for DREAMING-EDEN
第九章
『屈服』
(1)
「今の情勢で同盟を結ぶことが何を意味しているのか、お前達は本当にわかっているのか!! 連合の属国となって、命じられるままに
いわれなき敵を討ちにゆけと、やつらは暗にそう言っているんだぞ!! そうなってしまえば、オーブという国が存在することすら
無意味だ!! ウナト、お前が率先して国を取り戻してくれたことには感謝している。だがそれは、こんな形で売り渡すためではなかった
はずじゃないのか!!」
「お言葉が過ぎますぞ、代表」
「それとも最初から、ブロイラーに入れられた家畜のように、食べごろになるまで太らせてから捌いてやろうと、そういうつもりで
モルゲンレーテの再建まで後押ししたというわけか」
「代表!!」
「いくらなんでもウナト殿に失礼ですぞ、姫君!」
ギッ、と自分を姫と呼んだその宰相を睨みつけるカガリ。
「閣議の場で私を姫と呼ぶなと、常々言っている筈だが? それともお姫様はお人形のように着飾ってただ座っていろと言いたいのか!?」
「…」
返って来たのは、困ったお子様だとでも言いたげな溜息。
ぎゅっと拳を握り締め、必死で更に怒鳴りつけようとする自分を律する。冷静に戻るなら今だ。感情で暴走してはならない。考えのない
感情まかせな発言は、必ず後で揚げ足を取られる。…ラクスのその言葉を何度も頭の中でリピートして、呼吸を整えた。
オーブの閣僚会議は、数日前からいつもこの調子で、全く前に進んでいない。
まず同盟を結んでから被災支援の議案をまとめたい宰相達と、被災支援に徹するべきで同盟など結べないとするカガリは、何度話し
合っても平行線のまま。
いや、既に話し合いというレベルではない。いかにカガリを説き伏せるか、というところに焦点が来ている。
セイラン家にとって同盟は既に結ばれたもので、後はいつまでもごねているお姫様を宥めればいいだけなのだ。
――――悔しい。自分にもっと力があれば。お父様のような力があれば…!!
「失礼だが、あなたがいつまでもそんな調子だから姫と呼ばれるのですよ。代表」
ねっとりとした口調が間に割って入る。今日はここまで沈黙を保ってきたユウナだ。
「嫌だ嫌だと我侭を言うばかりで、ちっとも世界情勢が見えていらっしゃらない」
「大西洋連邦が何をしたのかという現実は、正しく理解しているつもりだが。一方的な宣戦布告、間を置かず、ユニウス条約違反である
核攻撃。一方でユニウスセブン落下の被災者への支援は満足に行われず、プラントから投下された支援物資の尽きた市民から、食料不足や
水不足、住居確保の声が大きく上がっている」
「ええ、その通りです。しかし、そんな国だからこそ、必要な同盟なのですよ。…確かに大西洋連邦のやり方は強引でしょう。そのような
ことは、我々もとっくに承知しています。しかし、…だから?」
「…」
気持ち良く喋り出したユウナ。どこで反撃してやろうかと、一旦口を噤む。
「ではオーブは今後、どうしていくと代表は仰るのです? この同盟を撥ね退け、地球の国々とは手を取り合おうとせず、空に遠く離れた
プラントを友と呼び、この地球でただ一国、また孤立しようとでもいうのですか? 自国さえ平和で安全ならばそれでよいと、被災して
苦しむ他の国々に手すら差し延べないと仰るのですか?」
ここだ。カガリは手元の書類を一束引き出すと、バンと机に叩きつけた。
「被災国への支援議案、私が五日も前から至急可決したいと議題に提出しているものだ。被災して苦しむほかの国々に差し延べる手を
模索するのなら、同盟などよりもまずこちらが先のはずだ。政府の対応が民間の非営利団体よりも遥かに遅いなどというのは、恥では
ないのか!」
む、と一瞬ユウナの眉が不快げに歪む。
「周囲の国々のみならず、他ならぬ我が国の市民達からも、我々行政府の対応の遅さをどんなふうに取り沙汰され、笑われていることか。
そちらこそ知らぬとは言わせん」
強い調子で告げてじろりと宰相を、そして同席している閣僚達を睨みつけるカガリ。皆、一様にうっと息を飲んで、セイラン家の二人に
助けを求めるようにめいめい視線を向けた。
それを受けて、ユウナがいつもの調子を取り戻し、まったく困った人だと言わんばかりに片眉を吊り上げる。
「それでは、代表。最初の質問に戻りましょう。あなたは今後オーブを、どうしていこうというのです。はっきり申し上げましょう。
今連合に逆らえば再び国土は焼かれ、人々はまた逃げ惑うことになる。遥か空から我らを見下ろすプラントと、届きもしない手を無理に
伸ばして繋ぐのか、それとも同じ大地に根差す人々と痛みを分かち合うべきか…。冷静な判断のできる為政者ならば、答えは決まっている
はずですね? 代表」
わざわざ「代表」と二回繰り返すユウナ。まったく、嫌味や皮肉もここまでくると生理的な嫌悪感さえ感じる。いやらしいことこの上ない。
