++fragment-FF11「ポロメリア」2++

ポロメリア
(2)








(…ヤバいわよ、どう考えても)
 これはもしやかなり危ない道に片足突っ込んでいるのでは、と気付いた時にはもう遅かった。
 いや、フィオと名乗った彼が案内してくれるこの道は、カザムの奥地というだけあって危険なモンスターもゴブリンもおらず安全なのだが、 そういう意味ではない。
(えーっと…ブルゲール商会のジジィに怪しげな荷物持たされて、ジュノの税関で引っ掛かった時は、一ヶ月飛空挺に乗れなかったんだっけ)
 ご禁制の品が見つかって一ヶ月乗船禁止。では、貴重な男のミスラを集落から連れ出す手伝いをしたら、一ヶ月カザム入国禁止とか?  ああいや、カザムは独立した集落ではあるけれど、国ではないか。
 フィオに手を引かれながら、そんなことをぐるぐると考えていると、クスッと楽しそうに微笑む気配。
「アリアって可愛いね」
「はぁ!?」
 この状況で何を突拍子のない事を、と顔を上げると、フィオはこちらを振り返り、可愛らしい顔立ちを更に可愛らしくさせて微笑っていた。 …彼のほうがよほど可愛いと思う。
「エルヴァーンって、もっとお高くとまっててとっつきにくいかと思ってた」
「ああ…。よく言われるわ。実際サンドリアにはそういうヤツのほうが多いわよ、未だに」
「へぇ〜。実物見るの楽しみだなぁ」
「………」
 本気で実物を見にいくつもりらしい。



 あの後。
 絶対数が少ないミスラの男であるという、それだけでも既にアリアを大いに驚かせていたフィオなのだが、彼は更にとんでもない事を言い出した。
「僕、バストゥークに亡命したいんです。手筈は整えてあるので、後はノーグに行けばいいだけなんですけど、よりによっていざ決行っ ていう時に近所の子に勘付かれちゃって」
「―――――」
「それでこうやって、強引に逃げてきたってわけ。ね、このあたりを一人で歩く気になるくらいなんだから、アリアってすごく強いんでしょ?  お願い、僕をノーグまで連れていって」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ちなさいよ。………あのねぇ」
 尋ねるべき事は色々あるような気がするが、まずアリアの口から出たのはこんな質問だった。
「君、そこまでしてバストゥークまで行って、何がしたいの?」
「冒険者になって、世界中をこの目で見て回りたいんです。小さいころから夢だったんです。この狭い世界から飛び出して、広い世界を この足で走り回ることが。たくさんの風景を、自分の目で見てみたいんだ」
 むう。それは確かに、カザムの奥地で護られていては一生叶わぬ夢だろう。
 しかし、だからといって。
「………耳としっぽ、どうする気?」
 言うべき事は色々あるような気がするが、次にアリアの口から出たのも、先と似たり寄ったりの質問だった。
「耳はカツラで隠します。僕、しっぽすごく短いんですよ。だからしっぽのほうは大丈夫。冒険者の登録はヒュームでするし、そのへんも 手回ししてあるから」
「…確かに私も、一瞬ヒュームかと思ったけど…。でもいくら短いって言っても、サブリガ装備したらすぐバレるんじゃないの?」
「サブ…? あ、なんだっけ、あのビキニパンツみたいなやつ。でもあれって絶対装備しないといけないものじゃないんでしょ?」
「そりゃまあ…」
 あれこれ手を回すだけではなく実行に移すだけあって、中々しっかり情報収集をしている。しかしわざわざサブリガの情報を、と 思わないこともなかったが、しっぽで種族がバレるミスラにしてみれば重要な問題なのかもしれない。
「どうしても危なかったら、魔道士系ジョブでローブ着るしかないかなぁって」
「まぁ、最悪それしかないでしょうね。…ってそうじゃなくて」
 完全に話がズレている。が、これは自分の質問のし方が悪かったのが原因だ。ならば軌道修正も自分でするべきであろう。
 アリアは一つ溜息をついた。
「こんな事言いたくないし、君も聞きたくないでしょうけど、ミスラの男子って稀少種なんでしょう? だからカザムで護られてるわけよね。 その君が飛び出したりしたら、ご両親や今まで君を護ってきた人達がどれだけ心配するか」
「数が少ないっていうだけで一生種馬として生きろっていうの? 僕は好きでミスラの男に産まれたわけじゃないのに、産まれた瞬間に 人生まで決められちゃうわけ?」
「あら、周りの人達を説得することもできないのに主張だけは一人前ね」
「……あなたはカザムの本当の姿を知らない」
 ふ、とフィオの表情が翳る。
「きっとアリアの知ってるミスラ達はみんな、奔放で自由気ままに生きてるんだろうね。でも、ここにいるミスラ達は違う。大昔から口伝で 伝わる掟だけを頑なに守って、掟が絶対なんだって、誰もおかしいと思わない」
「そんなのサンドリアだって似たり寄ったりよ。けど私は、………」
 今度はアリアが黙り込む番だった。

