Can't forget your love
中編
二人部屋の扉がプシュン、と開き、キラとアスランが入ってくる。
「アスランってば、あんな昔のことまで持ち出さなくてもいいのに!」
「全部本当のことだろ?」
「だからっ、ほんととか嘘とかって問題じゃなくて! もうっ、先にシャワー使うよ!」
「はいはい」
クスクス笑っているアスランに、唇を尖らせるキラ。
「…なに?」
ベルトで中身を固定する、宇宙仕様の衣料棚から着替えを取り出していたキラが、背中に視線を感じて振り返る。
「あ、いや、…」
ふと自分は上着をくつろげもせずに彼に見入っていたことに気付き、視線を逸らすアスラン。
「……もう、大丈夫だな、…と思って」
はっ、とするキラだが、すぐに微笑んだ。それは作り笑いといった不自然なものではなくて。
「うん。…ごめんね、心配かけて。…それに、助けてくれてありがとう」
「…」
「アスランだって……複雑なのにね」
ヴェサリウスはかつてアスランの母艦だった艦だ。それが落ちて、彼だって内心穏やかではないはずなのに。
「僕、自分のことしか見えてなくて…ダメだね、こんなんじゃ」
「いや、…お前のほうが辛いだろう、今は」
「アスラン」
「あの救命ポッド…『守ってあげなきゃいけないひと』が乗ってたんだろう?」
「……」
守って、あげなきゃいけないひと。
その義務のような言い方と、死に物狂いなキラの様子に、ただならぬものを感じた。カガリはポッドに乗っていたフレイ・
アルスターという少女の事を「キラ達の仲間」だと言ったが、それだけにしては反応が極端すぎる。
きっと、何かがあったのだろう。
……そんな人を目の前で敵艦に持っていかれては、荒れるのも当然だ。
そして、その直前には、メンデルの内部で彼の出生に関する『何か』があったようだし。
全てのタイミングが、悪すぎた。
「……アークエンジェルが…まだ、地球軍としてザフトと戦ってた頃にね」
ふと、キラが口を開いた。
「副艦長がいたんだ。女の人なんだけど、とっても厳しくて、常に艦を守るための冷静な判断を下すひと」
「…ひょっとして、あの時ラクスを人質にした女か?」
「うん。…そういう、冷たい判断でも下す人だったから、よくマリューさんとは衝突してた。ラクスを人質にしたのは…僕も、頭にきた
けど。でも、…そのことも…含めて。ナタルさんのおかげで助かったことも多いんだよ」
「…、ナタルって…まさか」
その名前に反応して、最初の戦闘前に交わされたアークエンジェルとドミニオンのやりとりを思い出すアスラン。
「うん。今は、ドミニオンの艦長」
「……」
「だから…フレイは、大丈夫」
きっぱりと、顔を上げて。
「ナタルさんがいてくれるから、大丈夫。…僕が…守ってあげたかったけど…本当は、そうしなくちゃいけないけど。でも…今は…こんな
ことになっちゃってるし。…無事でいてくれれば、それでいい」
いつか、きっと。
お互いに生きて平和な時代を迎えられれば、きっと。
「…キラ……」
優しく微笑むアスランに、しかしキラは無意識に決定的な一言を与えた。
「それに、僕も…ラクスに全部話したら…落ち着いたから」
微笑みながらシャワーブースに入るキラ。
…アスランの微笑みが僅かに軋んだことには、気付かずに。
わかっている。
キラとラクスの間に、なにか特別な絆のようなものを感じる。
ラクスは自分ではなくキラを頼みとし、彼を癒して、彼に勇気を与えている。
キラもそれを享受するだけには留まらず、ラクスを励まし、力となり、支えている。
自分にはない何かを、二人は共有している。
……けれど。
同じように、キラと自分の間にも、誰にも割り入れない特別な絆があるはずなのに。
母親同士が親友という縁から、物心ついてすぐに知り合って、当たり前のように一日のうちの殆どの時間を共に過すようになった。
幼年学校にも一緒に通って、クラスが違う学年の時も登下校はずっと一緒。帰ってからは一緒に宿題をして、予習復習をしようと
言いながら結局遊んでしまって。
泊りがけになる事だって珍しくなかった。
九年間の絆。
