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for DREAMING-EDEN

第九章
『屈服』

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 ミネルバ艦長タリア・グラディスは、早急な決断を迫られていた。
 しかもその決断を下すための判断材料は、ヒロトから聞ける話と一般メディアからの情報という、ひどく少ないものだけしか手に入らない。 ザフトの軍艦だというのに、本部からは何の音沙汰もなく、カーペンタリアと連絡も取れない。微妙な情勢なのだから単独で下手に動くこと はできないし、向こうだってこちらが降下後オーブに停泊していることは把握しているはずなのだから、外交ルートを通じてオーブ政府を 経由し、カーペンタリアに戻れと一言告げれば済むだけの話なのに。
 オーブが連合に取り込まれてからでは遅いのだ。そんな連絡手段を取ることができなくなる上、ミネルバは「敵」の腹中で孤立してしまう ことになる。
 切り捨てられたという可能性はない。このミネルバはザフト最新鋭の戦艦だ。ザクウォーリアは勿論、インパルスだって搭載されている。 それに、実際本部にも本部の都合があり、プラントに核を放たれた今、対応に追われてそれどころではないというのも多分にあろう。 理屈では理解しているのだ、そのあたりのことは。
 しかしそれにしても、と恨み言を呟きたくなってしまうタリアであった。なにしろオーブでこんなに長い間待たされるとは思わなかった のだから。
 確かにカガリの手回しは有り難かった。関係者以外の目に触れさせることのできない重要機密部についてはザフトできちんとしたチェック が必要だが、モルゲンレーテの尽力のおかげで、それ以外の艦の大部分の状態についてはほぼ万全にまで回復している。
 それに、マリア・ベルネスという新しい友を得られたことも、オーブに来たからこその事。ユニウスセブン落下を止めきれなかったことは 残念だが、しかしあんなことでもなければ、オーブ市民の彼女と出会う機会があったかどうか。
 …とはいうものの、それは個人的な成果に過ぎない。それにこの先オーブが選ぶであろう道を考えれば、彼女とじっくり友情を育む時間 は作れない。…惜しいことだ。彼女とはきっと、グラスでも傾けながら語らったらとても楽しいだろうに。ひょっとしたら二年前の大戦中の 武勇伝を自らの経験として語ってくれるのではないか。そんな期待もある。タリアの憶測にすぎないけれど。
 世の中そう都合よくいかないことは身をもって思い知らされた経験のあるタリアだが、本当に運命というものはどこまでも皮肉なものだと、 改めて噛み締める。
 うんざりした顔を隠し切れず、ワールドニュースのチャンネルを変える。どのメディアも、プラント政府が積極的自衛権を行使するで あろうと予測していた。
「………」
 それについて、タリアにも異論はない。ザフトは遠からず動くことになるだろう。それに伴い、地球上の中立国家がまた再び連合に飲み 込まれてゆくであろう事も、わざわざ識者に解説してもらうまでもなく予想がつく。歴史は繰り返すとはよく言ったものだ。
 気に掛かるのはもう一つ。先日の奇妙な匿名通信だ。もう少し言えば、アンドリュー・バルトフェルドと繋がりのある誰か…ということ になるようだが、結局のところ正体不明であることに変わりはない。
 彼はグズグズするなと言った。このままでは面倒なことになると。オーブが連合から迫られている条約締結も、アスハ代表が踏ん張って はいるが、セイラン家に押されている現状では跳ねつけることは難しいだろうと。…そして、近日中にプラントが積極的自衛権を行使する であろうという事も、断言こそしなかったものの確信ありげに囁いて来た。降下作戦が始まれば連合との衝突は避けられない、と。
 オーブ政府の内情をここまで知っており、ザフトの初動を読み、更に自らの身元は一切明かさぬ卓越した技術。タリアは密かに通信の 発信源を探らせたのだが、オーブ国内の公衆ターミナルを中継ポイントにしているというところまでしか追跡できなかった。そこまでして わざわざミネルバにメッセージを寄越すとは、と猜疑を通り越して感心してしまった。
 …いや、あるいはカガリからの遠回しな忠告なのかもしれない。彼女自身の名は迂闊に出せないだろうし、彼女が直接ミネルバにそろそろ 帰れというのは外交上問題がある。だからこそ、ザフトの軍人になら通用するバルトフェルドの名前を使ってきたのではないか。二年前 ラクス・クラインと共にエターナルを奪取したアンドリュー・バルトフェルドと、祖国を失って宇宙へ上がったオーブ艦クサナギが、 アークエンジェルと共に共闘していたことは、有名な話だ。ならばカガリがバルトフェルドと面識があることも、彼の名を借りることも、 ちっとも不思議なことではない。

「………カーペンタリアと連絡は取れない?」
 しかしそれらは全て憶測にすぎない。確実な情報や指示があれば、それが一番最良だ。タリアは最後の確認のつもりで通信席へ声をかける。
「だめです。地球軍側の警戒レベルが上がっているのか通信妨害激しく、レーザーでもカーペンタリアにコンタクトできません」
 やっぱり、と言うより他にない。アーサーもがっくりと肩を落とす。
――――これ以上は待てない。
 タリアは、八割方決まりかかっていた心を、完全に決めた。
「いいわ。命令なきままだけど、ミネルバ、明朝出航します」


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 同じ頃、カガリもまた決断を迫られていた。
「なん………だと?」
「…プラント政府は、積極的自衛権の行使を、決定したそうです」
 手にある文章を極端に要約して読み上げるヒロトの声も、苦々しい色に染め切られている。彼の隣にはもう一人、骨格のしっかりした 長身の女性が立っていた。彼女の表情もまた、厳しい。
「……………そ……んな……………!!」
 またも努力は徒労に終わる―――。その厳然たる事実に、カガリは自分の心が絶望の淵へ墜ちてゆくのを止められない。
「どうして…一体なぜ、こんなことになるっ………!!」
 胸元から指輪を取り出し、ぎゅっと握り締めるカガリ。その仕草に、ヒロトはぐさりと胸に刃が突き刺さるのを感じた。



 ヒロトにはこの数分前に、既に絶望が訪れていた。
「なっ、………なんだって…!?」
 それは、アスハ代表としてのカガリ宛に送られて来たメールをチェックしていた時だった。ウイルスのあるものは省き、何らかの罠が 仕掛けられた攻撃的なメールがないか調べ、また必要であれば内容を確認するのは、政策秘書としての彼の日常の仕事である。
 その中に、プラントへ発ったきり音信不通だったアレックス・ディノからのメールがあった。彼からのメッセージはカガリも心待ちに しているだろうし、何より自分もプラントの実際の動向が気になる。メディアが取り上げている怪しげな「関係筋」の話や推測ではない、 生きたプラントの声が欲しかった。
 プライベートな内容であればプライベート用のアドレスへ送るはずだと、ヒロトは迷いなくそのメールを開いた。

 だがそこにあったのは、ザフトに復隊するという決意の文章だった。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

 あっちでもこっちでもガッカリションボリ。みたいな感じです。
 このあたりグダグダ劇場が続きますが、次回ヒロトくんのグダグダ劇場。って、またかよ!(一人ボケツッコミ)