++「fate」(6)++

fate

(6)







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 穏やかな時はタイムリミットを迎える。
 ザフトからの迎えが、到着した。

「これ、お前に渡しておく」
 するりと首にかけていた石を取って、そのままアスランの首に移すカガリ。
「ハウメアの守り石だ。…お前が一番、危険なポジションになる。しっかり守ってもらえ。もし何かあったら承知しないからな」
「…ああ。ありがとう。…キラを頼む」
「わかってる。……行くぞ」
 立ちあがるカガリ。アスランも、続いて立ち上がる。
「あっ…あの!」
 躊躇いがちに、ベッドから身を乗り出すキラ。
「……あの…、僕も…見送りに行っちゃ…ダメだよね、やっぱり」
「キラ………」
 さっきまであんなに決意を現していた瞳は、もう揺れていて。
「…ご…めん。あの……」
「………どっちにしろ、これ。…離してくれないと、これ以上進めないんだけど」
「え?」
 そっとアスランの手が自分の手に触れてきて、やっと彼の服を掴んだままだという事に気付く。
「ご…ごめん………」
 俯きこんで手を離す。…アスランの温もりが離れていって、なんだかぽっかりとした喪失感。
 そんなキラに、アスランはクスッと微笑み、優しく肩に手を置いた。
「…そんな顔しないで、キラ。なんだかこれが最後みたいじゃないか」
「アスラン……」
 さっきの自分の言葉を返されて、苦笑してしまう。
「俺達は必ずまた会える。そうだろ」
「……うん………」
「そしてその時は、敵じゃない筈だ」
「うん……そう、だね。…そうだよね」
「………」
 軽く触れるだけのキスを唇に落とす。
 そして、すっと身を翻した。
「それじゃ、キラ。…また」
「……うん…。気をつけて、アスラン」
 プシュンと部屋のドアが開き、二人の気配が去ってゆく。

 …そっと唇を指で触れようとして、やめた。
 自分の指の感触で、アスランの唇の感触が上書きされてしまいそうだったから。

 見えていないんだと知ったときは、ショックだったけど。
 本当に、ハンマーで頭を殴られたようなショックを受けたけど。
 でも。
 ……………想えば、君の顔はすぐに浮かんでくる。
 フェンス越しに見た、三年ぶりの君の素顔。幼さの取れた綺麗な顔立ち。…その君が、優しく微笑んでいる姿が見える。

 その笑顔を現実にするために。
 そしてそれを守るために。


 ―――――戦う。
 この戦争の裏側で蠢く悪意と。



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 一緒に廊下を歩いていたカガリが、不意に小さく溜息をついた。
「…何だ?」
「いや。お前らってなんか、ほんとにロミオとジュリエットみたいだなって」
「は?」
 ロミオとジュリエットといえば、有名な古典文学だ。コズミック・イラの時代であっても、知らぬ者は皆無。
「キラがジュリエットで、お前がロミオ。微妙にキザなとこなんか、お前にぴったりじゃないか」
「キザ? …なんか褒められた気がしないな」
「褒めてないんだから当たり前だろう」
「…何だよそれは……」
「あたしだって友達とキスするけど、唇にはしないぞ唇には」
「っ、……そ、そうか?」
「しかもさ、それが妙に自然なんだもんなぁ。…キラが女顔だからかな、違和感ないの」
「………」
 唇同士で挨拶のキスは四歳の頃からしてたから、今でも全然違和感がないんだよ。…とは流石に言えない。だからさっき二人でいた時の キスも、深いものになるまでキラは抵抗しなかったんだろうし。
 勿論、アスランにとってはキラ限定、キラにとってもアスラン限定の感覚ではあったけど。
「…あ、それでロミオとジュリエットか?」
「そうそう。……でも、これはお話じゃない。お前もキラも、絶対死なせない」
 ぴたっと立ち止まって、まっすぐに射抜く視線を送ってくるカガリ。
「無茶するんじゃないぞ。これ以上、キラを苦しませるな」
「…わかってる」
「ほんとだな」
「ああ」
 こちらも決意を込めて、真っ直ぐにカガリを見つめ返した。

