++短編小説「Can't forget your love」後編++

Can't forget your love
後編






「―――――キラ」
 込み上げる優しい感情と、溢れる愛しさに逆らわず、アスランはキラを再び強く抱き締めた。
 そっと頬に手を滑り込ませ、頑固にこちらを向こうとしない顔を、強引に持ち上げる。
 逸らそうとする視線を許さず、唇を塞いだ。
「………」
 キラは驚いて目を見開いてしまう。

 何があったかを語ることで楽になれる相手が、溜め込んで来た感情を解放できる相手がラクスなら。
 …それでも靄のように残る漠然とした不安を打ち明けられるのが自分。
 ならば、その不安ごと包み込んでやればいい。
 人にはそれぞれの役割や、適正や、相性があるのだから。
 自分が無理にラクスの役割を望むことは、他でもないキラに負担をかける。ならば、自分が望まれていることを、望まれている以上に 与えてやればいい。
 溢れる愛しさに躊躇わず、そのまま包んでやればいい。

 そう思いながら、そっとキスを終える。
 ………やっと気付くことができて、相変わらず四角四面な自分の思考回路に苦笑が零れた。
「…?」
 潤んだ瞳で問われて、今度はやさしく微笑んでみせるアスラン。
「……俺はここにいるよ」
 え、と涙で潤んだ大きな瞳が更に大きく見開かれる。
「俺の意志で、ここにいる。お前を守るために」
「……………アスラン…………」
「ずっと、お前のそばにいるよ。キラ」
 また溢れた涙。
 そっと唇を添えて舐め取ると、再び唇へキスをして。

 そのまま床を蹴って、ベッドへキラを押しつけた。





 ――――――ピピッ ピピッ ピピッ

「…ん………」
 艦内コールの着信音に、うるさそうに目を擦る。
 うとうとと顔をあげると、液晶表示の数字が飛び込んできた。

「――――――っ、!! しまった! おい起きろ! もう一時間も経ってる!!」
 ゆさゆさと隣で眠る相棒を揺さぶると、やはりうとうとと目を擦りながら体を起こす。
「……なんですの? カガリ…」
「ヤバいってっ、あたしたちが両方とも、こんなにブリッジを留守にしたら!!」
「ああ……大丈夫ですわ………」
 ふぁ、と可愛らしいあくびの口を手で隠しながら、ラクスはごそっと駆け布団を取り戻す。
「ラクスっ!!」
「だいじょーぶですわ〜……」
 …こいつ、ひょっとしてメチャクチャ寝起き悪くないか!?
 と頭を押さえながら、とりあえずカガリは鳴り続けるコールに出ようと、操作盤のあるテーブルに近寄る。
「すまない、どうした?」
『? カガリ姫? 確かラクス様の部屋にコールをかけたはずですが…』
「ああ、こっちに様子見に来てて…その」
 戸惑うダコスタに、そっちの女王様は今寝てる、なんて言っていいものかとちらりと彼女を振り返るが。
 早速すやすやと寝息をたてていた。
「……え…っと…ラクスに用事…だよな」
『ひょっとして、仮眠取られてるんですか?』
「あ、ああ」
 先にダコスタから振ってくれて助かった。なんとなく肩の力を抜くカガリ。
 そんな彼女に気付いてか気付かずか、ダコスタは回線の向こうでふっと微笑んだ。
『了解しました。急を要することではありませんので、そのまま休ませて差し上げて下さい』
「え?」
『ラクス様が、コールをかけても気付かれないほど深く眠られているところなど、私は見たことがありません』
「え…っ」
 寝ぼけまなこで目をこすり、布団を取り戻してすやすや眠っている彼女が?
 カガリは思わずラクスを振り返り、やはり穏やかな寝顔の彼女をまじまじ見つめてしまう。
『ずっと気を張ってらしたんでしょう。…休ませて差し上げて下さい』
「………」

 キラにフリーダムを渡してから。
 反逆者として追われ、ダコスタを始めとする同志達と逃亡生活を続けながら、海賊放送という形でずっとザラ議長と戦っていたという彼女。
 確かに気の休まる間もなかっただろう。
 そして、エターナルを奪取する寸前には、父親が殺されたという訃報まで。
 いつも人々を導く者であったラクス。先導してゆく立場であったラクス。
 キラに泣きついた時も、やっとほっとできたのだろう。
 だが、ほっとしたのも束の間、ドミニオンとクルーゼ隊の挟み撃ちに遭って。
 戻らぬストライクとバスター。追ったフリーダムも。
 ……キラを失うかもしれない。
 それでも自分達は戦わねばならない。ここで討たれるわけにはいかない。
 灯火を吹き消させるわけにはいかない。
 そして、皆に動揺する姿を見せてはならない。自分はあくまで、毅然としていなければならない。

