BRING ME TO LIFE
第二部第ニ章・黒い思惑
(6)
その頃、イザーク達も基地最高責任者の部屋に集まって、例の密談の様子をカガリ達と同じように傍聴していた。
キラの行き先が決められたところで、一旦モニターが落ちる。
「……………まいったね」
気分は最悪、とばかりに溜息を吐き出すディアッカ。
「けれど、キラさんは当面は安全ですね。とにかく、それだけは良かった」
「良いわけあるか!!」
ガンッ、とデスクに拳を叩きつけるイザーク。
「黙って聞いていればどいつもこいつも…っ!!!」
他ならぬ母上まで、キラをあっさりと兵器扱いしている事が、余計に苛立つ。
しかも。
アスランに「任せろ」と大見得を切って出てきたのに、実質その役目はクルーゼ隊長だけが果たし、自分達は出る幕を与えられなかった。
君達はまだ出るべき時ではない、ここは私が引き受けよう。…そんなメッセージを先に寄越されては、自分達は従うしかないではないか。
ふっ、とモニターに人の姿が現れる。クルーゼ隊長だ。
モニター上部のカメラがオンラインになる前に、咄嗟に敬礼を取る三人。
『待たせたな。…アスランはどうした』
「捕虜キラ・ヤマトは現在精神的に不安定であるため、そのケアを行っています」
主治医として報告するニコル。
『ふむ。…無理もないな』
仮面からその表情は伺えないが、声は気遣わしげだ。
それが彼の真意かどうかは見抜けないが、しかしクルーゼの後ろに控える女性達の中に、世界で一番信頼できる人物がいたことが、
ディアッカにとってはかなり救いだった。
あの後、クルーゼの背後から現れた女性とは、ザフトの歌姫たるラクス・クライン、プラント最高評議会議員アイリーン・カナーバ、
そしてイザーク達には顔も名前も覚えのない、マリュー・ラミアスという白衣を着た女性。
彼女はなんと、あの足付きの艦長であったという。今もそのIDは地球連合軍所属、階級は少佐のまま。
だが彼女は同時に、本来の意味でキラの主治医である女性。
何故なら、彼女は『天使の種』プロジェクトに携わっていた研究員の一人なのだから。
クルーゼの案はこうだ。必ず人目につくアイドルであるラクスがキラを引き取り、アイリーンがキラの後見人となって、マリューが
主治医としてキラの傍に付く。そして、表向きは『ソロ活動をしていたラクス・クラインがパートナーを得てユニット活動を始める』
という名目で、キラを偽名でマスコミに公表する。勿論、ストライクに乗っていた過去は隠し、最初から女性として。
マリューが地球軍とエルクラーク両者の代表として出向く形になり、これでプラント、地球軍、エルクラーク、三者の監視がきっちり
キラにつくことになる。また、常にマスコミに注目されカメラを向けられる環境に置くことによって、その同行をマスコミを通じて堂々と
チェックすることもできる。
逆に、何も知らないマスコミに注目させることによって、キラがおかしな真似をしないよう、マスメディア自体を監視の代わりに
することもできるというわけだ。
あまりにも計算ずくな大人達の勝手に、吐き気がするほど腹が立つ。
そして、あまりにも力ない自分にも。
常に見張られ、カメラを向けられるような状況の、どこが良かったというのだ。何に安心しろというのだ。ラクス・クラインの傍に
いることを? 身元引受人としてではなく監視役へとその役割が変ったというのに?
