冷たい海
エピソード3・キラとアスラン
(2)
「………話はわかった。…で」
「えっ」
唐突に切り返され、キラはきょとんとしてしまう。
「それと、オレとお前の結婚話と、一体何の関係がある」
「………………」
見開かれた目は辛そうに眇められ、きゅっと唇を噛む。
「…アスランが」
「あぁ!?」
開口一番にキラが呼んだ名前に、思い切り眉間に皺を寄せてしまった。同時に口から出たのは、相手がディアッカの時にも出さない
ような険悪な声。
「………え?」
「…いや…」
突然の激しい反応に驚いてしまうキラ。目を見開いて、ぱちくり、とこちらを真っ直ぐに見つめる。
イザークは、かあっと頬に熱が集まるのを感じ、ふっと顔を背けた。
「何でもない!」
頬が熱いのは、こちらから促した話をいきなり中断させてしまって、ばつが悪いからだ。そうに決まってる。
彼女の口から真っ先に出た名前に反発したとか、そんな子供みたいな理由じゃない。
自分を納得させるように心の中で呟いて、イザークは気持ちを切り換えた。
「…話を折って悪かった。それで」
「あ、はい。…アスランが、真っ先に処刑されようとしていた僕を、あちこちに働きかけて助けてくれたことも、みんなのことを調べて
いくうちにわかったんです。勿論、ラクスも手を尽くしてくれて、そのおかげで今僕がいる」
「…」
「そのアスランとラクスの結婚が、次の日曜日にあるって」
苛々してくる。
まさか、その傷心を癒してほしいなどと言い出すんじゃないだろうな。人を馬鹿にするにも程があるぞ。
「でも…その、アスランは………」
「いいんじゃないのか」
先回りをして、今度は意図的にキラの話を遮る。
「あいつのことだ、お前が頼めば本当にラクス嬢よりお前を取るだろう。ザラ家からは絶縁されるかもしれんが、お前達はずっと二人で
いられる。それでいいんじゃないのか。お前だってヤツのことが好きなんだろう」
刺々しい言い方でそう突っぱねる。
「…アスランのことは、好きです」
困って黙り込むかと思いきや、彼女はすぐ、穏やかに言葉を紡いだ。
イザークがその言葉にぎくりと震えたことに気付かなかったのか、キラはそのまま更に続ける。
「…ラクスのことも、好きです」
静かに、はっきりと。
「サイ達も、マリューさん達も、好きです」
もう決めてしまったのだと。
他に選べはしないと、すべての悟りをひらいた尼僧のように、微笑みを浮かべて告げる。
「そういうことなんです」
「………」
抽象的すぎる物言いだが、なんとなく分かった気はする。
自分がアスランに対して恋愛感情があるとかないとか、そんなことは問題じゃない。アスランが誰のことを好きなのか、それも関係ない。
自分の命は、友人達の無実を晴らす、そのためだけにある。
とてもとてもシンプルなキラの決意。
キラはもう、とっくに決めてしまっているのだ。自分の人生は、アークエンジェルの汚名を晴らし、真実を明らかにさせるためにある
のだと。時間はそのためだけに費やされるもの。
彼女は自分の幸せなど、これっぽっちも考えてはいない。
…いや、それとも、アークエンジェルの汚名を晴らすことこそ、彼女の最大の幸せであり、喜びなのかもしれない。
イザークは、すとんと胸に何かが降りるのを感じた。
納得した。そして、…何か、すかすかと風通しの良い空洞を感じる。
なんだろう。このがっかりしたような空虚な感覚は。期待が外れた時の落胆にも似ている。
よくわからない自分の心。
すぐには原因が判明しそうにないので、その事は今は横へ置くとして。
「…アークエンジェルのことを調べたいなら尚更、アスランの傍のほうが都合がいいんじゃないのか。何と言ってもヤツは現評議会議長の
息子だ。情報も得やすい。お前の極刑を回避させた時のことを思えば、喜んで協力しそうだと思うがな」
キラは静かに首を左右に振った。
「小さい頃から一緒だったから、アスランの性格はよくわかってます。…ラクスと結婚してもしなくても、アスランはきっと、僕をアーク
エンジェルに近づけさせない。アスランは、みんなのことを…良く思ってはいないでしょうから」
「…」
「アスラン…ずっと怒ってた。何度も何度も、どうして地球軍なんかにいるんだって、お前はコーディネイターだ、俺達の仲間だって、
………こっちに来いって、言われました」
「…普通はそう思うだろう。オレがヤツの立場でも同じ事を言うはずだ」
「でも、あの艦(ふね)には友達が乗っていたから。友達を守りたかったから」
はっきりと、彼女は告げる。真っ直ぐな視線で。
