++「かげろう」1++

かげろう
(1)












「…あ」
「ん? あ」
 お互いに。

 この時間この場所に自分以外の誰かがいるとは、思っていなかった。






「…………………座れば?」
「あ、…は、はい」
 立ち尽くしてしまったキラに、先に声をかけたのはディアッカ。
 我に返ったキラは、少し戸惑った様子は見せたものの、申し出を拒絶して立ち去ることはせず、大人しくディアッカの隣に座った。 子供一人分くらいの、間を空けて。


 目前に広がるのは、広大な宇宙。


 彼は何故、エターナルの展望室にいるのだろう。
 アークエンジェルにいたはずじゃなかったのか。

 こいつは何故、こんな夜中にこんなところに来たんだろう。
 ずっとすれ違っていたアスランと和解して、同室になったと聞いたのに。


 お互い、そう思ってはいたが、口には出さず、ただそこに座っていた。





「……………僕、そろそろ戻ります」
 先にそう言って立ちあがったのは、キラ。
「あなたは、……えっと……あれ?」
 きょとん、と首を傾げてしまう。その様子を見たディアッカは、思わずプッと小さく笑ってしまった。
「?」
「ああ、悪い悪い。なーんかお前、小動物みたいだよな」
「は? 小動物…ですか?」
「そ。ネズミとか、ハムスターとか、インコとか」
「ね、鼠……ですか…」
「そうそう。とてもあのストライクのパイロットだったとは思えねェよ」
 ぎく、と。キラの動きが固まる。
 いや、びくっと震えた、のほうが正しいかもしれない。
 それを見逃すディアッカではなかった。
「……えーっと…なんつったっけ。キラ?」
「あ、はい。キラ・ヤマトです。あなたは?」
「ディアッカ・エルスマン。ディアッカでいいぜ」
「えと…ディアッカ」
 ああと頷く代わりに、ぽんぽんとさっきまでキラが座っていた場所を手で叩く。
 話をするなら座れ、ということだろう。
「……」
 キラは少し逡巡した様子だったが、やがて大人しく、その場所に再び腰を下ろした。

「…ディアッカは…バスターのパイロット、なんですよね」
「ああ」
「…………………僕が…憎い、ですか?」
「はァ?」
 おもいっきり胡乱なものをみる顔で、ハの字にした眉の間にシワが寄る。
 だが、キラはどこか思い詰めた表情で、俯いている。
「……何。アスランともめた? お前ら和解したんじゃなかったのかよ」
「いえ。……………………僕が」
 あのアスランが執着するのも無理はないな、とディアッカにして思わせた、美しい少女。キラは、思いも寄らぬ言葉を口にした。


 僕が、アスランを殺しそうになったんです、――――――――と。







 お二人は同室でよろしいですわよね、と。
 『ピンクの歌姫』から、『聖女にして指揮官』へと転身を果たした―――いや、恐らくこちらが隠し持っていた本質だったのだろう ―――ラクスが、にっこりと微笑んで当たり前のように言い放った。

「ちょ、ちょ、ちょっと待って、それはちょっと…」
「あら、どうしてですの?」
「どうしてですの、って…!!」
 まがりなりにもうら若き男と女。いくらアスランとラクスが婚約を解消したからといって、恋人同士でもない自分達が同室というのは 問題だろう。
 そう、まだ恋人どころか、…未だにこの秘めた想いを告げてすらいないのに。
「俺は、構わないが」
「はあっ!? ちょっと、アスランまで変なこと言い出さないでよ!!」
 しれっと当然のようにラクスに同意したアスランに食って掛かるキラだったが。
「そのほうが、沢山話ができる。…時間を補うのに必要なのも、時間だと思うから。今のキラと、近い距離にいたいんだ。それに、 三年前までお互いの部屋に泊まり合ったりしてたんだから、今更だろ」
「そういう問題じゃ…!!」
「いいえ。わたくしも同感ですわ。失われた時間を補うには、共に過ごす時間が必要だと」
 お話なさっては如何ですか。お友達とも。
 ラクスがプラントでアスランに投げかけたのと同じ言葉を、今度はキラが受ける番だった。
 エターナルはフリーダムとジャスティスの専用運用艦。ラクスはひょっとして、こうなることをも見越していたんじゃないだろうか。

 結局キラが折れて、二人の同室は決定された。

 でも。
 いざ部屋に入って二人になると、今度は何から話せばいいのかわからなくて。
 結局、怪我の具合を尋ねたり、これからのことを少し相談しただけで、今日は眠りにつくことにした。アスランの体を回復させるため にも、キラの体調管理のためにも。