ぎりっ、とイザークの奥歯が噛み締められる。
今まで散々アスランに大きなことを言ってきたというのに、自分はどうだ。結局はキラを守れなかったではないか。
情け無い。
『正式な指令は後ほど下すが、君達には勿論、プラントを代表してキラ・ヤマトの監視を行ってもらう。クライン邸への滞在許可も下りた』
「…監視として、ですか」
嫌悪を隠し切れぬニコルの語調に、クルーゼが苦笑した。
『残念ながら、キラ・ヤマトの身元をラクス嬢に引き渡した瞬間に、君は彼女の主治医から外れることになる』
「はい」
それはわかっている。マリュー・ラミアス、彼女が新たな主治医となるのだから。
『そうすれば君達にはキラ・ヤマトの傍にいる理由がなくなってしまうだろう』
「………」
キラの傍につけ。
いや、…キラの側に立て、と。
隊長はそう言っているのだろうか。
三人はそう問う視線を投げかけるが、仮面の下の表情を読むことはできない。
『…。すぐにキラ・ヤマトの移送準備を。追って、すぐに詳しい指示を通達する』
「は、はっ!」
全員が、改めて敬礼。クルーゼも敬礼を取って、そのまま通信は終わるかと思われた。
『イザーク。ジュール議員が個人的に話があるそうだ。少し残りたまえ』
「…は…はっ、了解しました」
ぷつん、と一旦モニターが落ちる。
「……まあ、とりあえず、歌姫様んとこなら安心だな。オレ達もついていけるみたいだし」
ホッとディアッカが安堵の溜息をつき、表情を緩める。
「イザーク、オレ達先に行ってるから」
「あ、ああ」
「それじゃ、また後で」
通信室を去っていく二人を見送って、モニターの復活を待つ。
……しかし、母上らしくない。
こういう公私のけじめはきっちりつける人なのに。
と思っていると、モニターが復活し、少し疲れた表情をしたエザリアが現れた。
『イザーク、お疲れ様』
「いえ、母上こそ」
はぁ、と溜息をついて、それから心配そうにモニター越しにイザークを見る。
『………イザーク。あなたは、すぐにでもクルーゼ隊から異動させます』
「!?」
気遣わしげに発せられた母の言葉は、思いもよらないもの。
『戻っていらっしゃい。あなたの使命はプラントを守る事よ』
「は…母上? しかし…!」
たとえアスランがいようとも、彼女の傍で彼女を守りたい。そんな想いが強くあることも、本音だ。
だが、キラを地球連合に渡さぬことこそ、キラを守ることこそ、今はプラントを守ることに繋がるのではないのか、と。
プラントのために。ザフトのために。その思いがあることも本当。
だがエザリアはそんなイザークの心を知らず、無情な言葉を暖かく続けた。
『あなたは知らないでしょうけど、「ANGEL-WEAPON」というのは常人とは違う特殊な脳波を体外に発しているの。それが人体にどんな
悪影響を及ぼすか、まだわからないわ。あなたをそんな危険なものの傍においておくわけにはいきません。アスラン・ザラとも、
個人的に会ってはだめよ。異動まではできるだけ離れて行動しなさい。いいわね』
イザークは我が耳を疑った。
母上はキラを、危険な「もの」と言った?
アスランのことまでも、同じように扱っている?
「…は…母上…」
『以上です。…くれぐれも、いいわね。愛しているわ、イザーク』
言いたいだけ言って、エザリアの姿はモニターから消える。
「………………くっそぉぉぉ!!!」
派手な音を立てて、モニターが蹴り飛ばされた。
絡ませていた手をするりと解いて、現れた男に飛びつくキラ。
アスランは表情が険悪になるのを制御できなかった。
「バルトフェルドさん!!」
「お〜ぉキラ! なんだか久しぶりだなぁ」
「やだな、まだそんなに経ってないですよ。…でも、なんだかほんと、久しぶりですね」
目尻に涙まで滲ませて。
複雑な思いでキラの後姿を見つめていると、ふっとキラが振り返った。
「アスラン、引き渡しの時に会ってるよね、バルトフェルドさんとは」
「え、ああ」
「自己紹介は済んでいたな、少年。キラが世話になってるな」
「は…はあ」
まるっきり父親のようなバルトフェルドの口振りに、上官であることも忘れてしまいそうになる。
しかし、彼がすっと敬礼をとったため、反射的にアスランも意識を引き締めた。
「ザフト軍地上部隊隊長、アンドリュー・バルトフェルド。捕虜移送時の地上警護のため、当基地に緊急赴任した。それに伴ってMSを
十機搬入したので速やかに確認してもらいたい」
「はっ、了解しました」
「……あの、バルトフェルドさん」
彼の言葉から、彼がなぜここにいるのか、その目的は明確になった。
自分のため。
自分を守るために、わざわざバナディーヤから。
「ん? なんだ、僕の護衛じゃ不安か?」
「そういう意味じゃ…」
「ハハハ、わかってる。…キラ。君の事情は、僕も一通り知っているよ」
えっ、とキラとアスランの瞳が見開かれる。
「運のいいことに、枝を伸ばせるつてがあってね。……キラ。今は自分のポジションを守ることを第一に考えるんだ。いいな」
「……………」
それでもまだ納得していないキラの頭を、くしゃっと撫でるバルトフェルド。
ポジションというのは、自分の居る場所、ということだろう。
