++「かげろう」3++

かげろう
(3)








 先の戦闘で頭部を叩き落され、半壊と言っても大袈裟でないほどのダメージを受けたフリーダム。MS収納庫では当然、大掛かりな 修理作業が行われており、とてもコクピットに篭れる状態ではない。
 キャットウォークの入り口からその様子を見下ろしていたキラは、またふらりとその場を去った。



 ほんの数秒の差で、その三段ほど下のキャットウォークに現れたラクス。
「ご苦労様です。フリーダムの様子はどうですか」
「大丈夫です! このエターナルはフリーダムとジャスティスの専用運用艦、どっちもパーツはどっさり積んでありますからね!」
「ありがとうございます。激戦の直後ですが、万一の事態に備えるためにも、よろしくお願い致しますわ」
「はいっ!!」
 我らが旗頭、麗しの歌姫。そのラクスからの激励となれば、工員達の意気も上がるというもの。皆が気持ち良く仕事をするための気配り を、ラクスは忘れない。
「ところで、フリーダムのパイロットがこちらに来ませんでしたか?」
「キラさんですか? いえ、見てないですねぇ」
「そうですか。…では、後をお願いします」
「お任せ下さい! すぐに復活させてやりますよ!」
 にっこりと微笑んで、気合いの充分に入った現場監督のもとを離れる。

 ……すぐに、復活。その言葉どおり、フリーダムはもうじき整備が完了し、元に戻るだろう。
「…けれどあなたは…人間ですから…」
 機械のように、新しいパーツと取り替えてしまえば問題なく復活できるというわけではない。
 自分一人ではどうしようもない時には、人の手が必要だ。
 …それを望んでほしいのに。
 一人で抱えきれぬものなら、共に背負いたいのに。
 こちらから差し伸べた手さえ、あなたは取ってくれないことがある。

 それを淋しいと感じるのは、傲慢だろうか。






 胸が苦しい。
 息が詰まる。
 どこか、どこか誰の目にも留まらないところに行きたい。
 そうでなければ、誰か受けとめてほしい。

 ストライクはもう駄目だ。あれは今やムウの愛機。
 ムウ自身もクルーゼとの激闘で傷を負って、今頃は救護室のはず。
 きっとマリューが彼の傍に付き添っているんだろう。もしそうでなかったとしても、彼女はアークエンジェルの艦長なのだ。執務中で あるに違いない。
 サイにも頼れない。あと少し手を伸ばせば届くところにいたフレイを助けらなかったのに、その上弱音を聞かせるなんてできるわけない。
 ミリアリアだって、まだトールのことを割り切れたわけじゃないのに、余計な負担をかけたくない。キラは知っている。彼女がアスラン の姿を見かける度に、複雑な思いを懸命に噛み殺して普通に接していることを。
 あの時、デュエルのパイロットと話をして、決裂こそしなかったものの分かり合うこともできなかったというディアッカも、今はそっと しておいてほしいはず。
 だからといってまさかバスターのコクピットを借りるわけにもいかない。
 泣いていいのだと言って膝を貸してくれたラクスにだって、これ以上迷惑をかけたくなかった。彼女は三艦のリーダーなのだ。これから のことや補給のこと、諸々対処しなければならないことが山積みのはず。


 一人にして。
 独りにしないで。
 一人にして。
 独りにしないで。

 どこか。だれか。どうか。





「――――――――――――――――おいって!!」
「!?」
 突然ぐいっと腕を引かれ、体勢を崩しながら振り返る。
 彼は既にパイロットスーツからオーブのジャンバー姿に変わっていた。ほのかに漂ってくるボディシャンプーの香り。既にシャワーも 浴び終えているのだろう。
「……………ディ…アッカ……」
「ったく、何回呼んだと思ってんだ? なに浮遊霊みたいな青い顔して漂ってんだよ。一瞬マジで幽霊かと思ったじゃねぇか」
「…………………」
「…つーか、マジで聞こえてなかったのかよ」
 呆れと怒りの入り混じった雰囲気に、はっ、と我を取り戻す。

