++「BRING ME TO LIFE」第二部・間奏++

BRING ME TO LIFE

第二部間奏・でき損ないの天使









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 彼女は、…いや、『彼』は、極端に人と関わることを嫌う。
 たとえ誰であろうとも。

 たとえ、幼い頃から一緒に過ごした自分であろうとも。


「おや、また『01』はいないンですか」
 だが彼のテリトリーに、この男は無遠慮に土足で入り込む。当然の権利と言わんばかりの態度で。
 ベッドの脇で膝を抱えて座り、上目遣いにじろりと見る『彼』と、ベッドに横たわって本を読んだまま視線だけそちらへ滑らせる俺に、 男は不愉快そうに眉を歪めた。
「…まったく。その反抗的な態度、どうにかならないンですか? キミ達は本来なら」
「来てたのかよ、オッサン」
 スーツの男の声を遮って、背後からオレンジ色の髪の少年が現れる。
 『彼』がちらっと視線をそちらへ移すと、ムッとしてづかづか部屋の中へ入ってきた。そのままドサッと自分のベッドに座って、 携帯ゲーム機を取り出す。
「………。まあいいでしょう。…さて。やっとキミ達にも出番が来ました。今夜中に移動が始まりますから、そのつもりで」
「はァ?」
 あからさまに怪訝な顔をして聞き返すオレンジ頭。『彼』はぴく、と顔を上げ、俺も眉を寄せて男を見上げた。
「…おいちょっと待てよ、それってつまり…」
「そう。カラミティ、レイダー、そしてフォビドゥン。ようやくキミ達に乗ってもらう日が来たってことですよ」
「………」
 それでも『彼』は、興味ないとばかりにふいっと視線を逸らす。顔を輝かせたのはオレンジ頭一人だけ。
「そんじゃ、ブッ壊しまくっていいのかよ!」
「そうです。但し、シャトルだけは絶対にダメです。いいですね。特にクロト」
「あァ!?」
 名指しされ、不満の声を上げるオレンジ頭。
「キミはシミュレーションでも本当に見境なく暴れてくれますからねェ」
「っだよ、全部ブッ壊すためのMSだろうが!!」
「あのシャトルにはキミ達よりも遥かに貴重なものが乗ってるんです。…言っておくが、うっかり落としたりでもしたら、三人全員の命を もってしても贖えるものじゃない」
「…まさか」
 俺の声に、「キミはやっぱり察しがいい」なんて言いながら、ニヤニヤとこちらを振り返る。

「そう。………唯一の成功体ですよ」

 微かに『彼』の肩が震えた気がする。
「博士の仮説が正しければ、キミ達の脳波なら、成功体の脳波と共鳴できる可能性が高い。せいぜい上手く説得して、しっかり投降させる ように。そうすれば、もうちょっと待遇をよくしてあげてもいいですよ」
「……」
「いいですか。本来なら廃棄処分になっていたキミ達『J』シリーズをこうして保管しているのは、こういう時に役に立ってもらうため です。ここで結果が出ないのなら……………………わかりますよねェ、いくらキミ達でも」
 バカにしたように見下ろしてくる金髪男を、俺は思いきり睨み上げる。
「…。それだけの気概があるなら結構」
 クククと笑いながら、出て行く。

「…チッ!! 偉ッそうに」
 ごろんとベッドに横たわり、さっさとゲームのスイッチを入れるクロト。
 同室とはいうものの、俺達には何の連帯感も、仲間意識もなかった。

