+-「Promise in Spiral」1−2-+

Promise in Spiral
キラ復活
(2)








「収納完了。コンテナハッチ閉鎖。各員、速やかに分析作業に入れ」

 回収した残骸群が浮遊する、第六コンテナ。第七デッキの窓からそれを見渡し、手元のキーボードを操作して、一つ一つの残骸を分析し、 どちらの勢力のものか、何の残骸か、素材の再利用は可能か、といったことを根気良く分析していく。
「…あ〜あ、面倒くせぇ」
 早速キーボードから手を離し、頭の後ろで組んで、シートに背を預けてしまうディアッカ。
「ちょっと待てお前、根を上げるのが早すぎるぞ! まだ五分と経ってないだろうが」
「ンなこと言ったってよォ。オレは戦闘要員だぜ? こーいうのは得意分野じゃねぇっつーの」
「ミゲル班はラクス以外全員そうだ。お前だけじゃない」
「そりゃ、そうだけどさぁ〜」
「ぶつぶつ言ってる暇があったら手を動かせ、手を!!」
 ぶーたれるディアッカと呆れて怒っているイザークのやりとりを見て、クスと微笑むニコル。だが、彼の手は止まりっぱなしになっている ディアッカの手と違い、黙々と作業を続けている。
「こういうのはニコルにおまかせ。適材適所ってね」
「とか何とか言って、サボる気なんだろ?」
 オレンジの髪を揺らしてシートを傾けながら話しかけてきたのは、二人の更に向こうに座るラスティ。彼もまた、こういった単純作業は 苦手なタイプだ。
 そこへ、シュンとスライド音をさせて扉を開き、アスランが入ってきた。
「どうだ」
 簡潔に状況を尋ねながら、ニコルのシートに手を置く。
「今のところ、すべてナチュラルの戦闘機ですね」
 ピピピ、と手近な破片に照準を合わせ、実際にその分析結果をモニターに出して見せる。
「…モビルアーマー・メビウス? 百年近く前の主力量産機じゃないか」
「ええ。とっくに生産は終了しているはずです」
「…そんなに永い間、誰にも発見されずに漂ってたってわけか…」
「誰にも回収されずに、の間違いだろう」
 隣からイザークが訂正のために口を挟んでくる。
「あの頃と今とでは、完全に状況が違うからな。こんなもの再利用しなくても資源は豊富にあったし、この程度のデブリは処理したそばから すぐ増える。イチイチ相手にしてい」
「あっ、ちょっと待って下さい」
 イザークの声を遮るニコル。比較的原型を留めているメビウスの影から、明らかにシルエットの違う機体が現れた。すぐに分析照準を 合わせる。
 モニターには、初めてコーディネイター軍のデータが表示された。
「X一○五ストライク…装備換装汎用型モビルスーツか。これも百年前の機体だな」
「それって確か、アタッカーズのごく一部のエースにしか搭乗を許されなかったっていうやつじゃん。今お前が乗ってるジャスティスの 先祖みたいなモンだろ?」
 先祖、というラスティの言い様に、思わずアスランが小さく吹いてしまった、その時。
「アスラン! パイロットが存在します!」
「何?」
 ニコルの緊張した声にモニターを覗き込むと、確かにコクピット部を特殊スキャンしたデータには、人型の影がくっきり浮き出ている。
「ボディを切断、回収しろ」
「はいっ」
 キーを操るスピードが上がる。コンテナ内の設備を操作し、MS解体作業用レーザーでストライクのコクピット部を注意深く切除していく。
「百年前のエースアタッカーか。どんなヤツだろうな」
「ディアッカ達は作業続行! ニコル、パイロットを蘇生室へ」
「了解」
「つーか、そんでミゲルは?」
「クルーゼ艦長から呼び出されてるところだ。そっちが終わればすぐに来る」
 ぶー、と唇を尖らせるラスティにそれだけ言い置いて、さっさと先に蘇生室に向かうアスラン。
 自然と、その速度は加速していく。

 百年も前の、エースアタッカー。ディアッカでなくとも興味は沸く。
 しかもここは、第九星系の玄関口とも言えるエリア。
 ひょっとして、………あのパイロットが、アークエンジェルの関係者であったなら。

「…まさか」
 ふっと苦笑を落として、頭を振る。
 そこまで都合のいいことがあるはずない。
 とにかく、あの戦闘の跡が何だったのか、それだけでも掴めればいい。
 何より同胞なら無事でいてほしいと願うのは当然だ。

 どうか百年の眠りから目覚めてくれるようにと、祈るように願いながら。
 蘇生室に向かう足は、ついに走り出した。



 彼は、ヘルメットやパイロットスーツをすべて取り去られ、シリンダーに満たされた溶液の中でたゆたっていた。

 茶色く輝く美しい髪。
 華奢そうな細い肢体。
 穏やかに瞼を閉じられた、安らかな顔。

 まるで眠り姫のようだ。

「生命活動は停止していますが、保存が冷凍状態に近く、蘇生の可能性は充分にあります」
 すぐ隣にいるはずのニコルの声が、何故かぼんやりと遠い。
「肉体に外傷もありません。…すごい…、こんなに細身なのに、組織はすごくしっかりしてますよ…」