 まだ、アークエンジェルとクサナギの二艦だけだった頃は。
 二人は別の部屋を使っていた。
 だから、こんなに意識したことはなかった。

 むく、と起き上がるキラ。
 隣のベッドでは、アスランがもうすやすやと寝息をたてていた。
 知ってる。彼は案外寝つきがいいんだ。そのかわり眠りは浅いから、小さな物音でもすぐに起きてしまうけれど。…いや、眠りの浅い 深いではなく、単に警戒心の差か。

 変わってない。
 ……変わっていないなら、すぐに飛び起きて。
 こんなに殺気を飛ばしている僕を打ち倒して、叩きのめして。
 二度と君にこんな衝動を抱くことがないくらいに。



 小さな小さな平和の灯火を、祈るような気持ちでこの手に携え、宇宙へ上がってきた。
 討つから討たれ、討たれたからまた討ち。その輪廻を立ち切るために戦うのだと、心に決めた。
 アスランにそう言ったのは、他ならぬ自分だ。

 自分はブリッツのパイロットを知らない。彼個人を殺したくて殺したのではない。同じようにアスランもトールを知らない。トール 個人を殺したくて殺したのではない。
 敵だから。
 戦争というシステムに組み込まれて、敵を討てというルールに従わなければならなかっただけ。
 殺したくなんか、ないはずなのに。
 奪われた命に悲しむ人が、憤る人がいることを、自分達は知っているはずなのに。
 なのに、その『殺す』という行為に対し、キラは仲間達から賞賛され、アスランは勲章を授与された。
 相手が敵だったから、というだけで。戦争だから、という理由で。…人の命を奪うことが正当化されるなんて。

 絶対に、間違っている。

 こんなことを繰り返しているから戦争は終わらない。
 それはとてもとても難しく、とてもとても厳しいことだけれど。
 それでも乗り越えなければ、いつまでたってもメビウスの輪の中から逃れられない。
 果てしないその先に待っているのは、恐らく、破滅。

 そうなる前に憎しみの輪を絶ち切る為に、今の僕達がある。






 わかっているのに。

 痛いほどわかっているのに。

 心は勝手に悲鳴を上げて、どす黒い衝動を体内に駆け巡らせる。

 君がトールを殺した。
 君がトールを殺した。
 返せ。返せ! 返せ!! 返せ!!!
 大事な友達を、ずっとずっと一緒にいてくれた友達を、よくも!!!
 君がトールを殺さなければミリアリアが泣くこともなかった!!!



 …それは自分も同じなのに。


 ゆっくりと、アスランの無防備な首筋へのばされる指先。

「――――――――――っ」

 震える指先を無理矢理握り締めて、キラは逃げるように部屋を出た。




 ……起きていたアスランが、冷たい瞳で出て行った扉を見詰めていたことも知らずに。



 それ以来キラは、自室で眠ることができなくなってしまった。
 行く先は結局、昔と同じ場所。ただ、以前はストライクだったのが、今はフリーダムに変わっただけ。
 この頃は普段からアスランのことを避け気味になり、ラクスとも、できるだけ顔を合わせないようにしている。ラクスは恐ろしく 勘がいい。きっと何か見抜かれてしまう。
 クライン派の旗印であり、事実上三艦の陣頭指揮を執る立場となったラクスに、余計な心配や気遣いをさせたくはなかった。

 自然、神経は疲弊してくる。
 安らぎを求めて、ふらりと展望室へ立ち寄った。
 そうしたらそこに先客が、……ディアッカがいた。





 そういったことを話し終えると、ディアッカは小さく息を吐き、真剣な表情で宇宙を睨んで腕を組んだ。
「………んで。それを、たまたまここにいたオレに告白して、どうしようっての」
「…………………」
 実際には立ち去ろうとしたキラをディアッカが引き留めた形になるのだが。
 しかし、ディアッカはそれを敢えて無視して意地悪な尋ね方をしたし、キラもそれを分かっていていたが、反論する気にはならなかった。
「ニコルの仇だっつって、殴りかかってほしいわけ」
「…ニコルさん、っていうんですか。ブリッツの…」
「ああ。ニコル・アマルフィ」
 …ニコル・アマルフィ…。
 キラはその名前を口に出さずに反芻する。
 確かにあの時、アスランが叫んでいた名だ。
「ピアノが上手くて、まだ十五で、軍人のくせに優しくて。それでもプラントを守るために銃を取ったんだ。あいつは」
 淡々と語っているように聞こえるが、彼特有の照れ隠しだろう。言葉の端々に、ちゃんと仲間を思う気持ちが込められていることがわかる。
「それを、お前が殺した」
 そう。アスランがトールを奪ったように、自分もまた、その人をアスランから奪った。ディアッカからも。家族からも。彼を愛する 全ての人から、奪い去った。
「確かにオレにもお前を憎む理由はあるよな」
 すっと腕を解いたディアッカに、きゅっと唇を引き結んで、頷く。
「ふざけんなよ」
 伸ばされる、腕。


