Promise in Spiral
キラ復活
(4)
百年の眠りから甦った人物がもう身体検査まで始めていると知ったミゲル班の面々は、艦長に呼び出されたままのミゲルと先のデータ
整理を行っているラクスを除いて、全員が興味津々でトレーニングルームに集まっていた。
「……まだ蘇生してから大して経っていないだろう。本当なら意識があるのも不思議なくらいだぞ。何者なんだ、そのパイロット」
「さァな。ま、もうすぐ来るんだろ?」
厳しい表情で待ちうけるイザークに苦笑するディアッカ。相変わらずだらけた格好でシートに座っている。
「あ、来たかな」
ピ、と奥の検査室と繋がる扉のロックが外れ、扉が開く。
アスランと、その隣にはキラ。
「…へェ」
「確かに、ニコルが言ってたとおりの超美人じゃん」
値踏みするような視線をじろじろとぶつけてくるディアッカとラスティ、それに睨みつけるような視線のイザーク。キラが思わずアスラン
を振り返ると、彼は大丈夫と微笑んだ。
「みんな俺の所属するミゲル班のメンバーだ。…俺の仲間だよ」
「あ…」
「オレ、ラスティ。よろしくな」
「は、はい。キラです、初めまして」
人好きのする笑顔で歩み寄ってきたラスティ。手を差し出す彼に、キラも右手を差し出し、握り返した。
「あの銀髪おかっぱがイザーク、こっちの色黒パツキン男がディアッカ。で、こっちの美少女がニコル」
ばこん!!
遠慮なく背後からラスティの頭をはたくイザーク。
「貴様の紹介の仕方は滅茶苦茶なんだッ!!」
「なんだよ、客観的真実を述べたまでだろ〜」
「僕は女の子じゃないですよ! 何が客観的真実ですか、まったくもう。…キラ、早速ですけど、こちらに座っていただけますか」
「あ、はい」
何かの装置を挟んで、ニコルとキラが向かい合わせに座る。
ニコルの操作と共に、装置の上部から小型スクリーンが現れた。パッと光が灯り、それが索敵ロックオンシミュレーション装置である
ことを知らせてくる。
「コントロールレバーを持って下さい。操作説明は必要ですか?」
「あ、いえ。多分すぐわかります」
「へぇ、頼もしいじゃん。さっすがアタッカーズ」
「外野は集中を乱さないで! それじゃ、手元のゴーグルを掛けて下さい。始めます」
「はい」
言われたとおりにゴーグルをかけ、早速シミュレーションスタート。ゴーグル越しのスクリーンに、ポツ…、ポツ…、と冗談のような
遅さで敵機反応表示が現れる。
視線でそれを認識すると自動的にロックオンされるシステムのようだ。更に、左右それぞれの手で軽く握ったコントロールレバー付近の
スイッチで、使用する武装を選択と同時に攻撃。そこまでいけば後はプログラムが自動的に敵機を撃墜したものとみなし、対象となった
敵機反応表示をクリア。
敵機反応表示が出てからロックオンされるまでの反応速度。敵機の動き、距離、方向と、それに対応するのに最も有効な武装を選んだか
どうか。主にこの二点から成績を出しているらしい。その上で一定ポイント以上だと、難易度の上がった次のステージへ進む。
数回ほどゲーム感覚で試して、どのボタンがどういう武装なのかは把握した。
「…おい」
あとはただ実戦さながらに、出てくる敵をロックオンしては落とし。
「……どうなってる…いくらアタッカーズといっても、これは…!」
ロックオンしては、落とし。ロックオンしては、落とし。ロックオンしては、落として。
―――――――――――ビーッ
警告音と共に「limit over. The end」と表示が出て、まるでシステムダウンしたかのように、唐突に終了した。
「……………あの…これ、外していいのかな」
終了の表示が出たのに誰からも何の指示もなく、ぽつりとキラが尋ねた。
その声で、皆やっと時間が動き出す。
「…あ、…は、はい。すみません。どうぞ」
言われるままにゴーグルを外して、ふぅ、と一息。
「…本当に、もう…すっかりいいみたいだな。キラ」
