+-「for DREAMING-EDEN」9−3-+

for DREAMING-EDEN

第九章
『屈服』

(3)






line


「戻って来い、アスラン」
「!」
 不意に、力強い声がアスランを思考の渦から呼び戻す。
 イザークの視線は、もうアスランを責めてはいなかった。ただ純粋に真っ直ぐに、アイスブルーの瞳がこちらへ向けられている。
「…こうまで世界が動けば、もうオレ達に止めることはできない。カガリ嬢も必死で戦ってはいるんだろうが、残念ながら、オーブが連合 と同盟を組むことは確実視されている」
「そんな! カガリは…っ」
 必死に頑張っている。そうだ、自分はその姿をすぐ傍で見て来た。…その努力がことごとくセイラン家によって潰されてきた場面も、全て。
「………だからこそ、万が一の時にはすぐにオレを頼ってくるように、キラには話をつけてある」
 えっ、と一瞬眉間に皺が寄ってしまう。
「ラクス嬢と隊長と三人で…なんならラミアス艦長達も一緒でいいと言ってある。だからアスラン、お前もオレの隊に来い! プラント 市民を、そしてキラを守るために、オレにその力を貸せ! 事情は色々あるかもしれんが、そんなものはオレが何とかしてやる!」
 今度は目を見開いてしまう。
「…イ、イザーク…」
「確かにオーブの理念は尊い。我々も学ぶべきところは多いと思う。だが今は、力ある者はそれを活かすべき時だ。だからお前は、このまま オーブにいるべきじゃない!」
「イザーク! ちょっと待ってくれ、俺は」
「お前はカガリ嬢の傍で一体なにができた!?」
 止めようとするアスランだが、逆に詰め寄られて言葉を飲んでしまう。
「そのことに自信がないから、傍にいても何もできないから、こうやって飛び出してきたんじゃないのか!」
「…それは………」
 正直、半分は図星だ。
「だったらその力を活かせ!! カガリ嬢とお前とは、戦いの場が違うんだ! 彼女の傍にはその道に長けたサポーターがいると聞いた。 彼女のことは彼らに任せて、お前は身動きが取れないカガリ嬢の分まで、キラを守れ!!」
「…イザーク………、…だが、俺は…」
「………あのさァアスラン。女のために戦うのって、そんなにカッコ悪いことでもないと思うぜ。大切な人を守りたい、だから世界を 守りたい。…そういうところから出発したって、いいんじゃないの。ていうか、それが人としての基本だろ」
 横から穏やかに、しかし確実に一歩、ディアッカがアスランに歩み寄る。
「…だが、俺は………」
「聞いたぜ。ユニウスセブンを落としたテロリストが、ザラ派の残党だってこと」
「………」
「だから、自分が世界に何かしなきゃいけないんじゃないかって考え込んじまうの分かるぜ。お前の性格じゃな。それが悪い事ってわけでも ないし」
「……………」
 以前は遠いと思っていたディアッカ。だが今は、こんなに的確に自分の心情を察してくれる。穏やかに語り合うことなどできるのだろうか と懸念していたイザークも、こんなにも親身になって叱咤してくれる。
 アスランの胸に、不意に熱いものが込み上げてきた。それはそのまま涙になって、目から溢れそうになってしまう。
「けどだからこそ、まず自分の手の届くところから始めりゃいいじゃんか。何かしようったって、いきなりザフト全軍指揮だの、オーブ副 代表に名乗りを上げるだの、出来ないだろ?」
 わざと少し軽めに言葉を選んでくれる。アスランは小さく笑った。
「オーブに副代表なんてポストはないぞ」
「例えばの話」
 くっくっ、とディアッカも笑う。イザークも興奮が幾分落ち着き、二人の会話を見守っている。
「カガリの傍に居ても何もできないってんなら、離れてみてもいいんじゃない? 何も恋人だからって四六時中ベッタリしてなきゃいけない わけじゃないし、傍にいなけりゃ絶対何もできないってわけじゃないんだからさ。お前らなら離れてたって大丈夫だろ。二人とも誠実だし、 浮気できるほど器用じゃねえんだから。…だからさ。自分に今できるカガリへの援護射撃、考えてみろって。手の届く範囲でさ。イザーク はああ言ったけど、オレはお前が復隊以外の道を見つけたんなら、それでもいいと思ってるし」
「…ディアッカ…」
 信頼の眼差しを向けてくれる二人の友に、アスランは心底感謝した。それから、ニコルの墓石を振り返る。
 ここに彼が居てくれたなら、彼も自分の背中を押してくれただろうか。…それとも優しい彼のことだから、愛する人の傍にいてあげなきゃ だめです、と叱られてしまうだろうか。或いはあの時聞かせてくれた決意のように、力があるなら何かしなくちゃいけない、と静かに強く 呟くだろうか。

