++「冷たい海」1−6++

冷たい海
エピソード1・裏切りものの人形
(6)









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 昼。
 今度は幼児用の離乳食でも食わせてやろうかと半ばキレ気味に考えていたイザークだったが、当のキラは既にキッチンにいた。
 水道から水をコップに注ぐ。
「……また水か」
 そのまま無表情に飲み干して部屋に帰るものとばかり思ったが。
 彼女はコップに口をつけず、ふ、とイザークを見た。
「……」
 ん、とキラに視線を固定すると、キラは何やらスティック状の小袋を探り出してきた。
 水に溶かして飲むタイプの風邪薬。いや、薬というより栄養補助剤に近いもの。
 コーディネイターは病気に罹りにくいとはいうものの、少し油断をすれば風邪を引いたり発熱したりすることはある。常備薬として 救急箱に放りこんでいただけのものをよく見つけ出したなと変なところに感心していると、彼女はたどたどしい手付きで小袋の口をハサミ で切り、中身をコップの中へ。
 スプーンでくるくると回して溶かしてしまうと、ごくごくと飲み干す。

 しばらくキッチンで立ったまま見合っていた二人だが、やがてイザークが軽く溜息をついた。
「とりあえずそこから始めたほうがいいらしいな。後で薬局から栄養剤を取り寄せておく。……時期を見て食事も摂らせるからな」
 これでは本当に赤子のお守りと同じではないか。
 そう苛立ちながらも、人形が少しは生きる気力を持ち始めたかと、少しキラに興味が湧いたことも確かだった。
 だが、忘れてはいけない。忘れることなどできない。目の前のこの少女が、ストライクのパイロットだったことを。

 イザークは表情を引き締めると、そのまま自分の食事の用意を始める。
 コップとスプーンを洗い、カラになった薬の小袋をゴミ箱に捨てたキラは、そのままふらっと自室に戻っていった。


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 数日後。
 キラが摂取できるようになったものは、水に溶かすタイプの栄養剤と、薄めた野菜ジュース、それに低脂肪牛乳の三品種だけ。しかも 一度にコップ一杯以上飲むと吐いてしまう。
 体重の数値はとりあえず悪い方へは変化していないが、いつまでもこの三種類だけに頼るわけにもいかない。痩せすぎであることも 確かなので、イザークはとうとう医者を呼んだ。

 だがその日イザークの家を訪れたのは、とんでもない面々だった。



『ザフト医局から参りました。アセルス・ヴィンヤードです』
 一人目はまだいい。彼女が医者なのだから。
『久しぶりね。あなたは元気にしているようで安心したわ、イザーク』
 二人目は母。アセルスと名乗った医者を案内してきたのだろう。
『初めまして、イザーク様。こうしてお目にかかるのは初めてですわね』
 三人目は、………なんと、プラント中のアイドル、ザフトの潤い、ピンクの妖精。
『ラクス・クラインですわ』
 にっこりと微笑む歌姫。

 モニターに映ったこの異様なスリーショットに、一瞬うっかり硬直してしまった。



『イザーク? ラクス嬢には私から面会許可を出してあるわ。構わないから、開けて頂戴』
「…あ、は、はい。すぐに出ます」
 慌ててインターホンを切り、玄関に施してある警報装置をオフに切り換える。

 突然キラが飛び出してしまうことがないよう、常に警報装置はオンラインにしてある。当然キラの部屋の窓にもそのシステムは設置 されており、こちらは警報こそ鳴らないものの、二十四時間窓際を監視カメラが捉えている。不審な動きをすれば即警報が鳴り、敷地内に 張り巡らされた警備システム―――但し、外からの侵入を防ぐものではなく、内側にいるものを外へ出さないための―――が作動し、更に このプラントのザフト施設から兵士が駆け付ける仕組みになっているのだ。

 キラをこの家に住まわせることが決まった時に鍵を付け替え、合鍵は議会のほうへ提出してある。母がそれを持ち出しているのかどうか 不明だったので、玄関まで出向いて内側から扉を開けた。
 目の前に並ぶ、三人の女性達。誰もが独特なオーラを放っていて、気を緩めると圧倒されてしまいそうだ。とにかく彼女達をリビングへ と招き入れて鍵を掛け、警報装置をオンラインに戻してから、まず医師のIDを確認する。
 医師、と言うよりも、母の秘書と紹介されたほうが納得できそうだ。髪を独特の段カットにした、小柄だが釣り目で表情のきつい少女 だった。
 ザフトの赤の制服の上から白衣を羽織っている姿に違和感を覚えたものの、照合したところIDは間違い無く正規のものだったので、 やはり軍医なのだろう。
「初めまして、イザーク・ジュール隊長」
 アセルスと名乗った同年代の医者は、イザークが確認を済ませるなりぴしっと敬礼した。
「隊長はやめろ。正式な着任は三日後だ」
「…、失礼致しました」
 すっ、と敬礼の手を下ろすアセルス。