 フィオに偉そうにお説教する資格は、自分にはない。

「……………わかったわ」
 えっ、とフィオが顔を上げる。
 少々重くなった空気を吹き飛ばすように、アリアは苦笑しながら肩を竦めて見せた。
 彼の表情がはっと期待に満ちる。
「…え…っ、それじゃ、いいの!?」
「悔しいけど、確かに迷って困ってたのも事実だし。それに、頭のカタい事ブツブツ言ったって、君はどうせ行くつもりなんでしょ?  例え独りでも」
 うん、と力強く頷くフィオ。
「ここまで関わっちゃって、一人で行かせるのも心配だしね。いいわ、新手の護衛クエだと思って、送ってってあげる。丁度私もノーグに 向かってたんだし、旅は道連れだわ」
「ほんとに…!? あ、ありがとう!!」
 ぱあっと顔を輝かせ、がばちょと抱き付いてくる。はいはいよしよし、と頭を撫でてやると、なんだか弟が出来たみたいな気分だ。
 弟という連想から、不意にサンドリアの実家を思い出しそうになり、アリアは小さく頭を振った。
 感動の抱擁は長くは続かず、今度はぱっと放された。こういうハグは、そういえばミスラの子がよくしてくる。男女関わらず種族的なもの なのだろうか。
「早速だけど、プリズムパウダーとサイレントオイル、あといくつ持ってる?」
「えっと、1ダースと9個」
「そう」
「大丈夫、さっきはみんなを撒くために使ったけど、ユタンガに出るまではモンスターは出ないから」
「ああ、そういう意味じゃないのよ。それは持っておきなさい。ユタンガに着いたら、遮断魔法は私がかけるわ」
「え…でも」
「いいから」
 そこまでさせるわけには、とか言い出しそうなフィオを、片手を上げることで制する。
「それはいざって時のために持っていて。いざって時っていうのはつまり、私が君に魔法をかけられる余裕がなくなる事態に陥った時ね」
「…そうならない事を祈るよ」
「ええ、私もできれば平穏無事にノーグに辿り着きたいわ」
 顔を見合わせて、微笑む。もはや二人は既に『仲間』だった。
「よろしく、アリア」
「こちらこそ」
 真剣な表情で右手を差し出したフィオに、アリアは自分の手を重ねて、ぐっと握手を交わす。
「それじゃ、道案内は任せて」
「ユタンガに出てしまう前に止まってね。いきなり出たら」
「モンスターや獣人がいる、っていうんでしょ? わかってる、僕だって伊達にこのあたりをウロウロしてるわけじゃないんだから」
 にこっと人好きのする笑顔でそう言うと、ぱっと右手を離し、今度は左手でアリアの右手を捕まえてきた。
「え?」
 掴まえたというか、手を繋いだ、と言ったほうが正しいこの状態。ぱちくりとアリアが自分の手とフィオの顔とを交互に見ると、 フィオはにこにこと嬉しそうに笑っていた。
「はぐれたら大変だし。…ダメ?」
「………」
 ああ、だめだ本当に弟が出来たみたいだ。
 あるいは野良猫に懐かれた気分。
 アリアは思わず吹き出して、笑ってしまった。
「いいわ。案内よろしくね」
「うん!!」
 嬉しそうに頷いたフィオは、「こっち、足元気をつけて!」と張り切って案内を始めた。ああ可愛いなぁ、とアリアはフィオに手を 引かれながら、彼の斜め後ろから見守るように着いて行ったわけなのだが。



