++「BRING ME TO LIFE」第二部・第三章(2)++

BRING ME TO LIFE

第二部第三章・監獄への脱出
(2)









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 オーブの国旗をペイントした小型高速艇。それを護衛する、所属組織データを連合軍からオーブへと書き変えられたスカイグラスパー。 例の、バルトフェルドがコンテナに放り込んできたというアレだ。ぱっと見た目に誤解のないよう、急遽カラーリングを変更してある。
「…無事に戻れよ」
 あっという間に遠ざかる二つの機影。見送りながら、一人呟くバルトフェルド。
 既に独特の柄のパイロットスーツを着込んでいる彼は、そのままくるりと踵を返し、本来複座式であるバクゥに一人で乗り込んだ。
 勿論操縦システムはメインパイロット一人で行えるよう仕様を変更してある。
 途端に。いや、まるで彼がシートに着くのを見計らったかのようなタイミングで、シャトルに乗って出発を待っているはずのキラから 通信が入る。
 しばしの別れの挨拶か、それとも励ましか。口元に笑みを浮かべ、彼は通信を繋いだ。



「おい、そっちどうだ?」
「やっと終わったぜ。ったく、第二副長…じゃないや、アイシャさんのカスタムデータ、マジとんでもねェ」
「オレはもう、こいつをディンだと思わないことにしたよ。何か別の新しい機体ってことにした」
「ハハ、そいつが一番の解決法かもな。で、そっちは」
「同じくやっと完了。やれやれだ」
「御免なさいね、無理を言って」
「!!」
 おしゃべりに興じていた工員達が、ぎくっと声の方向を振り返る。そこには、今まで彼らが悪戦苦闘していたMSの持ち主。
 パイロットスーツ姿のアイシャが、いつのまにか彼らのすぐ傍まで来ていた。
「ただでさえもう古い機体なのに、私が好き勝手に変えているから。武装にしたって、ディンの標準装備とは全然違うでしょう? 本当に ご苦労様」
「い、いえっ!」
 にこ、と微笑んで『蒼穹の鬼神』に乗り込んで行くアイシャ。システムを起動させ、あれこれとチェックをしていく。
 どうやら工員達は大変だ大変だと零しながらも、とても良い仕事をしてくれたようだ。オペレーション・ウロボロスに飛び込んだ あの時を思い出させるほど調子がいい。
『コンディション・レッド発令。コンディション・レッド発令。パイロットは直ちに搭乗機へ』
「来たわね。時間ぴったり」
 モニターの隅に表示されている現在時刻を確認して、アイシャはヘルメットを被る。
『尚、作戦内容に若干の変更あり。各員、速やかにコクピットへ送信されたデータを確認のこと』
 えっ、と声には出さず驚く。出撃まであと十分程しかないというのに、こんな土壇場で変更とは、何かあったのだろうか。キラ達の乗る シャトルに何かトラブルでも? それとも囮として無人で飛ばす予定の輸送機の無線操縦に問題が? 或いはまさか、フレイ達の乗る 高速艇が攻撃された?
 次々と頭によぎってしまう悪い想像。だが手は反射的に通信系統の操作盤へ伸び、最新受信データを開いていた。
「――――――これは………」
 どこが若干、と毒づきながら、アイシャは久方ぶりに乗る愛機のチェックに戻った。


