++「fate」(9)++

fate

(9)







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 迷路のような造りになっているヴェルトール中枢部の中を、アスランはすいすいと進んでゆく。
 ここに実際に来た事はないが、キラから貰った図面を何度も睨みつけていた。大体の順路など、もうすっかり覚えてしまっている。

 雰囲気の違う扉の前で止まり、ルームコールをかけようと手を翳す。だが、それがパネルに触れる前にシュンと扉は開いた。
「…アスラン、早すぎ」
「……キラ!!」
 苦笑しているキラ。とんっ、と地面を蹴って、彼を抱き締めた。
 無重力の中で二人の体が舞い、それを招き入れた部屋の扉は自動的に閉まる。
「………久しぶり、アスラン」
「ああ……。…………やっと、逢えるようになったな」
「うん」
 そっと背中に手を回すキラ。
「…アスラン、ごめんね」
「え?」
「結局、アスランには一番辛い思いをさせる事になっちゃって…。…お父さんの事…」
 辛そうに声を繋ぐキラに、そっと唇を重ねた。
「………キラが謝る事はないよ。真実を知る事ができて、むしろ感謝してるくらいだ」
「…アスラン、誤解だけはしないで」
 恐らく瞳があればまっすぐにアスランを射抜いているだろう。今は白い特殊バイザーを埋め込まれたその部分が、彼の姿をうっすらと 反射させている。
「お父さんは、君の事をとても愛していたよ」
「……………」
 もう一度キスを落として、そっと髪を撫でる。

「…キラ。話が思いっきり変わるけど…」
「何?」
「カガリの従姉妹の、…ええと…」
「カリィさん?」
「そう。彼女、…お前の介助をどのくらいまで…」
「は?」
「いや、だから、………風呂とか、どうしてたんだ?」
「へ? お風呂? 別に、普通に入っ……   !!!」
 一瞬きょとんとしたキラだが、次の瞬間かあっと頬を真っ赤に染めた。
「なっっ、なに考えてんの!? アスラン、やらしいっ!!! 一体どういう想像したんだよ!! コードで首締めるよ!!」
 本気でバイザーに差された有線端子を抜こうと手をかけて怒鳴るキラに、あたふたしてしまうアスラン。
「うわっ、ちょっと待て!! 俺は別に変な意味で言ったわけじゃ…お前一人じゃ大変だろう!? だからっ」
「だから何!! 髪だけ洗面台でカリィさんに洗ってもらって、お風呂はバイザーに防水カバーかけて一人で入ってた! わかった!?」
「いい、いい、わかったからコード握って構えるのはやめろ!」

 この直後、クサナギからのシャトルが入港したことをキラが察知し、アスランは難を逃れることが出来た。


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 イザーク、ディアッカ、マリュー、ナタル、フラガ。
 カガリ、ラクス、クルーゼ。
 実現することなどないと思われていた顔ぶれが、カリィが急遽用意した部屋に揃い、席についていた。

「イザークから話は聞いていたが、本当に足付きの艦長が女性だったとはな」
「あら、元ザフトの誇るクルーゼ隊の隊長ともあろう方が、随分時代錯誤な発言をなさるのね」
「これは手厳しい」
 にっこり微笑んだマリューの切り返しに、相変わらずの仮面の下でふっと微笑む。
 ナタルとフラガが揃って不機嫌な顔をしていた事は言うまでもない。
「悪いですねー、ここほんっとに何にもないとこなんで」
 言いながら飾り気のないテーブルに料理を運んでいくカリィ。
「あ、そういえば、最初キラの部屋まで食事運ぼうとして、うっかり料理を無重力空間に放り出したってほんとか?」
「うっわ、ちょっとカガリなんでそんな事知ってんの?」
「ラクスから聞いた」
「わたくしはキラから伺いましたわ」
「う…も〜こんなとこでやめてよ恥ずかしいなぁ」
 小さく笑いを誘いながら、カリィも席についた。
「そんで、肝心のキラは?」
 ディアッカの問いに、肩を竦ませる。
「今こっちに向かって来てる。アスランさんも一緒」
「ふぅん」
 気のない返事を返しながらテーブルに肘をついたのを合図にするように、ピピッとルームコールが鳴った。
 プシュンと扉が開き、アスランに誘導されて華奢な少年が入ってくる。

