++「かげろう」10++

かげろう
(10)








 部屋に戻ってみたが、アスランはいなかった。
「…あれ…」
 ジャスティスの整備がまだ終わっていないのだろうか。だとしたら、ドッグということになるが…工員達の目のあるところで告白なんて、 とてもじゃないけどできない。
 告白。
 一人部屋に落ち着いた途端、双肩に乗せられたカガリとの約束がズシッと重みを増した。

 今更好きだなんて言って、何か変わるんだろうか。
 欲望を満たす丁度いい相手だと思っていたのに扱いにくくなった、と捨てられてしまうのではないだろうか。…ああ、けれど、そうなる ならそれでもいいのかもしれない。体だけ無理に暴かれる夜から解放されると言えば、確かにその通りなのだから。
 はっきりと諦めることもできる。
 ずっとずっと昔から一緒だったアスランと、今度こそ決別する事になってしまうかもしれないけれど。

『キラ! お前も一緒に来い!!』

 今度こそ決別、という言葉に胸が痛んだ瞬間、アスランの声が不意に甦った。

『コーディネイターのお前が、何故地球軍にいる!?』
『キラ!』
『キラ!! お前がニコルを殺した!!!』

 次々と甦るアスランの声。そして、深まってゆく違和感。
 地球軍とザフト。敵対する別の陣営に属した時だって、彼はずっと自分の名を呼び続けた。MSで銃を向け合った時も、ビームソードで 切り結んだ時も、自分が彼の仲間を殺めた時だって、アスランはずっと自分の名を呼び続けて来た。
 今度こそ、決別。…今度こそ?
 今までだって彼とは決別なんてしていなかった。
 敵対こそしていたが、それでも彼と言葉を交わしてきた。敵対していたからこそ、相手に自分の思いを分かってもらおうと、叫び続けてきた。 本当に決別していたなら、お互いの友達を殺し合うなんて悲劇が起こる前に、もっと早い段階でとっくに本気の殺し合いを演じていたはずだ。
 突然あんな強引なことをしたアスラン。こちらの気持ちも構わず体を奪ったアスラン。…ずっとずっと、自分を呼び続けて来たアスラン。 そして、これから自分を捨ててしまう、アスラン?
 全部同じアスランなのに、どこかかみ合わない。
 自分はやはり、何か見落としているんじゃないだろうか。アスランが気持ちの変化を起こすような、重要な何かを。カガリはそれに 気付いていて、熱心に自分に告白を勧めたのではないだろうか。
 ―――――それが、カガリの言う、「魂飛ぶくらい凄いこと」なのだろうか。


 突然、シュン、と扉が開いた。
「!」
 びくっと顔を上げると、そこにはアスランの姿。
「キラ…!」
 息を切らせて駆け込んだ。そんな雰囲気で部屋に入り、閉じた扉にロックを施す。ここが無重力でなければ、きっと上がった息を整え、 酷使した足を休ませるために一息入れるところだろう。
 だがエターナルの居住区には、アークエンジェルのような重力設定はない。アスランはそのまま、戸惑っているキラの真ん前へと歩み 寄った。
「あ…の、アスラン、………僕………」
 カガリと約束はしたものの…といっても彼女が一方的に押しつけたようなものだが、それでもアスラン本人が現れたことで告白の二文字が リアルにつき付けられた気分になり、彼の顔を直視できずに足元で視線をさまよわせてしまうキラ。
「………え…っと………その………話、が……………」
 だが、一体何をどう切り出せばいいのかわからず、足元でさまよう視線はそのままその場所でさまよい続け、伏せてしまった顔を上げる きっかけすら掴めない。
 そんなキラの様子に、アスランの胸がずきりと鈍く痛んだ。

 やつれた顔に戸惑いを乗せ、自分の前で緊張して体を強張らせる。…キラをこんなに追い詰めたのは、自分だ。
 そう思うと、言葉よりも先に体が動いた。

 ふわり、と今までとは違うやり方で、キラの体をそっと抱き締める。それは、包む、という表現のほうが近い。
 腕の中で、キラの体がぎくりと震えたのがわかる。
 …だめだ。愛にまかせて力を込めては、壊れてしまう。
 全力で抱き締めたい衝動を抑え、アスランは割れ物を扱うように、そっと、優しくキラの背中を撫でる。
「……………ア…アスラン………?」
 戸惑うキラの声が強張る。
 けれど、振り解こうとする様子はない。こちらを探るように目を上げようとして、けれど迷って、上げられずに視線を落とす。


