++「冷たい海」4−1++

冷たい海
エピソード4・たった一人の戦い
(1)









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「セキュリティ関連の蓄積データ?」
「はい。あの家のセキュリティのデータって、全てザフトの保安部に送信されてますよね。どの部屋のロックが何時何分何秒に誰によって オンオフされたとか、以上なしとか、逐一。そのセキュリティ用の複合回線の一部がイザークさんの部屋の端末を通過してて、そのせいで データの一部がHDDに深層プログラムとして保存されちゃってたんです。異常があった時にイザークさんの端末でも警報が鳴るように してあったからだと思うんですけど、アラート用じゃない回線まで一緒に引き込まれちゃってたんですよ。それが原因だと思います、多分」
「そんな基本的なこと、保安部が気付かないなんて…。それに、ただの蓄積データがプログラムとして保存されているというのは?」
「ええと、最初のほうは、多分使用されていない回線だったからだと思います。あの家だけを対象にしたセキュリティにしては、ラインが 多過ぎるんですよ、あの複合回線。その余剰回線が巻き込まれる形になってたから、保安部の人はひょっとして気付いていても放置して 差し支えないって判断したのかもしれません。それが、何かの拍子か、アラートプログラムのミスかバグか何かで、使われていないはずの ラインがデータを運ぶようになってしまった。データがプログラムとして保存されていたのは、単に拡張子の問題です」
「…それが深層領域に保存されたから、オレも気が付かなかったというわけか」
「隠しプログラム…ってか、『存在しないプログラム』として扱われる要領での保存方法だったから、自分がやったんじゃなければ普通 気付かないと思います。器用なバグですよね」
 いや、器用とかそういう問題か。
 ハンドルを握るイザークと、後部座席でキラの隣に座るアセルスは、そう心の中でつっこみを入れた。

 キラとイザークが、相手への恋心を意識した、その次の日の朝。
 エレカで迎えに来たアセルスは引き続き自分が運転手を勤めるつもりでいたのだが、後部座席に隣り合って座るのが気恥ずかしいイザーク は、半ば強引にアセルスからハンドルを奪った。そのまま先日の病院に向かう、その道中の会話だ。
 雑談のつもりで何気なく、そういえば最近パソコンの調子がいい、とイザークが切り出したのが始まりだった。ある日を境に処理速度が 僅かに上がったように感じるのだ、と。すると、なんとキラが「あ、それ無駄なプログラムを消去しておいたからです、多分」と即答した のだ。
 彼女は目を丸くするイザークに気付かぬまま、意味のないプログラムが少しずつ膨張してきて処理を圧迫してたみたいだったので… とまで続けて、そこでやっと我に返った。
 それは彼女がイザークのパソコンをハッキングしていたことを意味する。しかも、まだ声を失っていた時期に。

「…本当にごめんなさい」
「無意識にセキュリティを切って逃げようとしていたんだろう。ただボーッと無為に過ごしていただけかと思ったが、なかなかやるじゃ ないか」
「………」
 わざと意地悪くそう切り返すと、キラはムッとして少し黙った。そして、反撃。
「ってか、逃げようと思ってたんならその時そのまま逃げました。セキュリティさえ把握できちゃえば、あとはこっちのものですから」
 ぷっ、とアセルスが吹き出す。
「確かに、余剰回線があることも、本部の保安部がデータの送信先だということも把握できて、しかも隊長の端末に細工まで出来るのなら、 案外あっさり家出できますね」
「…おい、アセルス」
「勿論人目は避けなければいけませんから、家を出てから無事逃げおおせることができるかどうかは、また別の話ですが」
「うん。…行くところもないしね」
「…」
 キラの最後の一言に、車内の空気が少しだけ重さを増した。

「…そういえば、今日はジュール議員も急遽いらっしゃることになったとお伺いしましたが…」
 少しして赤信号に引っかかり、それをきっかけのようにしてアセルスが話題を変える。
「ああ。昨日用があって連絡したら、自分も気になるから足を運ぶと仰っていた。恐らくもう着いている頃だろう」
 腕時計を確認するイザーク。キラもナビシートの時計表示をちらりと確認した。
「…」
 ああ、また沈黙になってしまった。アセルスは少しまた話題を探すが、これは無理にひねり出しても長続きしないだろう。多分下手な ことを言い出しても上滑りするだけだ。何か気が付いたら口を開くことにして、手元の端末にキラのカルテを呼び出す。

 結局無言のまま、車は病院の駐車場へ滑り込んだ。


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 検査室に入っていくキラ。それを見送ってから、イザークは待合室へ向かった。
「母上」
「おはようイザーク。メール読んだわ」
 開口一番に言われて、うっと詰まりながら顔を赤くしてしまう。エザリアは母親の顔で優しく微笑む。
「どういう心境の変化かしら?」
「からかうのはやめて下さい、母上」
「ふふ、そうね。…それよりも大事な話を、先にしましょう」
「…」
 厳しい表情に戻る。イザークも気を引き締め、頷いた。
 マティウス代表議員であるエザリアが、キラの検査に合わせてわざわざ足を運ぶというのだ。息子が恋に目覚めたことを茶化すために、 過密なスケジュールを突然調整するわけがない。

