欧州環境庁、水環境でブリーフィング―農業起原硝酸塩汚染が最大問題

農業情報研究所(WAPIC)

03.11.29

 欧州環境庁(EEA)によるヨーロッパ水環境の現況の概説―農業起原汚染は減らず

 欧州環境庁(EEA)が27日、先月発表のヨーロッパ水リポート(2003年)に基づき、ヨーロッパの水と水質の状況を簡潔に解説する短報を発表した。それは、水環境を保護し、改善するための30年近くにわたるEU環境立法は、多くの分野で成果を上げているという。改善が見られる分野には、情報が得られる14カ国の河川の状況が含まれる。工業と家庭からの燐や有機物質による河川と湖沼の汚染は大きく改善された。これら物質の海洋における濃度も減った。重金属とその他の有害物質による汚染も一般的には改善されつつあり、そのヨーロッパ海域での濃度も減りつつある証拠がある。船舶からの油の流出の総量も90年代には減少した。南欧の西部は除き、全体的な抽水と利用の削減でも前進が見られた。

 しかし、ヨーロッパの水環境と水質はこのように、一般的には改善に向かっているが、農業についてはなお大きな問題が残っていると強調している。その指摘によれば、硝酸塩や農薬による汚染、あるいは灌漑・エネルギー利用・ツーリズムのための抽水の削減では、全体的にまったく改善が見られない。特に農業で使用される肥料からの硝酸塩には変化がなく、高濃度のままである。河川の硝酸塩濃度は農業が最も集約的な西ヨーロッパ諸国で最高である。地下水の硝酸塩濃度が変化している証拠はなく、飲料水の硝酸塩はヨーロッパ全体に共通の問題となっている。また、農業からの農薬は飲料水生産のために使用される原水に懸念を呼ぶ濃度でありつづけているが、データの欠如のために趨勢を確認することはできないという。

 抽水に関しては、南西ヨーロッパで灌漑などの農業水利用が多少増える傾向がある。同様な傾向は中東欧諸国のエネルギー生産でも見られる。南部ヨーロッパの多くの地域では、おそらくツーリズムが水資源への大きな、ますます増大する圧力となりそうである。地中海の沿岸や島嶼では、過剰抽水の大きな懸念があり、そのために飲料水が海水で汚染されるようになっている。

 水環境保全と水質は一般的には改善されつつあるとしても、一定の地域では、特に農業に関連するいくつかのタイプの水の汚染、あるいは過剰使用の問題ではほとんど前進が見られない。このために、来年のEU拡大によってEUに加盟することになる国々の「農業と水資源への影響の監視」が重要になる、90年代の中東欧諸国の経済再編は、一般的には水環境への重圧を軽減したが、EU拡大後に起こるであろう「農業の集約化は、この傾向を逆転させる恐れが強い」と警告する。

 EUにおける農業起原の水汚染への取り組みはますます重要性を増しそうである。

 窒素・燐汚染の現状と問題の根源―大規模モノカルチャー

 水中の窒素・燐等の栄養塩の濃度の高まりは富栄養化による赤潮や青潮の発生につながる。硝酸塩は、人間の体内で亜硝酸塩に還元され、メトヘモグロビン血症(酸素を運ぶ赤血球中のヘモグロビン中の酸素を運べないメトヘモグロビンが増加、一定割合以上になると酸欠状態に陥り、死亡にいたることもある)や発癌性があるとされるニトロソ化合物の生成に関係すると言われ、飲料水・食品中の濃度が高い場合には人間の健康に悪影響を及ぼす疑いがもたれている。このような栄養塩による水の一層の汚染を防ぎ、減らすこと、飲料水・海水浴を通しての人間の健康への悪影響を防ぎ、また水環境を護る水質のレベルを達成すること、これがEU水政策の重要な目標をなしてきた。

