-+『第十四楽章と第十五楽章のあいだの間奏曲』(3)+-

第十四楽章と第十五楽章のあいだの間奏曲

(3)









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「今日も奏者は不在、か」
 期待はずれとばかりに呟くヘレナ。
「不満そうだな」
 隣で紙コップに入った自販機のコーヒーを飲む一色。
「ええ。多いに不満だわ」
「M型標本第一号はもはや我々の手の内にある。これ以上何がいるというんだ君は」
「彼のデータもご所望なのよ」
「……。まずいな」
 くるり。琥珀色の液体が回る。
「やっぱり気分が悪い? あの奏者を見るのは」
「そんなことはないさ。彼はよく働きよく戦ういい少年だよ」
「うそ臭いセリフ」
 クスクスと笑うヘレナを、一色はサングラスの端からちらりと見る。
 そして、口元を軽く歪ませた。
「誰だって本当に思っていることほど、口には出さないものさ」
「あら、あなたが言うと説得力が増すわね」
「それは君が綾人くんを嫌っていると肯定する言葉だよ」
 そこへ、樹がやってくる。
「あら樹。スリーピングビューティーのご機嫌はどう?」
 茶化すように言うヘレナに、樹は厳しい表情を崩さず、自動販売機へ歩み寄る。
「出かけたよ」
「荷造りもせずに?」
「なに、あれにはライフモジュールさえあれば十分だろう。支障はないさ」
「そういう言い方はやめてくれないか」
 ぴ、とブラックのボタンを押す。
「彼女も、人間なんだ」
 ガラガラガラ、と紙コップに氷が吐き出される。
「いいえ。彼女は奏者よ。それはあなたが一番よくわかっているはずじゃない」
「……………」
 黒い液体と透明な液体が、コップの中に注ぎ込まれていく。
「…本当の本音は決して口にはしないものだ。人間は、ほんとうのことほど隠したがる。そうだろう、樹」
「……それは心理学の話? それとも哲学? それとも、僕への皮肉」
「心外だな。俺は一般論を言ったまでだが」
 ぴぴっ、ぴぴっ。
 出来あがったインスタントコーヒーを持って、樹は二人に背中を向けた。

「…あなたは確かに、本当のことは口に出さない生き物ね」
「君もだろう」
 不敵に微笑する一色。ヘレナはやれやれと肩を竦ませた。


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 頭が痛い。
 昨夜からずっと、耳鳴りがする。
 耳と頭の間あたりで、甲高い音が鳴り続けていて、痛い。

「ちょっと〜ぉ、ねえ綾人!」
 からん、とラムネのビー玉を鳴らして、恵が布団の傍にしゃがみ込む。
「起きてんでしょお〜! 返事くらいしなさいよ! ていうか、いつまでゴロゴロしてんの?」
 だって頭が痛いんだ。
 だから昨夜は、よく眠れなかった。
 ……それに。
「……ね〜、あたしさぁ〜、今度、試験受けることになってね? それに受かったらさぁ〜! ………ねーちょっと、綾人ォ?」
 何の反応もない綾人に苛立ち、恵はゆさゆさと肩を揺さぶる。
「聞いてんなら返事くらいしなさいよ! …まさか、ホントに寝てんじゃないでしょうね! こら綾人!!」
 ばさっ、と描け布団を取り去る。
「………」
 ムスッとした顔で、綾人は目線だけを恵に送った。
「何よ、起きてんじゃない。も〜いい加減布団から出なさいよ〜、何時だと思ってんの?」
「…」
 むっつりしたまま、布団の上に座る。
 服は昨日着ていた普段着のままだ。

「…お前も、知ってたんだろ」
「は?」
「知ってたんだろ。……あのこと」
「…何のことよ」
 きょとんとしている恵。だが次の瞬間、ぱっと顔を輝かせた。
「ねえねえ、それよりさ! あのね、実はあたしさぁ」
 苛つく。

 綾人は立ち上がると、そのまま部屋を出ていく。
「あっ、ちょ、…ちょっと! こら綾人!! 人の話は最後まで聞け〜!」
「頭痛いんだよ! …大きな声出すなよ」
 そのまま、居間へ。
「……なによ、あいつ! ったく」
 恵はぶすっと唇を尖らせて、残っていたラムネを飲み干した。



 何をしようかとか、どこにいこうかとか、全然何も考えてなかった。
 幸いというか、遥さんもいない。

 …ていうか、当然知ってたんだよな、遥さんも。…僕がムーリアンだってこと。
 MUフェイズ反応はなかったなんて言ってた張本人のくせに。
 真実を見せてあげるなんて言って、結局肝心なことは隠されてる。

 このモヤモヤがなんなのか、どうしたら晴れるのか、考えたいのに。
「……ああもう! 煩い!!」
 耳鳴りが。
 微かにキィ…ンと響き続けている。
 煩い。
 音が大きいわけじゃないけど、地味に煩い。


「オリン」

 聞き慣れた声に縁側を振り返ると、洗濯物のこちら側に、久遠が立っていた。
「…久遠…」
 にっこりと微笑む久遠。
 だが。
 …彼女も、知っていたんじゃないか。
 ムーリアンがMUと戦っていると知っていて、影で自分のことをクスクス笑っていたんじゃないだろうか。
 だが、彼女は日傘を肩にかけ、いつもの笑顔を浮かべて綾人を真っ直ぐにみている。

「歩きましょう。オリン。おとの響かないところまで」

 彼女の呟く言葉は、時々意味がわからない。
「え?」
 怪訝に聞き返すと、彼女は土足で縁側に、居間に上がりこんできた。
「ちょっ、久遠! 靴! 靴!」
「だいじょうぶ」
「大丈夫じゃないって! 靴、ちゃんと脱いで上がんないとだめだよ!」
「だいじょうぶ。だから、行きましょう」
 ぐいっ、と綾人を引っ張る。
 やはり、そのまま縁側へ。
「久遠!! 僕も靴、履いてくるから!!!」
 ふふっと微笑む久遠に、綾人は溜息をついてしまった。




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