++「かげろう」2++

かげろう
(2)








「しばらくはこの小惑星群に身を潜め、それから新たな補給路を拓きましょう。潜伏先には、まだいくつか用意があります」
 ブリッジに戻ってきたラクスは、バルトフェルド、キサカ、マリュー、そしてアスランとカガリに、そう指示を伝えた。
「ヴェサリウスはザフトの重要主力艦の一つです。率いているクルーゼ隊長が無事とはいえ、体勢を立て直すにはまだしばらくかかる はずです。当面の問題はむしろ、地球軍の出方であると言えるでしょう」
「彼女の言っていた、『鍵』…。一体何だったのか、気になるわね」
 通信越しのマリューの呟きに、キサカやバルトフェルドも頷く。
「両者の出方を、しばらく見守るしかないでしょうな。その間にこちらもダメージを回復させねば」
「同感だな。できれば事態が急変する前に先手を打ちたいところだが、現状では難しいだろう」
「何にせよ、今のわたくし達には圧倒的に情報が足りません。まずはプラントの同志からの補給と情報を待ちましょう」

 ラクスがそう場をまとめて、一旦解散となった。




「バルトフェルド艦長、しばらくお願いしてもよろしいですか」
「勿論ですとも、総艦長」
 独特の笑みでそう切り返してくる。クスと微笑んで、では、とブリッジを出ていくラクス。
「あ、ま、待てよ!」
 カガリがその後を追い、アスランが更にその後を追った。


「ラクス!」
「はい?」
 移動用磁場レールから手を離し振り返ると、二人も同じようにレールから手を離す。
「あ、あのさ。キラ…様子、どうだった?」
 潤んだ瞳で心配そうに尋ねてくる。あんまりキラにそっくりで、やはり双子なんだな、と感心してしまった。
「…しばらくは、ゆっくりとさせてあげたほうがよろしいですわね」
「それはわかってる! だから、そうじゃなくて…。あたしの顔見るのも、まだきついのか」
「カガリ」
「そういう意味じゃないってば!! なんだよ、あたしがキラのこと心配しちゃいけないのかよ!!」
 アスランに後ろから肩を引かれ、乱暴にそれを振り払いながら逆ギレしてしまうカガリ。
「では、少し待っていて下さい。わたくしが先に行って、様子を見て参りますわ」
「うん。頼む」
 ふわり、とピンク色の髪の毛が揺れて、キラの眠る部屋を目指して去っていく。
 はぁ、とため息をついて、カガリは壁に背を預けた。


「なあ、アスラン」
「なんだ」
「キラって、ちっちゃい時どんな子だったんだ?」
「…随分と唐突だな」
「いいじゃないか、ケチケチしないで教えろよ」
 噛みついてくるカガリに、小さく微笑するアスラン。
 そうやって唇を尖らせていると、まるでキラがそこにいるみたいだ。
「ていうか、そもそもお前ら最近ちゃんと話してんのか? あんまり二人でいるとこ見ないけど」
「…お前な…自分で話を振っておいて、あっさり切るなよ」
「男がいちいち細かいこと気にするな!」
 いや、そういうのは男も女もないだろうと思ったが、どうせこのお姫様には反論するだけ無駄というもの。
「付き合ってたんだろ?」
「………」
 当たり前のように続けられた言葉に、一瞬顔が強張る。
「……………え? な、何だよそのリアクション」
「……付き合ってなんかない」
「は!?」
 険悪な声に、カガリのほうが眉間に皺を寄せてしまう。
「嘘だろ?」
「なんで嘘なんかつかなきゃならない」
「だってお前、……あの時」

 あの、キラを殺したと泣いたとき。


『キラを…知ってるのか!?』
『………ああ………知ってるよ。…小さいころからずっと一緒で……仲よかったよ…。…ずっと…好きだった………あいつのことが…… あいつだけを…ずっと……………』
『な…っ……!! それで、なんで!! なんでお前がキラを殺すんだよ!!!』
『……わからない……………わからないさ!!! 俺にも!! 別れて、次に逢った時には敵だったんだ!!』


「別れ……って、そういう意味で言ったんじゃない。…多分」
「何だよ多分って」
「正直あの時のことはよく覚えていないんだ」
 ぶっきらぼうに言って、そっぽを向く。

 キラをこの手にかけた。キラという存在はもうこの世から喪われた。自分が、この手で消した。…殺した。………そのことだけで頭も 心もいっぱいで、カガリと何を話したかなんていう詳細は覚えていない。ただ、キラは守りたいもののために戦っただけなのに、 なんで恋人のお前に殺されなきゃならない、と叫ばれたことだけは、鮮明に覚えている。
 ―――他の誰にも譲らない。キラを殺すのはこの俺だ。
 そう心に誓って、ニコルの仇を取った。しかし、カガリは真逆のことを叫んだ。あんなに優しいキラが、どうして恋人に討たれるなんて むごい殺され方で死ななきゃならない、と。
 ショックだった。
 キラをそんなふうに死なせた自分の仕打ちも、優しいキラが優しいニコルを殺したことも、自分達が敵同士であることも、離れ離れに なったことも、なにもかもがゴチャゴチャになって、ただひたすらに涙を流すしかできなくて。


