かげろう
(9)
まあ、とにかく何でもないならいいんだ。忘れてくれ。な? っていうか、頼むから忘れてくれ、ほんとに。
必死でそう頼み込むカガリに、キラはきょとんとして言った。
「でもカガリ、アスランは、きっとカガリのこと好きだよ」
これでもか、というくらいカガリの目と口がぱかっと開いたことは言うまでもない。
「…………………………な……………、なっ…………はぁ…!?」
そして途端に、わなわなと怯えるようによろけると、壁に背を預けた。
「…いや…カガリ、それはリアクションとしてちょっとおかしいんじゃ…」
「お、お、おまっ………お前っ、まさかそんな事本人に言ったりしてないだろうな」
「え? う、うん…」
「良かった………。っていうかなんでそういう発想になるんだ!?」
「…いや、なんでって…」
まるでこの世の終わりが来るかのような顔をしているカガリに、キラはまた首を傾げてしまう。
「カガリは、アスランのこと好きじゃないの?」
「ああ」
「あ………。…あ、え? どっち?」
「だから、好きじゃない」
きっぱり。
あまりにはっきり言い切られて、今度はキラのほうがたじろいでしまう。
「そりゃ、悪いヤツじゃないし、腕は立つし、頭は切れるし。確かにいいヤツだとは思うさ。けど、キラが言ってる好きって、
そういう意味じゃないだろ?」
「…うん…」
「それなら好きじゃない」
何の迷いもなく、カガリは断言する。
本気でぽかんとしているキラに、カガリはがっくりと肩を落とした。
「…お前…ちょっとほんとにニブすぎないか…?」
「え?」
「………。そりゃ、肝心のキラがこれじゃ、ひねくれるのも仕方ないか…」
多分、アスランが何度キラに好きだと言ったって、にっこり笑って僕も好きだよとかぬかしてきたんだろう、こいつは。やれやれと
溜息をついてしまう。
いつまでたっても報われない上、いつのまにか敵味方に別れて戦い合い、遂には殺し合うハメになってしまったのでは、アスランが荒む
のもわかる。
本気で頭痛がしてきた。
「…あのさ、キラ」
「うん」
「お前はどうなんだ。アスランのこと、好きなのか?」
ぎく、と一瞬肩が震えたのを、カガリは見逃さなかった。
「そりゃ…好きだよ。大事な幼馴染だし」
「誤魔化すなよ。そういう意味じゃなくて、お前がさっき言ったのと同じ意味のほうの好きって気持ち、ないのか」
「…さっき言ったって…」
「恋愛感情って意味だよ」
「いや…カガリ、僕のことはいいから」
「…好きなんだな」
曖昧に微笑んだキラを、しかしカガリは逃がさない。必死に平静な顔をしている自分が傾いでいくのを、キラはもうはっきりと自覚して
しまった。
「…っ、僕は…違うよ、そんなんじゃ…」
かぶりを振って取り繕おうと言葉を探すが、何か言えば言うほど逆効果になっていくような気がして、目が泳いでしまう。
「あのなキラ。自分に嘘ついたって、なんにもいいことないんだからな。…ほんとは、アスランのこと好きなんだろ?」
「ぼ、僕は…」
真っ直ぐなカガリの目が痛くて、逃げるように俯く。
「…なあ…あたしは別にキラのこと責めてるんじゃない。だからそんな顔しないでくれよ」
そんな顔って、一体今自分はどんな顔をしているんだろう。
思った途端、何か熱いものが頬を縦に伝った。
えっと強張った顔を、カガリの手が包む。
「ほら…泣くなよ。あたし、そんなつもりじゃ…」
困ったように親指でそれを拭ってくれる。
「………僕…泣いてる………? なんで…?」
なんで、と呟きながら、なんとなくわかってしまった。
あんなふうに無理矢理体を奪われても、心を置き去りにされても、それでもまだアスランのことが好き。だけど、それを伝える機会
さえ失ってしまって。
気持ちを伴わないまま、アスランは勝手に自分を俺のものだと言う。
辛くて辛くて苦しくて仕方がないのに、嫌いにもなれないし、憎むこともできない。
いっそ何も感じなければと思うのに、アスランが自分勝手に与えて来る体温を、どこかで愛しく思ってしまう自分がいる。
好き。
アスランが好き。
もう伝えても意味のない、既に切り落とされた想い。もうずっと見ないフリをしてきたその気持ちを、カガリは何の遠慮もなく指摘した。
