fate
(4)
嫌がるキラに二人がかりでオートミールを食べさせ、トレイを下げて。
静かな時間が戻ってきた。
だが、ゆっくりと安息に浸っている暇はない。
決断の時は、迫っているのだから。
「ザフト側と連絡がついたぞ。ニ時間後、迎えが到着する」
部屋にはもう一つ椅子が運び込まれ、キサカが面子に加わっている。
「あの、アークエンジェルには…」
「…君の状態が状態だからな。まだ、伏せてある」
「………」
複雑な表情で黙り込んでしまうキラ。
「…キラ。…プラントに、来ないか」
静かに切り出すアスラン。
「でも…僕は」
「身元は伏せればいい。ストライクに乗っていたことも、隠しておけばいい。俺が後見人になるから。…ザフトに入れとは言わないから。
本国の最新医療を受ければ、きっと見えるようになるさ。それから戻って、お前の友達も一緒に除隊して、AAを降りればいいだろう?」
「名案と言いたいところだが、もし治療中に正体がばれたらどうする? それに、完治したらまず地球軍からの除隊は認められないぞ」
口を挟んだキサカに、えっとアスランが振り返る。
「兵士が戦場で傷を受けても、治療が終わればまた戦場へ出されるだろう。同じ事だ」
「そんな! 怪我と失明とでは事情が違う!」
「地球軍の軍規だ。如何なる事由であろうと、回復の見込みがあり、かつ回復後に職務を続行できると判断できるものに関しては、正当な
理由なく除隊は認められないと、しっかり記されている」
「…そんな…!!」
「キラくんの事情は一応、一通り聞いているが…。宇宙で一度、AAを降りるチャンスがあったそうだな」
「…ええ」
「降りるチャンスがあったのか…? どうしてその時降りなかった?」
キサカの話に割り込んだアスランに、キラは苦笑する他なかった。
「色々あったんだよ…友達が志願して残っちゃって、放っておけなくて…」
「そいつはそいつ、キラはキラだろう」
「……………僕のせいだから」
「どうして!」
「…フレイのお父さん、守れなかったんだ…僕………。大丈夫だよって言ったのに…守れなかったんだ」
「………」
全て一人で背負い込んでしまう。…キラはお人好しだから。優しいから。
でもそれは、悪い癖だとアスランは思う。
それでいずれキラ自身が身を滅ぼすようなことになったら………いや、実際今こうして、失明という形で身を滅ぼしているではないか。
「…とにかく、あの時と今とでは、状況が違う。君の友達の除隊も、現状では認められんだろう」
「……」
くっ、と息を飲むアスラン。
「……アスラン。どのみち僕は、プラントに行く気はないから…」
静かに、だがきっぱりとキラは告げた。
「キラっ…」
治る可能性を探す前から捨てるというのか。それとも、また自分と戦い合うことになってもいいというのか。
複雑にキラを振り返るアスラン。
その気配を察して、キラは口の端だけを動かすように、微かに笑った。
「…僕は…ザフトの人を…コーディネイターを…沢山、沢山この手にかけてきた。…ニコルさんも、僕が殺した」
「………」
「プラントに僕の居場所がないことくらい、ちゃんとわかってるよ」
「…キラ……」
押し黙ってしまう二人。
「………ちょっと、整理しよう」
静かにカガリが手を上げた。
「まず、アスランがこれから選ぶことのできる選択肢だ」
「…」
「一つ、このまま一人でザフトに帰る。一つ、キラを捕虜としてザフトへ連れて行く」
冷静に、一つ一つ指折り数えながら告げる。
「一つ、キラの身元は伏せて、プラントに連れて行く」
「かなり難しいぞ」
「…だが、まるっきり不可能じゃない」
口を挟んだキサカに、まだ望みを託したいとばかりに答えるアスラン。
「……こんなのもある。…このまま、オーブへ亡命する」
「え?」
思いも寄らなかった言葉に、振り返るアスラン。キラも、え、と顔を上げた。
「前例がないわけじゃない。ただ、お前はプラント国防委員長の息子だ。かなりの騒ぎになるし、こちらもその対応に
慎重にならなきゃいけない。それでも、お前がキラとキラの友達とはもう戦えないっていうんなら、そういう方法もある」
「……………」
「…そしたら、うっかり海に落ちて行方不明ってのもありだね」
考え込んだアスランの隣で、それに気付いてか気付かずか、キラは小さく笑いながら言った。
「まあ、かなり苦しいけど、一応アリだな」
苦笑しながら、カガリの指が折られた。
「……とりあえずこんなとこか」
「そうだな」
黙り込んで視線を落とすアスランに代わり、キサカが頷く。
「じゃあ次、キラだ。…一つ、お前の状態をAAに報告し、地球軍に戻ってしかるべき治療施設へ入る。一つ、アスランについて行って、
ザフトの捕虜になる。一つ、あたしが身柄を預かって、アルヴァニスタで治療を受ける。…これらを選んだ場合、お前は地球軍から除隊
した事にはならない。一つ、アスランの提案通り、身元を隠してプラントで治療を受ける。この場合は、おそらくこのままMIA扱いだ」
「キラ君の目が完治した後に君達が戦い合う事は回避できるが、その代わりキラ君には戻れる場所もなくなるぞ。戻ったところで、
さっきも言ったとおり地球軍の軍属である事は変えられないだろうから、…事が露見した時に、一番面倒な事態になる選択肢だ」
「……………」
キラの表情が曇り、僅かに俯かれる。
「あとは、発見されなかった事にしてどこかで隠れ住むとかだけど、…目が見えないんじゃ、それは無理だろう」
「………うん……」
「まあ、ちゃんとあたしがかくまってやるけどさ。けど、コソコソ隠れ住むくらいだったら、オーブに亡命したらいい」