 ……そう、今朝早く通達があり、目標の一つであった隊長になることはできた。
 だが、後見人として身柄を預かっているキラ・ヤマトはまだ議会からの厳重監視が解かれていない。常に彼女の様子を見張って いなければならない状態である以上、実際に軍に赴いて隊の指揮を執ることはできない。ジュール隊に配属される隊員達はしばらくの間 『クルーゼ隊預かり』の扱いとなり、事実上クルーゼの部下が増えるようなものだ。
 そんな名ばかりの隊長を目指してきたわけではないのに。
 しかも同じ日、アスランは特務隊へ転属となる。彼もまた隊長として。
 特務隊の部隊長といえば、ザフトの中でもエリート中のエリート。出世コースの入り口ともいえるポイントだ。そのまま順当に進めば、 いずれは国防委員長の椅子まで辿り着ける。
 …今や議長を兼任する国防委員長はよほど、スピットブレイクでアークエンジェルとストライクをしとめた事を、我が子一人の偉業に したいらしい。

「しかし、赤を着る実力の持ち主が医局とはな。まだ情勢は油断を許さないというのに、国防委員長は何を考えておられるのか」
「いえ。私は元々ザフトの医局へ志願しておりましたので。たまたま実戦訓練を含めた総合成績が九番に入ってしまったので、この制服は 殆ど名目上のものです」
「ほう? 赤を名目上と言い切るからには、医療部門の成績は」
「勿論すべてトップを取りました」
 自信に裏打ちされた、堂々とした姿勢で言い切る彼女。こういうタイプは嫌いではない。しかし。
「…そんな優秀な人材が、捕虜のホームドクターか。…上が決めたことなら仕方がない、新人研修のつもりで諦めてくれ」
「いえ、これも私から上にお願いしました」
 え、とイザークの表情が少し意外そうに変わる。アセルスは、僅かに苦笑してしまう。
「アカデミー訓練中、ストライクの交戦資料を目にする機会を頂きました。あれほどの乗り手を放置しておくことは、ザフトにとって得策 とは思えません」
「…。なるほど」
 あの戦闘能力、確かにただ裏切り者として処分してしまうのは惜しい。なんとかしてザフトの戦力に…ということか。
「それでイザーク、彼女は?」
「自分の部屋に。私の部屋の隣を使わせています」
「そう、わかったわ。…行きましょう」
「はい」
「イザーク様、失礼致しますわ」
「………」
 母は、当たり前のようにアセルスとラクスを二階へ案内する。
 いや、さっきから言っているようにアセルスはいいのだ、医者なのだから。

 そこで何故プラントの歌姫が出てくるのだ?


「……ああ」
 気を取り直して紅茶をいれ、ダイニングのテーブルについたところで、ふと思い当たる。
 そういえばラクス・クラインは、アークエンジェルに乗っていた事があるのだった。脱出艇で彷徨っていたのを救助してくれたと本人は 言っているが、あの扱いは事実上捕虜と言っても差し支えないだろう。
 何しろ、自分の艦の安全のために民間人である彼女を人質にしたのだから。
 思い出すと思わず表情が険しくなる。
 確かに艦長には自艦とクルーを守る責任があるとはいえ、そのためにまだ十代の少女を盾扱いするなど、許されることではない。
 少なくとも自分が艦を与かることになった時にはそんな判断は下してはならないと、改めて肝に銘じる。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

こちらもかなりお久しぶりになってしまいました…すみません。
新オリキャラ登場。しかしあの制服の上から白衣って、かなり動きにくそうな気が(笑)
「アセルス」という名前と外見のイメージは、サガフロンティアのキャラクターから、
「ヴィンヤード」のファミリーネームは、コナンのキャラクターから拝借させて頂きました。
名前考えてた時になんとなく繋げてみたら語呂よさげだったので…。