 異質なのは、その瞳があるはずの部分に埋めこまれた白いバイザーと、そこに接続されている一本の無線端子。

 カリィが立ち上がって、ポケットからカメラを取り出し、キラに渡す。慣れた手付きで端子を引き出してバイザーの端末に差し込み、それから アスランがカメラを起動させた。
 カメラを使って部屋を見渡すと、懐かしそうに口元をほころばせる。
「…お久しぶりです。それから、初めまして。…キラ・ヤマトです」


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「それで結局、何がどうしてこうなったのか、一から説明しろ」
 不機嫌そうに告げるイザークに、隣でディアッカが苦笑。
「ヴェルトールの事は、もうご存知なんですよね」
「そいつから大体聞いた」
 言いながら顎でアスランを指す。
「僕が彼との戦いで、視力を失った事も?」
「ああ。知りたいのはそこから先だ」
 穏やかな表情で、キラは頷いた。




 あの後すぐにアルヴァニスタへ上がったキラ。彼の目は、『治らなくはない』という曖昧な診断が下された。
 視神経の一部にまでダメージが達していた為、かなり精密な手術を要するが、義眼に替えれば生活に支障ない程度の視力は得られる ということだった。
 但し、手術とその後の維持費用はかなりの金額になってしまう。
 カガリから連絡を受けたキラの両親は、出せない額ではないと、治療をすすめた。金の心配などするな、と。
 だが、視神経にダメージがあると聞いたキラは、迷わず治療を断ってしまう。
 ―――ヴェルトールに、自らを繋ぐために。

 一度に提示される情報量が膨大過ぎるというのなら、情報量を抑えてやればいい。それが無理だというのなら、情報を受ける側が 変わるしかない。今まで『不可能』『非現実的』と言われていた事を、キラは無茶苦茶な発想で可能とした。

 眼球を取り除き、視神経をヴェルトールの情報出力システムに接続。今まで眼球が向いている方向しか『見る』事ができなかったものを、 視神経を情報入力端末と見なして視覚野に情報を直接『入力』していく事によって、処理能力を大幅に円滑化した。
 そこにキラのハッキングとプログラミングの手腕を合わせれば、鬼に金棒というわけだ。

 キラはそんな経緯で、オーブの医療プラント・アルヴァニスタから、人工衛星ヴェルトールへとすぐに移動した。
 視神経を守って、ヴェルトールから入力されてくる情報を神経信号に変換する機器を目の部分に埋め込み、それをカバーするバイザーを 更に皮膚に埋め込んでしまったキラ。そのため、現在の彼は完全に『周囲を見る』事は不可能。
 キラは世界中のあらゆる情報を司る力、すなわちヴェルトールを手に入れる代わりに、視力を手放した。

 元々ヴェルトールの事を知っていたキラは、アスランとの話し合いのあと、カガリにこれを使わせてもらうように頼んだ。
 そしてカガリも、ヴェルトールにひたすら蓄積されている情報から、何とかこの泥沼な戦争を集結させる手がかりを探そうと 思っていた。その為に、キラとアスランの力を借りようと、そう思っていた。
 …まさかキラがこんな突飛な使い方を提案してくるとは思わなかったが。

 キラはヴェルトールが制御できないという話を知ったときから、視神経に入力システムを直結して制御するという方法を思いついていた。 だから、もし自分の目がもう治らないか、それに近い状態であるなら、自分がその被験者として試してみたいと、そう申し出たのだ。
 自分を実験体扱いするキラに、アスランは烈火の如く反対したが、結局はキラの熱意に圧されて折れた。その代わり、視神経に異常が ないなら諦める事を約束させて。
 結果は、前述した通りだったが。

 そしてキラの熱意に打たれたカガリは、本国に戻ってすぐ、父親であるオーブ元代表、ウズミ・ナラ・アスハを引き合わせた。
 ウズミは「君に覚悟があるのなら」と、キラにヴェルトールの詳しい情報を与える。
 そして、…今に至るというわけだ。



