++「冷たい海」1−5++

冷たい海
エピソード1・裏切りものの人形
(5)









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 特に干渉することもなく、四日ほど経っただろうか。
 その朝、とうとうイザークはキラを放っておけなくなった。
 それは心理的変化ではなく、キラの体重が激減していることが判明したから。
 冷蔵庫の中身が一向に減っていない事を訝しんだイザークは、まさか本当に水しか飲んでいないのかと、キラを無理矢理体重計に乗せた。
 最後に検査があったのは、イザークに預けられる二日前。測定結果は、その値から更に四キロほどマイナスした数値だった。


 捕虜監視報告ファイルに急いで記録してしまうと、すぐにキラの姿を探した。…彼女はキッチンで、コップに水を注ぐためにグラスを 取ろうとしていたところ。
「キラ・ヤマト」
 名を呼ぶと、ぴく、と小さく反応を返して、相変わらず何を考えているのかわからない無機質な瞳を向けてくる。
 その態度に無性に苛立ち、ぐいっと腕を引く。
 キラは少し驚いていたような気がしたが、無表情のまま、イザークに引かれるままに、ダイニングの椅子に座った。
「そこに座ってろ。いいな」
 ぼうっと見返す瞳。
「…………………」
 肯定したとも否定したとも取れない、ゆっくりとした動作で、顔を正面に戻す。…そのまま動かないことが、返事のようだった。
 イザークはそれを確認すると、キッチンに向かった。

 そして、一つ気が付く。
 自宅にいる時はいつもこの部屋で食事を摂るのだが、そういえばその時にキラの姿を見たことはなかったと。
 部屋に入った時に水を飲んでいたことは時折あるが、そのまま擦れ違うだけ。コップ以外の食器を使った気配もない。
 ……迂闊だった。この状態で、自分の分しか食材が減っていないとなれば、答えは一つではないか。
 今まで放置していた自分に腹が立つ。
 キラを思い遣ってではない。…裏切り者などどこで野垂れ死のうが知ったことではない。だが、彼女はただの裏切り者ではない。 あのストライクのパイロットなのだ。今も額に残るこの傷をつけた、ストライクのパイロットなのだ。
 そんな死に方は許せない。
 食事を拒否した挙句、衰弱して衰弱して、そのまま死んでしまうなど、そんな終わり方は許さない。
 しかも、自分の家でなど。
 絶対にさせるものか。

 あの圧倒的な強さで散々辛酸を舐めさせられた相手が、こんな弱さを見せること自体、イザークには許せないことなのに。



 やがて、暖かな湯気をあげながら、とろりとした粥がキラの前に出された。米粒は歯や舌に触れるととろけるくらいの柔らかさ。 これなら少々無理にでも流しこめるだろう。
「朝食だ。食べろ」
「…」
 ふ、と視線を逸らす。
 イザークは椅子を動かしてキラの隣に置くと、どかっと座った。
「なら無理矢理でも食べさせるぞ」
「……」
「お前の健康管理もオレの責任の内だ」
 そう、突然体重が激減し、そのまま体重が減っていくようでは、身元引受人の自分が管理能力を問われてしまう。

 ニコルの足を潰した、裏切り者などのために、このオレが責任を追及されるなど。

 腹立たしい感情を抱えながら、イザークはキラに粥を全て食べさせることに成功した。自分から食物を摂取しようとしないキラ だったが、イザークがこれ以上痩せられると迷惑だと言って無理矢理レンゲを口先へ持って行くと、自分から口を開いて、粥を口の中へ 受け入れた。
 イザークからレンゲを受け取ると、ゆっくりではあるが、ちゃんと自分で全て食べ切った。

 と、思ったのだが。



「………………!!!」
 ガタン、と椅子を倒して、キラは突然洗面所に駆け込んだ。
「? おい!?」
 イザークが後を追うと、…彼女は、胃に入ったものを全てもどしてしまっていた。
「………っ」
 苦しげに胸を押さえ、胃液を吐き続けるキラ。
 イザークは思わず、その背中をさすった。それは躓きかけた人に咄嗟に手を伸ばすのと同じで、反射的な動作。
 びくっ、と身を引くキラだったが、すぐに嘔吐感に襲われ、からっぽの胃から胃液を逆流させてしまう。
 涙目で息を荒げるキラの背中を、イザークは辛抱強くさすり続けた。


「………………お前………いつからハンストしてる?」
 やがて落ちつき始め、洗面所の床に座りこんでしまったキラに、イザークは機嫌悪く尋ねる。
 彼女もコーディネイターなら、三、四日食べていない程度であれだけ柔らかく炊いてやった粥を戻すということはないだろう。食べる 時にも時間をかけて、ゆっくりと食べたのに。
 それでも体が受けつけないとなると、イザークには他に原因が思いつかない。持病があるとの報告は受けていないし、…ひょっとして 彼女はもう十数日近く食事をしていないのではないか?
 なら、突然の食事を体が受けつけないというのも納得がいく。
「………」
 だが、キラはふるふると顔を横に小さく振った。
「……、……………、…」
 唇を動かして、何かを言おうとしているのはわかる。だが。
「もっとはっきり言えないのか。それじゃ唇を読むこともできないぞ」
 なんでここまでやってやらなきゃならないんだ、と吐き捨てると、キラの瞳は再びふっと焦点をなくし、そのまま俯きこんでしまった。
 もう、表情を伺うこともできない。
「………」
 苛立たしげに息を吐き出し、すっと立ち上がる。
「とにかく。…オレは裏切り者のお前に振り回されて人生を踏み外す気はない。オレが身元を引き受けている以上、少なくともお前には 健康体でいてもらう。お前が喋らなかろうがなんだろうが一向に構わないが、死なれるのは迷惑だ」
 ぴく、と小さく華奢な肩が震えた。
 イザークはしばらく様子を見ていたが、キラはそこに座りこんだまま動く気配がない。
 うざったい、とばかりに溜息をついて、イザークはそのままキッチンに戻り、食器を片付けてから仕事に戻った。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

はい、調査不足。
細かいツッコミは画面に向かって「バーカバーカ」と笑って終わりにしといてやって下さい(汗)