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「キラ? 大丈夫なのか?」
 心配そうにわざわざ立ち上がってキラを迎えるアスラン。彼女はさっき、ごめんちょっと、とだけ言って席を立った。出発直前の今に なって。
 専門書で学ぶ余裕もないが、妊娠二ヶ月というとつわりが始まる頃ではないだろうか。旧いホームドラマにありがちな、吐き気を もよおしたヒロインが医者にいくと「おめでとうございます、二ヶ月です」或いは「三ヶ月です」等と告げられるシーンが、さっきから アスランの頭のなかをぐるぐる回っていた。ちなみに、キラの分の席を一つ空けた向こうに座るカガリも、同じような想像をしながら 似たような表情を浮かべてじりじりとキラの帰りを待っていた。
「大丈夫だよ。バルトフェルドさんと、ちょっと話して来ただけだから」
 だがキラはさらりとそう言うと、さっさと自分の席へ戻ってしまった。
「…、そうか」
 拍子抜けしたというか何というか。ホッと力を抜いて自分も席に着く。自然な仕草でキラの手を握った。
 しかし、バルトフェルドに別れの挨拶をするくらいなら座席からでもいいのに、と少々嫉妬したことは否定できない。
「今更だけど、ほんとに大丈夫なのか? キラ…」
 同じようにホッと表情を緩めたカガリが、ひょこっとキラの顔をのぞき込む。
「妊婦って、飛行機とかシャトルとか乗るのヤバいんじゃないのか?」
「大丈夫だよ。ってか、駄目だったらニコルさんが止めるでしょ。それがないってことは、大丈夫なんじゃない?」
「じゃない? ってお前、ちゃんと聞いたんだろうな」
「だから、聞かなくても言ってくれるでしょ、駄目なら。って話だってば」
「あ、そうか。…そうか? お前な、大気圏突破するんだぞ。宇宙だぞ。無重力だぞ。わかってんのか?」
「わかってるってば。カガリ忘れてない? 僕らヘリオポリスで初めて会ったんだよ?」
 すっかり心配性になってしまったカガリに、クスクス笑うキラ。それにほっとしたのか、カガリにも自然な笑顔が戻り、きゅっとキラの 手を握ってきた。
「大丈夫だぞ、キラ。あたしがついてるからな」
「うん。ありがとう」
 微笑み合う二人。自分のセリフを取られてしまったと、隣でアスランが小さく苦笑した。


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 すっ、とスーツの袖を軽く引いて、腕時計を見る。世界的な超高級ブランドに特注で作らせた一点ものでありながら、そういった品に ありがちなデザインを重視したけばけばしさを一切排除し、機能的かつ実用的に仕立てさせたものだ。彼はこれをとても気に入っていた。
「時間です」
 高らかに宣言すると、形式的に指揮官の任に就かせた男の横から操作盤に手を伸ばし、指示を飛ばす。
「第七十八独立機動群『ナイトウォーカー』、及び臨時混成部隊…作戦開始して下さい」
「エンジェルスティール作戦を開始する! 総員第一戦闘配備! MS第一、第二、第五分隊、発進!」
 私が指揮官だとばかりに声を張る、神経質そうな将校。指示に合わせ、山岳地帯の斜面に偽装した射出口から次々とMSが射出されていく。 正規地球軍ではまだ実戦運用に到っていない、最新量産汎用MS・ストライクダガーだ。ナチュラルには困難とされてきたMSの操縦を 可能にしたのは、ナチュラルでありながらコーディネイターを凌ぐと称される頭脳を持つ『彼女』の恩恵を占有的に受けるエルクラーク ならではと言えるだろう。
「まさかこちら側から来るとは、まず思っていないでしょうねェ」
 口の端に笑みを浮かべながら、アズラエルは呟く。

 あの基地を攻略するなら、海側から複数の空母を交えた艦隊を率いて、火力発電所もろともに破棄するつもりで猛攻を加えるのが セオリーだ。海への逃げ道を塞ぎシャトル発着ポートを破壊すれば、後ろは山脈に囲まれており袋小路。切り立った斜面のようなその赤い 断崖絶壁を越えて逃げようとすれば、海側から恰好の狙い撃ち。山脈の山間から逃げれば、その先には地球連合軍の基地がある。
 奴らザフトにとってみれば、海への防備が完璧であれば山脈が天然の要塞となって守ってくれている、実にいい土地だと言える。
 だがその山脈を突き破って、未知の新型が襲って来たら?
 困惑して逃げ惑う憎きそらの化け物どもを想像し、アズラエルがくっと喉を鳴らす。そうして慌てふためいている間に、貴重な成功体は この手の中に転がり込んでくる。実に痛快な話ではないか。
 短時間に、しかもこんな目と鼻の先で奇襲の準備など、常識では考えられない。それを可能にしたのも、やはり『彼女』だ。天才の名を 欲しいままにするだけのことはある。

