++「冷たい海」3−1++

冷たい海
エピソード3・キラとアスラン
(1)









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「あの、………僕とあなたって、婚約者同士…っていうことになってるんですよね」
「心配するな。できるだけ早く解消できるよう、あちこちに手を打っているところだ」
「いえ、解消しないで欲しいんです」
「何?」
 怪訝に顔を上げたイザークに、キラは真顔で言った。
「イザークさんさえ迷惑でなければ、このまま、婚約者のままで………いえ、僕と結婚してくれませんか。今すぐにでも」



 その日イザークは、生まれて初めて、たっぷりポタージュが入ったスープ皿の中にスプーンを落としてしまった。しかも、ガチャンと 派手に音を立てて。





 キラが倒れ、病院に搬送された日から、一週間。
 検査の結果異常が認められず、失声症も完治。長い拒食生活のせいで栄養失調だったため数日は入院していたが、イザークの家に戻った 頃にはすっかり元気になっていた。
 迎えに来たイザークに、ご迷惑をおかけしてすみませんでした、と頭を下げたキラは、最初に自分が引き取った時とはまるで違う。 けれど、やはり同じ印象を抱いてしまった。
 これがあのストライクのパイロットとは思えない、と。
 健康状態は回復したとはいえ、キラが重要戦犯であり、イザークの保護監視下にあることは変わりない。そして一般に発表こそされて いないものの、議会では周知の事実として、イザークとキラは相変わらず婚約者同士のまま。退院後キラがイザークの家に帰ることは 当然とされていた。
 イザークにしても、他に行くあてもないキラを「健康になったなら問題ないな」と放り出すのはさすがに後味が悪い。

 …いや、あてならあるのかもしれない。
 アスラン・ザラの元へ駆け込むことも、彼女にはできたはず。

 だがキラは、これからもお世話になりますともう一度頭を下げ、自分の家に戻るかのようにイザークの家に戻って来た。



 キラの口から爆弾発言が飛び出したのは、その翌日のことだった。





「ああっ、…す、すみません」
 慌てて流しへ台布巾を取りに行き、すぐにイザークの服に飛び散ったポタージュを拭くキラ。
「そんなに驚かれるなんて、思ってなくて」
 恐らく一生で一番間抜けな顔をしていたと思う。
 ぽかんとして緩みきった表情筋を引き締め、キッとキラを睨みつける。
「たちの悪い冗談を言うな!!」
 眉間に皺を寄せて立ち上がり、そのままダイニングから出て行ってしまう。
「あっ、イザークさん!」
 イザークは洗面所に飛び込んで手を洗うとそのまま自分の部屋へ戻り、電光石火の素早さで服を着替えてダイニングに戻ってきた。
 憤慨した彼の様子に立ち尽くしていたキラは、ダイニングを飛び出したのは着替えるためだと気付き、ほっと神経を緩めてしまう。
「まったく…! 悪ふざけにも程があるぞ!! エイプリルフールでもあるまいし」
「あの、僕は冗談で言ったつもりはありません。…本気です」
「はぁっ!?」
 眉間に思いきり皺を寄せて睨みつける。だが、彼女もまっすぐな視線でこちらを見ていた。

