++「fate」(8)++

fate

(8)







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 無重力の中、盲目の人間が一人で移動するのは危険だ。
 そのためキラの傍には、付き人として常に一人の女性がいた。

「キラ君、そろそろ昼食だよ」
「うん、ありがとう。今降りるよ」
 ピピピッと電子音が響き、バイザーに接続されていた特殊な大型端子が自動的にイジェクトされた。
 別のプラグを引き抜いて、バイザーの端末へ差し込む。
 卵型のユニットが上方に移動して、シートに座るキラの姿が現れた。
「どう? 様子は」
 尋ねながらキラの手を取る。
「うん。和平会談は順調に進んでるよ。っていうかまあ、順調に衝突してるって言った方が、正しいかもしれないけどね」
 答えながら彼女の手を取って握るキラ。
「何? それ」
「ここでこう食い違うだろうなぁとか、こっちが予測した通りにぶつかって頓挫するから、予定通り順調に遅れてるって感じ?」
 アハハハ、と笑いながら無重力の中を進み始める。
「で、ここいらで一旦休憩挟みましょうってとこ?」
「うん」
「キラ君もちゃんと休憩にすりゃいいのに」
 目の部分をすっぽり覆うような白いバイザーに一本だけ残っている端子の事を言っているのだろう。キラはそれをすぐ察して、 苦笑してしまう。
「万が一のことがあったら、みんなの苦労が水の泡だからね。何かあってもすぐ対応できるようにしとかなきゃ」
「大変だねぇ〜」
 わざとおちゃらけて言う女性。その口調がおかしくて、ふっと笑ってしまう。
「自分で選んだことだから。それに、僕が望んだことだから。『これ』を預った責任もあるし」
「…………そっか。…しっかし、またエライもん抱え込む気になったもんだよね。責任、重荷になってたりしてない?」
 冗談混じりに言う彼女に、キラは首を横に振った。
「僕の望みを叶えるのに、『これ』があれば一番都合がよかったってだけだよ。それを認めてくれたウズミ様から託されたものなんだから、 責任を持つのは当然だし、重荷だって思ったことはないよ」
「そう? キラ君の望みにつけこんだウズミおじさんに利用されてるって言い方もできるよ?」
「つけこむなんて! それに、逆だよ。オーブが作ったシステムを、ただそれを偶然知ったっていうだけで、僕が強引に乗っ取った んだから」
「乗っ取るって…。……なんていうか、律儀だねぇ。キラ君は」
「……こういうの、律儀って言う?」
「多分。ていうか、私はそう思う」
「カリィさんって、面白いよね。ほんと」
「あら、褒めてくれてアリガト☆ 退屈しなくていいでしょ?」
 クスクス笑いながら、プシュンと扉を開く。扉の向う側には重力設定が為されており、二人はすっと床に足をつけた。


 キラの手を引いているのは、三歳年上のカガリの従姉妹、カリィ・ユギ・クラハ。
 ここは元々、人が快適に居住する事を前提として作られた場所ではない。目の見えないキラがここに居付き生活するためには、誰かの 力添えが必要だった。そんな事情で派遣されたのが、彼女というわけだ。
 気さくなこの女性はすぐにキラと打ち解け、彼の望むこと、不快なこと、助けの要ることと要らないことを、素早く判断できるように なっていた。




「…あ」
 食事の介助をしていて、ふとキラが顔を上げたので、カリィはその手を止めた。
 どうしたと問うこともせず、じっと彼のリアクションを待つ。
 恐らくバイザーに繋いだ無線端末からなにかの情報が入ったのだろう。その状況で耳から無関係な音声情報を与えると邪魔になる事を、 彼女は知っている。
「…………今度の土曜日…アスランが、来るって…」
「へえ。元ザフトのエースパイロットかぁ。サイン頼もっかなぁ」
「…それ、アスラン困るよ」
「そう?」
「それにイザークさんとディアッカも来るみたい。僕、初対面なんだよね、そういえば」
「通信で何度か喋ったんじゃないの?」
「それでも会うのは初めてだよ。………あれっ、フラガ三佐達も来るって。それにラクス達も」
「へえ。勢ぞろいじゃん」
「うわあ…嬉しいな…」
 まさか、AAのみんなとアスランが、同じテーブルにつくことがあるなんて。
 …その光景を見ることができないのは、少し淋しいけれど。
「そっか。じゃ、しっかり記念撮影しとかないとね」
 映像データなら、キラ君も見れるでしょ?
 言葉の奥にあるそのメッセージに、キラはふっと微笑んだ。
「ありがとう。カリィさん」
「どういたしまして」



