fate
(5)
あれから、四十分程経っただろうか。
トン、トン。
ノックの音が小さく響いて、アスランはすぐに立ち上がった。そのまま、キラの部屋へ直行する。
ルームコールを鳴らして、返事を待たずに扉を開き、室内へ。背後で自動的に閉まった扉にロックを掛けて、ベッドサイドへ進む。
上半身を起こした体勢のキラが待っていた。
「…決めたのか」
優しく声を掛けながら、自分もベッドに座る。
彼は、しっかりと頷いた。
「………とにかく、僕の目がどういう状態なのか、それを知りたい」
「…」
「視力が回復する見込みがあるのか、あるのなら、どのくらい見えるようになれるのか、それをまず、知りたい」
「…完治の見込みがあると言われたら、どうする」
「………みんなを守るよ。今度こそ」
穏やかな微笑みをたたえて静かに告げられた言葉に、アスランは心臓を握り潰されるような感覚を覚えた。
「……………………地球連合軍に………戻るのか」
「違うよ。………みんなの待っているところに…戻るんだ」
「………そうか。…結局…俺よりその友達を選ぶんだな」
「そうじゃないよアスラン」
「何が違うっ!!」
びりっ、と空気が震える。
驚きで瞳が見開かれ、キラの顔から微笑みは消えた。
「………アスラン………」
「俺はっ、もう二度とお前と殺し合いたくなんかない!! けど、血のバレンタインを起こした奴らを許す事もできない!!」
絞り出すような声。きつく閉じられた瞳から、涙が零れ出す。
「…カガリに言われたよ。殺されたから殺して、殺したから殺されて、それで最後は平和になるのかって。…どこかで止めなければ
いつまで経っても堂々巡り、そんな事はわかってる!! でも…理屈じゃどうしようもないんだ!! 俺は…!」
ぎこちなく伸ばされたキラの手が、ふらふらと空中をさ迷ってからアスランの肩を見つけた。
「ねえアスラン。アスランは、戦争をしたいの?」
「違う!! …俺は…戦争を終わらせたい…! もう二度とあんな悲劇を起こさせないように! そのために戦ってはいけないのか!?
他にどういう方法があるっていうんだ!!」
「……」
「俺はザフトに戻って、コーディネイターの、俺達の未来を守りたい! それはそんなに責められなくちゃいけない事なのか!?
お前はどうして、そんなにナチュラルの肩を持つんだ!!」
「肩を持つつもりなんてないよ。だけどね、実際、僕のまわりにいる人達は…みんなナチュラルなんだよ」
落ちついてと伝えるように、そっとアスランの両肩に手を添えるキラ。傷に響かないように、そっと。
「父さんも母さんもナチュラル。…トールも…サイも、ミリアリアも、カズイも、フレイも、みんなナチュラル。だけど、僕達は家族で、
友達でいられるよ」
「それは、お前が…」
「騙されてるわけじゃないって事は、わかってくれたでしょ?」
彼を失うことで、君を本気で殺そうとまでしたのだから。
「中立国オーブだからこそ、かもしれないね。僕が普通だと思っていた環境こそが、特殊みたいだって事は…わかった。だけど、実際に
一緒に生きていけるんだよ、ナチュラルとコーディネイターは。僕らがそれを証明してる」
「…お前がナチュラルに合わせて、自分を抑制しているからだろう。お前は優しいから、周りに気を使って自然にそういうことをするヤツ
だから」
「別に抑制なんかしてないよ。アスランだって、ザフトの友達と付き合うのに、少しくらいは気を使うでしょ? それと変わらないよ」
「………」
「ていうか。なんか、話がズレてきてない?」
優しく微笑むキラ。
アスランは涙を拭って、座りなおす。
「もし、眼が見える可能性はないと言われたら…どうする気だ?」
そういえば、治ることばかり前提にしていたと気付き、アスランが尋ねた。
勿論アスランとしてもキラの眼は治って欲しいが、…ひょっとしたら…という可能性もある。
「…その時は…仕方ないよね。ちゃんと除隊させてもらって、オーブに帰るしかないと思う」
「………」
だったら……………いっそこのままで………。
はっ、と気付いて首を振る。
何も見えないなんて不安だろうに、何て事を期待してしまったのだろう。
このままキラの眼が見えなければいい、なんて。
でも。
そうしたら、もう殺し合うことはない。
その代わり、もし自分がAAに残っている彼の友人を手にかけたら…キラは一生、自分を許さないだろう。
あれだけ話し合ったのに、と。
「でも、家族のところには帰らない」
きっぱりと言い切った言葉に、えっ、と顔を上げる。
「キラ? それは…」
「ねえ、アスランはザフトに戻るつもりなんでしょ?」
どういう事だ、と尋ねようとして、それを遮られた。
「………あ、ああ…そうだけど」
「ザフトに戻って、アスランは何と戦うの?」
「………………」