しかも彼の言い様では、最初の質問の主旨とは同盟を組むか否かということだったように聞こえる。
「確認するが、このオーブをどうしていこうと考えているのか、という質問だな」
「ええ」
それがどうして連合との同盟とイコールで繋がるのか全く理解できない。だが、こいつらはそういう連中なのだと割り切って相手を
するしかない。
「普段から私の言葉を聞いていてくれたなら、察してもらえるものと思っていたが。過剰な期待だったようだな」
嫌味のつもりだったのだが、効いただろうか。
…よくわからない。というか、皆カガリの口から「同盟を結ぶ」という答えがいつ出るのかと、ただそれだけを待っているように見える。
一瞬あまりに憂鬱すぎて溜息をつきたかったが、その代わりにすっと背筋を伸ばし、意識を変えた。
「ではこの場を借りてはっきり答えよう。オーブはオーブの理念のもと、今までどおり他国を侵略せず、他国の侵略を許さず」
ああ、とうんざりした空気に部屋が包まれる。だがユウナやウナトが口を開く前に、毅然としたままカガリは続けた。
「そしてこれからは、他国の争いに対し、中立の立場から積極的に公平な仲裁に入ることのできる国として、独自の道を歩む」
「………え?」
四人の政策秘書を抱えるセイラン家。ウナトとユウナの後ろに控えていたその秘書達の一人が、予想外だという目を隠せなかった。
「今日(こんにち)のように世界が揺れている時にこそ、各地の紛争を収め、他国の諍いを敏感に察知し、それぞれの言い分を公正に判断して、
武力行使に発展する前に仲裁に入り、平和的解決へと導くことのできる唯一の国として機能する。それが私の理想とする、目指すオーブ
という国の新しい在り方だ」
「なんですと…」
「む…」
ざわっ、と閣議の場がどよめいた。
何を今更そんなに驚くのか、カガリには不思議で仕方がない。確かにここまではっきりと、具体的なことを口にしたのは今が初めてかも
しれないが、国を立て直し代表となった時にも、代表首長就任演説の場でほぼ同じ内容のことをはっきり言った。『誰よりも全世界の
平和を尊ぶ国、新生オーブの確立を目指す』と。
それとも、あれは民意を掌握するための聞こえの良い綺麗ごととでも思われていたのだろうか。世界を知らないお姫様の絵空事だとでも
聞き流していたのだろうか。
だとすれば失礼な話だ。こちらは本気も本気、大真面目だというのに。
「困難な道であることは承知している。だがだからといって、ただ大国の奔流に流されるままでは、オーブが再建されたことすら無意味だ。
そして我々は国民を守る使命を持つと同時に、自国さえ良ければそれで良いという意識も変えてゆかねばならないと思う。なぜなら―――」
ちら、とユウナを見遣り、鋭い視線を送る。
「我がオーブが、自国さえ平和で安全ならばそれでよいと、戦禍に苦しむ人々に手すら差し延べないような国であってはならないからだ」
「っ……!!」
自分がさっき口にした言葉を逆に利用され、ユウナの目元が歪む。
こういうあてつけ方はまだ不慣れだが、効果はあったようだ。
「ひ、姫様………いや、代表がそこまでの理想をお持ちとは…」
「我がオーブが世界に対し、法廷、法官の役割を担うというわけか。興味深いビジョンではあるが……、あ、いや、決してセイラン殿の
方針に反するつもりは…」
「姫様は本気で仰っているのか…」
「しかし…ウズミ様亡き今、我々だけでそんな…」
「理想としては崇高だが、現実にすることなど不可能だろう」
「まあな…。非現実的な理想論と言わざるを得んよ」
「…しかし、二年前連合に侵攻されるまでは、確かに我が国は」
「シッ、セイラン殿の耳に入るぞ。滅多なことを口にするな」
「そもそも二年前と今とでは、状況が違うではないか」
「確かに今連合に逆らうのは得策ではないが、だからといって言いなりになるわけにも…」
「姫の危惧通り、本当に軍を投じる事態にでもなれば、また国費が……」
混乱する室内。またも縋るようにセイラン家に視線を送る宰相も少なくない。まったく、とカガリは短く息をつき、バンと被災者支援議案
のプリント越しに机を叩く。
「皆、それぞれによく考えてもらいたい。我が国は連合の属国として、常に連合国の顔色を窺い隷属する、形骸化した中身のない国である
ことを選ぶのか。それとも、独立国としての誇りを持って独自の道をゆくのか。そして、…国民達が我々に何を求めているのかということを。
………午前の閣議はこれで終了、続きは午後の閣議で。一時間後に再開する」
ぴしゃりと切り上げ、席を立つカガリ。このままこれ以上続けてもどうにもなるまい。元々まともな話し合いにすらなっていなかった
のだから。それに午前の閣議というが、もう午後の二時を回ろうとしている。
