第十四楽章と第十五楽章のあいだの間奏曲
(7)
「…さようなら。ダルセーニョ」
ぐうっ、と唸る九鬼とは対照的に、麻弥は平静さを崩すことはない。
「まさか、ダルセーニョがこんなことになるとは…っ! 一体何故『外』に! しかもあんな小さな子供になど…!」
「落ち着きなさい。彼女は非常に特殊なケースです。仕方がありません。それよりも、すぐに代替手段を用意しなくては」
「しかし、彼女は今後我々の…」
「失せたものをいつまでも惜しんでいても、どうにもなりません」
「…っ」
失せた、もの、という言い方に、僅かに反感を覚える九鬼だが。
麻弥はいつもの、淡々とした口調と変わらぬ表情。
「彼女が『外』にサルベージされた原因については、引き続き調査を。あなたはフォルテシモとファルセットをスタンバイして下さい」
淡々としているのに、有無を言わさぬ静かな圧力を持ったその声で命ずる。
そして九鬼は結局、その圧倒的な迫力に抗うことなど、麻弥に逆らうことなど、できはしないのだ。
「……はっ」
「それじゃお母さん行ってくるわね」
がちゃっ、と突然開いた扉。ひょいっと顔を出す母親。けれどそこから返る声はない。
「………いやだ、私ったら…」
いつもの調子で声をかけてしまった自分に、ぎこちなく笑う。
けれど、と顔を上げる。
やはり娘に声をかけてからでなければ、落ち着いて仕事に向かえない。
「…行ってきます」
勉強机に立て掛けられた黒い縁の写真立てに向かって、優しく声を掛ける。
もう写真の中にしかいない娘が、自分の声に応えて笑ってくれたような気がした。
鏡に映る、自分。
綾人という、自分。
ラーゼフォンの奏者。
東京ジュピターの中から助け出された人間。けれどMUフェイズ反応はない。
ない、と聞かされていたのに。それを信じていたのに。
「……………ええぇい!!」
拳を撃ち付ける。ひび入って欠ける鏡。
流れた血は、赤かった。