「……それもそっか…。お前、完全に呆けてたもんな」
「……」
「けどなんで付き合ってなかったんだ?」
 がく、と首をうなだれてしまいそうになる。
 …そこに話が戻るのか、そこに…。
「なんで、って…お前な…」
「ずっと好きだったんだろ?」
「ああ。好きだったよ。キラのこと」
「じゃ、なんで。ていうか、今からでも遅くないだろ。ラクスとの婚約は取り消しになっちゃったんだし、折角こうやって一緒にいられる んだし、告白すればいいじゃないか」
「…とてもそんな気にはなれない」
 うんざりとため息混じりに言うアスランに、カガリは思いっきり険悪な顔を向ける。
「なんだよ、それ」
「…なんでそこでお前が怒るんだ」
「当たり前だ! お前、好きだったってはっきり」
「だった。過去形だ。ちゃんと聞け」
「………っ、はぁっ!?」
 更に眉を吊り上げて、わなわなと拳が震え出す。
「だから、なんでそこでお前が怒るんだ」
「怒るだろっ、普通!! ふざけてるのかお前!!」
「ふざざけてなんかない」
「じゃあ何なんだ!!」
 アスランの胸元を掴んで、至近距離から睨みつけるカガリ。
 だが彼は動じるどころか鋭い視線で睨み返してくる。
 そして、きっぱりと告げた。
「…もう好きなんて簡単な言葉じゃ済まない」
「え……それじゃ」
 力の緩んだカガリの手を引き剥がし、すっと視線を逸らす。キラと同じ顔にこんなことを告白するだけでも複雑な気分だというのに、 カガリには悪いがこれ以上直視していられなかった。
「……自分の気持ちを抑えてるだけで精一杯なんだ。もし今キラに、………」
 言い澱んで、視線だけでなく顔も逸らす。
 煮え切らないアスランの態度に、カガリはイラッと彼の肩を揺さぶった。
「お前! バカじゃないのか!? 気持ちを抑える必要なんかないだろ! それとも気まずくなるのが嫌なのか!? それなら友達のまま でいられるほうがいいって!?」
 はぁ、ともう一度うんざりしたため息をこぼして、ぐしゃっと前髪を乱す。
 その手の影で、表情を隠したかったのかもしれない。
「………俺は、お前やラクスにも嫉妬してるんだ」
「はぁ??」
「…っ、双子っていう絶対的な絆があるお前にも!! いつの間にかキラと信頼関係を築いてたラクスにまで、嫉妬してるんだ俺は!!」
 吐き出すように怒鳴ったアスランに、思わず怪訝な目を向けてしまう。
「…あのな…あたしもラクスも、キラと同じ女だぞ…? わかってんのか? お前」
「わかってる!! わかっていても仕方ないんだ! そのくらい異常なんだ、今の俺のキラへの想いはっ」
「異常、って」
「相手が男でも女でも、キラと一緒にいるってだけで本気で撃ち殺してやりたくなる」
「……………」
 こいつ眼がマジだ。
 思わずカガリはごくりと生唾を飲み込んでしまう。
 そうすると、ひょっとして自分も背後から銃を向けられそうになっていたんだろうか。
「……だ、だったら余計、ちゃんと恋人になったほうが安心するんじゃないのか?」
「無理だ」
「なんで!」
「断られても受け入れられても、きっと俺はキラを縛り付ける」
「…………………」
 末期だ。
 カガリはもはや開いた口がふさがらない。
 だが、それでも異常だと自分で自分を冷静に観察しているあたり、まだマシと言えるだろう。





 がんじがらめに縛り付けて、自分だけのものに。
 その瞳にはもうほかの何も映さないように。

 同室になった日、キラが部屋を出て行ってくれて、正直ホッとした。
 キラが去っていくのがもう少し遅ければ、抑えきれていた自信はない。
 伸ばされてきた手が、何を思っていたのかなんて、知らない。ただその手を掴んで、引き寄せて、胸の中へ抱き込んで。それから 柔らかい髪を撫でて、唇を奪って、…そのまま。
 いつ戦闘になるかわからないような状況下でなければ、きっと毎日でも抱き潰してしまうだろう。
 手に入れたい。心も、体も、なにもかも。
 愛情も、微笑んだ顔も、ちょっと拗ねた仕草も、怒りや憎しみさえも。
 まだ誰にも聴かせたことのない、組み敷かれて上げる高い声も。まだ誰も感じたことのない、熱に浮かされた吐息も、
 俺だけに見せて。俺だけに向けて。唯一俺だけに。

 キラが欲しい。
 キラだけが欲し過ぎて、気が狂ってしまいそう。

 あいつがあのポッドを追って無茶をした時には、いっそポッドを撃ち落としてしまおうかと一瞬照準を合わせそうになった。
 戻って気を失ってしまった時、本当なら俺が傍にいてやりたかった。でもあの時は、俺がカガリを連れ出さないと、 どうにもならなかっただろうから。悔しくて悔しくて仕方がないけれど、あの時はラクスでなければならなかったと思うから。
 ……それがまた、尚更ラクスへの嫉妬を増幅させてしまったのだが。