「…………お前、方向間違えまくってるっての」
 優しい。
 いや、呆れているのかもしれない。
 延ばされた腕は頭の後ろと肩の後ろへ回されて、そのまま、ディアッカの肩口に顔を押し付けられてしまう。
「一緒に探そうって言ったの、お前だろ。言い出した肝心のお前がそんなで、これからどうすんだよ」
 ぽんぽん、ぽんぽん、と子供をあやすように背中を叩かれて。
「お前、一人で溜め込み過ぎ。つーか、そういうこともひっくるめて話しやすいようにって、歌姫様が同室にしてくれたんじゃないの?」
「…………………」
 硬直してしまうキラの肩に、そっと手を置く。
「折角こうやって、話し合える時間できたんだからさ。一人でグルグルしてないで、ちゃんとアスランと話しろよな」
「……………」
「おーい。返事は?」
 布の擦れる音が微かに響いて、キラの頭が僅かに上下に動いた。
「…」
 じわっと胸元に広がった染みに、一瞬息を飲んでしまった。
 もう一度、優しく頭を撫でる。
「勘弁してくれよ。こんなとこアスランに見られたらオレぶん殴られるっつーの」
 苦情を訴えてくるけれど、本気のものじゃないとわかる。



「…優しいんだね。ディアッカも」
「違う違う。唯我独尊な王様の傍にいたから、世話焼きが板についてるだけ」
 クス、と微笑してしまう。
 冗談めかして言っているけど、その『王様』と揶揄した人のことを大事に思っていることが伝わってきたから。
 やっぱり、ディアッカも優しい人だ。
「………ミリィのこと……お願いします」
「…。ま、できる限りはな」
 案外あっさりした返答に、え、とキラが顔を上げる。
 涙で潤んだ瞳ときょとんとした顔は、凶悪なくらい魅力的で。一瞬ディアッカは激しくアスランを羨んでしまったのだが。
 小さく苦笑して、息を吐きながら天井を見上げる。
「死んじまったヤツの代わりなんて、いねェだろ」

 はっ、と息を飲むキラ。
 そうだ。自分にとってだって、トールの代わりなんていやしないのに。
 恋人だったミリアリアにとっては、もっと。

「ミリアリアの中でさ。オレっていう存在がどんだけ大きくなれるか、ってとこだと思うんだよな」
「…うん」
「代わりにはなれねェけど、また、違う意味でさ。……って、おい! 何言わすんだよ!」
 我に返って抗議するディアッカに、ぷっと吹いてしまうキラ。
「す、すみません」
「ったく」
 クスクス笑うキラと、まいったとばかりに優しく苦笑するディアッカ。

「……キツいだろうけどさ。言わなきゃ伝わんないことのほうが多いんだから、ちゃんと話せよ。アスランと」
「はい。そうします。…ありがとう」
 いいから、とひらひら手を振るディアッカ。
 キラはぺこりと頭を下げて、展望室から出て行った。
 やってきたときとは違う、少しすっきりした顔で。
 もっとも、泣いたせいで少し瞼は腫れていたけれど。



「……………言わなきゃ伝わんないことのほうが多い、か…………」
 ぽつりと呟いて、頭の後ろで手を組み、背もたれに体を預ける。
 見慣れた光景のはずの宇宙が、妙に遠く見えるような錯覚。

 ――――お前と話せる時って、いつになるんだろうな。イザーク。

 早過ぎる理不尽なニコルの死に自分達が怒りを燃やしたように、突然突き付けられた理不尽な恋人の死に怒り我を忘れ、しかしそれでも 許そうと懸命に努力する少女がいる。
 喪失に心が痛むのは、コーディネイターもナチュラルも同じ。
 自分達は別々の違う動物ではない。同じ『人間』なのだ。
 ……今なら歌姫のこの言葉を、抵抗も違和感もなく受け入れられる。

 イザーク。お前にも知ってほしい。そして、お前がどう思ったか、聞かせてほしい。

 話が、したい。





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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
 とりあえずまずはほのぼの編から。
 ちなみに、最初はただアスキラのえろが書きたかっただけというのは内緒。(こんなとこで言ってるあたり全然内緒でもなんでもあら へんわい)
 そこになんでディアキラがくっついてきたのかは、……………謎。(@v@;)
 ディアキラといっても、『ほのぼのディアキラ雰囲気』ですから、厳密にはちょっと違うかもしれません。知り合ってすぐ急速に距離の 縮んだ友達、かな。あくまでディアミリが前提だし。