「…よし」
 にっと笑って頷き、再び歩き出す。アスランも彼女に続いた。
「俺のところに直接連絡を取るのはまずい。ラクスに話を通しておくから、彼女を経由してくれ」
「ラクス?」
「現議長で穏健派のトップであるシーゲル・クライン氏の娘だ。俺とは婚約者同士だから、俺と彼女が頻繁に会っても不自然じゃないし、 彼女ならオーブと連絡を取っても不思議はない。この計画にも、きっと賛同してくれる」
「………なんだ。お前、婚約者いたんだ」
「え?」
「っ! な、なんでもない!!」
 うっかり零した自分の言葉に、カガリはぶんぶんと頭を振った。僅かに頬を赤く染めて。
「と、とにかく、そのラクスって子と………あれっ、ラクス? ラクス・クラインって……あのプラントの歌姫だよな」
「ああ」
「…なんだ。それなら話は早い」
「え?」
 突然ぱあっと明るくなったカガリに、つい遠慮なく訝しむ視線を送ってしまう。
「ま、とりあえず彼女に話聞いてこいよ」
 笑いながらそう返して、ぴたっと足を止める。
 そして、笑顔も消えた。
「…いいか」
「…ああ。キラを頼んだぞ」
「それはさっきも聞いた」
「………」
「無茶するなよ」
「お前もな」
 真剣に言葉を交し合って、外へと通じる扉を開く。

 目の前には、ザフトの船。
 そして、キサカが小型ボートをアスランの目の前につけてくれる。
「…行くぞ」
「はい」
 短いやり取りで何かを交わして、アスランはボートに乗り移った。


「貴様! どのつら下げて戻ってきやがった!!」
 噛み付きながらも乗り移る為に手を差し出してくるイザークに小さく微笑して、ザフトの船に乗り移る。
「………ストライクは討ったさ」
 静かにそう告げて、奥へ進む。

 そう、間違いなくストライクは討った。
 もうキラが戦場に出る事はない。
 例え眼が治っても、俺が出さない。
 今度は俺がキラの盾となり剣となる。
 彼の本当の望みを叶えるために。
 俺の本当の望みを叶えるために。


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「…アークエンジェル…よもやたどり着くとはな」
「ハルバートンの怨念が守ってでもいるんでしょうかね」
「フン。守ってきたのは、コーディネイターの子供だろう」
「その命綱のコーディネイターも、オーブに囲われて戦線離脱か」
「失明と聞いたがね。オーブの事だ、本当かどうか甚だ怪しいな」
「では、いよいよ第三勢力のお出ましですかな」
「さあな。ウズミの考えている事はわからん」
「わからんでは済まされんぞ。大事の前だ」
「だが邪魔はさせん。…アズラエルは」
「修正はすべてこちらで行うと言ってきている」
「ならば問題はない。オーブがしゃしゃり出てきたところで、むしろ一石二鳥ではないか」
「しかし我々ナチュラルの犠牲が増えるのはまずいだろう」
「かまわんさ。忌々しいコーディネイターどもを黙らせるには、我々の覚悟を示す必要がある」
「そういう事だ。それに連合に参加協力せぬ国など、もはやザフト協力国家と同義だよ」
「それもアズラエルの受け売りかね」
「しかし、いかなる犠牲も厭わぬ、と? それは少々乱暴ではないか?」
「今更何を言う。貴殿もサイクロプス計画に賛成票を投じたではないか」
「そして乱暴でも何でも、もはやこれしか方法はないのだよ。奴らめ、血のバレンタインに懲りて、大人しく頭を垂れればいいものを」
「往生際の悪いコーディネイターの仕掛けた戦いに巻き込まれて犠牲が出れば、逆にオーブもどちらが正しいのか思い知るだろうよ」
「総ては、…青き清浄なる大地の為に」





