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第九章
『屈服』

(2)






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 そのアスランは同じ頃、戦友達と共に居た。
 イザーク、ディアッカ、そして…ラスティ、ミゲル、ニコル。
 あまりにも早過ぎる死を迎えた三人の友に花を手向け、祈りを捧げる。
 とてもとても静かな時間だった。今まさに防衛ラインへと地球軍が肉薄しているかもしれない、そんな状況下にあるということを、 すっかり忘れてしまいそうになる。
 懐かしい三人に思いを馳せながらも、隣に立つ二人の姿に、アスランは少し気が重くなる。決してこの二人の存在が不快なわけではない。 問題は、この二人を護衛監視によこした、あの切れ長の目をした男。
 ――――事情を知ってる誰かが仕組んだってことだよなァ。
 久しぶりに再会した時のディアッカのセリフが甦る。
 仕組んだ。…確かにそうだろう。しかし、最前線で重要な任務を担うジュール隊の隊長と事実上副隊長であるディアッカを、わざわざ 中立国からの特使の護衛監視のためだけに呼び付けるなど、議長の独断権限で行っては周囲の議員がいい顔をしなかっただろう。そこまで 自分に対して優遇してくれるというのは、信頼の証とでも言いたいのか、それともまさか、二人からも自分を説得するように仕向けてでも いるのだろうか。
 折角墓前で亡き三人の友を懐かしもうにも、ちらちらと議長の顔とセイバーの姿が脳裏をよぎってしまう。
 更に、他に人気もなくただただ広いだけの戦没者を弔う墓地に着いてから、これはオーブ大使アレックスにではなく戦友アスラン・ザラに 話すことだ、と前置きをしてからイザークが教えてくれた、ザフト司令部でほぼ決定とされている事柄のこと。