 彼女もまた、重圧と戦ってきたのだ。この華奢な双肩に襲いかかる、世界の命運という重圧と。


「……わかった。ラクスが起きたら一番でブリッジに連絡させる」
『そのようにお願いします。では』
 ぷつ、と回線が切れた。
 改めて、ラクスに向き直る。

「…こうやって見てると、ほんと眠り姫だよな…」
 ぽつりとこぼしたカガリの言葉に答えるように、ぱちっとラクスの瞳が開いた。
「っ、な、なんだ、起きてるんじゃないか」
 だったらさっき、と続けようとして、にっこりと笑ったラクスの笑顔に固まってしまう。
 ―――あんまり無邪気な顔だったから、別人かと思った。
 などと思っている間にぐいっと腕を引かれ、布団の中に巻き込まれてしまう。
「わっ、ちょっ、おいラクス!?」
「もう少し…休みましょう…カガリ……」
「って、いや、だから」
「…だいじょーぶですわ〜……」
 ふにゃふにゃとまた眠り込んでしまう。…カガリの腕はかっちり抱き締めたまま。

「………」

 ぷ、と思わず吹いてしまう。
 こうしていると、本当に可愛らしいお嬢さんでしかないのに、と。
 あのエネルギーはどこから溢れ出てくるのだろう。

「…ま、いっか。もうちょっとだけだぞ」
 くすくす笑いながら、カガリもふわぁとあくびをしてしまう。


 二度寝してしまうまで、そう時間はかからなかった。





 更に一時間後。
 今度はぱっちりと目が覚めたラクス。カガリもその気配に目覚め、ダコスタに連絡するよう伝えると、一瞬とも言える早さで寝乱れた 髪や服を整え、すぐさまブリッジへコールをかけた。
 三艦の艦長………バルトフェルド、キサカ、マリューの三名で今後の潜伏先と補給の当てについて相談し、一応の結論を出したので、 現在そのポイントへ向かっているという報告。そして、ラクスにも今後の動きについて話があるので、落ち着いてからでいいので来て 欲しいという伝達を受ける。わかりましたと頷いたラクスはそのまま通信を切った。
「カガリはどうなさいますか?」
「え? ああ、ブラシ借りたぞ」
 いつの間にやらブラシを探り当てて髪を梳かしているカガリに、クスッと微笑むラクス。
「ええ、どうぞご自由に。…すぐクサナギに戻られるのですか?」
「そのつもりだけど」
 なんで、と続けようとした唇を、ふわりとピンク色の影が遮った。
「……今日はとても楽しかったですわ。時間ができたら、またわたくしの部屋に遊びに来て下さいませ」
「…」
 にこっと微笑み部屋を出るラクス。

 あ、今キスされたな、あたし。

 一拍置いて気が付いて、ぼんっと顔を爆発させてしまう。



 シュン、と扉を開けて廊下に出ると、ラクスが待ち構えていた。
「っ」
 彼女はさっさとブリッジに行ってしまったものと思っていたカガリは、思わず顔を真っ赤にしてぎくっと身を引いてしまう。
「シャトル発着口へ向かうのでしょう? 途中までご一緒しますわ」
「あ、あ、ああ」
 ぎくしゃくとベルトに手を伸ばすカガリに、ラクスはクスッと微笑む。
「本当に、カガリは可愛いですわね」
「なっ、そんなことないっ! ラクスのほうが可愛いぞ!」
「まあ、そうでしょうか?」
「絶対ラクスのほうが可愛い。ていうか、あたしはそういうガラじゃないし」
「そんなことはありませんわ。可愛いですわよ、カガリは」
 にっこりと微笑まれると、思わず言葉に詰まってしまう。
 そのままベルトの流れに任せて通路を進んでいくと、プシュンと扉が開く音。
「あら」
「あ」
 二人がほぼ同時にベルトから手を離し、壁に手をついて慣性移動しようとする体を止める。
「あ」
「あっ」
 出てきた二人も止まって、思わず見合ってしまう。

 微妙な見詰め合いを崩したのは、ラクスのクスッという可愛らしい声。
「どうやらお二人も、ゆっくり休まれたようですわね」
「あ、うん。まあ」
 頬を紅潮させてどぎまぎと目を逸らすキラ。
 アスランはその隣で、やたらと嬉しそうに微笑んでいる。
 ―――なんてわかりやすいんだ、こいつら。ていうか、特にキラ。
 まったくキラらしい。カガリも微笑を浮かべた。
「そっか。…良かった。お前もここんとこ、あんまりちゃんと寝てなかったんだろ」
「え?」
「うっすら眼の下にクマできてた。コーディネイターがクマできるくらい寝不足するのって、ヤバいんじゃないのか?」
「…」
「お見通しだな、キラ」
 クスクス笑うアスランに、むすっとしたような顔を向けて。でも、すぐに自分もクスクス笑い出して。