そして、運命的な再会を果たしてからの―――――血塗られた絆。
互いの友人を互いが殺したという、抗い難い罪の鎖。
もう子供ではない。
相手に自分以外の繋がりがあることくらい、わかっている。
自分にはディアッカやイザーク、クルーゼら、ザフトでの繋がりがあり、キラにはサイやマリュー、ムウといった、自分と別れている
間に築かれた人間関係がある。
そのなかに、ラクスとカガリが、より強く双方と関わるものとして存在した。…わかっている。そんなことは。
けれど。
――――――それが自分達の繋がりよりも重くなることなんて、考えられなかった。
それが自分よりも、キラに近い繋がりになるなんて。
あの艦には、友達が乗っているんだ。
そう拒絶された時にも、今と近い失望を覚えた。
けれどあの時と今とは違う。
あの時は敵同士だったけれど、今は。
例え異なる軍の制服を今だ纏っていたとしても、その志は同じで。
同じ艦で、味方として、共に戦っているのに。
心の距離は元に戻せない。……そういうことなのだろうか。
アスランの心に翳りがさした。
キラと入れ違いにシャワーブースへ入り、冷たい水を浴びる。
……それでも頭は冷えなかった。
ダメージを受けているキラを、これ以上追い詰めてはいけない。そんなことをしたくはない。
でも。
「………っ」
ぎゅっ、と手を握り締める。
己の中にあるドロドロとした感情に、自分自身嫌悪を感じるけれど。
それでも止められないのも…確か。
ピ、とパネルを操作して水を止め、アスランはブースを出た。
「…え、ちょっとアスラン、頭ちゃんと拭いた?」
適当に体を拭いてバスローブを羽織っただけで出てきた自分の姿に、キラがぎょっとしてタオルを探す。
頭を拭こうとして、その冷たさに表情が曇った。
「アスラン、まさか…水、浴びてきたとか」
「…正解」
「………正解、じゃないよ…! 何してるんだよ、一体! 風邪でもひいたらどうすんの!?」
怒りながらゴシゴシと髪を拭くキラの手首を、ぐいっと掴む。
「?」
何、ときょとんと尋ねる瞳。
だめだ。
言ってはだめだ。
折角ラクスの力で立ち直ったのに、また落ちこませる。苦しませる。
思い出させる。
でも。
「………――――――っ」
溢れそうな言葉を止めようと、ぎゅっとキラを抱き締めた。
「…アスラン…?」
戸惑いながらも、されるままに大人しく腕の中に収まるキラ。
「…こんなに、近くにいるのにな。今は」
「え?」
思い詰めたようなアスランの声。
「俺は結局、お前の支えになってやれない」
「………アスラン…」
「ラクスにできることが、俺にはできない。…こんなことで嫉妬しても、仕方ないのはわかってるけど」
「………」
「…何も話してもらえないことがこんなに辛いなんて…思わなかった」
「………………」
しばらく、固まったように二人立ち尽くして、時間だけが流れる。
…不意に。
キラの顔がバスローブに押しつけられ、…その髪が、僅かに震えた。
「……怖い」
ぽつんと零された言葉は、蚊の鳴くような小さな小さな声。
え、と自分の胸に埋まったキラの頭を見遣ると、震えは少し、大きくなっていた。
「…キラ」
そして、やっと気付く。
彼が泣いている事に。
「…怖いんだ……」
「キ…キラ」
「何かに…飲み込まれて、しまいそうで…怖い」
「…」
押し殺した嗚咽に、言葉は途切れながら続く。
「……言わなきゃ…カガリに、伝えなきゃいけない…のは、分かってる……。…だけど…だけど…っ…」
「…」
「………君、にも」
え、と僅かにアスランが反応を返す。
「知られ…たく、ない……っ…」
「…キラ……」
「君が、そんなことで…変わるような、人じゃ、ないって…っ、わかってるけど! でもっ…こわい…!!」
―――――設計図通りに完成した、人工の新種。
完全な『コーディネイター』。
ジョージ・グレンが残した火種を継ぐモノ。
当時のブルーコスモス最大の標的であったという自分。
それが生存していると彼らに知られれば、また新たな火種となるのだろう。
自分が『それ』である事を隠し育てた両親にも、危害が及ぶのではないだろうか。