 美しい、と。
 同じ性別の相手に、こんな感想を抱いたことなど、今まで一度もなかったけれど。
 魅入られたように、アスランはシリンダー内のパイロットの生まれたままの姿から目が離せなくなっていた。

 彼のことが、知りたい。

「…ニコル。…彼の素性は割れたのか」
「あ、はい。旧第九星系遠征隊クサナギ艦隊アークエンジェル所属パイロット、『キラ』と判明しました。やはりアタッカーズの一員 だったようです」
「アークエンジェルの?」
 満面の笑みで、ニコルが頷き返す。
「ひょっとしたら、『ミッション21』のことを何かご存知かもしれませんね」
「…だといいけどな」
 正直、アスランの中でもうそのことは二の次になっていた。
 たとえ無関係でもいい。どうか、彼に再び命を。
「記録によると、撃墜数は戦艦、戦闘機合わせて約三百にのぼります。すごい、まさにエースアタッカーですよ」
「…記録に残っているもので約三百か…」
 となると、実際はもっと多くの数になる可能性が高い。
 …こんな、女神のように美しい少年が。
 撃墜王の一人であるとは、にわかには信じられない。
「………綺麗な人ですね」
 ぽつりと零されたニコルの言葉に、えっ、と振り返る。
「アスランは、思いませんか? すごく綺麗ですよね、彼。…声とか…聴いてみたいなぁ」
 うっとりと見つめるニコル。
 素直に口に出せる彼の性格が、羨ましいと思った。


「…第一段階の蘇生作業を実行」
「了解。……対象に交換の必要な器官は認められません。リラクローネ投与します」
 アスランの一言で、緊張が戻る。軽やかにキーボードを操るニコルに応えて、強化ガラスの向こうに設置されたシリンダー、要は巨大な 試験管の周囲の装置が動き始め、溶液の色が変わってゆく。
「コンデンサー出力、五十五.五に固定。起動」
 左右からシリンダーを挟むように設置されている照射アンテナが僅かに開き、肉眼では確認できないエネルギーが照射されていく。
 溶液が反応して気泡を発生させ、茶色の髪が大きくゆらめき始める。
「シリンダー内、ゲイン上昇。ボイリングポイントまで、あと十六…十三…八………ボイリングポイント通過」
 モニターの表示がめまぐるしく変化してゆくが、アスランは『キラ』から目を離せずにいた。
 やがて照射アンテナが元の形に閉じて、溶液は元の穏やかさを取り戻す。ニコルは手元近くにあるモニターの一つに視線を落とした。
「作業終了しました。……生命活動は、依然停止状態」
 アスランも無言で同じモニターに視線を移す。
 心拍と脳波を示すグラフは、横一文字の直線のまま、ぴくりとも動かない。
 これだけ良好な保存状態であるにも関わらず、第一段階の作業で蘇生が成らなかった場合、そのまま戦死と報告して処理するのが常だ。
 だが。
 諦めきれず、もう一度『キラ』を見る。

 声を聴きたい。
 瞳の色を見たい。
 その瞳に俺の姿を映してほしい。
 彼はどんな仕草をするんだろう。
 泣いたり怒ったりするところを見てみたい。
 彼の感情の変化を見てみたい。
 …そして、笑っている顔を見せてほしい。

「ニコル」
 振り返ると、彼もまた期待に満ちた目でアスランの指示を待っていた。
「もう一度だ」
「はい!」
 嬉しそうに返事を返して、早速再びキーを叩き始める。
「リラクローネを追加投与、コンデンサー出力四パーセントアップ、ボイリングポイントを五十にリセット」
「了解」
 ヴヴヴ、と照射アンテナが特殊強化ガラスの向こうで再び動き出し、シリンダー内が再び変化を始める。
 が、そこへ。
『総統母艦より、総ての友軍艦隊に伝達事項あり』
「!」
 反射的に、強化ガラス上部のモニターに敬礼を取るアスラン。ニコルも操作の必要な作業が終了していることをさっと確認して立ち 上がり、アスランに倣って敬礼。
 スクリーンセーバーだったモニターがふっと切り替わり、コーディネイターの総統、パトリックの姿が映し出された。
『誇り高き同胞諸君。我が総統母艦アプリリウス率いる第一主力艦隊は、敵母星の星系内にて敵と交戦。これを殲滅し、敵母星を完全に 粉砕した』
「!!」
 はっ、とアスランとニコルの顔色が変わる。
「粉砕…って、それじゃ」
「…例の報復作戦が、成功したんだろう……」
「そんな…!!」
 二人の戦慄をよそに、力強いパトリックの演説は続く。
『だが戦いが終わったわけではない。我らコーディネイターの安住はもはや、宿敵ナチュラルが全滅した時にしか得られぬものなのだ』

 ――――ピ…

『敵総統母艦プトレマイオス、そして残存勢力を残らず討ち倒すその時まで、我々は力の限り戦わなければならない! 我らコーディネイター の揺るぎ無き未来のために!!』
 熱弁が続く中、微かな機器類の反応音に、アスランがふと視線を落とすと。
「あ………っ!」





 それは、『キラ』が百余年の眠りから甦った瞬間だった。




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