Promise in Spiral
キラ復活
(5)
「オレンジ、ブラボーより、光速機動波探知。本艦と同座標上に接近!」
オペレーターの報告に、ミゲルと話し合っていたクルーゼがハッと振り向く。
「グングニール艦隊にしては早いですな」
「いや、違う!」
断言したクルーゼの言葉どおり、ヴェサリウス艦隊の隊列を乱して現れたのは敵の艦隊。現れるやいなや敵戦闘機が発進、展開され、
艦からは砲撃が始まった。
「全艦、緊急第一戦闘配備! 各艦、任意に迎撃!!」
アデスの指示が飛び、各艦の砲門が開く。だが、弾は敵艦に届く前に炸裂し、攻撃力を失ってしまう。
「何!?」
逆に敵艦から発射された弾は友軍の艦を一隻捉え、爆破されてしまった。このままでは一方的に不利な戦局に陥ることは必至。
「敵艦は、強力なジャミングシールドを展開。長距離誘導弾による攻撃は、効果的ではありません!」
「全ミサイル発射管にナイトハルト装填、タンホイザー全門起動! 第一、第二攻撃要員発進!」
「俺も行きます」
クルーゼの返事を待たずにミゲルが身を翻し、ブリッジから退室していく。
艦内に出撃指示の放送が響き、当然アスラン達も出撃すべく飛び出した。話は宙に浮いたままだったが、奇襲を受けたとなれば、
話の続きどころではない。
「アスラン!」
通路の途中でイザーク達から離れたアスランのほうを、キラは追った。
「僕の使える機体はある!? 予備でも何でもいい」
「…。ついて来い」
緊急事態だ。返事は返さず、ただ後ろを着いて行くことで了承の意を示す。
『本艦隊は、敵の奇襲を受けて防戦中。全艦、緊急第一戦闘配備。第一、第二戦闘要員は直ちに出撃せよ。繰り返す、…』
CICからの放送が鳴り響き、警報が点滅する通路を、右へ、左へ、直進、また左、と迷いなく走るアスラン。やがて扉の前で
立ち止まり、指紋と網膜パターンをロックシステムに読ませて扉を開く。
「こっちだ」
促され、キラも中に飛び込む。まず現れたのはロッカールーム。当然、パイロットスーツを着ろということだろう。
「そっちに予備がある」
言われるままにパイロットスーツを着込み、ヘルメットを被る。いつのまにかデザインが変わっていることには気付いたが、それを
尋ねていられる状況ではない。
「キラ、いいか」
「うん」
同じように準備を終えたアスランに呼ばれ、奥の扉から部屋を出る。出た先は、今度はズラリと扉の並ぶ狭い通路だった。
「そっちの奥の突き当たり、『X一〇A』の扉から中に入って。機体が認識コードを求めてきたら、このカードを」
「わかった」
差し出されたものを受け取るやいなや、キラは走り出した。
アスランも、並ぶ扉の中から『X〇九A』と表示されている扉を選び、中へ。小部屋の中央のシートへ座り、ベルトで体を固定。それを
認識すると同時に座席が下方へスライドしてゆき、自動的にアタッカーズ専用特別機ジャスティスのコクピットへ収納された。
『専属登録パイロット、アスランと確認。ジャスティス起動します』
サポートシステムの音声がコクピットに響き、自動的にジャスティスが起動していく。
「ジャスティス単機で発進する。ミーティアは出すな」
『了解』
目の前でハッチが開いた。フットベダルを踏み込み、混戦となっている戦場へ飛び出す。
『敵機振り切れません。接触予測タイミングまで、あと〇八!』
「―――くそッ、しつっこいんだよ!!」
母艦から戦闘をサポートしてくれているラクスの声に促され、追い縋ってくる敵の主力MA・ダガー四機を振り返って撃ち落とす
ラスティ。彼の乗るイージスは一旦敵艦のシールド突破ラインから進路を変更する。
「ラスティ!! 貴様、オレまで落とす気か!?」