 伝えなければ。
 キラが誤解していること。自分が誤解してしまったこと。そして、今までの酷い仕打ちを謝って、素直な気持ちを伝えなければ。
 そう思って、キラの背中を撫でながら言葉を捜すけれど、一体どう切り出せばいいのだろう。とりとめもなく単語が頭上を飛び回るけれど、 どれも何か違う感じがして言い出せない。まずは彼女の緊張をほぐす、そんな気の利いたセリフのひとつも言えればいいのかもしれないが、 残念ながらそういった語彙は持ち合わせていない。
 もどかしさに、思わずキラの頬に自分の頬を寄せ、触れてしまった。怖がられるかと思ったが、彼女はむしろ戸惑いのほうが先に立つのか、 気遣わしげにこちらの様子を伺う。





 一体どのくらいの時間、そうして二人、言葉を探せないまま寄り添っていただろう。
 不意にゆっくり、そうろとキラの手が動き始めた。
 恐る恐るといった様子で、アスランの背中へ回されてゆく。

 キラの手のぬくもりが、背中に触れた。

「―――――………」
 ゆっくりと顔を上げて、そっとキラと目を合わせる。
 少し不安そうなアメジストの瞳には、同じように不安そうな自分の顔が映っていた。

 微笑んでほしい。キラには笑っていてほしい。
 湧き上がる強い想いに、自然と微笑みが浮かぶ。

 大きな瞳が揺れて、そして、蕾が花開くように、微笑んだ。







 もう、言葉はいらなかった。
 どちらからともなく唇を重ねる。

 それは、奪うためでも、束縛するためでもない。愛しさを伝え合い、慈しみを与え合う、優しいキス。

 これはスタートの合図。
 新しい二人の、スタートの合図だ。



「そりゃあね。私は、キラが元気になってくれたんなら、それでいいんだけど。基本的には」
 休憩の間エターナルへ遊びに来たミリアリアは、ちゅるるる、とストローから勢いよくドリンクを吸い込むと、ぷはっと唇を離して口を 開いた。
「顔色も良くなったし、ヘンな痩せ方してた体も元に戻ってきたし、よく笑うようになったし」
「良かったよな。ほんと」
 遥か眼下のキラの姿を目で追いながらミリアリアの言葉に頷き、カガリは心底ほっとしたように微笑む。
「良かったわよ。うん。確かに良かったわよ。だ・け・ど!!」
 勢い良く振り下ろされた拳は、しかしコツッと軽い音を微かに響かせるに留まった。キャットウォークの手すりにドリンクカップが当たった だけでは、大した音にはならない。
「あの人、結局ちゃんとキラに謝ったわけ!? そこんとこハッキリしてもらわなくちゃ、こっちの気が収まんないわよ!」
「まぁまぁまぁ。結果オーライって言うんだしさァ。あ、ほら、キラがこっち見てるぜ」
 ひらひらと下へ手を振るディアッカ。ミリアリアはムッとして、容赦なく彼の脇腹へ肘鉄を繰り出した。
「うぐっ………」
「ほんっと、あんたって暢気で羨ましいわ!」
 恨めしげな視線を向けるディアッカを、ぷいっとそっぽを向いて切り捨てると、眼下へ顔を向ける。確かにキラはこちらを見上げていて、 手を振りながらクスクス笑っていた。
 身を乗り出す勢いで、カガリが手を振り返す。ミリアリアも負けじと手を振ると、キラはますますの笑顔になって、大きく手を振ってくれる。
 そこへ、隣のハンガーからキラに歩み寄ってきたアスランが視界に飛び込む。彼はキラの視線を追ってこちらを見上げた。
 視線の先に揃っていた面子に、少し気まずい様子で会釈を返して、手元のボードをキラに示し、なにやら話し始める。視線を合わせ、 時には微笑みを交えながら、寄り添って。
「お〜お〜。見せつけてくれちゃって」
「これが『ちょーラブラブ』ってやつだな、うん。良かった良かった」
「ちょー、って…。あんた一国のお姫様だろ? どこでそんな言葉覚えてくるわけ?」
「えっ? 違ったか? それじゃ、えーっと、あれだ。マジ恋!」
「いや、だからそうじゃなくてさ…」
「………まったくもう、みんな暢気なんだから…」
 まだ少し納得いかない様子のミリアリアだったが、しかし結局は、微笑んで二人を見守ったのだった。



