-+『第十四楽章と第十五楽章のあいだの間奏曲』(6)+-

第十四楽章と第十五楽章のあいだの間奏曲

(6)









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 街。
「あ、ねーねーねーこの服かっこいい〜!」
「ほんとだー」
「早くこんなの似合うくらいオトナになりたいよね〜」
 人、人、人、人、人。
「これだったらあたしでも着れるかも〜」
「胸ないでしょ胸!!」
「あはははは」
「あはははは」
 人、人。目、眼、眼、眼、眼。
 こっちを見ている。見られているような気がする。
 …帰りたい。
 約束なんか破っちゃえばよかった。
 そうじゃなきゃ今日の授業みたいに仮病使えばよかった。
「ねーねーところでさー、コクハクどーなったのよー」
「えっ!? うそ、ついに言っちゃったの!?」
「え〜っ」
「え〜じゃないよ〜、言いなさいよ〜」
 すれ違う人。他人。他人。
 視線。視線。視線。
 ………みんなが、見てる。じっとこっちを見てる気がする。
「…らは、政府広報です。あなたの周りに、青い血をした人はいませんか?」
 びくっ、と肩が震えた。すぐに周囲を見る。驚いてしまったこと、誰かが見ていなかっただろうか。
「青い血をした人は、ムーリアンです。人類を侵略しようとする敵です。見つけたらすぐに通報しましょう。ムーリアン撲滅のため、 皆様のご協…」
 遠ざかって行く。ほう…と息をついて、それもまた不自然だと息を飲む。
 向こうで服をたたんでいた店員がこっちをチラッと見たのは気のせいだろうか。
 レジにいる店員がジロッと自分を見たのは気のせいだろうか。
 後ろでスカートを物色していた高校生が自分を睨んだのは気のせいだろうか。
 店の前を通りかかった中年女性が自分を見て足を止めたのは気のせいだろうか。
 向いの喫茶店から出てきたサラリーマンが自分を睨みつけてきたのは気のせいだろうか。
「なんか最近よく見るね、あの政府広報っていうやつ」
「青い血とかムーリアンとかいうの?」
「そうそう。っていうかさ、正直ウザくない? 血が青い人間なんているわけないじゃんね〜」
「青がムーリアンだったらー、じゃ緑だったらモーリアンとか?」
「何ソレ〜! モーリアンだって!」
「なんか牛っぽい! あははは!! …あれ、どしたの?」
 ぽんと肩に手を置かれただけでもドキッとしてしまう。ちゃんと後からついて行ってるんだから、構わないでくれたらいいのに。
「う、うん。別に。どうして?」
「だって、店ん中でパーカーのフードなんか被っちゃってさ」
「な、何か、クーラー効きすぎみたいかなって」
「寒気?」
「ちょっとぉ、顔色悪いよ? 気分悪い?」
「…ちょっと」
 吐きそう。
 誰も彼もが自分を見ている気がする。こいつが人類の敵だと睨まれているような気がする。
 怖い。
 怖い。
 怖い。
「だいじょーぶぅ?」
「ちょっと外出て風に当たっておいでよ」
 囲まれる。
 みんなクラスメイトで、友達で、だけど。

――――この子ムーリアンなんだよ〜
――――そうだよ〜、この子血が青いんだよ〜
――――本物の青い血って見てみたいかも
――――だよねー。ちょっと腕とか首とか切ってみようよ
――――平気平気、どうせ通報したら殺されちゃうんだから
――――傷くらいつけたってどうってことないって?
――――そうよ。人類の敵はちゃんと殺さないと


「…っ!!」
 にぃ、とみんなの口が三日月型になって、嗤う。
「あ…あたし、外にいるね」
 振り払うように、店を出る。


 はぁ、はぁ。
 変な息苦しさで呼吸が浅く早くなる。

 通り過ぎて行く、人、人、人。
 他人。他人。他人。
 眼。眼。眼。
 皆が自分を見ている気がする。
 皮膚を突き刺して、血管の管も突き刺して、血の色を見ている気がする。

