雪の舞う夢を、君に
(2)
キラの気配が遠ざかってから、全員が溜息をついた。
「…ったく、心配させやがって」
「ふふっ。イザークがあんなにオロオロするところなんて、初めて見ました」
「煩い!」
顔を赤くしてキッとニコルを睨み、それからぷいっと顔を背けてしまうイザーク。
「けどさぁ、マジな話。あいつちょっと仕事しすぎだぜ。しかもあっちにもこっちにもお呼びがかかるだろ? もし労働監督委員会の
監査が入ったら、間違いなく一発で過剰労働扱いになるんじゃねェの?」
「ここは軍隊で、会社じゃないんだ。監査は入らないよ」
「いや、だからもしもだって」
キラが絡まないと冗談通じねェなー、と頭の後ろで手を組みながらディアッカが零す。
「…キラは…あいつは、心配しすぎなんだ」
ぼそっとアスランが呟く。
「自分がしっかりみんなのMSをメンテナンスしないと、みんなの命を預かってるんだから、って…。OSの仕事だけしてればいいのに、
整備班にまで注文つけるようになって…」
「…そうしたらそちらにも才能を見せたものだから、整備班の方たちからも頼りにされてしまって今に至る、…ですね…」
幼年学校時代をよく覚えているアスランには、マイクロユニットがあんなに苦手だったキラが整備関係で才能を発揮するとは、正直
意外だった。
だが、元々キラは才能はあるのにやる気がないだけ。やる気さえ出れば、他の分野でも意外な活躍を見せる可能性はまだまだあると思う。
けれど、それが彼を追い詰め、体をひたすら酷使するだけになっているとしたら…それはアスランの望むところではない。決して。
そして、ニコル達にとってもそれは同じ。
「…だったらストライクまで整備する必要はないだろう!」
ブラックコーヒーを飲み干して、眉間にシワを寄せてしまうイザーク。
「あ、それじゃ結局ミゲルとラスティもクリアできなかったんですか? ストライクの専属パイロットテスト」
「ああ。ラスティのヤツ、ソードストライカーモードのテストはもうちょっとでクリアってとこだったらしいけどな。ランチャー
ストライカーなんか二人ともボロボロだったらしいぜ」
「ああ…。アグニは気を付けないと、データからの予想以上にエネルギー消費が激しい感じがするからな」
「乗るヤツのいないMSなんか整備してるヒマがあったら、それこそ休めばいい! それをあいつは…」
「…そうですね。僕らのMSにしたって、その気になれば各自でOSを調整したっていいんですから…。勿論、キラの組んだOSが格段に
使い易くて性能いいのは確かですけど、…そのせいでキラが倒れたりしたら、やりきれないですよ」
「……」
ここにいる全員が、キラを大事に想っている。
喪うことに誰よりも敏感で、誰よりも優しい、甘えん坊で淋しがり屋のキラ。
本格的な戦闘が始まれば真っ先に前線投入されるであろう自分達を、誰よりも誰よりも心配して。
自分達の能力とMSの性能を最大限に引き出せるOSを。少しでも強度の高い装甲を。少しでもPS装甲を維持できるエネルギー運用を。
…と。
日々その探求に余念がない。
そんな彼を、いとおしいと想い始めるまで、そう長い時間はかからなかった。
ずっとずっと、物心ついたときから一緒にいるアスランは勿論、アカデミーで合流したニコル達三人にとっても。
イザークは最初、戦いに消極的で甘ったれな性格の彼を鬱陶しがっていたが、それでもキラの実力を目の当たりにし、徐々にその心に
触れるうちに、彼を認めて。友情を認めて。そして…どうしようもない引力を感じることを、認めた。
「…まてよ」
ふと、ディアッカが何か気付いた。
「………どうしたんですか?」
ひょこっとニコルが身を乗り出す。
コップに残っていたエスプレッソを飲み干して、ディアッカはニッと笑って見せる。
「ストライクって、機体の性能を引き出せるパイロットがいないから、ロクな実動データ取れなくて行き詰まってんだろ?」
「…それにプラス、俺達のMSの整備調整もだからな」
「だったら、キラが動かせばいいじゃん。あいつ、操縦系ならちゃんとオレらとはれる腕、持ってんだからさ」
えっ、と三人の顔が上がる。
「…おい、まさかストライクのパイロットテストをキラに受けさせようって言うんじゃないだろうな」
「ピンポ〜ン」
「ピンポンって、ちょっとディアッカ、正気なんですか!?」
「キラを前線に出すなんて、冗談じゃない!!」
血相を変えるニコルと、ガタッと音を立てて立ち上がるアスラン。
「けど、そもそもヴェサリウス自体前線に出る艦なんだから、艦にいりゃ絶対安全ってわけでもねェだろ? むしろオレ達と一緒にいる
ほうが守れるって事もある」
「…おい、肝心な事を忘れてるぞ」
そこへ、冷静につっこむイザーク。
「あの特殊開発新型MSのパイロットテストへの参加資格は、制服が赤である事だ。キラの制服は緑だろ」
プログラミングや情報処理関係に関しては非凡な才能をこれでもかとばかりに発揮するキラだが、その他の分野、特にナイフの訓練や
MS戦など、兵士としての戦う能力を試される分野においては、常に最下位争いをしていた。
そんな偏りまくった成績で、総合十位以内になど入れるはずもない。
彼の制服は、五人の中で一人だけ緑だった。
「けど、赤の推薦状が二通以上あれば、緑でも受けれるじゃんか。現にミゲルだって受けてるだろ」
「………それは、そうですけど…」
「だったらやってみようぜ。オレは戦場でもキラと一緒に戦って、キラを守る自信、あるけど?」
挑発するような言い草に、イザークがムッとして睨みつける。
「オレにはないとでも言いたいのか」
「そりゃ勘繰りすぎじゃねェか? なァ、アスラン?」
「……………」
含みのありすぎるディアッカの言動に、わざわざ名指しで話を振られたアスランも少々ムッとはするが。
だが。
………確かに新MSの専属パイロットとなれば、五機全部を一人で管理するというわけにはいかなくなる。パイロットは自己管理も
仕事のうち。それこそギックリ腰になどなっていられない。他の四機をどうこうするような余裕はなくなるだろう。
少しでも、キラの負担が減るなら。
「………わかった」
「アスラン!?」
意外な人物から真っ先に同意の声が上がって、戸惑うニコル。
「確かにこのままじゃ、あいつ冗談抜きでギックリ腰になりかねない」
クス、とディアッカが笑う。
彼らはこの時、大事なことを見落としていた。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい
ミゲルとラスティも出そうかな…と思ったのですが、海原の力不足により断念(^^;)
ふろしき広げすぎて収集つかなくなりそうだったので…。
リクエストは「ザラ隊」×キラ、とのことでしたので、ザラ隊に集中する事にさせて頂いて、でも折角パラレル設定で生きてることに
なっているので、名前だけでも登場させてみました。