「うん」
さすがのアスランも動揺を隠せないが、当の本人はけろっとしている。
「ただ、まだちょっと頭がボーッとしてるけどね」
「おいおい冗談言うなよ、頭ボーッとしてるやつが、ラクス入魂のシミュレーションプログラムをダウンさせたなんて、タチ悪すぎだっ
つーの」
「…」
ぼやいたディアッカの言葉に、一瞬キラの顔色が変わった。
それに気付いたアスランが声をかけるより早く、通路側の扉がピピッとシグナルを鳴らして開いた。
「あら。丁度よかったようですわね」
「おっ。噂をすれば、だな」
優しい顔立ちと青い瞳の少女。印象的なピンク色の髪の毛は、顎のラインにそって切り揃えられている。
「データは揃いまして?」
「あ、はい。ちょっと待って下さい、このシミュレーションの結果だけ入れれば…」
ニコルの隣へやってきて、その作業を見守るラクス。
「……ラ…クス…………………、…ラクス!?」
彼女をじっと見詰めていたキラが、突然弾かれたように立ち上がった。一同が何事かと振り返るのも構わず、彼はラクスの両肩を掴む
ように迫った。
「ラクスだよね!! どうしてここに!?」
「え…」
「キラだよ!! アークエンジェルで一緒だった!! 君は一体、どうしてここに…、…そうだよ、カガリは一緒じゃないの!?」
「キラ、ちょっと落ち着け」
後ろからアスランが肩を引くが、しかしキラは必死の形相で詰問を止めない。
「ねえ、カガリはどうしたの!? サイやフレイ、艦長達は!? それに…そう、カオスは!? カオスはどうなったんだ!?」
もやがかかったように曖昧だった頭の中が、ラクスという知人の出現で突然クリアになった。まるでフラッシュバックのように、次々と
鮮明に思い出されてくる。
自分が今までどこにいたのか、何の為に戦ってきたのか、そして、自分という存在が負っていた使命も。
「…おい」
「ああ」
「…そのようですね」
頷き合う、イザーク、ラスティ、ディアッカ、そしてニコル。
アークエンジェルと、カオス。イザーク達の求めていたキーワードが、キラの口から飛び出してきた。どうやら冗談抜きで『当たり』
のようだ。
「カガリは!? ねえ、教えてよラクス!! カガリは今どこにいるんだ!?」
「待って下さい。一度に問いただされても、一度に全てお答えすることはできませんわ」
「…っ…………」
穏やかにそう諭されたキラはようやく落ち着きを取り戻し、ラクスの肩から手を離す。
「…お前の艦に、彼女が乗っていたって言うんだな。キラ」
「うん、間違いない」
断言するキラ。
だが、アスランと顔を見合わせたラクスは、改めてキラに視線を合わせると、はっきりと告げる。
「…確かに、わたくしの名はラクスと申します。けれど、残念ですが、わたくしはあなたのことを存じませんわ」
「―――――――――え…っ!?」
美しいアメジストの瞳が、驚愕と絶望と困惑とで見開かれた。
苦々しい表情で、スクリーンを睨むガルシア。クッと歪んだ笑いが零れた。
「…間違いないんだな」
「間違いありません。距離、二万七千。親衛隊クラスの敵艦隊です」
「…フン。アズラエル総統へのよい手土産になるわ。全艦、第一戦闘体勢!」
「し、しかし、旧第三星系跡エリアへ集結せよとの、総統命令が…」
「それに、敵勢力は我が軍の数倍!」
「進路上に敵がいるのだ。避けては通れまい」
いや、それでも進路を変更して回避したほうが良いのでは。
補佐官はそう喉まで出かかったが、ここ数ヶ月、繰り返される激闘にこのユーラシア艦隊が芳しい戦績を上げていないことも事実。
そのため、躍起になって手柄を上げたがっていることもわかっている。この男には言うだけ無駄だということも。
「艦隊戦では不利だ。零距離攻撃を敢行する! 全艦、光速圏突入!」
一瞬躊躇して視線を合わせる二人の補佐官。だが、艦長命令に逆らうことはできない。
言われるままに第一戦闘体勢を伝達し、艦隊を光速圏へ突入させた。