++「かげろう」4++

かげろう
(4)








 支給品の下着と制服のインナー、勿論きちんと洗濯された清潔なものに着替えて、差し出された飲み物を受け取るキラ。
 ベッドに座るミリアリアの隣に腰掛けて、ストローに口をつける。
 ディアッカは壁にもたれて、二人の正面に立っていた。

「………落ち着いた? ……何があったの?」
 そっと尋ねるミリアリアに、さっき全部、と答えようとして、ハッと口をつぐむ。
 そうじゃない。
 彼女が尋ねているのは、そういう意味じゃない。
「あの人のことだけじゃなくて…何か、あったんでしょ?」
 やっぱり。
 すぅ、と息を吸って。…けれど、やはり。
 自分の中でも整理のできていないことを口にすることは、まだ躊躇われる。ましてや、自分の両親と血の繋がりがなかったとか、 カガリと一卵性双生児だったとか、人工子宮だとか。そんなことを一度に話すことは、まだ。
 抱え込めないと混乱したけれど。
 落ち着いた今は、むしろ逆に、話せない。
 自分がきちんと受け止められてもいないのに、簡単に人に話してはいけないような気がする。
 まず自分が認めること。
 ……すぐには、難しいけれど。

「………ごめん。…まだ…話したくないんだ」
 ディアッカの視線が気になったけれど。でも、正直に。
「話してるうちに整理がつくかもしれないし、話したほうが楽になるのかもしれないけど、…まだ簡単に口に出来ない。まだ、自分でも 受け止めきれてないから。まず僕が、きちんと受け止めてからじゃないと、いけないような気がするから」
「…うん。わかった」
 そっと、ミリアリアの腕が肩に回されて。
 そのまま、ぎゅっと抱き締められた。
「キラがちゃんと、意志表示してくれて、嬉しい」
「…ミリアリア…」
「ちゃんと、言いたくないこと、言いたくないって、そう言ってくれたから、いいよ」
「…うん」
 そっとキラもミリアリアの腕に自分の腕を絡ませる。肩口に顔を埋めると、また涙が溢れ出してきた。
「話したくなった時は、ちゃんと聞くから」
「うん」
「言ってね。今みたいに、キラの思ってること聞かせて」
「うん……。うん。ミリィ。…ありがとう」
 グスッ、とミリアリアも鼻を鳴らす。

 二人とも、泣いてしまって。

「………ね、キラ。アークエンジェルに戻っておいでよ」
「え?」
「あんな薄情な人のところにいることないわよ」
 顔を上げたミリアリアはまだ涙目だったけれど、今度はなんだか怒っているようだった。
「ね。フリーダムと一緒に戻ってきて」
 …それもいいかもしれない。
 ミリアリアや、ムウや、気心の知れたクルーのみんなと一緒に居られる。
 けれど、キラは首を横に振った。
「キラ…」
「…ごめん。…ほら、エターナルからフリーダムがいなくなっちゃったら、ジャスティスだけになっちゃうし」
 冗談めかしてそんな言い方ができるようになってきたあたり、大分回復してきたのかもしれない。
「……それに……。…慣れなくちゃ。アスランと、友達でいることに」
「……………」
「……ごめん。ありがとう。…戻るよ。僕」
 そっと立ち上がるキラ。ミリアリアも後を追うように立ち上がり、もう一度キラを抱き締めた。
「いつでも来てね」
「…うん。…ありがとう……」
 ぎゅっと抱き締め合って。それからそっと、体を離す。
「向こうまで送る」
「ううん、一人で大丈夫だよ」
 申し出を即答で断るキラを、じっと見詰めるディアッカ。キラも、今度は視線を弱々しく泳がせたりしない。
「…もう、大丈夫だから」
「……みたいだな。…わかった。そんなに言うなら、とりあえずこっちの発着ポートまでで我慢しとく」
 それでも発着ポートまでは着いて来ることを決めているらしい。キラは思わず苦笑してしまった。
「ディアッカって、結構強引かも」
「そうか?」
「うん。そうだよ。…でも、ごめん。やっぱり一人で帰らせてくれないかな。…一人で行けないと駄目だって、そんな気がするから」
「……………」
 やれやれ、と片眉を吊り上げ、ため息をつくディアッカ。
「ったァく。お前ってマジ、そういうとこ頑固だよなァ」
「すみません」
「とか言って、悪いと思ってねェだろ?」
 お互いクスクス笑いながら。
「わかった。…それじゃあな」
「はい」
「気をつけてね、キラ」
「ありがとう。ミリィもね」
 微笑み合って、それから扉の外へ。
 キラは自分で言ったとおり、一人でエターナルへ帰って行く。

 ぽん、とミリアリアの頭を撫でるように手をやると、途端にバシッと振り払われた。
「いって…」
「あ、ごめん…」
 しかし、払いのけた本人も咄嗟の条件反射だったらしく、少し気まずげに俯いてしまう。
「…いや、そこまでヘコまなくてもいいけどさ…」
「………いまの、やらないで」
「へ?」
「…癖なの。…トールの………」
「……………」
 トールと似た仕草で、トールとは違う気配と体温を持つ、トールじゃない人の手が触れる。
 それがどうしても、受け入れられない。
「…。確かに、オレのキャラじゃなかったかも。オレなら…」
「? っ」
 くいっと顎を取られたかと思うと、ほっぺにチュ。
「好きな女の子慰めるんなら、断然こっちだし」
「〜〜〜っ、バカっ!!」
 遠慮なく平手が飛んで、ディアッカの頬に紅葉の痕。
「ってぇ〜」
「自業自得よ!! もう、信じらんない!! あんたって全っ然デリカシーないんだから!!」
 ぷんすか怒って、平手打ちも食らわされたけれど、部屋からは追い出されない。
 それに、思いきり後ろを向いた彼女の顔が少し赤かったのは、目の錯覚じゃないはずだ。そうさせている原因はきっと、怒りじゃなくて。
 ディアッカはクスと微笑んで、もうしばらくの間ミリアリアから罵詈雑言を浴びせられる覚悟を決めた。



 ごくり、と息を飲み込んでしまう。

 意を決して、キーパネルのオープンサインに触れた。
 プシュン、とあっさり扉は開く。

「キラ」
 ずっと待っていたアスランが、ハッと立ち上がる。
「…ごめんね、迷惑かけちゃって」
 いつものように微笑む。
 いつもと同じように。
「ミリィとディアッカのところにいたんだ。もう落ち着いたから、大丈夫」
「…そうか」
 いつもどおりに振舞うことに集中していたキラには、アスランの声が硬いことなど気付けない。
「………それでね、アスラン。お願いがあるんだけど」
「……なに?」
「………二人部屋、解消してくれないかな。ていうか、…僕が別の部屋に移らせてほしい」
 やっぱりな。と、アスランが視線を床に落とす。
「…ごめん。ちょっと…しばらく、一人で考えたいこととか、あるから」

「………そう」
「ごめんね。ラクスには、僕から言っておくから」
 そう言って、そのまま出て行こうとするキラの背中を。

 アスランの瞳が、ゆっくりと囚えた。





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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
 お待たせしました。(?)
 次回から裏行きです。はい。
 そもそもこのえろが書きたかったとか言ったらだめでしょうか。
 純粋にやってるとこだけ書ければいいんですけどね…どうしても前後左右にあれこれくっつけたくなってしまう… (だから長くなるんだよ)