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第九章
『屈服』

(5)






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 連合が突然核を撃って来たこと、そのことでプラント市民の間には暴動寸前にまで動揺が広がっていたこと、なんとかそれを収めて議長が 世界平和を訴えたこと、そしてその議長の平和への熱意に打たれたことが、簡潔にまとめられた文面だった。あろうことか、自分はザフトに 戻ることでプラントとオーブとの橋渡しになるとまで。
「…一体…何を考えているんだ、あなたは!!」
 だんっ、と拳で激しく机を殴った。
 ヒロトはこれまでに感じたことのない激しい怒りを抑えられない。アスランがどういうつもりかは知らないが、これは明らかに、今まで 彼の帰りを信じて待ってきたカガリに対する裏切りだ。彼を信じて送り出したカガリへの手酷い裏切り行為だ。彼は何もわかっていない。 カガリの気持ちも、今現在置かれているオーブの立場も。

 今この情勢の中でザフトの軍人を新たに受け入れたりしたら、やはりオーブはプラント側につくと連合に判断され、すぐさま攻撃対象に されてしまう。それを抑えてオーブを救うのは、連合とパイプを持つセイラン家だ。そうなれば当然、セイラン家がオーブを救ったのだと、 いざという時頼りになるのは彼らだと、オーブにはセイラン家がいなくてはと、そういう流れで民意を得ようとするに違いない。
 国民達の間で未だアスハ家への支持は強く、民間団体の世論調査でも八割を超える支持率を維持している。だが同時に、カガリの幼さに 不安を覚えるという声も、決して少ないわけではないのだ。
 こんな時にセイラン家への追い風を作るわけにはいかない。オーブが中立を保ち、平和を叫ぶためには、決して。
 そもそも、そうでなくとも連合から同盟締結を迫られ、その圧力が日に日に強くなってきているというのに、そのことを彼は知らないと でもいうつもりだろうか? 自分はプラントの様子を見てくるのだから、オーブのことはカガリに任せっきりで、情勢も調べず放置していた というのか?
 そうだとしたらあまりにも酷いと、ヒロトは更に憤る。いかにオーブの獅子の娘であろうと、アスハの名を戴く者であろうと、一国の 代表であろうと、実際カガリ自身はまだたった十八の少女でしかないというのに。そのことを彼は本当に理解しているのだろうか? そんな 疑念すら沸いて来る。そしてその少女の小さな双肩に、国の命運という荷物は果てしなく重い。傍にいる誰かが…そう、アスランこそが、 その重みを和らげてやらなくてどうするというのだ。それを、カガリを守る為にザフトに戻るなどと、わけのわからないことを…! それが 逆に彼女を追い詰めると、どうして気付かない?
 そもそも本来基本的に、オーブに他国の軍人は入国できない。ミネルバの入港は非常事態に伴うものだったからで、特例と言えるケース なのだ。ザフトに復隊した時点で、アスランはオーブへの入国すらままならなくなる。それを知らないわけはないのに、一体どういう つもりなのだ。

――――彼女を愛し、守りたいと願うのなら、どうして彼女の傍にいてあげない!? どうして彼女から離れて行ってしまうんだ!!

 怒りは収まることなく、次々と湧いてくる。止められるわけがない。
 傍にいる。目を合わせられる。手を伸ばせば触れられる距離にいる。話を聞いてくれる。声が聴ける。たったそれだけの些細なことが、 一体どれだけ彼女を力付けているか! どれだけ自分が代わりたいと願っても叶わないというのに…なのに、何故! いくら議長の熱意に 打たれたからといって、ザフトに復隊するなど! それはオーブを、ひいてはカガリを棄てることと同義だ!!
 許せない。許せない、許せない!!!
 カガリの愛を一身に受け、それに応えておきながら、こんな形で彼女の心を置き去りにするなんて!!
「くそっ!!」
 乱暴にキャスター付きの五段ラックを倒す。抽斗が滑り落ち、未開封のメディアディスクや筆記用具、書類などが零れて、派手に床に 散乱した。