同じように突破ラインを取って直進していたアサルトシュラウド・デュエルまで被弾しかけ、それをかわすために進路を変更せざるを
得なくなってしまった。イザークの憤慨は当然といえば当然なのだが。
「ふざけんな、んなとこチョロチョロしてんじゃねぇよ!! 邪魔だっつーの!!」
「なにぃっ!?」
「おいお前ら、避けろ!!」
と思えば、更に後方からバスターの対装甲散弾砲が火を吹く。花火のように拡散されてゆくエネルギー弾が、二人の獲物になるはず
だった敵艦から発射された長距離誘導弾を次々と撃ち落としてゆく。
が、それは敵のダガーだけでなく、イザークとラスティ以外の友軍機、とりわけ主力量産機であるゲイツまでをも巻き込みそうになり、
うっかり被弾してしまった機もあったようだ。
「フザけんなてめぇ!! 敵か味方かわかんねぇぞこれじゃ!」
「んな事言ったって仕方ねェだろ!」
むしろあのまま口喧嘩に気を取られていたら敵弾にやられていた可能性もあるわけで、感謝の言葉くらいあってもいいとディアッカが
反論を続けようとした瞬間。二人が落とそうとしていた敵艦から爆炎が上がり、艦はそのまま撃墜された。
「こんなところでボーッとしてる場合か!!」
ミゲルの愛機、ミスティックバレットが現れる。これもジャスティスと同じくアタッカーズの中でも選ばれたエースにしか与えられない、
特殊専用機だ。
「完全に混戦状態になってる。油断するな!」
そりゃ今思い知らされたところだよ、と三人同時に心の中で舌打ちしつつ、了解と返して次の敵へ武器を向ける。
が。
瞬間。
モニターの中の敵機反応表示が、ヴェサリウスの右舷後方から放射状に、一気に消滅していった。
「!?」
ダガーだけではない。艦も含まれている。
その中心からは―――――『フリーダム』の反応。
「な…っ、何!? おいアスラン、お前一体誰を乗せた!?」
「キラだ。使える機体がないかと聞いてきたから、フリーダムを」
班長たるミゲルに問われて正直に答えると、通信越しにミゲルが息を飲んだのがわかった。
「…、キラってお前が救出した、あの!?」
まさか。
しばし呆然としてしまう一同。
『デュエル! レッドゼロセンターより敵機接近しています!』
だが、ラクスの声にハッと我に返るイザーク。彼女が警告を告げ終わるよりも早くレールガンが火を吹き、果敢に向かってきたダガーが
撃墜された。
ディアッカ達も連鎖的に我に返り、手近なダガーを落としながら半信半疑で消えて行く敵機反応表示を見守り続ける。
ラスティ達が駆るイージスやバスター等は、アタッカーズ予備軍とも言える高い戦績を修めたパイロットにしか搭乗を許可されない。
主力量産機であるゲイツに比べればその総数は少ないが、他にも数百機近く存在している。だが、ミスティックバレット、ジャスティス、
そしてフリーダムの三機は、アタッカーズの中でも精鋭の専属機となるために開発された機体で、三種とも現在ヴェサリウスに配属されて
いるのが唯一の一機。
ところがフリーダムは現アタッカーズの誰もが使いこなすことができず、配属されたまま宙に浮いていたのだ。ジャスティスの専属
パイロットであるアスランと、ミスティックバレットの専属パイロットであるミゲルが、搭乗許諾権カードを所有しているだけ。
その暴れ馬を、つい一時間ほど前に蘇生したばかりのキラが操り、使いこなしている。
敵機反応は次々と消えていくが、フリーダムの近辺に展開している友軍機は一機たりとも落ちていない。
しかもよくよく確認してみれば、フリーダムはミーティアを装備している。全身過剰火器と言ってもいいほどの武装だというのに、
ミサイル一発すら友軍機にはかすりもしない。とんでもない制御能力だ。