『……ひどい……………』
 誰にも届かぬ事を知った上で、彼は思わず呟いた。




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「失礼します」
 すっと軍人らしい動作で部屋に入り、敬礼をとる。
 取られた相手は苦々しい顔でこちらを見据えていた。
「………ネビュラ勲章の授与を、辞退したそうだな」
「はい」
「どういうつもりだ」
 今だ左腕を吊っているその具合を尋ねる事もなく、地球での戦果を労う言葉も無く、まずその事から切り出すか。
 …翠の双眸が、僅かに揺れた。
「例のストライクのパイロットが、まだ生きているからか」
「そうではありません。父上、私は…」
「何だ?」
 激しく言葉を遮られ、ハッとする。
「失礼致しました、ザラ議長閣下」
「………まだ拘っているのか。そのパイロットがコーディネイターだという事に」
「…私は、勲章が欲しくて戦ったのではありません。母の仇を討ち、同朋の未来を守りたかったのです。なのに、戦った相手は同じ コーディネイター………。これでは、とても栄誉を受ける気にはなれません」
「……」
 不機嫌に溜息を吐き出すパトリック。
「今回のことは、むしろお前の人柄にプラス印象を与える結果となったから不問とする。だが、お前はザラ家の嫡男だ。そして将来プラント を指導する立場に立つ者だ。その事をよく肝に命じておけ。次の勝手は許さん」
「……は。申し訳ありませんでした」
「お前にはイージスに代わる新しい機体を用意してある。スピットブレイク発動の際には、お前も別働隊として作戦に加わってもらうぞ。 今度こそ徹底的にナチュラルどもを叩き伏せねばならん。我らにはかなわぬと思い知らせる為に」
「はっ」
「では下がれ。指示があるまで待機」
「は。失礼致します」
 あくまで軍人として礼を返して部屋を出ていく息子を見送り、ザラ議長は再び溜息をついた。
「レノアもあれも…月になどやるべきではなかった…」
 クルーゼからの報告書にあった、ストライクのパイロット。他ならぬ自分の息子が確認したというそのパイロットの素性を調べれば、 なんとその息子の級友だというではないか。
 いくら中立地域で育った第一世代といっても、まさかナチュラル側につくコーディネイターがいるなどと。
 しかもそれが、プラントの総意を代表する自分の息子の友人だなどと。
 …ザラ家にあってはならない、汚点だ。




 一方その息子も、部屋を離れてエレベーターに乗ってから、深い溜息をついた。
「父上………あなたは本当に…………。…なら、俺は」
 その表情は苦しげだが、もう迷いはない。


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 相変わらずなハロ達の熱烈歓迎に困り笑いを浮かべるアスランを、ラクスは微笑みながら出迎えた。
「お忙しいのでしょう? わざわざお越し下さって嬉しいですわ」
「いえ。…これを」
 差し出されたのは、白い薔薇の花束。
 ラクスはにっこりと微笑んで、それを受け取る。
「…ありがとうございます。……オカピ、これを飾ってもらうようにアリスさんに言って頂戴」
 ピピ、ギッ。と返事をして、薔薇を背負ったオカピがギコギコ歩いていった。
 そして、まっすぐにぶつかる視線。
「……さっきまで、お話をしていたところでしたのよ。とてもお元気そうでしたわわ。あなたの事を、とても心配していました」
「そうですか……。…あいつ、大丈夫だって言ってるのに…」
「仕方ありませんわ。お優しいのですもの、彼は」
「知っています」
 自信たっぷりのアスランの言葉に、ふふっと笑う。

「……では、行きましょう。ラクス」
「ええ」




 そうして。
 ――――――――様々な思惑の絡まった戦いが、その火蓋を切った。






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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
…これをUPする準備してる時、データが消えました……………。
なんでやね〜ん…こないだっから妙に調子おかしい………。
ぐはぁっ………。
あっちこっちにバックアップ取っといたから、致命的なダメージはありませんでしたが…。
やっぱり精神衛生上よくないですよ………。

2003/06/25一部訂正。
…何を思ってザラパパを「国防委員長」のままにしてたんだ…?? ボケてたかな…。