セイラン家とその金魚の糞達に悪巧みの時間を与えることになるのは少々辛いが、このままだらだら続けたところで意味のある議論が
できるとも思えない。それに正直、そろそろ空腹が限界だ。何か少し食べなければ力も出ないし、頭に考えるための栄養も回らない。
ヒロトとも、今後どう論議を展開させていくのか相談する必要がある。
今や傍にアスランはいない。宇宙では小競り合いが続いていると聞く。となれば、戻ってくることも容易いことではないだろう。
せめて連絡の一本でもくれれば―――――正直、そんな焦燥を感じることが多くなってきた。出発してからそれなりの日が経過している
というのに、せめてメールの一通くらいくれてもいいではないか、と。プラントの状況を知らせるだけの味気ないものでいい、アスラン
から自分に向けて発進されたメッセージが欲しい。
けれど。
彼に、甘えてばかりいられる状況ではない。
こんな時だからこそ、いや、こんな時でなかったとしても、アスランのことをあてにするのはお門違いだ。彼は自分を支えてはくれるが、
しかしこのオーブの代表は自分であるのだから。自力で立つこともできない代表など、果たして民が認めようか? 己の命運を預けられると
信頼してもらえるか? 答えは、否だ。
だから私は、自分の足で立たねばならない。この苦境を踏ん張って乗り越えて、中立を守らなくてはならない。
無論、キラを巻き込むなど論外だ。やっと子供達の母として生きるという道を見つけてくれたキラを、妹だからという理由で閣議に呼び
出して煩わせるなど、誰がしたいものか。大体、ユウナのあのねっとりとねめつけるような視線にキラを晒すこと自体が、カガリにとっては
不快この上ない。
彼女の、そしてラクス達、子供達の平穏な居場所を守るためにも、絶対に中立は貫かなければならない。自分の力で。
『オレはアスハに家族を殺された!!』
不意に耳の奥で再生された記憶に、ぎくり、と政務室に向かっていた足が一瞬止まる。
中立を守る。そうだ、大西洋連合の傘下になど入れるわけがない。………けれど、それが再び国を焼くことになったら?
宰相達の不安はもっともだ。今やオーブに残された切り札など一枚もない。
ユニウス条約によって開戦前まで戻された情勢についても、ユニウスセブン墜落の影響によって、現在地球上の各国は急速に連合に
傾き始めており、オーブに限らず他の中立国もその勢いに押され気味だ。連合は先の大戦中、オペレーション・ウロボロスによってザフトに
制空権をほぼ掌握されていたが、現在その立場は事実上逆転していると言っていい。以前は切り札であり交渉の盾とすることのできた
マスドライバーには、今は先の大戦中のような価値はないのだ。だから再建されたマスドライバーはただの一枚のカードであって、切り札
にはなり得ない。
更に悪いのは、オーブ軍が戦力増強を図るために開発した新型MS、ムラサメだ。確かに戦士の視点から見ればいい機体ではあるが、
これをロールアウトして量産体制に入るための予算は、連合国から多額の補助を得てやっと成立したのだ。言わずもがなだが、その補助を
取りつけたのはセイラン家である。
切り札どころか、手札は全て筒抜け。そんな状態で、また連合から敵性国家と判断され、あの圧倒的な物量で責め込んで来られたら……………。
国を焼かれるということは、何の罪もない民達が殺されるということ。
カガリはその一身にシンの怒りを浴びてなお、まだ理想と理念を貫いてゆくことができるのかと自問する。その結果、第二、第三のシンを
作り出すことになってしまうとしても? …それが本当に、自分にできるのだろうか、と。
「代表」
はっ、と弾かれたように背筋を伸ばす。後ろから早歩きで追いついてきたのは、ヒロトだ。
「…あ」
「どうかなさいましたか?」
「………。いや、何でもない」
小さく左右に頭を振って、きびきびと歩き出す。
そして、そっと胸元に手を置いた。宰相服越しに確かめる、環状の金属の感触。
アスランから貰ったリングを、カガリは政務中はチェーンに通して首から下げていたのだ。
そして、密かに願う。早く帰って来てくれと。
揺れそうになってしまう弱い自分を今こそ叱咤し、支えて欲しいと。
アスランをあてにしてはならないと己に言い聞かせておきながら、結局はこうして彼の存在を願ってしまう。自分の弱さに苦いものを
感じながら、カガリは廊下を進み続けた。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
やたら固い話ばっかりになっちゃいました。
本編の閣議の場でけちょんけちょんに押し込められていたカガリがあまりに不憫だったので、もうちょっと何とかならんもんかと
頑張ったのがこの部分になります。
ていうか…カガリ、一人で踏ん張らなくてもいいんだよ、もうちょっと広く周りを見たらあなたの味方は沢山いるんだから、と言って
やりたい…。