for DREAMING-EDEN
第八章
『説得』
(3)
疲れた。正直言って、疲れきっていた。
ラクスとうりふたつの少女の登場。あれは幻かと戸惑い、あれこれ悩んでいるうちに、勝手な想像で作り上げたキラから告白されて更に
大混乱に陥った。ニ時間半から三時間ほど一人で百面相した後、覚悟していたよりも遥かに早く議長と会談の時間を得られた。そして知る。
再びプラントに向けて核が撃たれたこと、何とか第一派を撃退して地球軍は月基地へ引っ込み、その後は睨み合いが続いていること、
プラント国民が怒りに燃え、報復を訴えていることを。
何とか議長を説得し、報復攻撃だけは思い留まってもらわなくてはと姿勢を正したその時、幻かと疑っていたラクスそっくりの少女が
モニターに現われ、ラクス・クラインと名乗り、ものの数分の演説で国民達を鎮めてしまった。笑ってくれて構わんよ、と苦笑する議長。
ということは…整形したのか、産まれながらのそっくりさんを探してきたのかは知らないが、彼女は議長が用意した、ラクス・クラインの
替え玉ということだ。
元婚約者であり今も良き親友である自分さえ本気で混乱するほど似ている彼女が、更にラクスの物言いや所作をコピーして振る舞えば、
ちょっとやそっとで見破れるものではない。最初から疑問を持って注意深く観察していれば、本人よりも少々オーバーアクション気味な
部分が目に付く。だが、実際に彼女の姿を見たのはステージの上だけというくらいの接点しかない人々が気付けるとは思えない。
それほどに些細な違いしかないのだ。流石にというべきか、議長は抜け目のない仕事をする。
替え玉の存在は、議長に不快感を抱かせた。それを振り払うタイミングを見計らったかのように披露された、ZGMF−X23S
『セイバー』。
君にも力のある存在でいてほしいと、我々が道を誤ったときには君が正してほしいと、議長は率直に自分への信頼を伝えてきた。そして
思い知る。確かに自分も、力を欲していたことを。
ミネルバがボギーワンに苦戦を強いられた時、モビルスーツに乗れればと。艦長に遠慮なく意見を述べられる立場であったならと。
ユニウスセブン破砕作業に出た時には、乗っているのがジャスティスであったなら、と………。
平和であれば必要のない力。だが、その平和はたったの二年で破られ、時代は再び戦乱への道を転がり落ちようとしている。
無為に力を振るうだけではいけない。それは二年前の戦争の中で学んだことだ。だが今、自分にはそれが見えない。議長の期待が
込められたあの機体、受け取っていいものだろうか。…良くは、ないだろう。それに、ザフトに復隊するつもりもない。
しかし、とアスランは車の中でかぶりを振る。
二年前、あの状況の中、ジャスティスという剣がなければ、仲間を守れなかった。それも事実だ。
攻めるためだけではない。守るためにも、力は必要になる。悔しいが、そういう事態を想定しておくべき情勢へと、世界はどんどん
変化している。それは確かにそうなのだ。だから、議長の言うことはあながち間違いではない。
だがザフト製のモビルスーツをオーブに持ち帰ることは問題だ。そもそも、モビルスーツだけもらってあとは本当に好きにします、
なんていう子供みたいな言い分が通用するわけがない。議長も言っていたではないか。手続上はそういう―――つまり、復隊という形に
なってしまうが、と。
それに、仮にオーブへセイバーを持って帰れたとしても、それはカガリの加勢にはならないだろう。オーブの戦いは、あくまで自衛の
ための戦いでしかない。実際に連合が攻めてこないことには、結局アスランはカガリの力になれないのだ。
それならば、あの機体を受け取り、正式に復隊してプラントを守ることのほうが、よほど己の道を歩むことと言えよう。自分の持てる
すべての力を、守るために使う。信念を曲げることにはならない。それに、今回は明らかに連合に非のあること。オーブの人間として
連合と戦うことは問題だが、ザフトの軍人なら現状で連合を叩くのは当然。連合を黙らせることができれば、オーブもいわれなき干渉を
受けずに済むようになるだろう。
かなり遠回りではあるが、それが最終的にはカガリへの助けになるのではないだろうか。自分の力を使って、彼女を助けることになる
のではないだろうか?
