冷たい海
エピソード2・人形の目覚め
(5)
三○六号室は、フロアの廊下を突き当たったところにある一人部屋。キラが厳重監視を受けている身であることを配慮してこの場所を
選んだのか、それともたまたま空いていた一人部屋がその場所だったのか、それはわからないが。
一体キラ・ヤマトは今、何を思ってその部屋に一人いるのだろう。
そんなことを考えながら廊下を歩いていくと、がしゃんと派手な破壊音が聞こえた。
「な…っ」
奥からだ。
咄嗟に駆け出して、三○六とプレートの出ている部屋の扉を開ける。
「おい、…」
「!?」
部屋へ入った途端、思わず足を止めてしまう。背後でサイレント仕様の引き戸がスーッと自動的に閉まった。
ベッドの上で膝立ちになっている少女。突然の侵入者に驚いて見開かれた、輝くアメジストの双眸は、涙で潤んでイザークを見返している。
ベッドサイドの床には点滴を支える器具が倒れていた。先程の破壊音は、これが原因だろう。その点滴が刺さっていたと思われる左腕
からは、血が流れ出していた。おそらく自分で乱雑に針を引き抜いたせいだ。
ひくっ、と少女の喉が鳴る。
はっ、とイザークの呪縛も解けた。
「お前、何を暴れて」
「…ぁああああっ!!!」
足早に近づこうとすると、彼女は突然顔を歪ませて叫び、きつく閉じた目から涙を溢れさせた。
泣き叫んで、壁を拳で打って、手元にあった枕をイザークに投げつける。
「っ、おい!」
難なくそれを腕でガードする。彼女は大声でしゃくり上げて、とめどなく涙を流しながら、今度は両拳をベッドに打ち付ける。
四つんばいになるようにして、ぼすっ、ぼすっ、と何度も。
「あああっ、ああああ!!!」
「!」
思わず両方の手首を掴んで、ぐいっと上体を引き上げる。
光の宿った瞳と見詰め合ったように思えたのは、一瞬で。
「うああああっ!!!」
振り払おうと暴れ出す。だが、絶食を続け最近やっと栄養剤や流動食のようなものを飲み始めた程度のスタミナしかない彼女が、
イザークを振り払えるはずはなかった。
「あああっ!! うっ、ふっ、嘘吐きぃぃっ!!!」
それでも力なく暴れながら、彼女は掠れた声で泣き叫び続ける。
「助けて、みんなだけは助けてくれるって、そう言ったのに!!! どうして!! どうしてっ、あ、あ、…ああああ!!!」
悲しみと怒りで顔をぐしゃぐしゃにして、手首を掴まれたままイザークの胸を打つ。
「助けてくれるって、言っ…たのに!! みんなだけでも、助けてくれるって、なのに、どうして、どうしてぇぇっ」
「………」
一瞬、眉を顰める。
彼女は何を憤慨してるのだ? 捕らえられたアークエンジェルのクルーは、キラという例外を残して皆、取り調べの後で行われた
軍事法廷によってすぐに死刑が決定したはず。そこにキラ以外の例外はなかったし、一旦は死刑を免れたものの再審によって判決が
変わったという事実もない。
それに、なぜ今ごろになって。
ずっと言葉も、目に映るものさえ、心に届いているのかどうか怪しかったというのに。
「ああっ、う、…うああああ…!!! あああああっ!!!」
とうとうイザークの胸に額を押し付けてきた。そうしてまた、泣き続ける。
「……………」
なぜ、突然。
こうも生々しく、生きた反応を示すようになったのだろう。
無意識に掴んでいた手首を離す。その手はそのまま彼女の背中へ回された。
髪を撫でてやると、彼女はしがみつくようにイザークの服を掴む。
「助けるって、みんなだけは…!! 嘘吐き…!!!」
しゃくりあげながら、大声を上げて。
時々服を掴んだまま、力なくイザークの背を叩いて。
どこにそんなに水を貯めておいたと聞きたくなるほど涙を流して。
しばらくそうやって泣き続けたあと。
泣き疲れて、眠ってしまった。
枕を拾い上げ、そっと頭を持ち上げてその下へさし込む。
「…これが、キラ・ヤマト、か」
心をどこかへ置いてきてしまった人形ではない。これが、『キラ・ヤマト』という人間。
おそらく自分は、今やっと、初めて彼女と出会ったのだ。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
復活した途端vsでした。
はい、キラが壊れた理由は大体察していただけたかと思います。
要するに『SHADE〜』と一緒です。ひねりがないワンパターンな海原…。
一応ちょっとだけ事情が違うので、そのへんは次回以降エザリアママからご説明して頂きます。
…ザラパパがかなり陰険な人になってるかもしれませんね…。