「僕がヴェルトールを操れるようになった時にはもう、スピットブレイクもサイクロプスも、取り返しのつかない段階まで来てて…。 もっと早く知る事が出来たら、別の方法で対処できたと思うんだけど…」
「それを言い出したら、始まらんだろう。最初からそれを当て込んで、お前の目を刳りぬくわけにもいかねえんだから」
 フラガの言葉に、苦笑するように口の端を引く。
 そして、カガリがキッとクルーゼを睨んだ。
「お前は両方の情報を持っていたんだろ? 何か行動しようと思わなかったのか」
「…ほう…。君は父上から私の負った使命をもう聞いたと思ったが。私がギリギリまで耐えていたからアズラエルの尻尾を掴めたとは、 解釈してもらえないのかな」
「でもっ!! もしかしたらアラスカでの戦闘を回避して、犠牲を出さずに済んだかもしれないじゃないか!」
「それで? ザフトからも地球軍からも勘付かれて、消されろと?」
「っ…」
「そうなれば君の父上にもことが及ぶと想像できぬ程、子供ではあるまい?」
「………」
 ばつが悪そうに視線をそらすカガリ。
「でも、ウズミ様から聞いた時はびっくりしました。僕らより先にヴェルトールを利用している人がいたなんて」
「両陣営から情報を集める為に造ったヴェルトール。少しでも役立ててやらねば、浮かばれんだろう」
「確かにここを中継すれば、ザフトからも地球軍からも傍受される心配はありませんからね」
「それでダブルスパイの真似事か。よくもそんな危険な事を…」
 感心したような呆れたようなナタルに、クルーゼはフッと微笑し、フラガに視線を移す。
「…私のザフト行き、当時は随分腹に据えかねていたようだが、今なら納得してもらえそうだな。『兄上殿』」
 えっ、と全員の視線が二人に集まった。
 フラガは、心底うんざりしたような顔で言い返す。
「やめろ。今更お前に兄呼ばわりなんかされたら、気色悪くて虫唾が走るぜ」
「フ、フラガ三佐、一体どういう…」
「隊長…?」
 二人の爆弾発言に、全員がぎょっとして凍り付いた。
 やれやれと溜息をついて、フラガがしれっと秘密を語る。
「ああ、俺ら、ハーフコーディネイターだから。んで、こいつとは双子」
「ええええっ!!?」
 驚愕する一同に、証拠提出とばかりに仮面を取るクルーゼ。
 その下に隠されていた顔は、確かにフラガとうりふたつ。
「まあ、我々は胎児の段階でかなり遊ばれている身ではあるがな」
「俺はナチュラル寄り、お前はコーディネイター寄りにさせられちまってんだよな。ま、俺は実害なかったけど、お前しんどかっただろ」
「一生定期的に薬を服用しなければならない体は、確かに面倒だがな。まあ、二十八年も繰り返していれば嫌でも慣れるしかない」
「そんで、そんな体でわざわざザフトに行くっつうんだから、呆れ通り越して頭にきたぜ」
「あの喧嘩は確かに悲惨だったな」
「最初にナイフ持ち出したのお前じゃなかったっけ?」
「それで咄嗟に拳銃を取るお前もお前だがな」
「しまいにゃ戦地でMAとMSに乗ってドンパチやってんだから、よく生きてたよな俺達」
「今更それを言うか?」

 ………。
 この二人の兄弟喧嘩って………。
 と、全員が汗マークを頭上に浮かべたのは言うまでもない。

「そ、それじゃ隊長、その仮面は……」
「ああ。フラガは地球軍に入ると最初から言っていたからな。同じ顔だという事を指摘されて、面倒が起こるのは困るのでね」
「でも、フラガ三佐がエンディミオンの鷹の異名をとる前に、あなたは既にザフトに…」
「仮にも私の双子の兄だ。そのくらいは活躍してもらわなくては困る」
「そのくらいはぁ?」
「ちょっと待った。そこでナイフ握らないで下さいフラガさん。クルーゼさんもその袖口に隠したフォーク出して」
 カリィの言葉に、二人ははたっと動きを止め、ふっと不敵に笑い合ってそれぞれナイフとフォークを置いた。






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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
都合のいい展開てんこもりで申し訳ないです(^^;)
えー、判り易く一言で言えば。
『キラが一人だけ「攻●機●隊 ●TAND ●LONE ●OMPLEX」の世界に飛び込んだ』
…って事なんです、イメージ的には。はい。
それと、クルーゼがやったフォークを袖口に隠すっていうの、どっかで使ってみたかったんですよね。
ノワール見てから。
あのなにげない霧香(字はうろ覚え)の行動が、最後の最後までキーになっていたのがすごく印象的で。
今回はさらっと流してしまったので、別のところでまた使ってみたいなーとか思っていたりします。