for DREAMING-EDEN
第八章
『説得』
(4)
「あっ! ねえねえ、今日のあたしの演説、見てくれました!?」
「え?」
メニューを吟味していたミーアが、ぱっと顔を上げた。
「どうでした? ちゃんと、似てましたか?」
身を乗り出して訊いて来るミーア。だが、その口調のあまりの軽さに、溜息をつきそうになってしまう。
人を騙しているという自覚がないのか、それとも単に、ラクスに成り代わって暴動寸前だった市民達を治めたことが誇らしいのか。
どちらにしろ、人々を欺き、裏切っているという事実は変わらない。
ここで彼女が『ラクス・クライン』としての振舞いを続けていることを黙認している自分だって、その大掛かりな詐欺の片棒を担いで
いるようなものだ。こっちは後ろめたさで居心地が悪くて仕方がないというのに。
「………、ダメ…でした?」
「え…」
リアクションのないアスランの態度に、しゅんとしてしまうミーア。
そうあからさまに落ち込まれてしまうと、それはそれで彼女に対する罪悪感が湧いてきてしまう。
「…いや、ダメってことは…」
「ホントですか!?」
かといって全面肯定するわけにもいかず曖昧に答えると、途端にぱっと笑顔になった。
「あ………ああ。まあ…確かに……よく似てたよ。…一瞬、本人かと思うくらいには…」
その目が更なる言葉を期待しているようで、つい言葉を繋いでしまった。だが話しているうちに、落ち込ませるのは悪いという思い
よりも、このままでは自分も人々を欺く共犯者になってしまうという警戒心のほうが強くなってくる。何より、ミーアの今のあり方を
認めることは、ラクス本人を侮辱し裏切ることにもなってしまうではないか。
「よかったぁ、うれし〜! アスランにそう言ってもらえたら、ホントにっ!」
無邪気に笑うミーア。テーブルの上で例の赤いハロがくるくる回って、ウェイターを呼ぶためのベルを押す。これもかつて自分が贈った
ハロが元になっているのだろう。そこまでやるか、と額を押さえてしまう。
すぐに現われたウェイターに、再びラクスの演技で注文を伝えるミーア。ウェイターはほんの少しの疑いも挟まず、畏まりましたと
一礼して去っていった。
議長の言葉に少なからず胸を打たれ、心が揺れていたことは認める。だが、この件についてはやはり納得がいかない。
いくらラクス・クラインの影響力が強大だからといって、偽物を仕立てて彼女を慕う多くの人々を欺くなど、許されることではない。
たとえそれが平和のためであろうとも、だ。ラクス本人に対しても、大変に非礼なことではないか。この少女はそのことを分かっているの
だろうか。今自分がしていることの重大さを、正しく認識してるのだろうか。こうして見ている限り、素のミーアは大分軽薄な性格のようだが。
そんなことを考えているうちに、料理が運ばれてきた。ウェイターが去って再び二人きりになったところで、ミーアが素に戻ってまた
話し始める。
「えへっ、欲張っていっちばーん高いコースにしちゃった☆」
「………」
「あのね、あたしホントは、元々ずぅーっとラクスさんのファンだったんです」
相当研究したのだろう。カメラの前でラクスを演じている時はまさに本人といった様子だったが、こうして素の彼女と少し接してみれば、
まるっきりタイプの違う少女だということがよく分かる。顔も声も見事にうりふたつだが、喋り方や仕草が違うだけでまるで別人だ。
…いや、実際別人なのだが。
「ラクスさんの歌が好きで、配信のある日は一番でゲットして、すぐに歌詞覚えて。ラクスさんてほら、取材とか歌番組とか全然出ない
でしょ? だからニュースとか政府広報とかぜ〜んぶチェックして、少しでもラクスさんの姿が入ってる画像、全部保存してあるんです!
すごいでしょ?」
ボイルされた人参やブロッコリーを口に運びながら、屈託なく喋りかけて来る。アスランの前にも料理の皿は来ていたが、どうにも手を
付ける気になれない。かといってミーアの相手を進んでする気にもなれず、とりあえず聞き役に徹するしかなかった。
「ホワイトシンフォニーのコンサート、突然中止になった時はショックだったなぁ〜。あたし、すっごい席のチケット取ってたんですよぉ!
