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for DREAMING-EDEN

第八章
『説得』

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 核ミサイルが次々と爆散されてゆくのを目の当たりにしたときには、プラントは助かったのだと放心してしまった。だが、不思議とあの 兵器に対して感謝の念は湧かなかった。それどころか、時間が経って落ち着いてくるにつれ、疑問と不快感ばかりが募ってくる。
 咄嗟に出してきて実戦で通用するということは、あれは昨日今日建造されたものではない。少なくとも半年から一年は前から、立案し、 研究を重ね、試作機を建造してテストを重ねてこなくては、都合よく今日この日にこれほど完成度の高いものが間に合っていたはずがない。
 あれだけの威力をもつ兵器についての情報を伏せられていたということが、まず不快だ。仮にも自分は隊を率いる身。あれだけの強力 かつ重要な兵器についての情報は知っておく必要があるし、知らされるべき位置にいると考えている。これは自惚れではないはずだ。 そして何より、敵を欺くにはまず味方から的な隠匿の仕方がオペレーション・スピットブレイクの時の事を思い出させて、非常に気分が悪い。
 疑問は他にも、もう一つ。
 一瞬で核ミサイルを全て落としたあの兵器は、ユニウス条約に抵触している可能性があるのではないか?
 すぐに撃てる核ミサイルを用意していたあたり、地球連合軍のほうは堂々と条約違反だ。だからもしニュートロンスタンピーダーに問題が あったとしてもそれはお互い様であり、これがあってこそプラントの民を守れたのだから、結果良ければすべて良しである。…そんな理屈が 頭を掠めたが、それですんなり納得するには、イザークの性格は潔癖かつ真っ直ぐすぎる。
 二年前プラントを守ったフリーダムとジャスティスは、頼もしく、そして神々しく見えた。けれどイザークは、同じくプラントを守った あの金属の塊に対して、どうしても不快感と不審の念しか浮かんでこなかった。
 そして、今回の事態に対する懸念はそれだけではない。
 一方的な宣戦布告。そして核が撃たれ、プラントは防ぎ、地球軍は撤退した。これが世界を、オーブをも揺るがしていくことは目に 見えている。
 恐らく連合はこれでプラントを倒せると意気揚揚と核を持ち出してきたに違いない。それが通用しないと思い知らされ、敗走を余儀なく された今、口火を切ってしまった戦争がまた膠着状態に陥ることは必至。ならば連合にとって手駒は多ければ多いほどいいだろう。その点、 レベルの高い軍隊とモルゲンレーテを擁するオーブはうってつけだ。国家再建のために連合から多額の資金援助をしてやったという強みもある。

「キラ。オーブにはもう、連合からの圧力がかかってるんじゃないのか」
『………』
 いよいよ本題に入ると、キラは黙り込んでしまった。
「情勢が微妙なことはわかってる。上層部にも誰にも言わない」
『違う、そんなことを疑ってるんじゃないよ』
 慌てるキラに、イザークはふっと微笑んだ。わかっている、と答える代わりに。
 音声のみの回線だから、その表情を向こうから見ることはできないはずだが、気持ちは通じたらしい。キラもホッと息をついた。
『……………確かに………カガリが帰ってきてからずっと、連合との同盟締結を迫られてる。その圧力は、もっと強くなってくると思う』
「…行政府の連中は連合の腰巾着ばかりだと、ぼやいていたことがあったな。…保ちそうなのか、カガリ嬢は」
『………わからない…。ヒロトさんとも連絡してみたけど…、オーブのみんなも混乱していて、どうしたらいいのか…迷っているみたいだ って…。………カガリのことは、アスランが支えてくれてるとは思うけど…』
 合間の多いキラの声。慎重に言葉を選んでいるのがわかる。
「………。キラ、すぐプラントに来い」
『えっ?』
「連合との同盟が押し切られてからでは遅い。隊長もラクス嬢も、一緒に連れて来い!」
『…イザーク…』
「連合の狙いはオーブ軍の戦力吸収と、モルゲンレーテの工場と考えるのが妥当だろう。今度は戦場を本土じゃなく、政治の場に変えて 攻めて来るはずだ。連合には現オーブ政府に対して色々な強みがある。酷なことを言うようだが、今のカガリ嬢にこの状況で連合と対等に 渡り合うだけの力は期待できない」
『…』
 何とか説得しようと畳み掛けると、キラは再び黙ってしまった。恐らく、そんなことない大丈夫だよ、と言い返すだけの確たるものが、 あちらにはないのだろう。
「同盟が締結されれば、連合は当然、戦力も人材も物資も、とにかく取れるものは根こそぎ持っていくぞ。お前達だって、巻き込まれない という保証はない! そうなる前にこっちに来い、キラ!」
『イ、イザーク…』
「何ならラミアス艦長も、アークエンジェルの連中も連れて来たって構わん! まとめてオレが面倒見てやる!」
 戸惑うキラの声に構わず、更に言い募る。イザークは、とにかくキラを再び戦場に出したくなかった。いや、出してはならないと思って いた。もっと言うなら、戦いに関わらせることさえ厭だ。どこか穏やかな場所で、静かな暮らしを続けさせてやりたい。

