雪の舞う夢を、君に
(7)
「キラ、ほんとに初めてなんですか? 上達早すぎますよ。それとも素質があったのかな」
「褒めすぎだってば! …でもなんか、滑るのって面白いよね」
るん、と音符を頭上に飛ばすキラは、ニコルのコーチが始まって一時間もすれば中級コースを楽に滑れるようにまで上達していた。
そこへ、ザッ! と人工雪を散らしながらやってくるアスラン。
「キラ! ニコル!」
「あれ、アスラン? もう終わったんですか?」
なんだもっと遅くてもいいのに、と顔に書いてアスランを振り返るニコル。
「ああ。そっちこそ、いつの間にこんなところに移動してたんだ? 探したんだぞ」
「そろそろ上級者コースに行こうかって話してたんだよね」
「ええ」
仲良く微笑み合う二人に、微妙に嫉妬を覚えてしまう。
そんなアスランの向こうから、イザークとディアッカもやってきた。
「おい、なんか上のほう吹雪いてきてるって。人工降雪機が暴走中らしい」
「は? …暴走?」
ディアッカの言葉に、思わずキラが聞き返してしまう。
「なんかここのスキー場、たま〜にそういうのわざとやるんだってさ。そんで、自然気分を味わってもらおうって趣向らしいぜ」
「…わけがわからんな…」
ぼそっと零したイザークに、四人は一斉に頷いた。
「…珍しく全員一致ですね」
「大抵誰かさんと誰かさんが反発するのにね、珍しい」
「誰かさんと誰かさん?」
聞き返したアスランに、三人の視線が集中して。
そのアスランと似たような顔でキラをじっと見ているイザークに、視線が移動する。
「…だよね」
「うん」
「本当に。みぞれが降るんじゃありませんか?」
「ああ、暴走してるっていうんだったらあるかもね」
「……おい……冗談言ってる場合じゃなさそうだぜ」
「え?」
くいっと顎で上級者コースの方向を示したディアッカ。その方向へ、全員が目を向ける。
「…って、あれはやりすぎだ!!」
「降りるぞ!!」
アスランに続いてイザークが叫び、一同は一気に滑り出す。
…人工降雪機を暴走させているという上級者コースからは、五人が見たこともないような猛吹雪が近付いて来る様子が見えたのだ。
慌てて当然だろう。
「ていうか、ああいうのブリザードっていうんじゃなかったっけ!?」
「キラ喋んな、舌噛むぜ!」
「けど、それにしてもやりすぎですよ!」
「誰だっ、ディセンベルの代表議員は!!」
「俺の父だ! 悪かったな!!」
「イザーク、別にザラ委員長がここの経営管理をしてるわけじゃないんですから!」
口々に言いながら、背中から迫って来る猛吹雪から必死に逃げる五人。
ロッジへ駆け込むと、他のスキー客達も慌てて避難してきたのか、雪まみれになって息を切らしている。
思わずキラが吹き出した時、外からブリザード警報を知らせるアナウンスが響いてきた。
「…………………」
「……今頃言うなっつーの…」
脱力してしまうアスラン達と、思わずぼやくディアッカ。キラはやっぱり可笑しくて、クスクスクスクス笑い続けていた。
「…はぁ…」
かぽーん、とどこからか風流なような間抜けなような音が響いて来る。
「お〜、上のほうまだとぐろ巻いてるぜ」
「ディアッカ…ああいうの、とぐろを巻くって言わないと思いますけど」
「そうだっけ? ま、どうでもいいけど」
さっき慌てて滑り降りたスキーコースを遠目に見ながら暢気に言い合う二人。少し離れたところで、キラはぶくぶくと眼の下まで
温泉につかった。
「キラ、そんなに沈むとすぐにのぼせるぞ」
「っ」
心配そうに近付いていたアスランから、すいっと逃れる。
「?」
「…ん」
その様子に怪訝な表情になるアスランと、近付いてきたキラに振り返るイザーク。
「…っっ」
またもや慌てて針路変更。
結局スキー場と反対側のすみで、またぶくぶくと眼の下までつかってしまう。
