fate
(2)
彼は、ベッドに寝かされていた。
ゆっくりと、歩み寄る。
静かな、信じられないほど静かな部屋には、規則正しい呼吸が響く。
確かな生命の気配。
キラは、いきている。
……生きている。
「…………………キ…ラ……………………」
ほんの少しだけ空気をゆらす。
それだけのような、か細い声。
しかし、そんなかすかな響きで、彼は瞼を開いた。
「……………」
キラは瞬きを繰り返す。ゆっくり繰り返しながら、戸惑ったように視線を巡らす。
…涙が、また込み上げてきた。
「…キラ」
今度はしっかりと、彼の名を呼ぶ。すこしだけ、震えてしまったけれど。
「………っ………」
彼は息を飲んで、ゆっくりと、ゆっくりと顔をこちらへ向ける。
「………アス…ラン………………?」
瞳が俺を捉える。
その、声が。
俺の名を呼ぶ。
「…キラ………!!!」
立ち尽くす。飽きもせず流れてくる涙に、彼のどこか愕然とした表情も滲んでしまう。
「…アスラン………生きてる……? 無事だったの……?」
「……ああ……………」
「………………良かった………」
まだ。
良かったと、言ってくれるのか。
お前を巻き添えに自爆しておきながら、自分はおめおめと脱出してしまった、この俺を?
「…キ、ラ………っ、俺は……俺は……………!!」
触れられない。
その鼓動を確かめたいけれど、でも。
ナチュラルに利用されてるんだと思っていた。
そう、思いこみたかった。
キラが自分よりもナチュラルを選ぶなど、自分じゃない誰かを選ぶなど、信じたくなかった。
けれど、そうやって頑なでいる内に、彼の言葉は自分の中に届かなくなってしまって。
意固地になって彼を追って、そして、ニコルを身代わりにしてしまった。
…その後はもう………堕ちてゆくだけ。
敵だから。仇だから。敵だから。仇だから。敵だから。仇。敵。仇。敵。敵。敵。敵。
――――――じゃあ撃たなくちゃ仕方ないじゃないか!!!
そんなことが免罪符になりはしないのに。
お前が俺を拒絶しているんだと思っていた。
お前を否定していたのは、俺だったのに。
君に触れる資格など、もう。もう、失った。
「……………アスラン…? …泣いてるの…?」
そっと尋ねてくる声に答えたいのに、喉が詰まって言葉が出ない。
「…どうして?」
え、と顔を上げる。
彼はいつのまにか、顔を天井に向けていた。
「…僕は君の『敵』なのに…どうして君が泣くの…?」
「…キラ…」
「……僕が君の仲間を殺した…君が僕の友達を殺した…。…守れなかったのに………あんなに近くにいて護れなかったのに…あんなに人を
殺しても護れなかったのに………どうして僕は死んでないんだろう…」
何も、言葉を返せない。
不意に、キラが小さく笑った。
「……ねえアスラン…夢、見たんだ」
「……………」
「死ぬ直前って、走馬灯みたいに昔のこと思い出すっていうけど…夢も見るんだね」
「…みんなが…トール達がいて、フラガ少佐や艦長達もいて、それから、父さんも母さんもいた。ピクニック行ってた。…どこまでも
どこまでも緑色の草原で…トリィが飛んでて。…そしたら、君も来たんだ。ラクスと、君のお母さんと一緒に」
「…………」
「アスランがいて、みんなもいて、それで…みんな、笑ってた」
しあわせ過ぎて、こんなのありえないってわかってる。
だから、すぐに夢だってわかった。
「……………ずっと、お前はナチュラルに利用されてるんだと思ってた」
お前はお人好しだから。困った人をみたら放っておけない性格だから。
「…友達がいるっていうお前の言葉を…信じなかった」
「………」
「あんなに優しかったお前が、戦って、傷つけて、…殺して…。どうして俺と戦うのか、ずっとわからなかった。…わかろうとしなかった」
「…………でも、護れなかった。何も」
「……………俺もだ」
キラは生きている。
アスランも生きている。
でも。
ニコルとトールは、死んだ。
「…友達だったんだ」
「………うん」
「あの時、僕がなんとかしないと、みんな戦闘に巻き込まれて死んでしまうところで」
「…ヘリオポリスか…?」
