度となく刃を交え、フリーダムには幾度となく助けられてきた。だから、たった二年前に初めて生身で対面したはず
なのに、もう何年も昔から知っているような気さえする。
彼女には多くのものを奪われた。必ず自分が倒すと心に誓い、その死を望んできた。…いや、死を望むどころか、操縦者がいるという
意識さえなかった。ただストライクを倒したい。二度と起き上がれぬように一刀両断にしてやりたい。友の仇を討ちたい。ひたすら、ただ
それだけだった。
だが、デュエルの中には自分が、バスターの中にはディアッカがいたように、フリーダムの中にも『ひと』がいるのだと、やっと思い
出すことができた。そして、奪われたと一方的に憤るのは筋違いだと停戦してからやっと知った。
フリーダムには命を救われたとか、そんな話じゃない。自分も同じように、彼女から多くのものを奪っていたのだ。けれどそれでも
彼女は赦した。優しく微笑んで、やっと話ができますね、と握手を求めてきた。だからイザークも、ああ、とだけ返してその手を取った。
後になってディアッカが口を滑らせ、地球降下の時のシャトルについての因縁を聞いた時、イザークは本気で腹を立てた。彼女にまだ
わだかまりがあったわけではない。ただ、受けた傷を治ったふりをして放置しているのが頭に来た。その傷はまだ傷口を開いて、目には
見えない血を流しているはずなのに。それをうまく隠して皆の目を誤魔化そうとしているのが許せなかった。
勢いのまま衝突した。恨み言の一つや二つぶつけたっていい。それで気が済むのなら、喧嘩になってもいい。他の連中ならいざ知らず、
自分達は『フリーダム』と『デュエル』のパイロットなのだ。そのくらいで終わった戦いを蒸し返すような馬鹿でも阿呆でもない。
すべては終わったことだと言って諦められてしまうほうが気分が悪いと、どうしてわからないのだ。
こちらが感情を烈しくぶつけた反動か、彼女もようやく感情を返してきた。それはどこか悟ったようなアルカイックスマイルではなく、
素の、生のままの彼女の心だった。そして曝け出された心は、思っていたとおり、傷だらけだった。
苦しみ、傷付き、何度も哭いて、打ちのめされ、ボロボロになりながらそれでも懸命に戦い続けてきたのだと知り、その傷口をこの手で
開いてしまった。
無理矢理閉じたように見せかけていた大きな傷。
周囲も自分も誤魔化しながら、それでもやっと閉じかけていた傷を、この手でこじ開けた。吹き出す鮮血に、こちらの心まで痛む。
だが、自分が開けてしまった傷口なら、自分が癒し閉じてやることもできるはず。夢中で癒してやったその傷口の向こうで、彼女の心の
扉が開いた。
そしてこちらも心を奪われてしまった。
これは恋情だろうか。それとも友情なのだろうか。
とにかく、その時以来、キラとイザークとの距離は一気に縮まった。恋愛ではない。けれど確かに『愛』と表現していい絆が生まれた。
少なくともイザークはそう捉えている。
キラが特別に心を開いてくれるのは嬉しかった。アスランとの他愛なく優しい思い出話もたくさん聞かせてくれた。戦っていた時何を
思っていたのか、何を思いながら走ってきたのか、それから、ケバブにはチリソースかヨーグルトソースかなんていう馬鹿話まで、色々な
ことを語り合った。
何より、ラクス以外には誰にも聞かせていないという、彼女の数奇な運命のことを告白してくれた。………その途方のなさに、眩暈は
覚えたが。
この世で唯一の、最高のコーディネイター。数多の兄弟達の犠牲の上に産まれた存在。
産まれながらにして多くの罪を背負った存在。
あまりにも重過ぎる十字架だ。
更に先の戦争中、自分の意志に反して無理矢理『完全体』へと変化させられた結果、今までずっと男だったのに突然女性体になって
しまったのだという。
どんなに苦しかっただろうか。どれだけ辛かっただろうか。…想像もつかない。
けれど彼女は微笑む。イザークのおかげで、僕は女である今の自分を受け入れることができるようになったんだよ、と言いながら。
とんでもない殺し文句だ。
そんなわけで。
今の自分達の関係を言葉で表すとしたら、『友達以上恋人未満』、といったところ。そして、二人ともそれが心地良い。いずれ自分が
キラではない誰かを愛して伴侶にしたとしても、あるいはプラントのルールに則り遺伝子情報を元にパートナーを得たとしても、そして
キラがアスランと結婚したとしても、この絆は一生変わらないと信じている。
もっともイザークのほうは、この関係をもう一歩踏み込んでもいいと思っている。しかし、なんといっても今キラにはアスランがいる。
もし二人が別れるようなことがあれば遠慮なく行動に移すが、かといってアスランから奪うというのも何か違う。第一、無理にバランスを
崩すことはキラの心に負担となってしまうから却下。ディアッカに言わせれば、お前らしくない、じれったくて見てるとイライラしてくる、
だそうだが。
………そう。
キラが嬉しそうにアスランのことを話す様子を何度も見させられたイザークは、キラとアスランが付き合っているものだとすっかり
誤解していたのだ。
―――しかし、今はキラとの絆を振り返ってしみじみ懐かしんでいる場合ではない。
キラが真っ先に、無事なんだね、と返してきたということは。
「プラントが核攻撃を受けたこと、知っているんだな」
『………………昨夜、そらが光ったのが見えた。…核の光が、見えたから』
「…そうか」
だが止めたのは自分達じゃない。ニュートロンスタンピーダーという、初めて聞く名の兵器だ。ついさっき上層部からの連絡があって
知った。
あんなもの、知らされていない。どうやら上層部のごく限られた人間だけは知っていたようだが、軍ではなく評議会のほうで極秘に
開発されていたらしい。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
そんなわけで、イザ→キラフラグ編の始まりです。
…しかし、………なんだろうな、イザーク一番しっかりしてる気が(笑)
シンはほのぼの→修羅場、アスランが妄想、だったので…う〜ん、アスランちょっと頼りなさすぎたかな…?
でもグルグルしてるときのアスランって海原の中であんなイメージなんですよね。
迷いさえ吹っ切ればヘタレも返上しちゃうんだけど、それまではヘタレまくっちゃってる…みたいな。
あれ、イザークとキラのエピソードんとこでなんでアスランのことを熱く語ってるんだ私?(笑)