 ラクスのことを思い返したところで、ふと気付き顔を上げた。
「……そういえば、ラクスは遅いな」
「あ」
 はた、とカガリもこちらを振り返る。
「…何かあったのかな」
「行ってみよう」
 返事を待たず、磁場レールに手をそえた。



「…………っ……う………ぁっ」
 穏やかに眠っていた筈だったのに、いつのまにか彼女は悪夢に魘されていた。

『君はこの世で唯一の、最高のコーディネイターなのだよ』
『知れば誰もが望むだろう。君のようになりたいと。君のようでありたいと!』
『一卵性双生児だよ。そう、君とあのオーブの獅子の姫君はね』
『人工子宮からの摘出時期を計るために彼女は母の胎内に残された。そして君だけがコーディネイトを施され、選ばれし存在になった』
『取り出されたのが君でなければ、アスランと知り合うことも、親友と殺し合うこともなかったかもしれないな。怨むなら君の父親を 怨むがいい。ユーレン・ヒビキ。人類の業を加速させた男を!!』


「ぁっ!!!」
 びくん、と痙攣のように引き攣る体。
 短く荒い息。見開かれた眼。

 あまりにも。
 一度にあまりにも沢山のことを突き付けられて。
 抱えきれない。
 押し潰されてしまう。
 そんな場合じゃないのに。
 僕が守っていかなくちゃいけないのに。

『キラ!! 私…っ』
 ―――――守れなかったくせに。

「………ぁぁぁ……………っ……」

 フレイの縋るような声と。
 クルーゼの叫びと。
 カガリの笑顔と。
 仮面の下に隠されていた、あの顔と。
 果てない戦場の光景と。
 研究所に残されていた資料と。
 未だデータを採取され続けている人工子宮のポッドと。
 共に戦うと頷いてくれたアスランと。
 初めて出会った時のカガリと。
 トリィをくれた時のアスランと。
 いろいろな光景と、いろいろな声と、いろいろな意識が。
 ぐちゃぐちゃにもつれて。


 それでも時間が経てば呼吸が落ち着いてきて、キラは抱え込んでいた頭を離し、部屋を見回した。
 広いとはお世辞にも言えない二人部屋。
 けれど、そこには誰もいない。
 同室のはずのアスランもいない。

 ひとりだけ。
 ここにはひとりだけ。

 世界に、ただひとりだけ。

「……………や…だ………………」

 ふらり、と。




 混乱したまま、キラは部屋を出た。



 何も考えられなかった。ただ、あの部屋に一人きりでいることが耐えられなかった。

『君はこの世で唯独りの、最高のコーディネイター』

 あの声が、追ってくる。

『たった一人の選ばれた存在なのだよ』

 違う! 違う! 違う! 僕は一人じゃない!!

『君はこの世で唯独りの存在』
『たった一人』
『一人』
『独り』
『独り』


 違う!!!



「けどなんで付き合ってなかったんだ?」
 目の前のT字路を左へ行けばブリッジへ出られる通路で、不意にカガリの声が飛び込んできた。はっ、と思わず壁に手をついて止まるキラ。
 ふらふらとさまよっているうち、無意識にブリッジへと向かっていたらしい。
「なんで、って…お前な…」
 呆れたようなアスランの声。
 盗み聞きするつもりなんて無かったけれど、なんだか出て行けない雰囲気を感じて、そのままそこに留まってしまう。
 誰かいて、と。無心に他人を求めていたはずなのに、何故か二人の間に入っていけなくて。
「ずっと好きだったんだろ?」
「ああ。好きだったよ。キラのこと」
 どきっ、と心臓が鳴った。
 恋心が反応したからじゃない。
 その、さらりと流すようなアスランの言い方に、不安が反応した。
「じゃ、なんで。ていうか、今からでも遅くないだろ。ラクスとの婚約は取り消しになっちゃったんだし、折角こうやって一緒にいられる んだし、告白すればいいじゃないか」
「…とてもそんな気にはなれない」
 このままここにいちゃいけない。先を聞いちゃいけない。
 うんざりとため息混じりに言うアスランの様子に、頭のどこかがそう警鐘を鳴らすのに。
 動けない。
「なんだよ、それ」
「…なんでそこでお前が怒るんだ」
「当たり前だ! お前、好きだったってはっきり」
「だった。過去形だ。ちゃんと聞け」

 切り捨てるように。
 書き損じの紙を丸めてゴミ箱へ投げるように。
 アスランは、はっきりと言った。



 気が付けば、あんなに動かなかった体が嘘のように、すぐその場から立ち去っていた。





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 黄金パターンの誤解ネタですみません。もうひたすらそれだけです。
 どうやらえろだけでなくすれ違いアスキラにも餓えていた模様です。