「? 何そんなとこで縮こまってんだよ、キラ」
「外の風景、面白いですよ。一緒に見ませんか?」
「………ううん、いい」
ぷくんと音を立ててまた沈むキラに、四人は顔を見合わせた。
ロッジ直営の露天温泉。
実は冗談抜きで降雪機が故障して暴走しているとの事で、吹雪はしばらくやまないと発表された。そのため、皆運動してかいた汗を
流そうという話になって、すぐに露天温泉へやってきた。
何故プラントに温泉が湧く、とぽつりとイザークが零したが、当然プラントの大地を掘ったらお湯が湧き出したというわけではなく、
成分的に地球の温泉を再現したものだ。…それをアスランが懇切丁寧に説明して、また不機嫌になったイザークが爆発しかけたことは
言うまでもない。
ところがキラは、風呂場に入るとかけ湯もそこそこにさっさと温泉につかってしまって、首から下をずっとお湯につけたままだ。
「……」
ニコルは微妙な視線をアスランに向ける。
「…? 何だ?」
「いえ、何でもありません」
まさか人に見せられないような痕を残しているから隠しているんじゃないかとも思ったが、それならキラは最初から部屋の風呂を使うと
申し出ただろうし。と思い直して、視線をすいっと逸らす。
「おい、マジでそんなつかり方してたら頭に血ィ昇るって」
ディアッカがキラに近寄るが、キラはぶすっとそっぽを向く。
「いいってば」
「いいって事ないだろう。さっきから何を拗ねてるんだお前は」
「別に、拗ねてるってわけじゃ…」
「何、拗ねてるんだ?」
「うわっ」
いつの間にか横に来ていたアスランに湯の中で肩を叩かれ、飛び跳ねてしまうキラ。
「ほら。白状しろよ」
まったく困ったやつだな、と告げる優しい瞳に、キラは顔を紅くして、ぷいっと後を向いてしまう。
「………みんな、やっぱり筋肉とかきれいだなって」
「は?」
「…はぁ?」
微妙にずれて発せられる、アスランとディアッカの疑問符。
「ニコルだって、着痩せしてるけど結構しっかりした体してるし」
「キラだって綺麗じゃないですか」
「っだから! なんか、ニコルが言ってるのと意味が違うんだってば」
きょとんとハテナマークを飛ばしたニコルの様子を察して、耳まで赤くなってしまうキラ。
「………なんか、僕一人だけ腕細いし、ぷにぷにしてて、情けないから嫌だ」
「……………」
四人は思わず顔を見合わせ、ぷーっと吹いてしまう。
「ひっどーい!!」
途端にキラが憤慨する。
「もう!! 僕真剣なんだよ!! だから言いたくなかったんだよ、もう!!」
「な、なァに気にしてンのかと思ったら、そんなことかよ…!」
「まったく…! そんなこといちいち気にしてたのかお前は」
「笑ったりしてすみません、キラ。でも、そんなこと気にする必要ないですよ。見た目で分かりにくいだけで、キラだって充分筋肉付いて
ますから」
「…だって」
「お前が本当に体中脂肪だらけでふにふにだったら、いくら無重力だと言っても、MSの整備なんてキツい仕事ができるわけないだろ?」
クスクス笑いながらキラの湿った髪を梳く。
まだ納得いっていない様子で、何かをアスランに言おうとしたキラだが。
「―――――…っ」
「! キラ!!」
ふぅっ、と目を閉じ、そのままふらりと倒れてしまう。バシャンと湯を乱す直前、アスランがその体を支えた。
「あっちゃー…のぼせたな、こりゃ」
「まったく…!!」
言いながら温泉から上がるディアッカとイザーク。ニコルも上がって、アスランと一緒にキラを引き上げて。
脱衣所の椅子に横にしてやっても意識を戻す様子のないキラに、四人はすぐ彼を抱えて部屋に戻った。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい
とりあえず本編シャワーシーンで披露されたキラの肉体が結構筋肉質だったことは突っ込まないで下さい。