 そうだ、この人には甘えちゃいけない、負担はかけられないって、つい今思っていたところじゃないか。

「……ご、ごめん。ちょっとまだ、ボーッとしてたみたい」
 はは、と苦笑を混ぜて、いつもどおりに。
「何か用事?」
「……………」
 だが、ディアッカは逃がしてくれない。手首を掴んだまま、厳しい視線でじっと見詰めてくる。
「…ごめん、用がないんだったら、行っていいかな」
「キラ。お前、今度は何溜めてんだ」
「え? …何?」
 曖昧に誤魔化すが、ディアッカの表情はますます鋭くなっていくばかり。
「……ご、めん。さっきの戦闘で、いろいろあったから、疲れてるんだと思う。…部屋に戻って休むよ」
 それじゃ、と笑って立ち去ろうとするが、磁場レールへ伸ばした手をも、掴まれてしまった。
「ディ、ディアッカ」
「なめんなよ」
 びく、と反射的に体が震えた。
 初めて聞く、ディアッカの本気で険悪な声。
「何。お前にとってオレって、何を言うにも値しない相手なわけ」
「そ…んなこと、言ってないだろ」
「いーや、言ってるね。言葉にしてないだけで態度がそう言ってる」
「そんな…」
 はぁっ、と乱暴に吐き出すようなため息をつくディアッカ。
「……あのな。ほんっとに何でもないんだったら、ちゃんと何でもないって顔作れよ。それも出来てねェから心配なんだろ」
 ぎくっとして顔を逸らす。が、もう遅い。
「言いたいことあるなら言えよ。泣きたいなら泣けばいい、怒鳴りたいなら怒鳴ればいい。そうやって物言いたげに避けられるほうが 腹立つんだよ」
「も、物言いたげって、僕はそんな」
「吐き出したほうが楽ならそうすりゃいいだろ!? 何全部一人だけで背負おうとしてんだよ! オレらじゃその荷物を預けるのに 不安か? それとも不足? 不服?」
「違うってば、だからっ」
「いい加減頭くるんだよ!!」
 どん、と磁場レールを避けて、壁にキラの背中を押しつける。
「そうやって、全部自分だけの中に溜め込んで!! ずっと苦しそうな顔ばっかりしてさぁ!! 何なんだよ一体!! ちょっとでも お前に楽になってほしいってオレらの気持ち、お前全部踏みにじってるんだよ!!」
「そ、……んな、っ…」
「同じなんだよ!! お前どうせ、巻き込めないとか迷惑かけるとか、負担になるとか、そうやって一人で全部決めちまってるんだろう けどさ! そんなもんお前が勝手に決めてんじゃねェよ!! ずっとそんな顔されてるほうがよっぽど負担だっての!! お前、そういう とこ全然わかってねェだろ!! かけろよ負担を! 迷惑も!! ミリィもアスランも、オレも!! みんな待ってんだよ、お前が一人で 背負い込んでる荷物分けてくるのを!!」
「………っ」
 駄目だ。
 駄目だと思っているのに。
 ぶつけられる激しい感情に、わけもわからず涙が溢れてくる。
「…泣けばいいだろ、泣けば。そんで、オレの言ったことにハラ立てたんなら、それも言えばいいだろ」
「…っ、………」
 言葉にならない。


 僕は、狡い。
 どこかで誰かがそう言ってくれるのを待ってた。


「…………ぅ…っ」
「…ったく…我慢しすぎなんだよお前…。楽んなるのは悪いことじゃねェんだぞ」
「ぅ……っく、…」
 ぽろぽろと涙がこぼれ始める。
 そんなキラを、ディアッカは胸の中に抱き留めた。
 いつかのように、ぽんぽん、と優しく背中を叩いて。
「ほら。いいから、全部吐き出せよ」
 その一言で、完全に箍が外れてしまった。


 キラは、叫ぶように泣いた。

 ぐちゃぐちゃになっていた気持ちも。
 突然行き場を閉ざされてしまったアスランへの想いも。
 彼の中で過去のものにされてしまった絶望も。
 見知らぬ男にいきなり突き付けられた途方もない孤独も。
 救いたくて救いたくてそれでも救えなかった悔しさも。
 皆待っているのだと叱ってくれたディアッカへの感謝も。
 言われたとおりに、全部全部、号泣に変えて。

