++「冷たい海」4−3++

冷たい海
エピソード4・たった一人の戦い
(3)









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『非常時にはコールボタンを押して、ナースセンターを呼んで下さい。尚、各病室は緊急監視を行っていますので、万一コールボタンを 押せない状態になっても、すぐに担当医師が向かいます。落ち着いて待機して下さい。繰り返します。非常事態発生。安全確保のため………』
 アナウンスが繰り返される中、イザークとエザリアはすぐに監視室へ向かった。廊下には一定距離ごとに非常シャッターが降りており、 迂回したり、展開したザフト兵に解除コードを入れさせたりを繰り返して、やっと目的の部屋の扉を開く。
「どうした!」
「隊長、申し訳ありません」
 飛び込んだ途端、アセルスが深深と頭を下げる。
「…まさか」
「キラさんが逃走しました」
 エザリアが呟くのとほぼ同時に、彼女の懸念と同じ答えが返って来る。
 信じられない、とイザークは目を見開いた。
「あいつが逃げただと!? バカな、今更キラが逃げるはずが」
「しかし、この数時間ほど監視システムが完全にキラ・ヤマトに掌握されていたのは確かです。そして彼女は今、姿を消している」
 病院の警備責任者らしき人物が、すっと三人に歩み寄った。五十代くらいであろう堅物そうな男の背後から、病院内の各エリアから キラが発見されていない、という旨の報告が相次いで上がっている。
「……………」
 信じられない、と眉間にシワを寄せてしまうイザーク。エザリアも困惑した様子で、モニターを見つめる。
「検査準備の更衣直前が、肉眼で彼女を確認した最後です」
 アセルスが手近なモニターに映像を呼び出す。更衣を追えて検査室へ入ってきたキラが、マイク越しの指示に従って、検査装置の寝台に 横になるところだ。
「この時、私はコントロールセンターからモニター越しに確認していました。しかし、実際にはキラさんは、この時点で既に逃走していた ものと思われます」
 装置が起動し、キラはドーム状の装置の中に飲み込まれてゆく。カメラが切り換わり、反対側からの視点になる。異常なく寝かされた キラが装置から出てくる。
「ここで装置がエラーを起こし、トラブルが発生。…データエラーであることから、これもキラさんの仕業かと」
 寝台から起き上がったキラは、なにやら指示を受け、頷いたり返事をしたりしながら、そのままその場に立つ。画面が早送りになり、 寝台が元の場所に戻されたところで通常再生に。キラの動きを追うようにカメラの視点が戻り、キラは再び寝台に横になって、装置が作動 してまた飲み込まれて行く。
 先程のように反対側からの視点になった。だが、装置から出てきた寝台には、今度は誰も横たわってはいなかった。
 監視システムを掌握した上で、検査装置に何らかの細工を施し、モニターからの映像を偽造して時間を稼ぎ、その間に密かに脱出した、 ということか。
「君は同性なのだし、検査装置の操作は医師に任せて、更衣の間も検査の間も、肉眼監視を続行するべきであったな。目を離した君の 責任であることは間違いない。この件は君の進退にも影響するぞ、アセルス・ヴィンヤード。なにしろ逃走者は、我が軍に多大な被害を もたらした特A級戦犯なのだからな」
「…申し訳ありません」
 警備責任者の言葉に、力無く頭を下げるアセルス。彼の言い様にムッとしたイザークが一喝する。
「今そんな話をしている場合か!!」
 ビクッ、と警備兵達の肩が震える。前線に立つ兵達と違い、病院警護の任では滅多に有事など起こらないので、こういった激しい怒声を 浴びせられることなど稀になってしまったのだろう。怯えた様子でイザークを振り返る者もいた。
「更衣室から逃走したことがはっきりしているなら、逃走経路も見当がつくだろう! そのルート上に兵を出して調べさせろ!」
「は、はいっ」
「院内の閉鎖は完了しているな。逃走したと見せて潜伏している可能性もある。隅々まで調べさせろ!」
 冷静な頭でてきぱきと指示を出しながら、何故、という思いで胸が掻き毟られる。

 何故。
 今朝も特に変わった様子はなかった。昨夜のキスでぎこちない雰囲気ではあったが、とても逃走を企てているようには思えなかった。 何より、逃げたところで行くところはないと、本人が言っていたではないか。
 気が変わってアスランの元へ走ったとも考えにくい。大体、もしも万が一何か心境の変化があってアスランの側へ行く気になったのだと しても、わざわざ危険を侵して逃走を図る理由にはならない。堂々と奴に連絡すればいいだけの話だ。あいつは喜んですぐに飛んでくるだろう。
 細工を施して、確実に追跡をかわし、身を隠す必要があった、…ということだろう。しかし、何故?
 ………わからない。