 ………そうだ。
 立ち止まっていてはいけない。
 プラントが積極的自衛権を行使し、連合と応戦する。連合は当然、世界安全保障条約機構という名の軍事同盟を結ぶよう…要するに一緒 にプラントを攻撃しましょうという誓約文章にサインしろ、と地球圏各国に働きかけ圧力をかけてくる。中立国は益々苦しい立場に置かれる ことになる。
 だが。
 オーブにはアークエンジェルがある。心を少しずつ癒している最中のキラにはひた隠しに隠しているが、潜水機能を追加し、宇宙艦から どんな地形にも対応できる万能戦艦へとパワーアップして、セイラン家勢力の目を巧みに避けて封印されている。万一の時にはマリューや バルトフェルド達が立ち上がり、オーブの中立を守る剣となってくれるだろう。

 あの艦に帰ろう。あの、優しい白亜の舟に。
 そして自分は、世界を平和にと願う議長の心をカガリへ運ぼう。
 議長から復隊やむなしとの言葉はあったものの、幸い、復隊に問題ありとは仰らなかった。ならばその信頼に応えて彼の剣を戴き、守り たい人々の為に携えよう。そして、世界平和を望む議長の意志を、ザフトの勇士の一人としてオーブへ運び、両者を仲介する強力なパイプ ラインになろう。それが自分の役割だ。
 そうすれば、オーブは安心して中立を保てる。
 キラも安心して、オーブで穏やかな生活を送れる。
 ………俺がこの手でキラを守れる。


 エメラルドグリーンの瞳に決意の瞳が浮かぶ。イザークとディアッカは、それを頼もしく思って目を合わせた。
「やっと生気が戻ったってカンジ?」
「フン! 結構じゃないか。お前がいつまでもジメジメしているとロクなことがないからな」
「随分な言われようだな。人が本気で悩んでたっていうのに」
「戻ってくる道を選んだなら覚悟しておけ。いつかの宣言通り、お前を顎でこき使ってやるからな」
「お前は自分の部下を顎でこき使ってるのか?」
「こき使うどころか、ジュール隊長はすぐ怒鳴るし厳しいって、既にパイロットの間じゃ有名なんだぜ。そのわりにジュール隊って今、 配属されたい部隊ナンバーワン」
「へえ、すごいじゃないか。前線の隊は避けられることも多いだろうに」
「フフン。驚いたか。人望ってヤツだな」
「お前そりゃオレが言わなきゃ説得力ないセリフだろ?」
「おい、どういう意味だ?」
「ははは。すっかり副官が板についたな、ディアッカ」
「いや、ジュール隊の副官ってほんとはシホなんだけどな」
「えぇ? 何なんだそれは。どう見てもディアッカが副官じゃないか」
 笑い合いながら、しばし他愛ない話を語り合う。
 それから各々心の中で、ここに眠る友人達に別れの挨拶を。
 遺体も遺骨もない墓標だが、それでもこの思いを彼らの魂へと運んでくれる神聖な場所であることに変わりはない。