百年前と今とでは、当然スペックも桁違い。初めて見る武装ばかりと言っても過言ではないはずなのに、キラは乗りこなしている。
機体とパイロットの相性が良かった、の一言では片付けられない。
彼は、一体何者なのだ。
アスラン達が改めてその疑問を心に強く抱く一方、ミゲルだけはふっと小さな笑みを浮かべ、納得していた。乗っているのがキラなら、
彼があの『キラ』であるのなら当然だと、喜びさえ伴いながら。
その様子に気づける班員が誰もいないうちに、たった一機のMSの出現によって形勢が逆転し危機を迎えた敵艦隊は、あっさり友軍機を
帰艦させると光速圏へ逃げ込んで行った。
「…なんだぁ? シッポ巻いて逃げ出しやがった」
「えらくあっさりしてんなぁ」
ラスティの言葉に同調してディアッカが呆れる。
「無理もないですよ。フリーダムの出現で、敵の損害率は三十二%から一気に八十七%まで跳ね上がったんですから」
いつのまにか近くまで来ていたブリッツから、ニコルの通信が入る。
ほどなく副艦長のアデスから帰艦命令が発令された。
『全艦、緊急第一戦闘配備を解除。第二戦闘配備へ移行せよ』
さっさとシャワーを浴びてきたイザーク達がホッと肩を降ろした頃、同じようにシャワーユニットへ放り込まれたキラも、汗を流して
ドライエリアへ出てきた。
俯きがちに黙々とタオルで体を拭き、自動的に用意されている新しい制服へと袖を通す。
「皆さん、お疲れ様でした。ご無事で何よりですわ」
オペレーション担当のラクスが、出撃していた全員分の飲み物をトレイの上に乗せて、廊下で待ち構えていた。
「おっ、サーンキュ♪」
「ラクスが居てくれるおかげで潤うよなァ。オロール班のヤツなんか、こっちはヤローばっかりだっつってしょっちゅうぼやいてくるんだぜ」
「はぁ? 何だよそれ、オレ初耳だぜ。ていうか、ヤローばっかりじゃなくてカップルばっかりの間違いじゃん。既に充分潤ってんだろっての」
「ラクス、さっきは助かった」
お礼には及びませんわ、とにっこりイザークに微笑むラクス。戦場で戦う彼らをサポートし、彼らを死なせないこと。それこそが、
ラクスの勤めであり、望み。彼女にとっては、当然のことをしたまで。
「あれ、アスランとミゲルは?」
ニコルがふと気付き、左右を見渡してみる。丁度、隣のシャワールームからその二人が出てくるところだった。
「あ、なんだ隣にいたんですか」
「そっちは満員だったからな。…ありがとう」
微笑んでアスランとミゲルにも飲み物を渡し、それからキラへ向き直るラクス。
「どうぞ」
「…アスラン。ラクス」
差し出された飲み物を取ろうとせず神妙に口を開くキラに、きたか、と表情を引き締めるラクス。そして、ミゲルと顔を見合わせ、頷く。
キラは顔を上げると、アスランとラクスの二人へ交互に視線を送った。
「………今…何年? 僕は一体、どれだけの間…ストライクの中で死んでいたの?」
「…………キラ」
「さっきの話の続き…してほしい」
「…そう仰ると思っておりました」
戸惑うアスランを置いて穏やかにラクスが答え、こちらへ、と廊下を進み出す。
「アスラン。お前も来い。ニコル、イザーク、お前達もだ」
「え?」
ラクスの後へ続くキラに、当然のように続くミゲルが、そのまま置いてけぼりをくいそうになったアスラン達五人を呼ぶ。
「…いいんでしょうか。まだ第二戦闘配備…なんですよね」
帰艦命令があったとはいえ、一応配備指令に従って待機すべきなのでは、と一瞬躊躇うニコルだが、ディアッカは肩を竦め、イザークは
首を傾げる。
「なんですよねって言われてもなァ。班長が来いつってんならいいんだろ、多分」
「……行こう」
戸惑うニコルの背中をラスティがぽんと押して、それから、まずアスランが歩き出す。