――――あの子血が青いのよ
――――あの子血が青いんだぜ
――――あの子よ。あの子血が青いのよ
――――本当にいるんだなぁ、青い血をしたムーリアンってのは
――――いやだわ、早く政府に通報しなくちゃ
――――ムーリアン? あれが? なんでこんなとこにいるんだよ
――――青い血なんて、気味の悪いこと


 違う! 違う!! 違う!!!
 フードを深くかぶって、ぎゅっと目を瞑り、耳を塞ぐ。

『こちらは、政府広報です』
 ショーウィンドウに並んでいる新製品のテレビが、一斉に点灯した。
『青い血をもつ人は、ムーリアンです。ムーリアンは人類の敵! 恐るべき侵略者! 青い血をした人を見かけた方は、ただちに最寄の 警察、消防署、政府の機関へお知らせ下さい。人類の敵、侵略者ムーリアン達を撲滅しましょう!』
「ひ…っ」
 走り出す。電気店を通り過ぎ、あの声の聞こえないところへ。
 けれどテレビは追って来る。
『こちらは、政府広報です』
『青い血をした人は、人類の敵、侵略者ムーリアンです』
『青い血をした人は、政府が捕えて処刑します』
『青い血をした人を捕えるため、皆様のご協力を』
『青い血をしたあなた、自首して下さい』
『青い血をしたあなた、自首して下さい』
『青い血をしたあなた、自首して下さい』
『青い血をしたあなたは人間ではありません』
『青い血をしたあなたは人間ではありません』
『青い血をしたあなたは人間ではありません』
『青い血をしたあなたは人類の敵、ムーリアンです。大人しく処刑されて下さい』
『青い血をしたあなたは人類の敵、ムーリアンです。大人しく処刑されて下さい』
『青い血をしたあなたは人類の敵、ムーリアンです。大人しく処刑されて下さい』
『青い血をしたあなたは人類の敵、ムーリアンです。大人しく処刑されて下さい』
『青い血をしたあなたは人類の敵、ムーリアンです。大人しく処刑されて下さい』
「違うぅぅっ!!! 違う、違う、違ぁぁう!!! あたしじゃない!!!」
 走る。走る。逃げる。
 けれどテレビは追って来る。
 信号が、電光掲示板が、店の看板が、標識が、Tシャツの柄が、人々の指が、一斉に矢印になって責めるように自分を示す。

『『『『『ここに青い血をしたムーリアンがいますよ!!』』』』』

「いや――――――――――!!!!!」



「きゃああっ」
「危ない!!!」
 はっ、と顔を上げた瞬間。
 目の前にあったのは他人の眼でもテレビでも政府の人でもなく、トラックの正面。
「っ、あ」
 悲鳴を上げる間すらなく。





 青い血飛沫が散った。

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「…やった…」
 バーベム財団から送り込まれたTERRAの新兵器・ヴァーミリオンのコクピットで、操縦桿を握るエルフィは呟く。
「やったぞ…ラーゼフォンがなくったって勝てる…!」
 目の前で敵の超兵器ドーレムが青い液体を撒き散らし滅びた。
 自分のこの手で、滅ぼした。
 エルフィの声はやがて、歓喜の色を帯びてゆく。
 それは憎き仇敵に打ち勝った喜びか、それともやはり、もう綾人を戦わせなくてもいいという安堵なのか。…それとも、これで奴らの 同類、ムーリアンである綾人を排斥できるという喜びなのか。
「戦いに…あいつはもう必要ない!!」
 あるいは、その総てか。

「僕は…………」
 その声をラーゼフォンの中で聞かされた綾人は、最後の意味で受けとめた。
「………必要…ない……」


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「…今…変な感じがしなかった」
「酔いが回ったんじゃないのか。君もそろそろ独りに慣れるべきだ。自立というやつさ。俺がやったことは、君の時間を早めただけだ。 いずれこの時は来たのさ。俺達の時代がな」
 自信に満ちた表情で、シャンパングラスを目前に翳す一色。

 テラスに座る久遠はただ、夜空を見上げていた。




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