++「冷たい海」1−3++

冷たい海
エピソード1・裏切りものの人形
(3)









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「今日からここがお前の生活する家だ」
 説明は受けてる筈だろう、と自分もキラの正面に座りながら付け加える。
「お前の部屋も用意してある。…オレの部屋にはお前が入れないようにロックしてあるが、それ以外の部屋には自由に出入りして、 ある物も自由に使っていい」
「………」
「それから、オレはお前の後見人だが、生活の世話までする気はない。自分のことは自分でやれ。わかったな」
「………」
「足りないものがあるならオレに言うか、この部屋にある端末から自分でオンラインショップに注文すればいい。但し、この端末は軍本部 が常に監視しているし、アクセス制限もかけられている。メールやコール機能は使えない。わかったな。…これがお前のカードだ」
 エザリアから受け取った書類の中に入っていたカードを取り出し、テーブルの上を滑らせて差し出す。
「………」
 無感動な目でそれを見て、手に取る。
「お前が生活するために、議会から用意された金だ。後で残高を確認しておけよ」
「………」
 何を考えているのか、さっぱりわからない。
 …こういう相手が一番カンに障る。

「…おい。人の話を聞いてるのか、キラ・ヤマト」
 今までと声色が違う、と自分でもはっきりわかる、低い声。
「仮にもオレはお前の保護者なんだぞ。何か言うことはないのか」
 それでも、虚ろなキラの瞳が揺らぐ気配はない。
「…お前が、あのストライクに乗ってたんだってな」
 今はその残骸がザフト軍で保管されている、彼女の愛機の名前を出す。…それでもやはり、彼女の表情は揺らがない。
「お前には何度も屈辱を味わわされた。本当だったら保護監視なんか無視して、このまま殺してやりたいくらいだ」
 ふ、と彼女が反応を返して、ゆっくりとイザークを見る。
 ―――やっと見たな。
 ギロリとことさら眼光を鋭くして、続ける。
「オレは、デュエルのパイロットだ」

 は、と唇が開いて。
 議場の時と同じように、何か伝えようと唇を動かす。


 アカデミーで読唇術は会得したが、彼女のそれは喋るというよりも金魚のように口をぱくぱく動かすといったレベルのもので、唇の形 さえ「言葉」になっていない。
 さすがにこれでは読みようが無い。

「…喋れないわけないだろう。もっとはっきり言え」
 議場ではこれを言うと、黙ってしまったけれど。
 今度はキラは、少しこちらに身を乗り出して、先程よりもゆっくり、少し大きく唇を動かす。

「…い……あ……の? ピアノ、か?」
 ふ、とほんの微かに首を横に動かす。
 苛立ったイザークが更に険しい顔になると、それに気付いたキラから、一瞬で表情が消えた。
 少し乗り出していた姿勢もゆらりと元に戻る。

 チッと舌打ちをして、イザークは席を立つ。
「…立て」
 不機嫌な声で言い放つと、彼女は大人しく椅子から立ち上がる。
「お前の部屋はこっちだ」
 ぐい、っと腕をつかんで引く。やはり大人しくついてくるが、その足取りは危うい。
 階段で二階へ上がると、右手に扉が二つある。その左側の扉を開けて、キラを中へ放り込む。
「足りないものがあれば、自分の金で勝手に買えばいい。さっきも言ったが、オレはお前の世話をする気はないからな。自分のことは自分 でしろ」
 言い放つと、自分は隣の部屋へ入る。
 ここがイザークの私室だった。

 まったく苛々する。
 あんな女にずっと負け続けていたのかと思うと、怒りと屈辱で頭がどうにかなってしまいそうだ。

 一つ深呼吸をして自分を落ち着かせ、仕事のためパソコンに向かう。
 彼は今、ザフトと最高評議会の間を往復し、戦後処理に当たっていた。母エザリアの力になりたいと願ってのことだったが、まさか ストライクのパイロットの世話まで―――。

「………」
 開いた画面。操作のためにキーボードの上に手をすっと差し出して、そのまま止まる。

 何を考えてもキラ・ヤマトへ続いてしまう。
 そんな自分が苛立たしくて、くそっ、と小さく零した。





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 ふと違和感に目を醒ます。

    はぁ   はぁ  はぁ はぁ     はぁ

 不規則に乱れた浅く早い呼吸が、壁越しに微かに聞こえてくる。
 なんだ、とベッドから上半身を起こした。
 ……隣の部屋。キラ・ヤマトか。
 怪訝に様子を伺うと、びくん、と体が弾かれたような気配がして、呼吸のおとが詰まった。
 やがて、…ほう…と息がこぼされ、息を整えようとし始める。

 …何か夢でも見たんだろう。

 人騒がせな、と再び布団に戻る。
 ふと時計の液晶表示を見ると、午前三時過ぎ。
 こんな中途半端な時間に起こすな、とイラつきながら、再び眠りにつこうと目を閉じる。



 視界を遮ることで鋭敏になった感覚が、隣の部屋の気配を伝える。

 ―――泣いている。
 声を殺して。息さえも詰めて。
 泣いている。

 何故、などと考えると気分が悪くなりそうで。
 イザークは無理矢理、自分の意識を眠りに引き落とした。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

イザキラの醍醐味といえば、シャトル撃ち落し事件と額の傷をどう使うか…かな?
なんて勝手に思っていたりするのですが。
(勿論、別にそれだけってわけじゃないですけどね。)
………暖簾に腕押し、糠に釘なキラを相手にどう使おうかいな(^^;)