 強い視線。
 だがそれは、色恋の強さではない。
 何かを決意した、意志の強さ。

「…待て。まず片付けるのが先だ」
「あっ」
 跳ねたスープで汚れたテーブルは、この時まで二人にすっかり忘れ去られていた。


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「それで。…どういうつもりだ。さっきの話は」
 きちんと掃除をして食事を済ませたダイニングテーブルの上には、チョコレートと紅茶のポットが乗っている。とにかくまずはお互い 落ち着くために、詳しい話の前に食事を最後まで済ませたのだ。
「リビングの端末、使っていいって言ってくれましたよね、昨日。それで、調べたんです。アークエンジェルのことを」
 ぴく、とティーカップに伸びようとしていたイザークの手が止まる。
「あなたには隠したらいけないと思うので、正直に言います。…僕が調べていたのは、アークエンジェルと、みんなのことです。みんなが、 どうして処刑されなくちゃいけなかったのか」
「何?」
「いくら軍隊でも、戦争でも、敵軍の戦艦を捕縛して、乗組員を全員処刑なんて、乱暴すぎます。…それも…あんな……………」
 ふ、と俯いた顔が、歪む。
 辛さ、哀しさ、やるせなさ、憤り、絶望…そんな諸々の感情を一度に刻んだような表情を隠すキラ。そんな彼女の顔を覗き込むわけにも いかず、イザークは辛抱強く言葉の続きを待つしかない。
「……偶然MSを手にした僕が、コーディネイターだったから、利用して…戦わせていたって、そういうことになっていますよね。 アークエンジェルのクルーの皆は」
 表情を戻して顔を上げたキラ。その言葉に、イザークは頷きを返す。
「そうだ。裁判で、そう処断された」
「みんなを守っていたのは、僕の意志です。僕は誰かに利用されたわけじゃない。ただ、友達を守ってきただけなんです。……それなのに、 僕だけが………」
「自分も死ねば良かった、いや…自分一人が代わりに死ねばよかったとでも言うつもりか」
「……………」
 図星だったのだろうか。彼女はきゅっと唇を結んで、少し俯いた。
 ビターチョコレートを一粒口の中に放り込んで、またキラの言葉を待つ。
「………でも、僕は生きている。だったら死ぬよりも先に、やらなくちゃいけない事がある」
「それで汚名を晴らす、か」
「はい。みんなが無実だってことを、ちゃんと証明したいんです。アークエンジェルの船体が完全に処分されてしまう前に、航海記録や 日誌、ちゃんとした証拠を、手に入れたいんです」
「…。お前はそう言うが、裁判で提出されたのもその航海記録と艦長日誌だ。それをどう覆す気だ」
「あんなの全部でたらめです!!」
 なに、と一瞬眉を寄せてしまう。
「裁判の記録は全部読みましたけど、合っているのは航路と大まかな外枠だけで、ほとんど事実無根なんです! 改ざん…いえ、捏造 されたものが使われたんだと思います」
「馬鹿な! 重要な戦犯の裁判に提出された証拠だぞ! そんなはずがあるか!」
「でも本当に違うんです! 僕は脅迫されてストライクに乗ったことなんてありません! フラガさんもマリューさんもナタルさんも、 ミリィやトール達を人質にして僕をストライクに乗せたことなんてないし、トール達が途中からフラガさん達とグルになったとか、全部 無茶苦茶な嘘ばっかり!! ラクスのことだって、彼女は縛られたり繋がれたりなんてしていませんでした!!」
 必死に訴えるキラの様子は、嘘を言っているようには思えない。
 だが、彼らの裁判はザフト上層部と司法当局、最高評議会の議員も関わって、入念に執り行われたのだ。そんな重要な裁判で、偽造 された証拠がそのまままかり通るなど、考えられない。
 そこまで考えたイザークの脳裏に次の瞬間、別の火花が走った。
「嘘だと思うなら、ラクスに聞いて確かめてください!! 僕の裁判の時だって、そんな話にはなってなかったんです! まるで処刑する ことを正当化するみたいに、全部デタラメの話に」
「おい待て、ちょっと待て」
 興奮するキラを諌めて、イザークは話を少し巻き戻す。
「裁判の記録を全部読んだと言ったな。…その裁判は非公開で行われた。傍聴どころか、許可なく記録を閲覧することもできないはずだ。 お前、それをどこで」
「…すみません、ザフトのマザーバンクをハッキングしました」
「……………」
「ここからのアクセスだってことを追跡されないように、ちゃんと痕跡は消してますから、イザークさんに迷惑はかからないと思います。 …あ、アクセス制限も勝手に解除しちゃって…。ごめんなさい、でもちゃんと元に戻してありますから」
「…」
 そういう問題じゃないだろ、おい。
 呆れと驚愕が入り混じって絶句してしまう。
 厳重なセキュリティに守られた、ザフトの情報戦の中核にあるマザーバンクへ、一般回線からハッキングなど、並大抵のことでは 出来ない。それだけでも神業なのに、軍本部の監視をすり抜けた上、アクセス制限まで解除して? しかも後から元に戻した?
「…マザーバンクがハッキングなどされたら、今頃大騒ぎになっているはずだろう」
「だから、その…ハッキングされたって痕跡も残さずに……」
「……………。アセルスがお前を惜しむ気持ちもわかるな」
 まいった、と前髪をかきあげるイザーク。
 イージスやデュエル等、四機を一度に一人で相手にして勝ってきた人物だ。情報戦の腕も確か、ということなのだろう。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

『キラとアスラン』。
イザキラ的にはビミョーなサブタイトルですが、そのわりにしょっぱなからキラさん飛ばしてます(笑)
だけど、まだちょっと恋愛感情ではない感じですね。
イザークのほうは意地張ってるだけで、自覚してしまえば突っ走ってくれそうな気がしますが。
キラについては、恋愛のれの字もないというか。それよりAAの皆のことで頭いっぱい状態。
これからキラをどうイザークに惚れさせるかがひとつのヤマ………う〜ん、山ほど高くなくて丘くらいかな。
そんな感じになっていく予定です。