何より、オーブが巻き込まれる前に連合を叩くことができれば、キラをまた戦争に巻き込まずに済む。
…ああ、と思わず溜息をついた。想像の中のキラの暴走と、そのことで動悸が起こったことについての謎も、全く解けていないんだった。
バタバタしていて忘れていたのに、ふとキラの顔を思い出したらまた心臓が跳ね上がってしまったではないか。
アスランは迷っていた。そして、今日は既に悩み疲れていた。
宿泊先として用意されたホテルに到着し、タクシーを降りる。荷物はアーモリーワンへ到着した時にこちらの大使館員が用意してくれた
部屋へ先に運んでもらうよう手配しておいたので、今は手ぶらだ。
混乱した頭で相変わらず悩み込んだまま、ロビーに入る。
「あっ! アスラーン!!」
「!?」
彼を我に返らせたのは、軽やかに響くラクスと同じ声。これがなければ、恐らく彼はフロントを素通りしてしまっただろう。まずフロント
で部屋番号を確認しなければ、どの部屋に自分の荷物が運ばれたのかも分からず、鍵も発行されないというのに。
「お帰りなさいっ! ずーっと待ってましたのよ!」
「えっ、あの…君!?」
当然のように腕を絡めて飛びついて来る、ラクスのふりをして国民の感情を抑えた少女。しかし、ラクスと呼ぶわけにはいかない。
彼女がラクスではないことを、少なくとも自分は知っているのだから。それにいくら国民感情の暴走を抑えるためとはいえ、偽物を仕立てて
大勢の人々を騙すなんてこと、到底納得できることではない。
だが、そんなアスランの内心など知らず、少女は無邪気に耳打ちした。
「ミーアよ。ミーア・キャンベル。でも、誰かほかの人がいるときは、ラクスって呼んでねっ」
「…」
歌姫に変身した魔法少女でも気取っているのだろうか、ミーアと名乗った彼女はウィンクまで飛ばしてよこした。ムッとしてしまう
アスランだが、ミーアはそのままアスランの腕を引っ張ってエレベーターへ進み始める。
「ね、ごはんまだでしょ? まだよね? 一緒に食べましょっ!」
「え? ちょっ、あの…」
うっかりラクスの姿などしているものだから、やっていることはどうかと思っても強く出ることができない。しかもミーア自身はかなり
イケイケな性格のようで、それがまた災いしてしまい、アスランは腕を振り解くこともできない。
「アスランはラクスの婚約者でしょお〜?」
「いや、それは…」
過去の話だ。確かに遺伝子的に最良のパートナーであるとされ、また当時の最高評議会議長と国防委員長という両者の父親の役職から、
政略結婚的な思惑も絡んでいたのだろう。二年前までは確かに彼女と婚約していた。
しかしそれも、ラクスがフリーダムを奪取する時までのこと。地球軍のスパイにザフトの最新兵器を横流ししたと当時の議長パトリック・
ザラに断定されたラクスは、父親である前議長シーゲル・クラインと共に最重要戦犯として手配され、二人の婚約はその一夜で早くも
破棄された。彼女達クライン派には司法当局からの追っ手がかけられ、それでも尚行方が掴めないことに焦れた父はプラント全土へ
大々的に手配のおふれを出して捜索していたのだから、二人の婚約破棄はプラント国民も知るところであったはず。
それなのに、ラクスに化けているはずのミーアは、そのことを知らないのだろうか。それとも世間ではフリーダムとジャスティスの
ように、美談として誇張されてゆくうちに婚約破棄の話も有耶無耶になってしまっているのだろうか。
疑問は浮かんだが、しかしこれでミーアの自分に対する行動が腑に落ちた。『アスランはラクスの婚約者』という意識だからこそ、
初対面の異性である自分と簡単に腕を組み、抵抗なく抱きつくことができるのだろう。
「えーっとぉ、アスランが好きなのはお肉ぅ? それとも、お魚?」
展望レストランのVIPルームへと通された二人。ミーアはさもこれが自分への当然の待遇であるかのように振る舞っており、今の
状態を楽しんでいるようにも見える。
だがアスランは正直、能天気なミーアの言動に辟易し始めていた。この待遇も、人々が拳を収めたことも、みな彼女をラクス・クライン
であると信じていればこそ。今ミーアは、周囲の人々に嘘をつき、騙して、破格の待遇を受けているというのに、そのことに対して
後ろめたさや罪悪感を少しも感じていないのだろうか。
…とはいうものの、見た目は完全にラクスそのものの彼女を冷たくあしらうことも憚られ、気乗りはしないままとりあえず彼女の正面に
座っているという、どうにも中途半端な状態になってしまった。
中途半端。…なんということはない、今の自分は丁度そんな感じだ。
オーブ国民になりきることもできず、カガリの力になることもできず、キラを守ることさえできなければ、故郷であるプラントのために
出来ることもない。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
イケイケミーアさんいよいよ本格的に登場です。
基本的に海原はミーアが好きですし、彼女はもっともっといじり甲斐のあるキャラだった筈だと思っておりますので、相当派手に
ハジけさす予定です(笑)
あ〜、でもそうなると元々あまり好感的じゃなかった方には余計不愉快になっちゃうかしら?(^^;)
できれば彼女の最後の運命も変えてあげたいところなのですが…、こればかりはどうなるかまだわかりません。