 良かった。
 キラが笑ってる。
 みんなが、笑顔を取り戻してる。



「…では、参りましょう」
 ぴん、と張った声がとおる。
 はっと顔を上げた三人は、しっかりとラクスに頷き返した。





 この笑顔を、世界中の誰もが自然に浮かべられるように。
 滅ぼし合うのではなく、共存の道を探るために。
 この世界が壊れてしまう前に。

 そのための戦いはまだ、やっと始まったばかり。



 僕は、キラ・ヤマト。
 俺は、アスラン・ザラ。
 わたくしはラクス・クライン。
 あたしは、カガリ・ユラ・アスハ。

 ただ、それだけ。

 平和を願う。
 ただ、それだけ。

 これ以上の犠牲は…できるだけ、出したくない。
 もう終わらせたい。
 ―――――――ただそれだけ。


 共に歩む仲間。
 かけがえのない愛しい相手。
 手を取り合える友人。
 ただ、それだけでいい。

 だから。



















「キラ」
 ジェネシスとピースメーカー隊を止めるための出撃の直前。
 お互いの愛機に乗り込む直前に、アスランがキラにふわりと近付いた。
「お前、知ってたか? カガリがストライク・ルージュに乗るって…」
「うん。昨日聞いた。突然だよね、ほんと。びっくりした」
「………カガリは、俺が守る」
 え、と顔を上げる。
 真剣そのもののアスランの顔があった。
「だから、必ず生きてくれ。キラ」
「…アスラン…」
「お前は誰かを守ろうとすると、いつも自分をかえりみずに無茶ばかりする。…お前の姉さんは、絶対に俺が守り抜いてやる。だから、 お前は核とジェネシスを止めることに集中してくれ」
「………」
 即答で頷くことに躊躇して指を遊ばせてしまうキラ。
 その仕草に、彼の手の中に何かおさめられている事に気付く。
 すっと手を取ると、ラクスがはめていた指輪が現れた。
「………おんなじこと…ラクスにも、言われた。帰って来て、って」
「…なら、その約束を守るんだ」
 きゅっとパイロットスーツの手袋の部分を外すと、キラの指にそのリングをはめて、口付ける。
 騎士が姫に忠誠を誓う。…丁度、そんな構図。
「俺達は帰ってこなくちゃいけない。待っている人の為にも。…そして、俺はお前のために。お前は俺の為に。生きて戻らないといけない」
「…………」

 ふわ、と微笑んで。
 小鳥が啄ばむようなキスを、アスランの唇に。

「…ありがとう」






『カガリ』
「!? ラクス?」
 ストライクルージュの発進準備をしていたカガリ。そのコクピットの通信ウィンドウに、突如ラクスの顔が現れる。
「どうした?」
『…必ず生きて戻って下さいね』
「え?」
『あなたには中立を貫いた気高き国、オーブを再建するという使命があるのです。…あなたが戦場を駆けることは、皆の士気を高めます。 けれどあなたが落とされるようなことがあれば、士気が著しく下がるだけでなく、未来にまで影響を及ぼすのです』
「わかってるさ。やられに行く気はない」
 キッ、と厳しい表情。
 …彼女は間違いなく、獅子の志を継ぐ灯火。そして未来を担う種の一つ。
 今はまだ幼くとも、やがては。
 ふわりと微笑むラクス。
『…何より、あなたにもしものことがあれば、わたくしが泣きます』
「え」
 突然そんなことを言われて、目を見開いてしまう。
 だが、すぐにニッと笑い返して。
「泣かせないさ。絶対」
『…ええ』
 しばし、モニター越しに見詰め合って。
『ご武運を』
「ああ。ラクスも」
 頷き合い、回線は切れる。





 願いを。
 望みを。
 ――――――皆が等しく望んでいたはずの、『平和』を。

 この世界に取り戻すために。


 生きて、愛するあなたと、共にその世界を創るために。
 生きて、愛するあなたと、共にその世界で生きるために。





「エターナル、発進して下さい」
「ストライク・ルージュ、出るぞ!」
「アスラン・ザラ。ジャスティス、出る!」
「キラ・ヤマト。フリーダム、行きます!」



 最後の闘いが始まる。






Endless End



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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
 さあ。
 …いよいよ本編最終回です。
 キラの歩んできた道にどう決着がつくのか。
 アスランの歩んできた道にどう決着がつくのか。
 ……生きていてほしいという願いを込めて。