初めてナマラクス様のこと見れるチャンスだったから、すっごく楽しみにしてたのに〜。んもう、ホント戦争ってイヤですよね!」
よくこれだけ喋りながら食事を進められるものだと感心してしまう。サラダと付け合わせの野菜をたいらげて、ナイフとフォークは
いよいよ、程よく焼き上げられたステーキへと伸びようとしている。こちらは料理を放置するのも悪いと渋々スープに手をつけ始めた
ばかりだというのに。
「聴くだけじゃなくって、自分でもよく歌ってて。実は、作曲とか楽器が趣味の友達と一緒に、インディーズ配信とか公園ライブやったり
して、地道に活動してたんですよォ。オーディションもあっちこっち受けたし。その頃から声は似てるって言われてて、オリジナルだけ
じゃなくて、ラクスさんのコピーとかもしてたんです。そしたら急に議長から呼ばれて、それで」
「それで、…こんなことを?」
「はいっ!!」
敢えて少々責める口調で口を挟んだのだが、ミーアはむしろ誇らしげに頷いた。
「今、きみの力が必要だって言われて。プラントのためにって…だから、あたし」
ミーアの言葉に、ふ、と自虐的な笑みが零れてしまう。なんのことはない、議長は結局自分に復隊を促すため、説得の常套句のように
ミーアに言っていたのと同じようなことを自分にも言っただけではないのか。
「きみの、じゃないだろ。ラクスの力だ。必要なのは」
「……あ…そうですけど………。でも、今ラクスさんは、どこにいらっしゃるかもわからないし…。こんなことになっちゃって、今だけ
でも帰っ、………ううん。今だけじゃないですよね。ラクスさんは、いつだって必要なんです。みんなに」
強い調子で言うと、今度は少しミーアの声が弾みをなくして落ち着いた。
「あたしも、戦争終わってから、ずっとラクスさんが帰ってらっしゃるの待ってました。また、優しい歌声を聴かせてくれるって…」
「…」
ずっと外していた視線を、思わずミーアの顔に合わせる。
さっきまでの能天気な様子は消え、まるでラクス本人のような優しい表情をしていた。
「あたし、ホントはバラードとか苦手なの。ラクスさんはホントに歌上手で、ソウルもポップスもジャズも、オペラとかまで、とにかく
いろんなジャンルの曲歌いこなすじゃないですか。リリースがバラードばっかりだったから、初めてコンサートの配信見た時驚いちゃって。
………あたし…まわりの人からね、ホントは、…『せっかく声は似てるのに歌ヘタだね、もったいない』…って…言われてたんです。
だから、今日のも演説だけ。歌はラクスさんの歌をそのまま流して、あたしは口パクしてたの。話し方はイイけど、歌が追い付かないから、
って」
穏やかにそう言うと、今度はミーアのほうが視線を外した。
「…ラクスさんは…強くて、キレイで、かっこよくて、可愛くて、優しくて、…世界中のみんなの憧れで…」
窓ガラスに映る自分の姿の中に、本物のラクスを見ているのだろう。その眼差しは、今までとは違った。憧れのアイドルの生写真を
入れた大切な写真立てを見つめる、子供のような純粋さが見える。
だが、ふっとその視線が翳った。
「…“ミーア”はべつに…誰にも必要じゃないケド………」
「………」
確かに当て付けるつもりで投げかけた言葉だった。だがそれは、調子に乗っている彼女の天狗っ鼻を折ることが目的であって、こんな
顔をさせたいからではない。こんな顔をするなんて、思っていなかった。
…何か、あるのだろうか。ただ似ていることを認められて嬉しかったというだけではなく、VIP待遇を受けてセレブ気分を味わいたい
という浮ついた動機でもなく、ラクスになりきる………逆に言えば、“ミーア・キャンベル”を棄てる決意をさせるほどの、何かが。
「だから、今だけでいいんです、あたしは。今いらっしゃらないラクスさんの代わりに、議長やみなさんのお手伝いができるんなら、
それだけで嬉しい」
「あ…」
アスランが失言を詫びる前に、また屈託のない笑顔が戻って来た。
「アスランに会えて、ホントに嬉しい!」
「………」
正直、見直した。
やっていることは確かに問題だと思う。だが、ミーアはミーアなりに、自分にできる範囲での、できる限りのことを務めているだけ
なのだろう。世界のために、プラントの平和のために。
「ね、アスランはラクスさんのこと、いろいろ知ってるんでしょ? 教えて下さい、いつもはどんな感じなのか、どんなことが好きなのか。
ええと…あと苦手なものとか、得意なものとか嫌いなものとか、服や化粧品や香水のブランドとか…とにかく何でも!」
褒められた事じゃない。感心しない。…それは変わらない。
だが、では二年前に自分達がしてきた事は?