 縋りついて、ただ、ひたすらに泣いた。

 受け止めてくれるディアッカの体は、大きくて、そして暖かかった。


 辛抱強くキラの背中を軽く叩いたり撫でたりしながらあやしてやるディアッカ。
 やっと溜め込んでいるものを解放しているキラを、兄のような気持ちで見守る。
 けれど本来、これは自分の役目ではなかった筈だ。

「…待ってろよ。今アスラン呼んでやるから」
 通路に設置された通信端末へ伸ばそうとするディアッカの手を、しかしキラは驚くほど強い力で止めた。
「やだ…! 呼ば………ないで…!」
「……キラ……」
 まだ嗚咽混じりの声に何かを感じ取り、キラの背中へ手を下ろす。
「…アスランだけは、絶対嫌だ…!!」
 ぎゅうっ、とディアッカにしがみつく。
「…今……アスランの、顔…見たく…ない……っ!!」

 過去形だ、と。あんなにはっきり断言されて、どんな顔をして会えばいい。
 既に過去のものにされてしまったというのに、今更何を話せばいい。
 今はまだ、何も聞いてませんという顔をしていられる自信は、ない。
 友達という態度を続けられる自信も。

 こんなに好きなのに。
 …それでもまだ、こんなに好きだから。




「………わかった」
 ぽん、と頭を撫でてやる。
「ちょっと落ち着くまで、アークエンジェルのほうに来いよ」
 小さく頭を上下に揺らして了承の意を伝えると、ディアッカはキラを抱えて、磁場レールに手をそえた。そのままシャトル発着ハッチに 向かって進んで行く。






 その後姿を、アスランが愕然と見送っていたことも知らずに。














 何故。
『やだ…アスランだけは、絶対嫌だ…!!』
 どうして。
『…今……アスランの、顔…見たく…ない……っ!!』
 あんな、心の奥にしまい込んだものを無理矢理引きずり出すような声で。

 …はっきりと、拒絶されるなんて。

 敵味方に別れて刃を交えていた時だって、こんな拒絶のされかたをしたことはない。
 友達がいるからと、一緒には行けないと、何度も言われた。けれどその声は、苦しそうで、悲しそうで。
 それは自分と道を別つことへの辛さなのだと思っていた。
 そう聞こえていたのは、自分に都合のいいだけの錯覚?

 どこかに甘えがあった。
 自分にとってキラが特別であるように、キラにとってもまた、自分は特別なのだと。
 …確信だと思っていたけれど、きっとそれは甘えだったのだろう。

 ある日突然友達じゃないキスをしても、きっと受け入れてくれる。
 好きだと伝えれば、少しはにかんだ笑顔を返して、愛くるしい声で、僕もアスランのこと好きだよ、と答えてくれる。
 意識を飛ばしてしまう程激しく抱くことも、受け入れてくれる。…どこかでそう確信していた。自分達の間には、特別な絆があるのだと。
 そう思いながら必死に実行に移すのを抑えていたのは、勿論現在の自分達の状況を慮ってのことでもあるが、何より一番に、キラを 大切にしたかったからだ。
 敵対していた間も大切な友達と言ってくれた。
 やっと二人の道が重なり、以前のような笑顔を向けてくれるようになった。
 今はその笑顔があればいい。
 伸ばせば届く場所にいるキラを、抱き締めたい、曝きたい、手に入れたい。そんな欲望は日に日に膨れ上がっていくけれど、でも、 今はまだ。
 向けてくれる笑顔を大切に抱いていられれば、それでいい。そう想って、砂を噛むような思いをしながらずっとずっと欲望を抑えてきた。
 大切にしたいと、思っていた。

 けれどそれも甘え。
 キラにとって自分は特別なのだから焦ることはない、平和になったらゆっくりと一緒にいられる、それまで待てる。
 キラもそれまで俺のことを待っていてくれる。

 そんな自分勝手な甘え。
 自信過剰な、甘えだった。




 ゆらり、とアスランの翠の双眸に、不穏な光が灯った。



『…キラが今こっちに来てるってこと、伝えておこうと思って』

 やられたな、と思った。
 ディアッカはこういうところで妙に頭が回る。まさか彼女から連絡をさせるとは。
 彼女が相手では、流石に迫力にまかせて問い詰めることはできない。