(…ヤバいわよ、どう考えても)
 ふと我に返ってみれば、自分がやっている事はかなり大事なのではないか、と冷や汗を流したというわけである。
 ノーグにどういうつてを用意したのかは知らないが、このまま自分がフィオを連れて行ってしまったら、完全に犯罪成立ということに なってしまうだろう。
(この場合、罪状って何? 誘拐? 拉致? それとも、稀少動植物及び種族保護条約違反?)
 うわ、と一瞬青くなってしまう。それを見透かしたようなタイミングで、フィオがこちらを見ないまま言った。
「心配しないで。アリアに迷惑がかかるような事には、絶対させないから」
 え、と顔を上げる。フィオは真っ直ぐに進行方向を見据えていて、こちらを見ようとしない。それが余計にバツが悪くて、アリアは ふいっと視線を外した。
「私は別に、そんな心配なんて…」
「うん。もう充分迷惑かけちゃってるもんね。今更何をって思われても仕方ないと思う。でも、ほんとにこれ以上は迷惑かけないから。 絶対に」
 子供っぽさはそのままに、けれどひどく真剣な声。
 何がうんなんだか返事になってないわよ、と茶化すことも躊躇われるほどの、真摯な声。
「ありがとう。ほんとに、ごめんね。巻き込んで」
「……………」
 咄嗟に返す言葉が見つからなくて、アリアは沈黙を誤魔化すために軽く咳払いをした。自分でも大変わざとらしく聞こえたのだが、 そこに自らつっこむ必要はあるまい。また、向こうからつっこまれるのもシャクなので、フィオが口を開く前にこちらが話題を振った。
「それにしても、私が偶然こんなところに入り込んでたから良かったけど、誰もいなかったら君一人でどうするつもりだったの?」
「え? 勿論、一人でノーグに向かったよ。みんなのことは撒いて」
 途端に元のフィオに戻った。内心ホッとしながら、アリアはふふと笑った。
「それじゃ私をスカウトする必要もなかったんじゃないの? 彼女達と一緒にやり過ごしてしまうほうが、面倒が少なくて済んだでしょうに」
「あー…うん、それはまあ…そうだけどさ」
 もごもごと言い淀んで、それからぱっとこちらを振り返った。
「その、蒼い鎧!」
「え?」
 言われて、自分の纏っている鎧に目を落とした。この鎧はジェムキュイラスといい、ナイトの最強装備のひとつとして挙げられる アダマンシリーズの胴装備、アダマンキュイラスのHQに当たる。彼女の所属する雑談系のLSにたまたま腕の良い合成職人がいたため、 また幸運にも恵まれたために、アリアはアダマンシリーズの装備を一揃いすべてHQで揃えることに成功していた。
 材料を揃えるのは、一苦労どころか二苦労も三苦労もかかったが、それを補って尚余りある程の性能。日に日に価格が吊り上ってゆく ため、HQどころかNQにさえ手が届かず泣いているフレンド達のことを思えば、本当にありがたい話だ。
「一目ですっごい冒険者だってわかったよ。ものすごく綺麗だったんだもん。だから、あ! って咄嗟に思ったんだ」
「で、咄嗟にスカウト? なるほどね。冒険者の卵としては、判断力と行動力は合格点ってところかしら?」
 笑いを含ませながら返すと、フィオはえへへと笑って前を向いた。
 …? 僅かに頬が赤くなっていたのは気のせいだろうか。冗談めかしたし、別にそんな反応をされるほど褒めたつもりはないのだが。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

 ミスラの設定も細かいとこは捏造してます。冒険者として活動してるのは女性だけっていうのはそのままですが。 NPCにも男性のミスラっていない…あれっ何人かはいるんだっけ? とりあえず少なくとも海原はまだ会ったことありません。
 価格が日に日につり上がる、の辺りで詳しい方にはピンとこられるかもしれません。
 この話、だいぶん前のヴァナを舞台にしています。少なくともアトルガン導入前ですね。