 EEAの2003年水リポートによれば、EU諸国及び新規加盟候補国の河川水の燐酸塩濃度は、一般的には90年代に30%から40%減少した。これは、この期間に廃水処理が進んだことと、加盟候補国の景気後退によるところが大きいという。廃水処理のレベルは大きく改善され、処理施設をもつ人口割合も西欧諸国では80年代以来、顕著に増加した。北部・中部ヨーロッパの国々では、大部分の住民が栄養塩を除去する廃水処理施設に連結されている。北部・西部のいくつかの国(デンマーク、フィンランド、オランダ、ノルウェー、スウェーデン)では、90年代にこのような人口が40%から80%に増えた。これにより処理廃水からの燐酸塩排出は60%減ったという。しかし、窒素については一部の、特に大規模な処理施設が除去しているだけである。その減少は30%にとどまった。硝酸塩については、河川水の濃度は、加盟候補国や北部諸国では農業の集約度が低いために濃度が比較的低いが、明確な変化が認められないという。そして、燐酸塩・硝酸塩の河川水濃度は、全体的には、いずれにせよ自然に考えられるレベルを超えている。

 このような特定汚染源での負荷の減少によって、燐酸塩濃度が低い湖沼・貯水池の割合も、この20年で75%から82%に増えた。それにもかかわらず、拡散した汚染源、特に農業からの汚染の問題は続いているという。

 最も深刻なのは、地下水の硝酸塩と農薬による汚染の問題である。地下水の硝酸塩汚染は、ヨーロッパの一部、特に集約畜産をもつ地域では重大問題となっている。一般的にも、ヨーロッパの地下水の硝酸塩汚染は、90年代を通じて改善が見られない。現在情報が利用できる地下水域の3分の1で飲料水としての許容限度(1リットル当たり25ミリグラム)を超えている。EEAにかかわる多くの国で、飲料水が硝酸塩に汚染されている。例えばフランス・ドイツ・スペインで採取された飲料水サンプルの3%が基準を超えている(ただし、この基準を超える期間、程度、こうした水を飲む人口などに関する情報は欠けており、それがもらすリスクは定量化されていない)。

 農業・畜産業がもたらす硝酸塩汚染については、畜産廃棄物の処理施設設置の義務化と援助、その散布や施肥の規制など、防止のための様々な対策が取られてきた(例:フランス議会調査委、硝酸塩汚染対策で肥料・飼料課税を提案―フランス硝酸塩汚染対策と汚染の現状―,03.11.22)。それにもかわらず、一向に改善が見られない。この問題の解決法はあるのだろうか。いまや、こう問わねばならないときがきているように思われる。EEAの報告が指摘するように、問題の根源は農業・畜産の集約化にある。だが、これは不可欠な食料生産と農家の生計の維持の必要性が不可避にするものであるとすれば、どんな解決法があるのだろうか。この必要性と両立する別の農業モデル―大規模単作(モノカルチャー)以外の農畜産モデルの探求のなかにしか解決法は見当たらないように思われる。

 先週、英国イースト・アングリア大学開発研究スクールのミカエル・ストッキング教授は、多作物同時栽培のような途上国小農民の伝統農法が土壌を保全し、食糧安全保障を確保する非常に優れた方法だという論文(*)を発表した。彼は、北米やヨーロッパの土壌は、過去200年間にひどく劣化してきた、生産性が高く維持されているのは、この土壌に施用される大量の化学肥料のためだけであると語っている。彼によれば、土壌は植物を立てるための「受動的培養基」にすぎないものとなっており、北の農業生産性は、肥料を製造するために使われ、また機械に動力を与える信じられないほどに低コストのエネルギーに完全に依存していると言う(**)。彼の所説は、とどめることのできない硝酸塩汚染を、根本では、大量の施肥によってのみ生産力維持が可能な貧しい土壌をもたらす大規模モノカルチャーに関連づけることを可能にするようにも思われる。

 *M.A.Stocking,Tropical Soils and Food Security:The Next 50 Years,Science,Volume 302, Number 5649, Issue of 21 Nov 2003, pp. 1356-135.この論文については近々紹介する。
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Small Farmers Lead Way in Preserving Soil,Inter Press,11.26

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