 キラにこれ以上、戦わせてはいけない。
 最初に彼女が兵器へと乗り込むきっかけを与えてしまった、その原因の一端は、ヘリオポリスを襲ったチームの一員である自分にもある。 だからこそ尚更、自分が止めなくてはならない。
 不殺を貫く力が、彼女にはある。だが、戦場では何が起こるかわからない。何より、命を奪わずとも、誰かを傷付けるというそれだけで、 彼女の心はまた痛むのだから。傷付けあい殺し合う人々の姿を目の当たりにすれば、傷付いて、涙を流さずに哭くのだから。
 二度とあんな思いをさせてはならない。あんな思いをさせたくない。
 キラが今まで一体どれだけ苦しんできたか。きっとそれを本当に知っているのはラクスただ一人だろう。それも、キラが全てを話したから ではなく、無言のままラクスが察したことも少なくないと思う。苦しみも悲しみも辛さも罪も業も、何もかも一人で抱え込んでしまう彼女に、 どうして更に辛い思いをさせなければならない?
 巻き込まれさえしなければ一生知らずにいたはずの秘密。苛まれずに済んだはずの罪の意識。救えた命と救えなかった命、その重圧。 …もう、充分すぎるほど充分だろう。今度こそキラが救われる番が巡ってきてもいいではないか。

『…ありがとう、イザーク』
 少しして、キラが優しく答えた。
『避難しなくちゃいけなくなった時には、遠慮なく頼らせてもらうから。だから心配しないで』
「…キラ…」
 本当なら、今すぐ荷物をまとめてシャトルに乗れと言いたかった。事が動き始めてからでは遅いのだ、と。
 けれど、キラが人一倍頑固なことも、知っている。
 本人が納得いくまで考えて、自分で出した答えでしか、彼女は動かない。
 一つ短い溜息をついて、こちらが折れることを決めた。キラのほうも、オーブを離れざるを得ない時には頼ると言ってくれたのだ。 これでお互い譲歩したということで、こちらも納得しよう。
『ありがとう』
「……」
『あ、照れてる』
「なっっ」
 くす、と悪戯っぽく微笑したキラに、かっとなってしまうイザーク。
「こんな時に人をからかうなっっ! オレは真面目に話してるんだぞ!!」
『うん、わかってる。ありがとう。イザークって照れると一瞬黙っちゃうんだよね。で、次は怒鳴る』
「キラっ!!!」
『ふふふふふ』
「ふふふじゃないっ!!」
『うん。ありがとう、イザーク』
「………っっ、…まったく!」
『…気をつけてね』
 不意に、声が真剣になる。
 連合の攻撃がこれで終わるとは限らない。イザークはまた前線に出ることになるだろう。自分の力量を軽く見られているわけではない、 それはわかっている。さっき彼自身が考えたように、戦場では何が起こるかわからないのだ。絶対大丈夫だなんて、キラにも、 イザークにも断言できない。
『ディアッカにも、伝えて』
「ああ。わかった。…切るぞ。何かあったらすぐに連絡よこせよ」
『うん。ありがとう』
 少しの間、名残惜しく、回線越しに相手の気配をお互いに探って。
 イザークのほうから、そっと切断の操作を実行した。