「……うん。……………ずっと一人で、友達も作らずに、学校…行かなかった。あいつはコーディネイターだから学校来なくたって勉強
できるんだろって、陰口も叩かれてた。でもトール達は、声、かけてくれたんだ。トールの彼女のミリィは、餌付け作戦とか言って、毎日
サンドイッチとか作ってくれて」
「……お前、学校サボッてたのか?」
「うん。最初の半年だけ」
「半年だけって、お前…」
「だって、面白くなかったんだもん。…行ったって…アスラン、いないから」
「…………………」
「…ピアノが好きで…戦地にも楽譜を持ってきてたんだ」
「………うん」
「優しくて…本当は戦うのが好きじゃなくて。とびうおの群れみつけてはしゃいで。…少し、お前に似てた」
「…………」
「…コンサートに呼ばれて、行ってきたんだ。すごく綺麗な音を奏でるなって思ってたら…つい、ちょっと寝ちゃって」
「…ちょっと?」
「……結構、かな。…しっかり見られてて、参った」
「…」
「……………アスラン」
ふ、と顔がこちらを向いて、名を呼ぶ。
「…………何だ…?」
小さく答えると、キラはホッとしたように一つ息をついた。
「………電気、つけて」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「…アスランの顔…ちゃんと見たいから…」
意味不明な言葉は尚も続く。
「電気、なら…ついてる」
「…え? だって…真っ暗なのに…?」
「……………」
「ねえ、部屋の電気…つけて」
夕日がさんさんと差し込む眩しい部屋で、キラは電気をつけろという。
暗いと。
なんだろう。
何かが痺れる。
「……キラ」
呼びながら、膝をついて彼の目の前に顔を近づける。
そっと、その瞳のすぐ前で手を振る。
彼はなにも反応しない。
じっ、と視線を動かさない。
「……………見えてないのか?」
不意に、小さく電子音が鳴る。
シュンと扉が開き、食事の乗った蓋つきのトレイを三つ重ね持ったカガリが入ってきた。
「十分だ。あたしも入れてもらうぞ、アスラ…………」
かけた声は、思わず途切れる。
ベッドから身を起こしたキラを抱き締めて、アスランが泣いていた。
静かに。
静かに、涙を流して。
肩から吊っていた左手を外して、痛みも忘れたかのように。
キラの手はアスランの服を握り締めていたが、ふいにその力が抜けて、ぱたりとベッドの上へ投げ出された。
彼の虚ろな瞳からもまた、涙は溢れている。
「…………」
声を、かけられない。
「………カガリ…頼みがある」
「えっ?」
「…もう十分、二人にしてくれ…」
「………」
トレイをベッドサイドのテーブルに置いて、黙って部屋を出るカガリ。
「…………………因果応報、って言うんだっけ。こういうの。…ああ、でも…それにしては軽すぎるかな…」
静かな、キラの声。
いっそもっと乱れて、お前のせいだと詰ればいいのに。
「………最高の罰だね…………もう、君の顔、見れないなんて」
「……罰なんかじゃない…罰だというなら、俺にも下らなきゃおかしい!!」
君の罰じゃない。
これは俺の罪。
ニコルを殺した。
それは許せない。
ニコルは自分を守ろうとしていた。自分の身代わりになった。自分のために彼は殺された。
だから手を下したキラを許せないと思ったけれど。
―――――――こんな罰を望んでいたわけじゃない。
キラの友達を殺した。
…最初からこうしていれば、護るものを失ったキラは帰って来ただろうか。
そんな歪んだ思いが、一瞬脳裏を掠めたことを覚えてる。
殺したかったわけじゃない。
傷つけたかったわけじゃない。
ただ、傍にいてほしかっただけ。
傍にいたかっただけ。
それだけなのに、どうして。
どうして、こんな事になるんだろう。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
タイトルインデックスの伏字。「キラが○○しています」
正解は、『失明』、でした。
ヘルメットのカバー部が砕けて、その細かい破片で目が傷ついたのが原因です。
…ごめんなさい、勢いで書いてるので医学的なこと全然調べてないです。