雪の舞う夢を、君に
(4)
戦争。
戦場。
少しでも殺すことを躊躇えば、こちらが殺されてしまう。
そんな場所へ出る事を前提として、軍事訓練へ志願したはずなのに。
「ふざけてるのかっ、お前は!!」
遠慮のない怒声が飛ぶ。
「でもっ、設定されてる状況なら殺さなくてもいいじゃないか!!」
「ここで仕留めておかなければ、そいつが意識を取り戻した時に背後から撃たれるぞ!」
「だから動けないように縛っておけば」
「そんな都合よく縛る道具があると思ってんのかお前は!!」
ぐっと詰まるキラに、はっと短い溜息をついて。
「筆記試験は満点なんだ。どこが急所かわからない、なんて言い訳は通用しないぞ」
「…」
「それとも留年してアスランと別れ別れになりたいのか」
「……」
ぴく、とキラの頭が動く。
そしてますます下向きになってしまう。…いろいろと葛藤しているんだろう。
まったくこいつは、アスランの名前を出すと途端に反応が変わりやがる。
目の前にいるのはオレなのに。
完全に嫉妬だな、と気付いて、小さく溜息をついてしまう。
訓練はもう、最終段階まで来ていた。
ナイフの成績でトップだったアスランは、今頃ニコル達をはじめとするギャラリーの前で、教官と勝負をしているはずだ。
ところが、二番であるイザークは、キラの課題のコーチを任されてしまった。
実技試験でまだ一度も、キラは『刺した』事がないのである。
どんなに急所を知っていても、そこに攻撃を加えることができなければ、訓練の意味がない。戦場で、生き残れない。
だがキラは、かたくなにナイフを振り下ろすことを拒んできた。
それは模擬体だとわかっているはずなのに、ずっと。
「……本気で留年したいのか」
溜息をついて、もう一声。
キラはぐっと詰まって、更に俯きこんでしまう。
だが。
ぎゅっ、とナイフの柄を握ると、模擬体に向き直った。
立たせた模擬体を、取り押さえて、抵抗できないように床に抑えつけて乗り上げ。
ナイフを振り上げて――――――
急所をめがけて、振り下ろす。
刃の角度、刺した深さ、位置。すべて文句無し。
「…よし。…やればできるじゃないか」
ぽん、とキラの肩を軽く叩くと、びくっ!! と過剰な反応。
おもわずこちらまでびくっと腕を引っ込めてしまう。
「? …おい」
固まっているキラを訝しんで、ぐいっとその肩を引く。
「っ!!」
体を竦ませてイザークの手を振り払い、怯えきった目でこちらを見るキラ。
震えた歯が当たってがちっと小さく響く。
「…なんなんだ、一体」
「…血…」
「?」
「血…が、…」
「血だと?」
模擬体から血など流れるはずがない。思わず眉を寄せてしまうイザークだが、キラはますます怯えて後ずさる。
「……血…血が」
「…おい、キラ!」
尋常な状態ではない。さすがに彼の異常さが気にかかったイザークは、ぐいっと腕を掴んで引き寄せるが。
「いや―――!!!」
「! っ、おいキラ!」
「いやだ! 殺さないで!!!」
「キラっ!! しっかりしろ!」
「殺さないで、殺さないで、ママを殺さないで!!」
「キラ!! オレだ!」
「いや!!! お願い、やめて! 助けて!! パパを殺さないで!! ママを離してよ!!! おばあちゃんを助けて!! いやぁぁ!!!」
「くっ」
手に負えないと判断するや、イザークはキラの首筋に手刀を叩き込む。
がくりと崩れ落ちた体を抱えて、すぐ救護室へ向かった。
その後も、目覚めたキラはがたがたと震えて、浅く速い呼吸を繰り返す。
鎮静剤を打たれ、数日医療棟に移動して、…だが、帰ってきた時にはすっかりもとのキラで。…訓練中に気を失ってしまったと思い
こんでいる本人は、何を叫んだのかも覚えていなかった。
どうかしてた。
こんな大事なことを忘れていたなんて。
キラが『死』に人一倍敏感なことは、他ならぬ自分が知っていた筈なのに。
モニター越しに見るモビルアーマー・メビウス。
何度も何機も撃墜した。
爆炎。四散するのは機体の破片。
人が乗っているなんて――――――もう、随分昔に、すっかり忘れてしまっていた。
たとえそれが敵たるナチュラルであっても、キラにとっては人は人。
キラは戦いたくて志願したんじゃない。ただアスランを死なせたくないだけ。自分達を死なせたくなくて、だから自分にできることを
したいと、そう望んだ結果。
それだけ、だったのだ。
彼自身が人を殺す覚悟など、出来ていなかった。
「くそ…!! くそっ、くそっ、くそっっ!!!」
がんがんと蹴りつけていたロッカーは、すっかりべこべこになってしまった。
長椅子に座って後ろからその様子を見ていたディアッカは、やれやれと溜息。
「…お前、それキラのロッカーだって分かってる?」
「煩いッ!! わかってる!!!」
「キラ、怒るぜ?」
「…っ」
いらっとディアッカを横目で睨み、乱暴に顔を逸らして手近な長椅子に座る。
プシュン、と扉が開き、静かな怒りをたたえた表情のアスランが入ってくる。
その怒りは…他ならぬ自分自身に対してのものだろう。
「……キラの両親と、話をした」
「!」
ハッと立ち上がる二人。
「キラは月に来る前は地球にいた。ご両親の実家だ。…そこでブルーコスモスのテロに巻き込まれてる」
「何!?」
「えっ?」
イザークとディアッカから驚きの声が上がった。
「………何がどうしてそう思ったのかはわからないが、自分が狙われてると思い込んだキラは飛び出して、…それを庇った祖母が、目の
前で撃たれて亡くなったそうだ」
「……………」
絶句する二人。
アスランもそれ以上、何かを語ろうとはしない。
『これより本艦は、整備及び補給のため、ディセンベルナインへ寄港する。各員、入港後のスケジュールを確認しておくように』
唐突に響いた艦内放送に、ディアッカが顔を上げた。
「……なあ、休暇取ろうぜ。みんなで」
「え?」
「ディアッカ貴様!! キラがあんな状態なのに」
「あんな状態だからだよ!」
掴みかかられそうになって咄嗟に後ろへ逃げながら反論。
「ディセンベルナインっつったら、ディセンベル市唯一のリゾートプラントだろ? 確か温泉もあったし、…ちょっとリラックスさせて
やろうぜ、キラ」
「……………」
思わず顔を見合わせるアスランとイザーク。
「フン。ディアッカのくせに、たまにはいい事言うじゃないか」
「…一言余計なんだよ、お前」
「…。…わかった。隊長に俺達五人分の休暇を、申請してくる」
そう言い残して、アスランは再び部屋を出た。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい
しつこいようですが、ちゃんとハッピーエンドで組みたててます。
ハッピーをいっぱい実感するには、その前に少し落としておかないと…ね? ね?
…最初から最後まで甘甘っていうのも一度挑戦してみないとな…(^^;)
☆2004/01/17一部改稿。
………なんだよ〜、ディセンベル市にザフトの本部があるなんて知らなかったよ!!!
かなり軍事よりなプラント群だったのね…ディセンベル…。←今頃言うとんでコイツ