 どぉん、どぉん、と烈しい戦闘音が響いて来る。先鋒の連中があまり派手にやりすぎてオルガ達の獲物が無くなっても困るのだが。 なにしろこの作戦は、フォビドゥン、レイダー、カラミティの三機の、初の実戦テストも兼ねているのだから。
「だっ、第一から第三分隊、ロスト! 第五分隊も撃破された模様!」
「何っ!?」
 しかし、オペレーターの逼迫した声が伝えたのは、彼の想像とは真逆の内容。要約すると、奇襲は失敗した、ということになる。
「アっ、アズラエル理事! どういうことですこれは! 我々は、必ず勝てるというから『ナイトウォーカー』の指揮下に入ったのですぞっ」
 劣勢と知るや、途端に金切り声を上げる指揮官。
 そして、アズラエルの判断は早かった。
「やれやれ。だったらすぐにそこをどいて下さい。今後、総ての指揮は僕が執る」
「………っ!!」
 きっぱりと言い切ると、男はわなわなとアズラエルを睨む。だが、歯牙にもかけずにさっさと操作パネルに指を滑らせ、男から指揮権を あっさりと剥奪する。
 お飾りの指揮官は所詮飾っておくだけの価値しかない。
「『ナイトウォーカー』は第一戦闘配備のまま待機。全偽装発射口解放、臨時混成隊MS全機発進して下さい」
「はっ!」
 何故奴らが気付いたのかはわからない。だが、それを考えるのは後だ。今はとにかく、奇襲によって優位に立てるはずだったこの戦いを 立て直すことが先決。
 折角の成功体を、この世で唯一の『ANGEL-WEAPON』を、目の前でむざむざ連れて行かれるわけにはいかない。
 あの基地から運び出されてしまっては、回収が難しくなる。…ラクス・クライン。現プラント評議会議長の愛娘にして、プラントで 圧倒的な人気を誇るカリスマ歌姫。彼女の庇護下に入られるのは厄介だ。それだけはどうしても避けねばならない。
 あれはこの大戦の行方を左右する、重要な兵器だ。長年研究してきてやっと完成した、唯一の生体兵器なのだ。それを、『発芽』の瞬間 手の内にあったからという理由だけで、あの忌々しい仮面男などに我が物顔をされてたまるものか。

 あれの正当な所有者は、私なのだから。


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 試作プラズマ収束ビーム砲「エレジーエコーズ」が火を吹き、断崖斜面に偽装されたMS発射口を簡単に破壊してゆく。これは本来なら 次世代MSの装備として、例えば現在本部で極秘に開発されているとされるコードネーム『フリーダム』『ジャスティス』等への搭載が 検討されるレベルの兵装である。当たれば簡単に破壊できるのは当然だ。むしろ扱うMSのほうが問題で、量産タイプのディンなどでは エネルギー放出の反動に絶え切れず、腕部が千切れるどころか肩部も派手に破損しそうなものだが、そこはさすがにアイシャカスタムの 逸品。確かに工員達の言うように、既にディンとは別物と言ったほうが正しいのかもしれない。
 しかし、それにしても精工な偽装だ。手元のデータがなければ、あの下にMS発射口があるなどと想像も出来ない。
「まったくタチが悪いわね、エルクラークは」
 自機をここまで徹底的にカスタマイズする己のタチの悪さは棚に上げて、アイシャはコクピットで溜息混じりに呟いた。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
やってきましたMS戦!! かなり無理矢理ストライクダガーを出させて貰いました。
そしてエリカ・シモンズ主任とキラの功績だったナチュラル用MS操縦OSの開発を、他の人の手柄にしてしまいました。ごめんなさい。
あと解説するまでもなくバレバレですが、第七十八独立機動群ナイトウォーカーは、
第八十一独立機動群ファントムペインから、数字を 少し後退させて、使わせて頂きました。
…妊婦さんって飛行機乗っちゃダメなんでしたよね、確か…。どこかでそんな話を聞いたような。

…っていうか色々矛盾してるとことか出てきそうで…。
後から改稿しなきゃならなくなるような気がムンムンしてます…。マヌケなヘマ してませんように…。

9/4日、web拍手の一言メッセージから頂いたご意見を元に、一部修正しました。
そんなわけで、上記の「妊婦さんは飛行機乗れない云々」というのは間違いです。大変失礼致しました。お詫びして訂正致します。
………ああああやっぱりマヌケなヘマしてしまった…ちゃんと調べろ自分。あああ。
お教え下さった方、本当にありがとうございました!!