世界の命運を左右する生命体破壊兵器である自分。戦争に勝とうとする組織と、我こそは覇者たるべきと野心持つ者達は、喉から手が
出るほど手に入れたがるのだろう。だからこそ、それが移送されるとなれば、そこを狙わない手はない。
しかし、何しろ相手は『兵器』なわけで、しかも意志ある生き物。迂闊に手を出すバカもいない。だから、何かを仕掛けてくるとすれば
牽制か、それとも近しい人物を捕らえて人質にするか、或いは…。
……そこまでを冷静に考えて、キラは微かに瞳を伏せた。
こういう状況計算も、能力のうちなのか。それとも「自分」の自我の範疇なのか。
「!? あ、あれは…」
キラがバルトフェルドの傍に行ったため手持ち無沙汰になってしまったアスランは、ちらりと窓から見えるMS搬入の様子を見降ろした。
勿論、キラの様子は気遣いつつ、だが。しかしそこで、思いもしないものを見つけてしまう。
眼下では空路で輸送されてきたMSが下ろされてゆく。輸送機からまず基地内へ搬入されたのは、砂漠の虎の愛機、ラゴゥ。
だがアスランが見つけて声を上げたのは、ラゴゥに続いてその奥から下ろされた機体。
「?」
声につられてキラも窓の外へ視線を移し、バルトフェルドはある程度予想していた反応とばかりに片方の眉を上げた。
「あれは…蒼いディン?」
「『蒼穹の鬼神』…!!」
ザフトの主力である量産性MS。宇宙のジン、地球のディン。この二つは兄弟機ともいえる。キラにも見覚えのある機体だ。
だが、そのカラーリングは量産機のそのままではなく、ダークブルー系に変えられている。ザフトにおいては、二つ名を持つ優秀な
エースが入魂のチューンナップを施した専用機である証し。
それは、『黄昏の魔弾』と呼ばれたミゲルが本来オレンジのジンを専用機としていたように。そして二つ名こそないものの、クルーゼの
自機シグーもそうだ。
「フーン、宇宙でも結構有名なんだねぇ」
「っ、ということは、あれは本当にあの『蒼穹の鬼神』なんですか!?」
暢気に呟いたバルトフェルドに、今度はアスランが食って掛かる。
「蒼穹の鬼神? って、何?」
きょとんとアスランに問いかけると、ああ、と少し落ち着きを取り戻す。
「そうか、キラは知らないのか…。……オペレーション・ウロボロスによって最初の標的にされたマスドライバーとそれを擁する基地を、
ほとんど一機で完膚なきまでに叩き潰した機体だ」
「えっ、一機で!?」
「ああ。他の部隊が第二防衛線あたりで戦っていた頃には、既に最終防衛ラインを超える勢いで地球軍を薙ぎ倒していった。そのまま
単機でマスドライバーも破壊。その圧倒的な強さで『鬼神』の二つ名がついたんだ。ザフトではかなり有名な機体なんだが、キラが
知らないってことは、どうやら地球軍の方ではそうでもないらしいな」
アスランの説明に、キラはぽかんと口を開けてしまった。
たった一機で、切り込み隊長のように突っ込んで、任務を遂行してしまうなんて。
素直にすごいと思う。
そして素直に、恐ろしい。
何の躊躇もなく、目的のために次々と敵を倒していくなんて。
いや。
…自分も、以前にはしていたこと。
その犠牲になったのは、ほかならぬバルトフェルドの部下だった。
「ということは、当然パイロットも…」
「ああ」
「!」
面白くなさそうに答えるバルトフェルドだが、アスランは少し興奮気味だ。
「…アスラン?」
何をそんなに、と尋ねるように視線を送ると、彼ははっと気付いて落ち着きを取り戻す。
「その、『蒼穹の鬼神』っていうのは、いまだにパイロットの情報が判明していないんだ」
「え? 大事なミッションを一人で完遂しちゃった人なのに?」
「ああ。あれは本来そのミッションに配属されていた機体じゃなかったからな。突如飛来してミッションを遂行し、どこかへ飛び去った。
そしてその時以来一度も戦場に現れたことはない。あれが有名なのは、そういう謎めいた側面もあるからなんだ。…一体、誰が」
「そんなに気にするほどのことかねぇ」
やれやれと眉をハの字にしてしまうバルトフェルド。
「知りたいのかい? 少年」
「あ、…正直、興味はあります。ずっと謎だった機体ですから…」
こんな時に不謹慎だとは思うが、目の前に気に掛かっていた謎の答えをチラつかされては、どうしても気になってしまう。
「…ま、無理もないか」
ひょいと肩をすくめて、さらっと続ける。
「あれはアイシャの機体だよ」
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
虎パパ合流〜!
…地上警護が終わったらまたお別れになってしまいますが(汗)
ちなみにアンディは輸送は部下に任せて自分一人だけジープで身軽にやってきました。
ていうか。アイシャ専用機を捏造したのはいいものの、そしたらラゴゥの砲撃手は……。
…これから考えるとか言ったら怒られますよね。はっはははっはっ(乾笑)
………いや、冗談です。考えてます一応。
エザリアママがちょっとヤな感じになってしまって悪いなぁと思うのですが、
エザリアはエザリアなりにイザークのことが心配なんです。
なまじ『得体の知れない超生体兵器』という情報を吹き込まれているだけに、余計に。