「…面倒なことに巻き込まれるなよ」
 既に相手に聞こえていないことはわかっていたが、呟かずにはいられなかった。
 オーブの内政が穏やかでないことは、カガリの愚痴を聞かずとも窺い知れる。唯一の肉親、しかも双子の片割れであるカガリのことは 心配なのだろうが、下手に今の彼女に近づけば、キラの秘密まで曝露されかねない。そうなってしまっては、カガリが更に窮地へと追い 込まれるばかりか、キラは世間から好奇の目に晒され、今まで以上に居場所を失ってしまうだろう。
 気持ちを切り換え、自室の状態を通常に戻す。すると、それを待ち構えていたかのようなタイミングでルームコールが鳴った。
『た〜いちょ〜ォ。オレオレ』
「…」
 まるで緊張感のないふざけきった声に、やれやれと扉を開く。一般兵の緑服へと格下げされて復隊した親友が、予想したとおりに片手を 軽く上げた。
「キラ、元気してた?」
 部屋に入って扉が閉まるなり、さらりとそんな事を言う。
「お前は危機感がなさすぎる! 簡単にその名前を出すな」
「大丈夫だって。ここお前の部屋だぜ? それに、ヘンにコソコソしてたら返って怪しまれるだろ。道歩きながらの話のほうが人に聞かれ にくいっていうのと一緒」
「そんな屁理屈言いに来る暇があるなら索敵でもしてろ。大体、…なんでわかった」
「そりゃお前、あんだけ厳重にロックされて、部屋への干渉カットされてたら、大体想像つくだろ」
 ま、それもオレだからこそってのがあるだろうけど、と付け加えて、片手で二つ持っていたドリンクの容器の片方を差し出してきた。
 確かに、事情を知っているディアッカだからこそ、ああキラと連絡取ってんだな、という予想がついたのだろう。もしもシホだったなら、 一体何事かとひたすら気を揉んでいるだけという、ちょっと可哀相な思いをさせてしまったに違いない。
「しっかしなァ…。まさか、たった二年でこんなことになるとはね」
「…連合の本質は変わっていないということだろう」
「ああ。んで、ザフトも一緒。…だったりしてな」
「……………」
 何を言わんとしているかは、わかりすぎるほどわかる。…ニュートロンスタンピーダーの件だ。
 眉間にシワを寄せてストローに口をつけるディアッカ。彼もあれについては快く思っていないことが伺える。何十万の同胞の命を救って くれた。それはわかっている。だが、どうにも腑に落ちない。…そんなところだろう。イザークにしてもそれは同じ思いでいる。
「…とにかく、オレ達の任務は、プラントを守ることだ。連合は宣戦布告を撤回していないし、敗北宣言もしていない。気を緩めるなよ」
「いや、緩めていいってお達しだぜ」
 怪訝な顔で振り返るイザーク。そんな顔するだろうと思った、とでも言いたげな微笑を浮かべ、ディアッカはさらりと告げた。
「最高評議会から、オレとお前に召喚状。すぐにアプリリウスワンに戻って、オーブ特使アレックス・ディノ氏の護衛監視の任に就け、 だとさ」
「―――――………なんだと?」
 傷痕の消えた眉間に思いきり皺が刻まれ、ドリンクを持っていた手が緩む。容器はそのままふわふわと手の近くを漂い始めた。

 アレックス・ディノ。…今カガリの傍にいて彼女を支えているはずだとキラが言ったばかりの、アスラン・ザラのことだ。
 何がどうなっている、と怪訝に思わずにはいられなかった。