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 オーブによる戦争終結宣言。そして現在、地球軍及び地球各国政府要人、そしてザフトとプラント最高評議会メンバーとを交えて、 和平調停会談が日々行われていた。

 すべての鍵となったのは、キラ・ヤマト。
 そして、オーブが密かに打ち上げた人工衛星・ヴェルトール。



 ヴェルトール。その衛星自体が、人工衛星の全てが、驚異的な情報収集・管理・解析能力を有する巨大なブレーンコンピューター そのもの。
 通信中継施設の機能も持ち合わせており、モルゲンレーテ入魂の作である、Nジャマーの干渉を受けない特殊技術が採用されている。 この技術は同時に、あらゆる通信機器の傍受を可能とした。そして、あらゆるデータベースへのアクセスも。但し、データを『得る』 以上の介入は不可能だったが。

 地球軍とザフトの双方の動きとその狙いを監視し、戦力ではなく情報を使って何とかこの戦争を終結させようとしていたオーブの切り札 的施設。キラの父親がこの衛星の開発に携わっていた事がきっかけで、偶然キラはこのヴェルトールの存在を知る事ができたのだ。…本来 あってはならない情報漏洩である事は、この際棚に上げておくとしよう。
 ミラージュコロイドシステムを活用して衛星軌道上で密かに建造し、連合からもザフトからも察知されずに無事完成。軌道に乗り、 その施設の維持にも成功。完成後もミラージュコロイドでその存在を隠蔽し、万事問題なし。
 …唯一の問題は、ヴェルトールの集める情報量の常軌を逸した膨大さ故に、人の手には余るものになってしまった事だった。

 正確さと、速さ。それを追及するあまり、それを利用する側の人間の処理能力のことを全く意識しないOSが開発され、そのまま採用 されてしまったのだ。
 だからこそ、常識外れの量の情報を常識外れなほど短時間で処理解析できるといえばその通りなのだが、…冷静に考えてみればお粗末な 話である。

 かくして、ヴェルトールはその存在を極秘とされたまま、ひたすら情報を集めて蓄積してゆくだけの巨大データバンクと成り果てていた。
 …キラとカガリが、それぞれ目をつけるまでは。




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「あれっ、坊主達もこっちから行くのか?」
「…あのさぁフラガ三佐…その坊主っていうのいい加減やめてくんない?」
 ぎろりと睨み上げるイザークと、やれやれと頭に手をやりながら訴えるディアッカ。
「プラントじゃあ充分オトナらしいけどね。俺に言わせりゃ、まだまだガキんちょだよ。ほらほら! 後ろつかえてんだから、さっさと 乗る!」
「へいへい」
 背中をつつくフラガに、溜息をついてしまうディアッカ。その光景を、後ろからマリューがクスクス笑いながら見ていた。
「おい。アスランはどうした」
 フラガを無視してその後ろへと不機嫌に問いかけるイザーク。
「ザラ特佐なら、アスハ講和大使代表やクルーゼ殿、クライン大使と共に、エターナルの方から向かわれている。もうヴェルトールに 入港している頃だと思うが」
 マリューの隣のナタルが答えると、ディアッカが片眉を吊り上げた。
「…微妙な組み合わせだな」
「そうね。…カガリさん、クルーゼ氏に遊ばれてなければいいけど」
「ハッ。まったく、まさかこんな形であのヤローと顔つき合わせることになるとはなぁ」
 本気で不愉快げに言い捨てるフラガにじろりと視線を投げてから、イザークはさっさとシャトルに乗りこんでゆく。
 やれやれと溜息をついて、ディアッカも続く。
 可愛らしいわねとばかりに苦笑するマリューに、フラガが肩を竦ませて応えた。
「ここまで揃うんだったら、サイ君達も連れてきてあげたらよかったわね」
「いいんじゃないの? あいつらまでいっぺんに押しかけてきたら、キラも混乱するでしょ。ただでさえ、世界中に眼を光らせてなきゃ いけないってのにさ」
「…そうね」
 今のキラの姿と、自ら負った役目を思い、マリューは少し表情を曇らせた。
「……艦長、フラガ三佐。時間です」
 ナタルが腕時計を見て静かに告げ、三人もシャトルへ乗り込む。






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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
重ね重ねすみません…あと何回ってカウントすんのやめます。
折角なので、全員勢ぞろいして少し話をしてもらいます。
(単に海原がそういう光景を見たいだけだったり)
で、アスキラと銘打っている以上はキラ達にもちょっとくらいラブラブしてもらってから完結と。
そんな流れになります。