 カガリが最も恐れ、案じていた、積極的自衛権の行使。

「…やはり、ザフトも動くのか………」
 苦々しく呟くと、イザークは短く息をつく。こうなってほしくはなかったが、といった表情で。
「仕方なかろう。…宣戦布告と同時に核ミサイルだぞ。それでプラントを守るべき軍が、何もしないというわけにはいかん」
「オレ達、第一波攻撃の時も迎撃に出て、見たけどさ。核。あいつら間違いなく、あれでプラントを落とす気だったと思うぜ? …で、 それを守ったのが、ザフト上層部のごく一握りの人間と評議会が極秘裏に開発していた防衛兵器、と」
 ディアッカの言葉には、棘が混じる。アスランはニコルの墓石にずっと視線を落としていたが、彼の後半の言葉に、えっ、と二人を 振り返った。
「防衛っていうか、実際は防御カウンターって感じ? まだ核積んだままの艦隊も一緒にドカンだったからな」
「ちょっと待て、…上層部のごく一握りって…、…まさか、ニュートロンスタンピーダーのことは、お前…」
「…」
 憮然としたイザークの沈黙が、アスランの疑問を肯定する。
「…まさか。ジュール隊は緊急時には真っ先に前線に投入される隊だろう。その隊長であるお前が知らないなんて事」
「だが実際、オレには知らされていなかったんだッ!!」
 イラッと語調を強めるイザーク。あっけに取られるアスランに、ディアッカも彼には珍しく苦い表情になった。
「確かに、オレもイザークも、ほんとならタダじゃ済まないとこ、デュランダル議長に助けられて、だから今もこうして軍にいるんだけどさ」
「タダじゃ済まないどころか、実際議長の力添えがなければオレもこいつもとっくに死んだはずの身だ。プラントを守るという信念は 変わらない。だから命があるのなら、オレはオレの力でできることをするだけだ。…残念ながら、オレにはこういうやり方しかできん。 とてもキラやラクス嬢のような、遠い未来を見据えた上での道は択れない。オレは…戦うことしか、学んでこなかったからな。 ………とにかく、そのことについては、デュランダル議長にはいくら感謝しても足りないくらいだ」
「…けどそれにしても、『あれ』はな」
「……………」
 議長の恩には報いたいが、しかし納得がいかない。押し黙ったイザークの顔がそう語っている。ディアッカもさっきから眉間に皺を 寄せたままだ。
「それに、もう一つ」
「え?」
「って、お前のほうが頭来たんじゃないの? アレはさ」
「……………」
「貴様ァッ、とぼける気か!! 貴様も見たはずだろう!! 何だ、あの頭の軽そうな格好の女は!!」
「あっ」
 きょとんとしてしまったアスランだが、やっと合点がいった。ディアッカが嫌悪し、イザークが激怒しているのは、ミーアのことだ。 さすがというか当然というか、二人も彼女が偽物だということはすぐに見抜いていたようだ。そして密かにラクスのファンだったイザークに してみれば、それこそ逆鱗を逆撫でされた気分だったろう。
「ま、それが政治っちゃ政治なんだろうけどさ」
「だが!! 議長もオレ達が、いや、少なくとも二年前アークエンジェルと共にいたディアッカは、彼女と懇意であることをご存知の はずだ! だったらまずディアッカに彼女の行方を尋ねるくらいのことがあっていいはずなのに、あんな…っ!! あんなものを用意する 前に本人を探すのが筋だろう!」
「尋ねるどころか、オレ今ザフトに戻ってんだから、『命令だ、言え』って言えばそれでオシマイなのにな」
「命令されれば喋る気か、貴様は!!」
「まさか! オレがそんな簡単に口割ると思ってんの?」
「待てイザーク、ちょっと落ち着け」
 どんどん興奮していくイザークに、思わずアスランが仲裁に入る。いや仲裁といっても二人は喧嘩をしているわけではないが。しかし それもジュール隊長にはお気に召さなかったらしく、今度は目をつり上がらせた端整な顔を、くるりとこちらへ向けて来る。
「なんで貴様はそんなに落ち着いていられるっ!! 仮にも元婚約者だろう!! いくら今はキラと付き合ってるからって!!」
 むっ、とアスランの眉間にシワが寄った。
「なんでそこにキラが出てくる。俺はカガリと…」
 …付き合ってる、と続けようとして、躊躇してしまった。
 確かに出発の間際に指輪を贈った。口付けをかわした。だが、今自分の心を占めている女性は唯一カガリだけだと、即答できるだろうか。 …想像の中でキラに告白されて、あんなに動揺していたのに。そして望む未来を思い描く時、真っ先に浮かぶのはキラの笑顔なのに。
 黙り込んでしまったアスランに、今度はイザークのほうが眉間にシワを寄せた。
「………? そこで何で考え込むんだ貴様は。カガリ嬢がどうしたって?」
「…い、いや…」
「イザークこそ、なんでそこにキラが出てくんの。っていうか、今の状態だとキラと付き合ってんのってむしろお前だろ?」
「はあっ!!??」
 珍しくアスランとイザークの意見が一致。しかも綺麗に声まで重なった。
「イザーク! どういうことなんだ、それは!!」
「ディアッカ! なんでそういうことになる! ええっ!?」
 こんどは言う相手も内容もそれぞれなことを同時に怒鳴られ、ディアッカは思わず耳を塞ぎたくなってしまった。
「いや、なんでって、お前らよく秘匿回線で通信してんじゃん。さっすがキラ、ボルテールの交信記録どころか、どこのホスト探っても 痕跡残ってねェんだもんなァ。こまめな通信は遠距離恋愛の基本ってね」
「っ、…違うだろう!! そういう問題じゃないっ!」
 一瞬カッとイザークの白い肌が紅潮する。怒りによるものだろう。確かにとんでもないことを言い出してくれる、とアスランは ディアッカを睨む。しかし睨まれたほうはぎょっとしたものの、すぐにハテナマークを頭上に浮かべた。
「…違うのかよ?」
「違うッッ!!」
「ありえない!!」
 またもや重なる声。やれやれ、二人のこのシンクロ率がクルーゼ隊時代にあったなら、と思ってしまうディアッカであった。
 ふぅ、と溜息をひとつ。
「あのさァ、イザークは知らなかったのかもしれないけど、アスランとカガリは二年前、ヤキン戦の前から付き合ってんの」
「何?」
「ほんとほんと。キラ言ってなかった?」
「オレはそのキラからさんざんこいつの話を聞かされたんだぞ。あんなに想いを込めた声で男の話題なんて、好きでもなければしないもん じゃないのか」
「…昔は、ちょっと…事情が違ったからな」
 イザークがキラの秘密をどこまで知っているのか伺いあぐね、アスランは苦笑混じりに言葉を濁す。キラが何をどこまで話したのかは 分からないが、かつて彼女が男性体だったことまでイザークが知っているとは、アスランには思えなかった。
「ついこの間だって、お前は自分の代わりにカガリ嬢を支えてくれているはずだと、信頼に満ちた言葉を聞いたばかりだ」
 ぎく、と体が固まる。そしてイザークとディアッカの自分を見る視線が、僅かに険しくなった気がする。ディアッカはどうかわからないが、 少なくともイザークに関しては気のせいではないだろう。
「…貴様は一体、何をしている」
 まっすぐで痛烈な一言。
「オーブの民となったのならそれもいい。貴様の選んだ道だ。だが一般市民になるわけでもなく、代表の護衛の任をまっとうするでもなく、 かといってキラを守るでもなく、この情勢で使者の真似事だと? …お前は一体何がしたいんだ」
「…………………」
 言葉を返せない。