 再びあちこちから異常なしの報告が上がってきた頃、モニターの前に座っていた兵の一人が受話器を取り、一言二言会話してからこちらを 振り返った。
「ジュール隊長、お電話です。至急繋ぐようにと」
「何だこんな時に!」
「五○一号室からの内線です」
「なに?」
 五○一号室といえば、ニコルの病室だ。怪訝な表情で、一番近い席の受話器へ回させる。この非常時に、一体どうしたというのだ。
「オレだ。どうした」
『あ、イザーク?』
 だが、出たのはニコルではなく、ディアッカだった。
『なあ、これどうなってんの? まさか、…逃げたとかじゃねぇよな?』
「…そのまさかだ」
『うわ。マジかよ』
 この非常時に、世間話みたいなやりとりをしている場合か。はやくキラを見つけて保護しなくてはならないというのに。
『もしもし? それで、ヤマトさんは見つかったんですか?』
 怒鳴りつける直前、電話の相手がニコルに変わった。咄嗟に息を飲み込んで、勢いを殺す。
「っ、いや、まだだ。すまんがしばらく閉鎖は解除できんぞ」
『…そうですか…それじゃまさか、ほんとに………』
「まさか?」
 深刻そうなニコルの言い様に、ハッとなるイザーク。
「おいニコル、お前まさか、心当たりがあるのか?」
『はい』
 あっさりと、しかしはっきりとニコルは肯定した。
『イザークのところには、連絡行ってませんか?』
「っ…」
 そこまで言われて、やっとキラの目的に気付く。

『足つき…アークエンジェルの解体・破棄作業が、今日始まるって』


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 急ごしらえのカードをスキャナーに通すと、あっさりと扉が開いた。
 ほっと少し息をついて、工区内へ足を踏み入れる。
「ご苦労様です」
「ああ、立会い人の方ですか。お疲れ様です」
 丁度休憩に入るらしい工員に敬礼しながらニコリと挨拶すると、彼は疑いもせず敬礼を返してきた。
 流石に赤服の威力はすさまじい、ということか。

 制御センターへ向かう道の途中で進路を変え、トイレに入った。
 個室に監視カメラがない事を確認すると、皮手袋を嵌める。…準備完了。
 蓋をしたままの便器の上に乗り上げたキラは、さっさとダクトカバーを外し、躊躇なく飛び込んだ。


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「はぁ〜…」
 やれやれと溜息をついて、男はかりかりと頭を掻く。もう片方の手には、タイムスケジュールを表示した小型スクリーン。
「まったく、こんだけの大型艦を、こんな短期間で完全に解体破棄しろってか。ムチャ言うぜ」
「だよなァ。しかも、予定かなり繰り上げてンだろ?」
「先輩、上の人たちは現場のこと、ちゃんと分かってるんですかね?」
「さァ、所詮書類でしか片付けられない職場だからな、ここは」
「そんなぁ!」
「グダグダ言ってても始まらんぞ、お前達」
 世間話にかこつけた愚痴を言い合っていた工員達が、ぎょっ、と一斉に振り返る。そこにはこの解体施設の最高責任者の姿があった。 五十代前後だろうか、年齢を重ねなければ得られない独特の風格を持った人物だ。
 彼は正式には解体セクションの隊長なのだが、工員達からは隊長ではなく、もっぱら『工長』と呼ばれている。どうやら「工場長」が 崩れていったらしい。
「建造と違って、解体なら多少押しても突き上げられる事はないだろう。そうピリピリせずに、肩の力抜いていけ。始まったら俺も現場に 入るから、しっかり準備済ませとけよ」
「は、はい!」
「工長が入ってくれるンなら心強いや!」
 同じザフトでも職人気質の人間が集まるセクションだけあって、前線に出る兵士達とは全く違う雰囲気だ。

