Promise in Spiral
キラ復活
(3)
ぼんやりと。
ぼんやりと、意識が浮上してくる。
無意識に開いていく瞼。
「……」
白い光の眩しさに、反射的に目を閉じた。
瞼越しの光に慣れて来た頃、もう一度ゆっくりと瞼を開く。見覚えのない無機質な天井と、照明。
(ここは…どこ…?)
ぼんやりと首をゆっくり右に振ってみる。だが、どこかの艦内ということくらいしかわからなかった。今度は左に向けてみると、一面の
強化透明素材に、宇宙の光景。
「………………」
吸い寄せられるようにそちらへ体を動かすが、がくん、と突然落ちてしまった。
(…体に、力が入らない………)
どうやら寝台に寝かされていたらしく、全身に感じる冷たい床の感触が、更に自分が全裸である状況を教えてくる。
(………きれい………)
一面の、宇宙。
ぼんやりと見詰めるキラ。
(…僕が最後に見たのも…この景色だ………)
背後からシュンと扉が開く音が響いても、キラはただ動かない体をほったらかして、輝く星々を見詰め続ける。
「キラ!!」
(――――――――――え?)
呼ばれたその声。
何故なんだろう。ひどく懐かしい。
よくこんなふうに、この声に名前を呼ばれたような…?
「いきなり動くなんて無茶だ! 大丈夫か!?」
駆け寄って、抱え起こそうとしてくれる。
真正面から両脇に腕を差し入れられて重い顔を上げると、自然と間近に声の主の顔があった。
息を飲んだのは、二人同時だった。
眼が合った、その瞬間。
キラはアスランのエメラルドの瞳に。
アスランはキラのアメジストの瞳に。
囚われて、離せない。
惹き付けられて、動けない。
このまま囚われていたい。
不意に、パサリと布の落ちる音がした。アスランが持ってきたキラの為の制服が、咄嗟に置いた寝台から床に落ちたらしい。ぴくっ、
と二人の肩が震える。
「…立てるか?」
「…わからない」
ぎこちない会話。
アスランはそのまま抱きかかえるようにして寝台へ座らせようとするが、キラは途中からアスランの肩を支えにして自分の足で立ち、
促されるままに寝台へ座った。
また間近で惹かれ合う瞳。
「…君は…誰?」
「……………俺は、アスラン」
「……アスラン」
ぞくり、と魂が震えた気がした。
キラの声が自分の名を呼んだ。印象的な、中性的な声が。ただそれだけのことなのに。なんだろう、この神経細胞の一つ一つが震え上がる
ような昂揚感は。
恋、に似ている。けれど、それよりももっと熱くて、説明し難い感覚。
「キラ」
なんて愛しい名。
何故だろう、ずっとずっと昔から、彼を知っていたような気がする。
「…アス…ラン…?」
キラもまた、ぞくぞくと自分のなかに駆け昇る何かを感じていた。
アスラン。初めて聞く名のはずなのに、呼ぶ舌が、唇が、慣れている。初めて聞く声のはずなのに、この美しい声に名を呼ばれる感覚を、
耳が知っている。
澄んだ翡翠の瞳を、遠い遠い昔から知っていたような気がする。
何故、こんなにも惹かれる。まるで当然の理のように。
「…大丈夫。ここはコーディネイターの艦だから」
蘇生したばかりでまだぼうっとしているキラよりも先に、自分の役割をしっかり自覚しているアスランのほうが、無理矢理気持ちに区切り
をつける。
このまま見つめ合っていたかったが、そうも言っていられない。
「…コーディネイターの艦…」
「ああ。だから安心して」
優しく告げたその言葉に、しかしキラはハッと顔を上げ、…それから、悲しそうに瞳を伏せた。
友軍の艦であるから安心しろ。自分を保護した彼がそういう言い方をするということは。
「…それじゃ…まだ、戦いは…続いているんだね…」
永く続いている星間戦争が、今もまだ終わっていない証拠。
「…もう少し、休んでいたほうがいい」
「ううん」
横にさせようとしたアスランの手を、逆に掴んで。
「それなら、ゆっくりなんてしていられない。…ここはどこの所属艦? 戦況は、どうなってるの? 現在位置は?」
「キラ」
「今、僕の使える機体はある?」
真っ直ぐな強さを取り戻した瞳は、当然次々と芽生えるであろう疑問への解答を求めてくる。
ぎゅっと握られた手。その力の強さに、アスランは止めても無駄だと悟った。
「わかった。だが、何にしてもまず身体検査が先だ」
「僕はもう大丈夫だよ」
「それでも、だ。…わかるだろ」
「………」
キラとて軍人として過ごしてきた日々が決して短いわけではない。ましてや、アタッカーズの称号まで得ているのだ。彼に報告義務が
あること、規律を重んじなければならないことは、よくわかる。
「…わかった。ごめん、無理言って」
いいよ、と微笑みで答えて、キラの体を支えようと腕を差し出そうとするアスラン。だが、キラはその前にするりと寝台から降りると、
落ちたままの服を取り上げて、さっさとそれを着始めた。
下着も、制服も、まるで今朝も同じ動作をしたかのようによどみない動きで。
とても蘇生してから一時間も経っていない人物の動きとは思えない。
「ありがとう。ええと…検査室、だよね。どっち?」
無邪気にそう笑いかけてくる声に、やっとアスランは我に返った。