 確かに自分は今、宙ぶらりんだ。カガリを守ると言いながら何もできず、キラを守りたいと願いながら傍を離れ、せめて何か世界に 償いたいとプラントに来たのはいいものの、事の成り行きをただ見ていることしかできない。オーブの行政府との繋がりは中途半端で、 閣議に同席することすらできず、ただカガリを送り迎えするだけ。
 だが自分は今更、キラ達のように未来を担う子供達を育てる為に生きることもできない。少なくとも、もうあの叫びを聞いてしまった 今となっては。
 パトリック・ザラの取った道こそ、プラントの正しき未来なのだ。そう叫んだテロリスト達の声は、今も耳の中にこびりついている。
 議長は彼らが父の言葉を都合よく解釈して利用しただけだと言ってくれたが、しかし、だからといって「じゃあもう関係ないですね」 というわけにはいかない。自分が『アスラン・ザラ』である限り。戦争を激化させ、ナチュラル排除の思想をプラントに撒き散らした男の 血を継いでいる限り。
 いまやその父はいない。ならば、自分が世界に何らかの形で償うことは当然。
 ………だが、どうやって?
 オーブの中立を守るべきはカガリだ。彼女にしかその力はない。自分は彼女に対して何の助けにもなってやれない。せいぜいが、ただ 傍に居て話を聞いてやるくらいのことしかできない。
 明らかに今世界を混乱させている連合へ一矢報いようとも、政治的な力も、ましてや戦う力も、今の自分は持ち合わせていないのだ。
 何よりオーブ国民である以上、いわれなき戦いをすることはできない。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

 海原の中で、イザークってこう…お堅いというか、潔癖なところがあるイメージなので、ミーアのあの格好は直視 できんのじゃないかなぁ…と思い、あのセリフが出てきました。我ながら結構ツボ(笑)というかヒットでした。自分で言うのもナン ですけどね、ほんと。
 あと今回の目玉(え?w)は、アスランはキラとイザークがそんなに仲が良いと思ってない、ってとこでしょうか。
 しょっちゅう通信で喋ってるって聞いて、内心かなり意外だったんじゃないかなぁというイメージです。