ラクスとて言っていたではないか。平和を叫びながら武器を取ること自体、悪しき選択なのかもしれないと。だが、それでも望む平和の
ために成さねばならないことがあり、そのためには力が必要なのだと。
ミーアのしていることも、今彼女にできる、精一杯の『望む平和のために成さねばならないこと』なのだろう。
ガラスの向こうに見える、プラントの夜景。
アスランは問いかける。今自分が望むこととは何か。
父が世界に遺した功罪を償うために、自分がするべきこととは何か。
平和のために、争いをなくしてゆくためには、どんな覚悟が必要か。何を成さねばならないか。
望むこと。望む平和の姿。
『アスラン!』
はっ、と目を見張る。
正面には嬉々として料理を口に運ぶミーアの姿しかない。だがその向こうに、おぼろげに、そしてゆっくりと、現実よりもはっきり
見えてくる光景。
キラが微笑んでいる。
自分を戒めるようなベルトだらけの黒い服ではなく、開放感のある白いシャツ。
海辺で子供達と遊ぶ、キラの姿が見える。
笑っている。キラが、楽しそうに声を上げて笑っている。
砂浜にパラソルとテーブルセットを出したラクスがお茶をいれている。カガリも傍で寛いでいて、バルトフェルド隊長とラミアス艦長も
いる。見渡せば、サイ、ミリアリア、ノイマン、チャンドラ、マードック…アークエンジェルの仲間の姿。何故かイザークやディアッカ
まで一緒になって楽しんでいる。
皆、笑っていた。
キラに続いて自分の姿を見つけ、手を振る。
早くこちらへ来いと、名を呼びながら。満面の笑顔で。
そうだ。
自分が望む平和の姿は、これだ。
キラが笑っていられる世界。
女神のような悠然とした、どこか悟ったような微笑ではない。いきいきとした心からの笑顔を、毎日浮かべることができるような、
そんな世界。
子供の頃に戻ったように、二人で声を上げて笑い合える、そんな世界。
それがアスランの希う平和な世界の姿。
キラを戦いに巻き込んではならない。
戦うことに悩み、苦しみ、それでも走り続けてきたキラ。あんな思いをまた彼女にさせてはならない。彼女は本来民間人。軍人として
心得を叩き込まれた自分とは違う。無論アスランだって進んで人を殺したいわけではないし、むしろ嫌だ。それでも、覚悟と実感の違いは
歴然としている。
優しいキラ。敵味方に別れてからは、会うたびにいつも涙ぐんでいた優しいキラ。まだ誰かに打ち明けられるほど受け入れられてはいない
ようだが、何か重い運命を背負わされているのだろう。それはわかる。そんな彼女を、今度こそ戦争に巻き込まないように。これ以上の
重荷を背負わせることのないように。
二度と彼女の手を血で染めてはならない。
そのためには、オーブを戦争に巻き込まないこと。
すみやかに連合の悪行を止めること。その背後にいるブルーコスモスを壊滅させること。
だが――――その願いを叶えるためには、力が要る。
どうしてそんなものが必要なのだとカガリが叫ぶ、兵器という力が。
やはり、アスランは迷わずにはいられない。世界に対して償うことができる力なら、そしてキラを守るための力なら…と傾いている自分が
いることを、もう否定することはできなかった。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
そこまでいっといてまだ迷うのかyp! みたいな(笑)
いやここでガタッと立ち上がってデュランダルの元へ走られても困るんで、まだまだ多いに悩んでてくれていいんですけどね!(笑)
グルグルアスランはとことんグルグルしないと気が済まない、というお話。
しかしまぁ…実はアスランの知らないところでキラは色々イザークに喋りまくっちゃ状態なんですがね(爆)
むしろイザークのほうがキラの事情知ってr
アスランて下手するとマリューさんよりかキラの事情知らn
……………………こんなこと面と向かって言ったら緑ザクでボンバータックルかまされそうです。怖恐。
あ、ちなみにどっちかっていうと日記ネタのほうが適切そうな話ですが、シャ○プ製の携帯(ドコモもぼだふぉんも)で「みられまくっちゃ」
と入力して変換するとブラックアウトして落ちるそうです。面白がって試すとデータ消えたり壊れたりするそうです。該当機種をお持ちの
方はご注意を(海原もだ)。