「え?」
顔を上げるキラ。
「お前にもオーブに亡命するっていう選択肢はある。お前はもともとオーブ国民なんだから、アスランより簡単に処理できるぞ。ご両親
だって、うちにいるんだし」
「……でも………」
「…キラ。プラントに来れないっていうんなら、そうした方がいい」
そっとキラの肩に手を置くアスラン。
「お前にはもう…戦ってほしくない。元々お前は民間人じゃないか。…ここで降りるんだ。キラ」
だが、キラは苦しそうに首を横に振る。
「だめだっ…、だめだ、だめだ!!」
「キラ!」
「だって! そんなことしたら、みんなを見捨てて、裏切る事になっちゃうじゃないか! 目が見えなくなったからって、みんなを置いて、
僕一人だけ…オーブに帰るなんて…!」
「キラ…」
「……僕は、帰るよ。AAに」
告げられた言葉に、アスランの表情も歪む。
「………そうしてまた俺と殺し合うのか」
「違う! 君がオーブに行ったらいいんだよ! 君だって本当は戦争をしたいわけじゃないんだろ!? だったら、オーブに亡命
しちゃえばいいじゃないか!」
「それでもお前は俺の仲間と殺し合う事になる!! それに俺は、民間人はともかく、血のバレンタインを起こした地球連合軍の
ナチュラルを赦したつもりはない!」
「それじゃ同じじゃないか! 僕がどこに行ったって、君がザフトに戻ったら、またAAと戦う事になるんだろ!? あそこにはまだ僕の
友達が乗ってるんだ!!」
「ちょっとやめろ二人とも!! それを言い出したら堂々巡りだろ!!」
仲裁に入ったカガリが立ち上がり、ぐいっと二人の間に割り込んで一度その体を離す。
「痛っ…」
「あっ、ご、ごめん!」
やけどの痕を押されて身を竦めてしまうキラに、慌てて謝る。
「大丈夫か?」
「うん…大丈夫だよ、カガリ」
ふぅ、とキサカの溜息が落ちた。
「二人共、一度一人になって、冷静にまず自分のことを考えたらどうだ」
「え?」
「ザフトの迎えが来るまで、まだ二時間あるんだ。それぞれ、自分が何を最優先したいのかをじっくり見つめなおして、それからちゃんと
話し合ったらどうだ?」
「……………」
黙り込む二人。カガリも、そんな二人を見守る。
「………そうしよう、アスラン」
「キラ…」
「君が、僕がって言ってても、またケンカになっちゃうよ。…僕も…これからどうしたいか、ちゃんと考えたい」
「……」
「一時間半したら、ここに全員集合。二人共、それまでに結論を出しといてくれ。事によっては本国に連絡しなければならないからな」
キサカがそう言って、まず部屋を出た。
「キラ、何かあったら呼べ。これ渡しとくから」
「うん。ありがとう」
携帯用の音声認識端末を渡して、カガリも出ていく。
そして。
「……………俺は隣の部屋を借りるから、キラの答えが決まったら、そこの壁をノックして呼んでくれ」
「…わかったよ」
硬い表情、硬い声のまま、アスランは部屋を出て、元いた部屋には戻らず、キラのベッドが近い方の隣室へ向かう。
あとは、キラの答えを待つだけ。
…自分の答えなど、考え直すまでもない。
もうキラと戦うのは厭だ。
最初から、ただそれだけのシンプルな答えしか持っていないのだから。
「おい、アスラン」
部屋に入ろうとしたところでカガリに呼び止められ、振り返る。
「お前さっき、血のバレンタインを起こした地球軍を赦したつもりはないって言ったよな」
「ああ」
「…あたしの言葉を覚えてるか」
「………」
「殺されたから殺して、殺したから殺されて。それで本当に最後は平和になるのか」
「……………」
「すぐに割り切れっていうのは無理にしても、さっきの言葉がすぐに出てくるあたり、あたしの言葉はお前に響いてないんだなって、
ちょっと腹が立ったぞ」
「…そういうつもりじゃ…」
視線を逸らすと、カガリはそれをぐいっと引き戻した。
「………あたしは、今回のことで学んだことがある。お前と、キラの戦いで」
「え?」
「殺し合ってばかりいては、戦争は終わらない。お前だって、キラが見つかる前は本当に抜け殻みたいだったじゃないか。殺して殺して
勝ち残って戦争が終わったって、誰もしあわせになんかならない。だから、あたしはお前とキラが戦いを避ける道を選ぶっていうんなら、
どんな協力でもする。それは約束する」
「………カガリ……」
「その代わり、戦争を終わらせるために協力してもらうからな」
「…え………」
その言葉の意味を問い返す前に、ぽんぽんと肩を叩き、彼女はキサカの元へ去ってしまった。
「…」
呼び止めることはできなかった。彼女の立場を考えれば、恐らく捜索隊の責任者の一人としてここへ来ているに違いない。
彼女には彼女の、仕事がまだ山積みなのだろう。
アスランは一つ溜息をついて、隣の部屋へ入った。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
2003/06/03一部訂正。
カーペンタリアって地球の基地じゃん!!
軍事基地で最新医療が受けられるかっつーの…。
大変失礼致しました。
…ちなみにまだ途中飛んでて見てない回があるので、まだまだ不安要素たっぷりです…。
…どうなんだろうなぁ…アスラン。
まだお母さんを殺した血のバレンタインの事、引き摺ってるんだろうか。
キラと殺し合った後もまだ。
………本編では背後に死神乗っけてる(泣)感じの彼ですが…そのへん、どう変化してるんだろう。
キラを殺したってことだけに囚われてしまっている気もするんだけど…。