 あるのはただ、俺の未練だけだ。

「……大丈夫か、シャニ」
 肩に触れても、振り払うことさえウザいと言わんばかり。
「ま〜た始まったよ、オルガの過保護が」
「お前は黙ってろ」
「あァ!?」
「ウザい…」
 言葉どおり、鬱陶しげにため息を吐いて立ち上がる。緑色の髪の毛で、左目を隠したまま。
「ウザい。うるさい。二人とも」
「…」
 俺を見下ろして、ぽつりぽつりと。
 これだけの自己主張でも、しないよりマシだ。
「へいへい、わかりましたよォお姫サマ」
 キッ、とクロトを睨むシャニ。
 だがその瞳はすぐに生気をなくして、澱んでしまう。ふいっと背けて、ヘッドフォンで耳を塞ぎ、外に音が漏れ出すほどのボリュームで、 ノイズなんだか雑音なんだかわけのわからない音楽を掛け始める。
 そうやって、自分以外の「外」を、完全にシャットアウトしてしまう。
 俺のことまで、一緒に。






 俺はシャニが好きだった。ずっとずっと、こいつの為に生まれて来て、こいつの為にこれからずっと生きるんだと決めていた。
 シャニも俺を好きだと言ってくれた。オルガがいるならそれでいいと。オルガだけが自分の世界の全てだと。
 幼いキスを交わして、それでも真剣に将来を誓い合った。
 だが。
 シャニの十七歳の誕生日に、全ての世界が変わってしまった。
 俺達が暮らしていたのは、エルクラークの施設の中。俺達が世界の全てだと思っていた場所は、ただの研究プラントの片隅に 過ぎなかった。両親だと思っていた人達でさえ、実際には一滴の血の繋がりもない研究者だった。
 突然現れた、敵意を剥き出しにした同い年の少年、クロト。
 俺達三人の人生は、そこから狂った。

 いや、――――――科学者達の予定どおりに変化を起こした、と言ったほうが正確なんだろう。

 それはクロトの髪の色を変え、俺の目の色を変え、そしてシャニのすべてを狂わせた。
 目はオッドアイに変わり、そして、少女から少年へと。

 今まで間違いなく女だったのに、突如として男に変わってしまった。
 『彼女』の意思とは関係なく。肉体だけが一方的に変化を起こした。

 それ以来シャニは、心を閉ざし続けている。


 正直言って、俺も未だにシャニとどう接したらいいのか、よくわかってない。
 けど、シャニの全てに絶望しきった表情を、生きたまま死んでいるような瞳を、見ていられない。
 もう一度あいつの笑顔が見たいと思う。
 男同士になってしまった今、誓い合った将来をどうしたらいいのかなんて、わからない。シャニがどうしたいと思っているのかだって、 わからない。

 ただ、俺達が失敗作だということだけは、聞かされた。

 シャニは至上最強の『兵器』になるはずだったのだと。
 だが『彼女』に起こった変化は、身体組織を変えただけ。それだけの変化を経て尚、生き続けられるということを証明しただけ。
 研究の過程に過ぎないのだと、感情のない声達が俺達に教えた。
 兵器としては欠陥品。ただ、三人ともコーディネイターにより近い状態に心身が強化されたことは確かだと。
 ナチュラルには難しいMSの操縦を期待され、結果を出したからこそ、俺達はこうやって、最低限人間らしい生活を保護されている。

 ここから抜け出したい。
 何か突破口が欲しい。


 唯一の成功体。『兵器』に変化した、成功体。
 俺達の命綱を握る男は、そいつを自分の手に収めたいんだろう。けど、そんなこと俺にはどうでもいい。
 気になるのは別のこと。
 …そいつはどんな変化を起こしたんだ。
 人間が兵器になるって、どんな感じなんだ。破壊兵器になった自分を、どう受け止めている?
 『ゼロ』や『01』と、どんな関係だったんだ。変化の前後でそれは変わったのか。


 俺はただ、それが知りたい。

 シャニのために。



 これが昔と同じ恋愛感情なのかどうかなんて、今は追及したくなかった。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
………。キラもアスランも全然出てこなくてすみません……。
結構好きなんですよ、地球軍三人組。
なんとか絡ませてみたかったし、『天使の種』が丁度三人一組だったので、こんな具合にしてみました。
ていうかオルガがちょっとヘタレてますね…ごめんなさい…。