 先日と同じように用意された部屋。アセルスはキラの検査に立ち合っているため、やはりイザークとエザリアの二人だけだ。
「…あのメール、間違いないのね」
「はい」
「キラ・ヤマトとの婚約を容認すると。…いえ、むしろ貴方の望みだと。………いいのね、それで」
「はい」
 迷いなく即答するイザーク。
「結婚するということは、お互いの人生をお互いに背負い合うことでもあるわ。あなたに、キラ・ヤマトに架せられた重い荷物を請け負う 覚悟はある?」
「…はい」
 一人で背負い込んで潰れて行く、キラのそんな姿は見たくない。自分が少しでも肩代わりしてやれるのなら、傍で支えてやれるのなら、 願ってもないことだ。
 恋心をはっきりと自覚したのは昨日だが、思い返せばその姿を初めて見た時から目が離せなかった。いや、姿を目にする前、 モビルスーツに乗って戦場で出会った時から、ストライクとは絆めいた因縁があった。ミゲルや多くの同胞の仇にして、この顔に傷を くらわせた憎き敵。…憎悪は激しい愛に似ている、なんてただ綺麗なだけの詩みたいなせりふ、以前の自分なら馬鹿馬鹿しいと一蹴 していただろうけど。
 今なら、よくわかる。愛と憎しみが表裏一体であるということも。
 今はこんなにもキラのことがいとおしくてたまらない。
「ニコル・アマルフィの足を奪った仇よ。他にもあなたの友人が何人も、彼女に討たれているでしょう」
「母上、今更何を。…ニコルは、あいつはキラを許しているようでした。ミゲルも、オロールも、…言い出したらきりがない。けれど 同時に彼女にとってもオレは、守るべき友を脅かして来た仇のはず。そして彼女のいたヘリオポリスを破壊したのも、自分です」
「そのあたりのことも含めて。…貴方は割り切れても、それが彼女にとって更に負い目になるかもしれない、そのことも分かっている?」
「させません」
 負い目になどさせない。そして、アスランのことも忘れさせてみせる。
 アカデミーの首位も、隊長の地位も、いつも一足先にアスランが浚って行った。だが、キラだけは。
 真っ直ぐな瞳。イザークの言葉がそのまま真意であることを思い知って、エザリアは複雑な溜息をついた。
「………なら、彼女の負っている荷物…貴方も背負っておあげなさい」
「はい!」
 言いながらディスクを取り出し、デスクに据え付けられていたパソコンへ挿し込む。
「イザーク。この記録映像については一切他言無用。議会上層部だけの極秘機密ですからね」
「は?」
 キラとの婚約の件を確認していたはずだが、いきなり極秘機密映像とは、何故話がそんなところに飛ぶのだろう。
 そう顔に書いてしまったイザーク。エザリアは厳しい…いや、渋い表情で、黙々とディスクに記録されたデータを再生させるように 操作していく。
「キラ・ヤマトが、失声症を起こしていた原因は、恐らくこれよ」
 はっと息を飲むイザーク。同時に再生ソフトが起動し、画面いっぱいにどこかの場所が映し出された。
 どこかの部屋の中。地球軍の将校の制服を着た男女三人が、目隠しをされて中央に立っている。彼らの背後に兵士が現れ、無言で銃を 構えた。
「!! っ…これは」
 ぎく、と体を強張らせるイザーク。
 画面が少し横にずれた。撮影者は地球軍の将校達がいる部屋の中の小部屋にいるらしい。彼らとの間は防音ガラスで遮られているのか、 時折聞こえる指示の声はスピーカーを通されていた。
『いやだぁぁっ!!! やめて下さい!! マリューさん逃げて!! フラガ少佐!! バジルール中尉!!』

 泣き叫んでいる、この声は。

『どうしてこんなっ……こんなことする権利があなたたちにあるんですか!? やめて下さい!! あの人達もあなたたちと同じ人間 なんですよ!! なんでそんな平然としていられるんですか!!』
 画面がまた少し横にずれる。兵士に押さえ込まれているのは、キラだった。手錠で捕えられているはずなのに、左右から兵士に押さえ 込まれても尚逃れようと暴れていた。いや、今にも処刑されようとしている彼らを助けようとしていたのだろう。
 だが無常にも、処刑のプロセスは着々と進められて行く。
 …そして。
『やめ……っ、やめろ!! 銃を下ろせ!! やめろ―――――っ!!!』

「目を逸らさないで、イザーク」
 執行人たる兵士達が銃のセーフティを解除した仕草に、思わず顔を背けてしまったイザークを、エザリアが厳しく引き止める。
「キラ・ヤマトの荷物…これだけでは済まないのよ」
「な…っ」
「こんなところで音を上げるのなら、やめておきなさい」
「………」
 親しかった、守りたかった人々が、目の前で殺される姿など………しかも生身の状態で命が奪われてゆく様を見せつけられるなんて、 それだけでも惨い仕打ちなのに。

「……………まだ………この先があるというのですか…?」

 自分自身をも責めるような痛恨の表情で、エザリアは頷く。
 それはひどく重苦しい仕草に見えた。

 信じられない、と目を見開くイザーク。画面の中では遂に刑が執行され、キラの悲鳴と絶叫が響いていた。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

深層領域にプログラムが云々というところは例によって例の如く一切調査ナシの捏造です。
キラって凄いっていうニュアンスが伝われば、と思って四苦八苦して捻り出した捏造です。
本気にしないで下さいね。お願いします(汗)
…と、いうわけで。
少なくとも次回までは陰湿な文章が続きます。インデックスの内容説明部分に注意書きを入れるようにはしますので、
苦手な方はご注意下さい。
アクション編はその後からになります。