「どこかでやり直せるとしても、きっと僕は同じ事しかできない。同じ事しか、答えられません」
迷いなく、言った。
「………それで結婚、か。…なるほどな」
こくりと頷くキラ。イザークにも、やっと自分との結婚に拘る合点がいった。
だが。
合点がいくと同時に頭をもたげる、静かな怒りと不快感。
「………アークエンジェルの解体作業が本格的に始まるまで、あと一週間と少ししかありません。動くなら、今しかない。だから、今
アスランに捕まるわけにはいかないんです」
「…」
頭が痛い。あまりにもムカつきすぎて、頭が痛んできた。
決意は見上げたものだ。だが、この女は何もわかっちゃいない。
「だからさっさとオレと結婚して、アスランの邪魔を防ごうってわけか」
立ち上がって、居間のサイドボードへ歩み寄る。
「アークエンジェルを調べること、イザークさんには迷惑がかからないように充分注意します。だから、………お願いします!」
キラも立ち上がり、そのまま深々と頭を下げた。
「………」
はぁ、と忌々しげに息を吐くイザーク。
腕を組んで、睨むようにキラを見つめる。
「……………ちょっとこっちに来い」
「あ、はい」
顔を上げたキラが、さっとイザークの前まで歩み寄る。イザークは顎で彼女の後ろにあるソファを示し、キラは何だろうと首を傾げ
ながら、ソファを振り返った。
瞬間。
「っ!? なっ、何するんですか!!」
その隙を突いて突然後ろから襲いかかり、あっさりとキラをソファに押し倒す。
手を頭の上でまとめて押さえ付け、鎖骨と胸の間あたりに手を添える。
「や…っ、な、何なんですか一体っ!! 離して下さい!!」
必死で身を捩るキラを間近で見下ろすイザーク。痛みが酷くなっていくのに、頭の芯は急速に冷めてゆくのを感じていた。
いやだと繰り返し、どうにか逃れようともがくキラを、更に強く押さえ付ける。
「オレと結婚してほしいんじゃなかったのか」
「そっ、それとこれとはっ…」
「ああ、お前はナチュラルの両親に中立国で育てられた一世代目だったな。それなら知らないのも無理はないか。…オレ達プラントに住む
ニ世代目にとっては、結婚とはイコール第三世代の育成に直結するものだ。本来はそれを想定してDNAを検査し、最も適応した相手との
婚姻を義務付けられる。それがプラントでの『婚約』だ」
「ええ…っ!?」
「つまり、結婚イコール、………こういうことだ」
「!!」
途端にキラの顔全体が真っ赤に染まった。そのまま絶句し、硬直してしまう。
「さっきお前が言った『今すぐにでも結婚して下さい』っていうのは、文字通りのそういう意味になる」
「ち、ちが………………、僕は………っ」
「お望みなら今すぐに『結婚』してやろうか?」
胸に置いていた手を顎へ移動させ、そのまま唇を近づけてゆく。
いっぱいに開いて潤んだアメジストの瞳が、迷いに迷うのがわかる。
唇と、唇が、触れる。………その直前。
「っ!!!」
渾身の力で突き飛ばされ、撥ね退けられるイザーク。キラはさっと立ち上がってベランダの側まで逃げると、外から室内を伺えない
ように閉じられた厚手のカーテンをぎゅっと握り、上がった息を必死で整えようとしていた。
「………お前がアークエンジェルのことを調べるのを黙認し、議会へそれを報告せず、そしてアスランに対しての盾になる。…オレと
お前が結婚したとして、メリットを得るのはお前だけだ」
「…あ……………」
さっとキラの顔色が変わる。
ああ、苛々する。頭が痛い。この女は本当に何もわかっていない。
「その上、抱かれるのも嫌だ? …お前は人をなめてるのか」
「…………………………」
「体で返せという意味じゃないことくらいは分かるな。結婚したら子供を作り、次の世代を育むのは、プラント国民としてのオレの義務だ」
金槌で頭を殴打されているかのように、電流のような激痛が走る。しかし、その痛みが走るたびに、逆に心は冷めてゆく。
凍り付く。心の、どこかが。
何も言えなくなって俯き込んだキラを置いて、イザークは部屋に戻った。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
このシーン書いた時は『FATES』放映の少し前だったのですが、
議長のセリフによると婚姻統制とか婚約についてはこの解釈でドンピシャOKだったみたいで助かりました。
かといってNGだったら何がどう助からないかと突っ込まれると困るのですが。
………。ああ、部分的に書き直さないといけなくなるのが困るのか!!