オノゴロを脱出し、避難民として保護されているであろう両親にも。
やっと、今やっと、泥沼化しているこの戦争を「相手の殲滅」以外の方法で終結させようと願う同志達が、集ったばかりだというのに。
相手を拒絶し、廃絶し、殲滅しようとして広がり続ける戦火を、消す。…その願いのもと、ナチュラルとコーディネイターが手を取り
合っている陣営に属しているのに。
その自分が、大きな火元のひとつであったなんて。
どんなに遺伝子操作を施そうと、優秀なDNAだけを選び残すべく試験管で操作された存在であろうと、ただの一人も母の胎内を経ずに
産まれ来る存在はない。
『人工子宮』から産まれた、自分以外は。
……そう反復するだけで、自分がこの世界でたった一人になってしまったような気がしてしまう。
あんな形でフレイを奪ったのに許してくれたサイ。ミリアリアも変わらぬ笑顔で自分を迎えてくれた。ディアッカも新しい仲間として
認めてくれた。一度は討ったバルトフェルドも、自分を同志と呼んでくれる。カガリは相変わらずの男勝りで、自分を叱咤激励してくれて。
マリューもこの戦争の歪みに気付き、軍属と階級を捨て、以前とは違う厳しさと今まで以上の包容力でアークエンジェルを引っ張っている。
以前自分の愛機であったストライクを得たムウは、「少佐と少尉」ではなく、今はもっと近い位置で共に戦場を走ってくれる。ラクスは
優しく癒し、そして厳しく道を照らしてくれる。
そして。
ずっとずっとわかり合えずにぶつかったアスランが、こうして隣にいてくれる。
みんなそばにいてくれる。
コーディネイターもナチュラルも、ザフトも地球軍も中立国も関係なく、『共存と平和』という同じ志の元に集い、ともにいる。
わかっている。
わかっているけど。
…わかっているのに。
理屈では払い除けることのできない深い深い闇が、足元からずぶずぶと自分を飲み込もうとしている。
「…こわい…っ、………………こわい……」
ほそぼそと繰り返すキラを、アスランは痛々しい気持ちで見守る。
何がそんなに怖いのか、それは決して打ち明けようとしてくれない。
ただ抱き締めることしかできない自分が情けなくて、情けなさすぎてどうしようもなくなってくる。
「……ラクスに話して、楽になったんじゃなかったのか」
だからつい、こんな言い方になってしまって。
口に出してから後悔したけれど、もう遅い。
「………こころ、が」
ひくっ、と喉を鳴らして、キラは懸命に答える。
「…ぐちゃぐちゃに…なってた。…いろんなこと…一度にありすぎて…、だから、でも、ラクスが受け止めて…黙って、傍に、いてくれて」
「俺だっているだろう。ここに。…キラの傍に」
「………それが…こわい」
ラクスは傍にいてくれると安らいで。
自分は傍にいると不安?
思わず腕を緩め、眉を寄せてしまうアスラン。
緩めた腕。
自由になれると、もうこの話はしたくないと告げられて、離れてしまうと思ったのに。…キラは動く気配すら見せない。
そしてやっと気付く。
バスローブにしがみつき、小さく小さく縮こまって震えるキラの姿に、やっと。
――――――彼は弱音を吐いているのだと。
溜め込んで来た言葉にならない不安を、吐露しているのだと。
強くあろうとして、ずっとずっと毅然としてきた彼が、やっと弱い自分を解放させているのだと。
ラクスの前ではなく、今は………自分の前で。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
………。
このタイミングでここUPするのすごい嫌でした。まだ49話のことが自分の中で整理できてないというか、まだ凹み続行中なので…
しかもサントラ3の曲タイトルの不吉なこと不吉なこと…そんで予告があれでしょう…?
こんな状態で来週まで引っ張ろうっていうんかい…どないせえっちゅうねん…。
て感じなもので…はい。
相変わらずアスランがヘタレてるとことかすっ飛ばして、そっちで勝手にブルーになってました。…私って馬鹿? いや確かに
頭はよろしくないけれど。