 この解体工場は、実際に解体破棄作業が行われる作業エリア、作業の指示伝達や遠隔操作のコントロールパネルが存在する事務エリア、 そして工員達の生活空間である居住エリアの三つに分かれている。
 本格的な解体作業が始まるまで、あと三時間。準備に追われる工員達を叱咤激励しながら、工長は作業エリアをあちこち歩き回っていた。
 ふと、キャットウォークの上で足を止める。
 眼下には、作業エリアの中央に固定された傷だらけの真っ白な艦―――アークエンジェル。
「………羽根をもがれた純白の天使ってとこか…? …ヘッ、ゾッとしねぇや」
 その姿を見下ろしながら呟くと、工長はキャットウォークを渡りきり、そのまま事務エリアに向かった。



 総監視司令室。名前は物騒だが、要するにこの解体施設の管理センターであり、戦艦であればブリッジに相当する部屋である。そこへ 戻った工長は、早速オペレーターから呼び出しを受けた。
「工長、イザーク・ジュール隊長からお電話です」
「イザーク・ジュール? スピットブレイクで活躍したっていう、MS乗りのボウヤかい」
 ザフトを勝利へ導いた立役者の一人であっても、彼にとっては若造、もしくは孫のような感覚らしい。
「その隊長さんが、なんだってウチに」
「さあ…そこまでは。とにかく大至急責任者を出せと仰って」
「こっちに回してくれ」
「了解」
 確かに彼にとってアークエンジェルは因縁深い敵艦。その解体破棄に対して思うところはあるかもしれないが、しかし今まで何の連絡も なかったのに突然何だというのだろう。
 首を傾げながら、手元の受話器の一つに手を掛ける。赤いランプが点灯したことを確認してから取り上げた。
「はいこちらザフト軍…」
『責任者か!? 今すぐ工場を閉鎖しろ!!』
「はいィ?」
 遠慮なく眉間にシワを寄せる。いきなり命令されるいわれはない相手だ。
 だが相手はこちらの怪訝な声を気にもせず、切羽詰ったような声で続ける。
『アークエンジェルの解体を妨害しようとしている人物がそちらに向かっている、或いは既に潜入してる可能性が高い! エマージェンシー を発令して、総ての出入り口を封鎖しろ! すぐにだ!!』
「そう言われましてもねェ〜…」
 なんなんだ一体、と思いながら取り次いだオペレーターへ視線を送るが、通話を記録・モニターしている彼女も解せないという表情で 困惑している。
 その向こうで、動く予定のないものが動いた。
 工長は「ちょいと失礼」と言って受話器を離し、目を凝らす。…やはり、動くはずのないものが動いている。
「…オイ、なんでリフトが上がってんだ」
「えっ?」
 一見ガラス張りのように見える壁一面のモニター。その一角で、アークエンジェルのMSデッキへ降りられるよう設置していたリフトが、 するすると収納されてゆく。
「おいこら、そこガンガン使う予定なんだから戻すな。繋いどけ」
「………っ、め、命令を受け付けません!」
「何ィ?」
「アークエンジェルの外部ハッチ、閉鎖されました! ロック確認!」
「おいおいおい冗談じゃねェ、こんな時にどういうトラブルだよ」
「いえ、あの…それが」
 戸惑うオペレーター。他に数名いるオペレーター達も異変を察知して手元のキーを叩くが、やはり結果は同じのようで、青い顔を見合わせている。
「リフトもハッチ閉鎖も、ここから指示が出たことになっています! セキュリティごとコントロールを乗っ取られているとしか思えません!」
「なんだとォ!?」
『…遅かったか…!』
 受話器の向こうから、悔しそうな声が聞こえる。
 工長はとりあえず、受話器を再び耳にあてた。
「どうなってんですかい、こいつは」
『いいか、オレがすぐそっちへ行く! それまで』
 ブツッ。
 景気のいい音を立てて、通話が切れた。そのあとはツーともプーとも言わなくなってしまう。
「通信回線がシャットされました! 外部との連絡が取れません!」
「無線基地サーバー、同じくシャットされています!」
「チィッ! なんてこった!!」
 有線ばかりか専用の無線までお釈迦になってしまえば、この工場は外部との通信連絡手段がない。施設の特性上、外から飛び込んで来る 一般の無線電波は外壁で遮断しているのだ。そのため携帯電話も使えない。
 工長は、まいった、とばかりに唸りながら額に手を当てた。
「あァ〜クソッ、だから大天使の解体なんざ気が進まなかったんだよ!」




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

ひっさびさの更新になりました。お待たせしております。
鬼のような停滞期を明けた途端オッサン度が増しております。
でもこういうオッサン書くの結構好きだったり。
ムカつくオッサンも味のある親方風味なオッサンも結構好きです(笑)

…メインキャラの出番少なくて申し訳無い。