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「終わったのかい?」
「はい。ありがとうございました」
 微笑して振り返り、律儀にマイクのスイッチを切ってから立ち上がって、キラは退室して行った。代わって通信席に見たてた椅子に座る バルトフェルド。その背後、戸口に立っていたマリューが、キラの後姿を見送る。
「…さて、どう見る?」
「え?」
 主語もへったくれもない短い文章を振られ、マリューは当然のように訊き返した。
「大人の女性の意見を伺いたいところなんだが」
 悪戯っ子のような独特の笑みを浮かべた顔で、視線を送って来るバルトフェルド。その仕草でようやく思い当たって、マリューもクスと 微笑を返した。
「そうね。…いいんじゃないかしら。彼と話してるとき、いつも楽しそうだもの」
 思ったままを答える。実際今も、深刻な話をしてはいても、表情は穏やかで、とてもリラックスした様子だった。
「ラクスさんとは女同士になっちゃったし、アスラン君はカガリさんとくっついちゃったし。今一番キラ君に近いフリーの異性、 ってことになるんだから、少なくとも反対する理由はないわ」
「しかし、相手はザフトの軍人だ。しかも白服。ユニウスセブン落下前ならともかく、今の状態では障害が多いと思うんだが」
「白服? ああ、隊長の」
 そういえば、とマリューは記憶を呼び起こす。
「一般兵は緑、エリートは赤、隊長は白、だったわね。…あなたも着ていたの? 白い制服は似合わないと思うけど」
「はっきり言うねェ」
 陽気に笑って、傍らのサイフォンからカップへコーヒーを注ぐバルトフェルド。
「オーブ軍の制服も白のはずだが、それじゃ僕は着ないほうがいいかな?」
「あれはデザインが合っているから大丈夫」
「成程。女性の審美眼は奥深いねェ」
 ヘッドフォンの端子を機材から引き抜く。ピュイーという通信装置独特の音が、部屋に小さく響いた。

「…最初は、アスラン君が一番いいと思ってたの。幼馴染だし、親友だし、お互い殺し合うなんてとんでもない試練だって乗り越えたんだから、 生涯のパートナーになれるんじゃないかって、実は内心少し期待していたわ」
「だが、彼は双子の片割れのほうを選んだ」
「ええ。…双子の姉妹と一人の男性を取り合うなんて、きっとキラ君にはできないわ。もしそんなことになったら、すぐに身を引いてしまう でしょうね。…たとえ彼のことを好きだったとしても、彼がキラ君のことを好きだったとしても」
「…だろうな」
「それに、………ねえ、気が付いてる? キラ君、イザーク君と話している時は、女の子の顔をしているのよ。本人は無意識なんでしょう けど」
 まるで自分の妹のことを話しているかのように、マリューは優しく目を細めた。
「だから私は、イザーク君なら、キラ君を倖せにしてくれるんじゃないかって、勝手にそう思ってるの。二人にとっては、余計なお世話 でしょうけどね。……これが回答でいいかしら?」
「ああ。参考になった」
 一番最初の、どう見る、という問いに対しての答え。
 だがそれは、世界が平和であり続けるという前提がなければ成り立ってくれない。バルトフェルドはカップを置いて、それを持っていたのと 同じ右手で通信機を操作する。
「さて、そのキラのためにも、双子のお姫様のためにも、今僕に出来ることをするかな」
 秘匿回線がミネルバのチャンネルに触れた。マイクのスイッチを入れて、すぅ、と息を吸う。
「あー、あー。ミネルバ、聞こえるか? おーい。…テレビから入る情報くらいは仕入れているだろう。核が撃たれた。ザフトの本部も 動き出す。いつまでものんびり構えてると、厄介なことになるぞ。聞こえてるのか、ミネルバ」
 時折確認と返答を促す言葉を交えながら、バルトフェルドはアナウンサーのように、同じ内容のことを繰り返して一方的に喋り続けた。 やがてスピーカーから、タリア・グラディス艦長の声が聞こえるまで。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

 …ちょ…っと(1)と(2)に分けるポイントを間違えたかな…??(^^;)
 ちょっとアンバランスになっちゃいましたね。むむむ。
 それはさておき、イザークです。文章内ではフラグ成立が最も遅かったにも関わらず、マリューさんからも絶賛され、キラとの雰囲気も かなり良好。意外と最も有利なのは彼のようです。
 但し! こういうタイプは得てして『いいお友達』で終わりがちという罠(笑)
 なーんて本人に言ったら怒鳴られそうですが。