そんなの、地球連合軍に決まっている。
決まっている、けれど。
キラの真っ直ぐに見つめる見えない瞳に、なぜかそう答えることはできなかった。
「………僕は、戦うよ。眼が見えようと、見えなかろうと、みんなを守る為に」
大人びた表情で、キラは静かに言った。
「みんなを守る。大切な人達を。…勿論、君も」
「え?」
「君を殺したくない。君と戦いたくない。…君の仲間を殺したくないし、僕の仲間を殺されたくない。だから、僕は戦う」
「………何と、戦うんだ」
キラの言っている事の意味がいまいちよくわからず、どこか呆然とした声で尋ねるアスラン。
困ったように小さく笑って、キラは首を傾げた。
「………わからない?」
「……」
わかるわけがない。眉間に皺を寄せて視線を外す。
アスランの沈黙を「わからない」という返事だと受け取って、キラはまた穏やかに微笑んだ。
「…とにかく…僕、一度アルヴァニスタに行ってみる」
「………そうか」
「うん。…だから……………」
だから、君と一緒には行けない。
結局はまた道を別つ。
ぎり、と握った右拳。爪が手の平に食い込んだ。
「……あのね、アスラン。僕……」
何かを言おうとしたキラの唇を、何の予告もなく塞いだ。
「……………」
目が見えないキラには、何が起こったのか一瞬わからなかった。
ただ、急にしゃべれなくなって、それから、唇に何か暖かい感触。
アスランの右手が背中に回されて力強く抱き寄せられ、やけどの痕が痛んだ。それ以上に痛む筈の彼の左手も、そっと添えられていて。
キスされている、と気付いたのは、舌を割り入れられてから。
「っ……!! ん…!」
手で胸を押し、突っ張るように離れようとするが、叶わない。
「…っ……ん、…やだ待ってアスラン!!」
無理矢理首を振って、何とか唇を解放する。
「キラ、俺は…」
「話はまだ終わってないよ!! それにっ、こんな…これが最後みたいなのは嫌だ!!」
「っ……」
ぎく、とアスランの体が強張った。
―――――見透かされた。
また道が分かたれるというのなら…せめて最後に、お前を知りたいと。
そんな思いを。
「………僕は…こんな戦い、もう終わりにしたいんだ」
呼吸を整え、強引なキスは責めずに、キラは静かに呟いた。
「視力が戻ったら、勿論自分でやるけど…もし、もう一生見えないって判ったら、その時にはアスランに頼みたいことがあるんだ」
「え?」
顔を上げたアスランに、キラは少し辛そうに話し出した。
「…あのね…。厭だったら言って。無理強いはしないから」
「…うん。何?」
語られたのは、…正直言って、かなり途方も無い計画。
いや、計画と表現する程緻密に練られたものですらない。
「…お前…本気なのか?」
訝しむように聞き返すアスラン。
だがキラは、迷わず頷いた。
「無謀だっていうのは解ってるけど、でもできるだけのことはしたいんだ」
「いや、無謀っていうか…、それは無理だ。キラ」
彼の決意をあっさりと打ち消すのは躊躇われたが、しかしあまりにも突拍子が無さ過ぎる。
しかし、そんな彼の心を見抜いたかのように、にっとキラが笑った。そして、ベッドサイドに置いてあった音声認識端末をぱたぱたと
探し、手に取る。
「無理を無理じゃなくすには、カガリの協力も必要なんだけどね」
「……………」
「だから、カガリとも話、したいんだけど…その前に君の答えを聞かせて」
まっすぐな瞳。
…見えてはいないのに、ちゃんと自分を捉える視線。
「…俺がキラの頼みを断ったことなんて、なかっただろ」
優しく微笑んで、そっとキラの髪を梳く。
「だけど、アスランが一番危険に」
「今更何言ってるんだ。それに、俺だって伊達にザフトの赤は着てないんだけど?」
心配そうなキラの言葉を遮って、自信たっぷりに言ってやる。
僅かな語調の変化から心を読みとってしまうだろう今のキラに、不安を抱かせないように。
「……………」
しばらくじっと考えていたキラだが。
「…ありがとう……」
儚げな微笑みでそんな事を言われたら。
そっと、また抱き締める。
「い………っつぅ」
さっきから無理に使っている左手に、激痛が走った。
大人しく右腕の中にいるキラが、ぷっと小さく吹き出してしまう。
「アスランってば、無理しすぎだよ」
「お前の無茶よりマシだよ」
「そんなことないよ」
「そんなことある」
「ないってば」
「あるよ。キラは自覚ないだけだ」
「あっ、ひっどーい!」
クスクス笑いながら抱き合って。
そうやって少しの間じゃれあってから、音声認識端末でカガリを呼び出した。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
土壇場になってちょっと都合のいい^^; オリジ設定が出てきますが、
何とか次回か次々回で完結させることができそうです。