「ちょっとちょっと、今の何の音だい?」
 隣室から慌てて恰幅のいい女性が現れた。モデル体型とスポーツマン体型を合わせたような、頼もしいスタイルの女性だ。二十代後半、 もしくは三十代前半といったところだろう。
「うわ。…なんだい、どうしたってんだよ」
「…メイさん………。…すみません…、何でもありませんから…」
 興奮して上がった呼吸を整えながら、ヒロトが気まずく片付け出す。メイと呼ばれた女性は、そのままひょいと悪びれなくモニターを 覗いた。
「………あ〜あ〜あ〜、こういう事か」
「…」
「タイミング悪いったらないねぇ。あの子この状態でザフトに戻るってことがどういう事か、わかってんのかねぇ。こっちに情報を流して くれるハラでもないみたいだし? そもそもそういう仕事には向かないタイプだけどね」
「最低だ」
 吐き棄てるようなヒロトのシンプルな言葉に、メイは片眉を吊り上げて振り返る。
「………。まあ、向こうの正確な情報がこっちに来ないように、今こっちがどういう状況なのかって詳しい情報も、向こうには行ってないん だろうねぇ」
「そういう問題じゃない!!」
 力の限りにラックを叩く。折角片付けたのに、また中身が出そうになっている。
「カガリ様を取り巻く状況を、彼は見ていた! 知っていた!! なのに、こんな…!」
「…あんたの気持ちもわかるけどさ」
 母親がするように、ぽんぽんとヒロトの背中を優しく叩くメイ。
「あの子が自分で決めたってんなら仕方ない。あの子だってなにもカガリちゃんを見捨てたわけじゃないよ。きっと、世界に良かれと思って 選んだんだろうさ」
「けど!!」
「けど、だよ。…アスランくんがいなくったって、カガリちゃんにはあたし達がついてる。だろ?」
「………」
 力強くにっと笑うメイ。
「確かに状況は苦しいけどさ。だからって諦めるわけにいかないじゃない。アスランがいないからもうやめる、なんて匙投げるような子でも ないだろ? カガリちゃんは」
「それは…」
「だからあたし達がしっかりしなきゃ。ね? ほら! しゃっきりしなよ、大黒柱!」
 今度はバンっと勢いよく叩かれる。思わずイテッとうめいてしまった。
「とはいえ、状況厳しいってのは実際そうなんだよねぇ」
 ふぅ、とメイがちゃっかりヒロトのチェアに座った。
「プラントが積極的自衛権行使に出るってんなら、連合だって黙っちゃいないだろうし。確実に強くなるねぇ、圧力」
「ええ…」
「結局、どうしたってどっかとケンカしなきゃならないのかねぇ。まったく、どいつもこいつも聞かん坊だらけで困っちまうね」
 やれやれと短い髪をかき上げ、がりがりと頭を掻く。
「ま、とにかくこの事、早くカガリちゃんの耳に入れとかなきゃ。狸どもに先越されたら痛いよ」
「…そうですね。…わかりました」
「大丈夫かい?」
「ええ、もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」
 すっかりいつもの調子を取り戻したヒロトに、にかっと笑いかけるメイ。
「あ、最後にいっこだけ」
「はい?」
「アスランくんのこと、怨んだり憎んだりしちゃだめだよ」
 ぎく、と一瞬ヒロトの目に動揺がよぎる。メイはやれやれと顔に書いて、殴りつけていた拳を手に取った。赤く腫れている。
「あんたがしんどくなるだけだからね。それは」
「………………。努力…します」
「ん」
 よし、とメイはヒロトの手を離す。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

 …ヒロトのぐだぐだ劇場というか、対アスランやけっぱち罵詈雑言劇場になってましたね…(冷汗)
 さりげなーく新キャラ出てますが、(アスランへの)フォローにはなってないっぽい…ですね。ぐはっ。