「…わざわざありがとう。心配してたんだ。姿が見えないから」
『…よく言えますね。そんなこと。あんな酷いこと言っておいて』
「?」
 心当たりどころか、むしろ切り捨てられたのはこちらのほうなんだが。と、珍しく怒りを顕わにしてくるミリアリアに疑問の表情を向ける。
『……私、キラはあなたには何もかも話してるんだと思ってました』
「…………。それで…今、キラは?」
 あからさまに話題を逸らそうとするアスランに、ミリアリアはムッとするが。
『シャワー浴びてる。もうちょっと落ち着いたら、そっちに帰すから』
 その後ろからディアッカが出てきて、現状を告げた。
「…わかった」
 わざわざすまない、と付け加えて、そのまま通信を切るつもりだった。だが。
『っ、ちょっと! すまないって、それだけなの!?』
 食って掛かってきたのはミリアリア。
『何か他に言うことないの!? 何か言ってなかったとか、どんな様子だったとか!』
「…」
 聞いて何になる。
 キラは自分を拒絶した。そんな事実を改めて第三者から突き付けられたいなどと誰が望む?
 自嘲気味に口角を小さく上げて顔を逸らしたアスラン。だが、ミリアリアにはそんな彼の態度が許せない。
『どうして…!? なんで!? あなた、キラの幼馴染なんでしょ! 親友なんでしょ! それなのに、どうしてそんな冷たい態度が できるの!?』
『ミリィ』
『キラがあなたに何も話さないのって、あなたの方に原因があるんじゃないの!?』
 ムッ、と一瞬眉間に皺が寄る。
「……あいつは頑固なんだ。言わないと決めたことはてこでも言わない」
『知ってますそんなこと!! 辛いことや苦しいこと、一人で全部溜め込んじゃうってことも!! だからこそ、あなたが踏み込んで、 溜め込んでるもの全部引き出してあげなくてどうするのよ! キラの心に踏み込んでいけるのなんて、あなたしかいないじゃない!!』
 …ああ、苛苛する。
「…何も知らないくせに、あまり知ったふうなことを言わないでくれないか」
 いくらミリアリアが相手だといっても、このままこんな話を続けられてはキレてしまいそうだ。
「キラはその親友の俺と敵対してでも君達を守ろうとしてきたんだ。彼女の心に踏み込みたいなら、自分でやってみたらどうなんだ。 君なら、きっと上手くキラの心を開かせることができるんじゃないか」
 我ながら投げやりすぎる。………こんなことを言い放てるあたり、もうとっくに堪忍袋の尾は切れているのかもしれない。
 頭のどこかでそう冷静に自分の言動を分析しているアスランの前で、モニター越しにミリアリアが瞳を見開く。ディアッカの表情も、 どこか険悪だ。
『………信じられない…!!』
『おいアスラン、そういう言い方はねェだろ。…お前さ』
『何考えてるんですか!? お門違いな嫉妬してないで、もっとちゃんとキラのこと見てあげて下さい!!』
 言いかけたディアッカの声を遮って、ついにミリアリアが先にブチ切れた。
『もういいです!!』
『ちょっ、待てよミリィ、まだ』
 乱暴な切断音と共に、一方的に通信は切られた。



 がんっ、と壁にアスランの拳が打ち付けられる。
「…………………くそ…っ!!!」
 腹が立つ。
 怒りで腸が煮えたぎりそうだ。
 何も知らずに好き勝手ばかり言うミリアリアにも、自分とキラの間にしゃしゃり出てきたディアッカにも、突然自分を拒絶したキラにも、 ………今までずっとただ待つことしかしてこなかった自分にも。



 確かにミリアリアの言うとおりだ。
 ただキラの気持ちを待っているだけでは、彼女は手に入らない――――――。





BACKNEXT
RETURNRETURN TO SEED TOP


UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
 ディアッカ兄貴大活躍? 大ひんしゅく? さてどちらでしょう(^^;)
 私的にはぶちキレ一歩手前なアスランに一票。