自分では口に出来ない想いを、他ならぬカガリの口から告げられて、誤魔化して来た苦しさが誤魔化せなくなってしまった。だから涙が
出てしまったんだと思う。
好きなのに戦って来た苦しさ。好きなのに殺し合った苦しさ。想いを告げられぬ苦しさ。伝えるまでもなく砕かれた苦しさ。
いつのまにか過去のものにされてしまった苦しさ。乱暴に体だけを奪われ心を無視された苦しさ。
麻痺したふりをして、諦めたふりをして誤魔化してきたけれど、本当はあれからずっと苦しかった。
体だけではいやだ。心も求めてほしい。
過去のものになんてされたくない。
アスランの心がほしい。
ひた隠しにしてきた本音の欲望。なのに、どうしてだろう。カガリにはこんなにあっさりと見破られ、涙という形で晒してしまう。
「…なあキラ。言ってみろよ。アスランに」
静かに泣き続けたキラの涙が途切れた頃、カガリはそっと進言する。けれどキラはブンブンと頭を横に振った。
「あのな。まさかまだアスランがあたしの事好きだなんて思ってるのか?」
「…だって…」
好きでもないのに体だけ求められるなんて、自分がカガリとそっくりだからという理由しか見当たらないではないか。
「だってじゃない。違うって言ったろ」
だが、彼女はぴしゃりと言い放つ。それからにっこりと微笑んだ。
「な。騙されたと思って言ってみろって。あいつ絶対喜ぶぞ?」
「………そんなわけ…」
「なんで試しもしない内からだめだって決めつけるんだよ」
「……………過去形だ、って」
「え?」
「ごめん。二人が話してるの、聞いちゃったんだ」
これ以上黙っているのもいたたまれなくて、キラは立ち聞きしたことを白状した。
「だから…もう、わかってるから。無駄だってこと」
「ちょっと待て。お前、あの話聞いてどこをどうしたらそうなるんだ」
「は?」
顔を上げると、カガリの眉間にシワが寄っている。だがそれは、立ち聞きを咎める様子ではない。
「ニブいなんて次元じゃないぞ、それ」
「…えっ、だって…過去形ってはっきり…」
「いや、あのな…。……………あっ、お前まさかそこしか聞いてないのか!?」
「…まだ何か言ってたの?」
「………」
うわぁ、と頭を抱えてしゃがみ込んでしまうカガリ。
「カ、カガリ?」
どうしたの、と慌てるキラをよそに、深く長い溜息。
「…どうせならもうちょっと聞いてろよ〜…あいつ卒倒するほど凄いこと言ってたのに…」
「そ、卒倒?」
「うん。嬉し過ぎて魂飛ぶくらい凄いこと」
「は?」
はあ、ともう一つ溜息をついてから、すくっと立ち上がるカガリ。そのままばんとキラの両肩を叩く。
「いたっ」
「とにかくそういうわけだから、お前、エターナルに帰ったら真っ先にアスランに告白しろ。いいな」
「は!?」
「約束したぞ。破ったら針千本飲ませるからな」
ひょいとキラの手を取り、彼女の小指に自分の小指を絡ませ、強引にゆびきりげんまん。
「ちょ、ちょっと」
「それで何もかも円満解決するだろ、多分」
「は!? ちょっとカガリ、わけわかんないんだけど!」
「すぐにわかる。だから告白してこい」
「な、な、なんでっ…」
キッと睨まれて、うっと詰まるキラ。
結局、約束だぞわかったな絶対だぞ、を連発されながら見送られ、キラはいまいち要領を得ないままエターナルに帰艦するハメになるのだった。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
…百合カガキラ?(笑)
冗談はさておき、職場環境が変わってからしばらく絶筆状態でして、久しぶりに書いたらなんだかキラがすごくアスランのこと好きって
言い出して、自分で書いてるくせにキャーとか思った海原でした。…自分の書いたものでキャーとか言うのも一種のナルシズムになっちゃう
んでしょうかね(^^;)
とか言うものの、多分アスランが出てきたらこちらもまた(ひょっとしたらアスランのほうが?)めちゃくちゃキラのこと好きって言って
また自分でキャーとか言ってそうです(爆笑)
まあ元々海原の二次創作の執筆ポリシーは「自分が読みたいと思うものを書く」だからいいか、と自己満足的に納得してキャーキャー
言いながら書こうと思います。笑。