「キラ」
 整備調整を終えて部屋に戻った二人。呼ばれて振り返ったキラは、アスランの神妙な面持ちに少し驚き、首を傾げた。
「……………なにも………。…なにも、聞かないのか?」
「…えっ?」

 あの日の言葉なき和解以来、二人は穏やかに寄り添っている。情勢は未だ、地球軍・ザフト共に睨み合いが続いており、膠着状態。 フリーダムもジャスティスも万全の状態でスタンバイはしているものの、「出撃の可能性はしばらくないだろう」というのが各艦長の 共通した見通しだった。
 キラは、二人の間が最悪だった時のことを、なにも聞かない。
 それを逃げ口上にして、アスランはなにも言い出さない。
 けれど、いつまでもこのままでは、けじめがつかない。ずるずるとキラに甘えるだけになってしまう。恋人として彼女の隣に寄り添うのなら、 赦しを与えられてからでなければならないはずだ。
 そう思い切って、彼は自分から、あの時のことを尋ねた。

 どんな追求にも応え、どんな非難も受け止める覚悟だった。けれどキラは、きょとんとしてしばし固まったあと、クスッと小さく笑って 肩を竦める。
「必要ないでしょ。もう」
「え……」
 戸惑うアスランの手を取って、そっと自分の両手で包む。
「言葉がなくても、伝わるものはあるよ」


 あなたを愛している。
 あなたに愛されている。

 思いを伝えるのに、時間と言葉を多く必要とすることもある。どんなに言葉を重ねても分かってもらえす、焦れて力に訴えてしまうこともある。
 けれど。
 瞳を交わす。手と手を重ねる。微笑み合う。…たったそれだけのことで伝わることもある。
 相手と想いが通じているのだと確信できる、そんな瞬間は決して少なくない。
 だから、今の二人に言葉は無意味だ。少なくとも、お互いの愛を確かめ合う言葉は必要ない。
 あの頃はお互いに誤解をしていて、何かを間違えてしまっていた。でも今は、二人の歯車はきちんと噛み合っている。キラにとっては、 もうそれだけで充分だ。
 あなたを愛している。あなたに愛されている。…そう実感できるだけで、こんなにも満たされ、幸せで、相手を慈しむ気持ちが大きく なってゆくのだから。


 優しく微笑むキラ。アスランも強張った顔を緩め、微笑みながらそっと彼女を抱き寄せた。彼の腕に身をゆだね、そっと瞳を閉じる。


――――ほらね。君だって知ってる。気持ちを伝える術が、言葉だけでも、力だけでもないことを。



 優しく体を寄せ合って、啄ばむようにそっとキスを交わす。

 そう多くはない穏やかな時間。二人はその幸せを噛み締めるように寄り添い、二度と想いをすれ違わせることはなかった。











 …二年の後、アスランが再びザフトに軍籍を置くその時までは。





END



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UPの際の海原のツブヤキ兼あとがき…興味のある方は↓反転して下さい
 ……………。
 あれっ、終わった???
 てな具合で自分が一番驚いています。いや、当初こんなふんわりした雰囲気の終わり方するはずじゃなかったと思うんですが…あれ?
 とりあえず念願だったミリアリア再登場が果たせたのはちょっと嬉しかったです。
 だけど、自分で書いといてなんですが、キラはもっと怒らんといかんよ。目と目で赦しちゃったらいかんよ。
 あまりにも都合よくふんわりハッピーな雰囲気で終わりそうだったので、ヒネクレ者の海原は最後の最後で最後の一行を追加してみました。 効果あったかな?
 最初はエロ書きたいという動機で書き始めたのですが、終わってみればエロは真ん中に一極集中。それを挟んで前半ドロドロ、後半ラブラブ、 でしょうか。う〜ん、ちょっとまとまりが悪かったかも(^^;) ここは反省ポイントだな…。
 ま、反省はおいおい自分の中でするとして。
 一時は正直「この二人もうアカンのとちゃうか…」と思ったこともあります。それを、筆を折ることなくエンドマークまで書き切ることができたのは、 応援して下さった皆様の手が背中を押してくれたからです。
 本当にありがとうございました!!
 頂いたこのエネルギー、他の長編作品にも活かしたいと思います。

 2006年5月4日 海原未漣