 帰ろう。カガリの元へ。
 お前らなら離れても大丈夫とディアッカは言ってくれたが、カガリと離れた途端にアスランは揺れてしまった。キラの存在が自分にとって いかに大きいものか、改めて思い知らされた。ずっと一緒にいて、傍にいるのが当然だと思ってきた。だからこそ二年前には、同じ コーディネイターであり親友である筈の自分の元へ来ないキラに苛立ち、彼を何とか取り戻そうと必死になっていた。彼が『彼女』になって しまった今、あの時の取り戻したいという気持ちが変化して甦り……つまりその、男として妙な欲目が出てしまったのかもしれない。
 きっとカガリの傍に戻れば、そんな迷いは断ち切れるはずだ。
 キラはラクスの元で、今まで通り穏やかに……………。

 彼女に寄りそうピンクの妖精。その立ち姿を思い出し、連鎖的にあの少女の言葉が浮かんだ。
『今、きみの力が必要だって言われて。プラントのためにって…だから、あたし』
 無邪気にラクスを演じていたミーア。本人はそれがプラントのため世界のためだと信じているようだし、実際議長の力になっているのなら 確かにその一旦は担っていると言えるのかもしれない。実際、核を撃たれた直後の民衆を抑えたのはミーアだ。
 だがそれも、ラクスの姿を利用してのこと。声を上げたのはミーアだとしても、民衆にとってはあくまでも「ラクス・クライン」の言葉 であり、力であった。だからこそ、怒りに燃えていた民衆達はその声に耳を傾け、振り上げた拳を穏やかに降ろしてくれたのだ。
 イザークやディアッカが言うように不快感を禁じえないし、正しい手法とも思えない。これが政治と割り切ることもできない。なんとか やめさせなくては。ラクス自身の名誉のためにも、ミーア自身の人生のためにも。それにきっとこんなこと、議長のためにもならない。 彼自身言っていたではないか。私には「彼女」の力が必要なのだ、と。それは本来替え玉などではなく、ラクス本人のことだったはず。 彼女の行方を掴めなかったから、やむなく替え玉を立てたに違いない。
 そうだ、オーブに戻ったらラクスとも話をしてみよう。今プラント市民がどんなにラクスの言葉を求めているかを、議長がどれだけラクス の力を必要としているかを伝えよう。
 ラクスをキラから引き離すのは気が引けるが、今は世界の大事なのだ。平和になれば、また二人寄り添って穏やかに暮らせるようになる。 それに本物が出てくればミーアも解放されて、ちゃんと自分自身として生きられるはずだ。





 この時アスランは、自分の考えが正しいのだと信じて疑わなかった。




BACKNEXT
RETURN


UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

 あっちゃ〜アスランそっちに行っちゃうんかい!? みたいな感じで。
 この時点で既にデュランダルマジックに引っ掛かっているので、ザフトの軍人になっちゃったらオーブに入れないとか、そのへんさっぱり 念頭にないようです。いや、或いは『アレックス・ディノ』という名でアスハ家に籍が残っているので大丈夫、とか思ってたのかもしれません。
 あとはディアッカがうまい具合に凝り固まっていたところをほぐしてくれちゃったっていうのもあります。
 純粋に世界のためにという想いは勿論尊いですが、それは「何かしたい」という前向きな想いだから尊いのであって、「何かしなければ」 という強迫観念であるのはちょっと…と思うのです。世界は重いです。たった一人で「世界のために」「人類のために」とか、この時の アスランのように「父のまいた種を自分が何とかしなくては」っていうふうに思い詰めてしまったら、何かを成す前に世界の重みに耐え 切れずに潰れてしまうのでは、と思うのです。
 ここでのディアッカの言葉は、海原の考えを代弁したもの…ですね。
 …で、これでほぐれてくれちゃった結果、よしオーブに帰ろう! じゃなくて「セイバー貰って役に立とう!」に転んじゃったわけです(笑)
 転んだところで、以下、次号!
 え? そんなふうに煽るんならさっさと更新しろって?
 ………仰る通りです………_| ̄|○