しかし、烏龍嶺には南軍が仕掛けた罠がまだ残っていた。阮家三雄は歩兵を励まし、突撃していったが、一軍もろとも竹槍の仕掛けてあった落とし穴に落ちる。阮小七も皆とともに落とし穴に落ちたが、小二と小五が身を呈して末弟を守ったため、一命を救われた。かくして義兄弟達の屍を重ねながら、烏龍嶺は泊軍の手に落ちた。 |
|
泊軍は烏龍嶺から青渓城へ一気に打って出る。方臘は息子の方天定と共に自らこれを迎え撃つ。最後の決戦である。方天定は武松に止めを刺され殺されたが、息子を救おうとして方臘が投げた刀は、武松の片腕を奪った。片手を失った武松は戒刀を捨て、徒手でなお敵に立ち向かっていく。李逵と阮小七は方臘を何合か刀を交えるものの、勝負はつかない。そこに武松が飛び込んで方臘の首を絞め、ついに敵の首魁を捕えることができた。戦い終わった青渓城にぽたぽたと雨が落ちはじめ、敵味方の区別なく流れた血を洗い流していった。 |
どんな物語の中でも死は悲しいが、水滸の死の悲しさもまた極まる。国や人々の為に戦っているわけではない彼らにとって、死は死でしかなく、何の精神的痛み止めも用意されていない。「彼は国の礎になった」などという都合のいいごまかしはきかないのだ。大切なのはそれ、そこにいる仲間たち。それは友達であり、兄弟であり、身体が別なだけの自分自身である。それが消える。残されたもののおもいは純粋な絶望。泣くかわりに叫び、突っ伏すかわりに剣を取って走る。 |
童貫は満悦の呈で戦場を見て回った。そんなところに兵士らの笑いさざめく声が聞こえてきた。童貫と宋江がそちらを振り返ると、方臘の蠎袍を着た阮小七が平定冠を刀の先にかけ、ふざけていたのだった。童貫はそれを見て「帰順したとはいえ、まだ蛮性は消えていないと見えるな。」と泊軍を蔑視する。宋江は朱武に命じて直ちに止めさせようとしたが、阮小七は唾を吐き捨て童貫を嘲り、このおふざけを止めようとしなかった。 |
|
泊軍にとっては苦戦の末の勝利だが、後から加わった童貫には何の痛みもない、ただの勝利だった。降伏した三千余りの南軍の兵士をすべて斬殺せよと命ずる童貫。処刑の場面に居合わせた宋江はいたたまれなくなって童貫の前に平伏し、敵兵の為に命乞いするが、その願いは聞き入れられなかった。童貫は方臘の檻車を牽いて先に京師へ凱旋していった。 |
檻車に入れられた方臘と宋江の目が合った。
蔑むように不敵に笑う方臘。
勝ったはずの宋江の方がよほど哀れだった。
残された軍馬は六和寺に陣を張っていた。武松は恩賜を願わず、ここで出家すると言い出す。宋江は武松と一緒に京師へ帰るんだと言って聞かない。それに片腕を失った武松をこんな所に一人置いていけないといって説得するものの、富貴にも栄誉にも興味はない、ここで静かに余生を送りたいという武松の決心は堅かった。
そんな折、外から人馬の喚声が聞こえた。「敵襲だ!!」と叫ぶ声もする。宋江はもとより全員、負傷している武松も刀を取って飛び出したが、これは銭塘江の逆流する音だった。あまりにも大きい自然の力を目の前にして、茫然とする泊軍の将兵。各人の胸に何が去来していたのかはわからない。彼らはただ黙ってそれを見ていた。 |
|
 |
|
|
|
|
|