フランス議会調査委、硝酸塩汚染対策で肥料・飼料課税を提案

―フランス硝酸塩汚染対策と汚染の現状―

農業情報研究所(WAPIC)

03.11.22

 フランス国民議会(下院)調査委員会が19日、投入窒素(鉱物肥料と家畜飼料)に対する賦課金を創設すべきと報告した。汚染防止への農業者の財政的寄与を増やすことを目指し、農業者の鉱物肥料と家畜飼料の購入に賦課金を課す。この賦課金収入はエコロジー・持続可能開発省管轄下の六つの水管理機関が受け取り、汚染防止対策に使う。ただし、経済的困難に直面しており、負担が過重になる恐れが強い養禽・養豚部門の賦課金は軽減する。

 前政権のドミニク・ヴォワネ環境相は、農業者が土壌に投入する窒素の過剰が水の硝酸塩汚染を招いていると、面積当たりの汚染税として農業経営における投入窒素の過剰に課税する法案を提出していたが、農業者の激しい反対で棚ざらしにされてきた。現政権は来年6月に新たな水法を提出せねばならない。これに向けて、報告は、ヴォワネ案は窒素の収支の計算を農業者に押し付けると退け、窒素の源泉そのものに課税することを提案したわけだ。この提案は、農業と環境に関する包括的な報告(1)に含まれるもので、「フランス農業は世界市場で競争にとどまらねばならない」として、他の46の提案も行っている。硝酸塩汚染に関しては、ほかに、既存の畜産廃棄物関連汚染抑制計画(PMPLEE)の枠内で基準を満たす建物の整備に関する小経営者への援助、処理施設建設援助の増額、湖沼・河川沿岸での草地帯設置の義務化などを提案している。

 91年EU指令は、1リットル中の硝酸塩が50r未満という水質基準を設定、各国に12年以内の実現を義務付けた。その期限が今年末で切れる。しかし、フランスの水質は一向に改善されていない。欧州委員会は、75年地表水指令のこの目標もフランスは達成していないと、欧州裁判所への提訴に向けた手続を始めている(2)。だが、フランス政府も今まで手をこまねいてきたわけではない。硝酸塩汚染軽減のための様々な対策が講じられてきた。だが、水質改善の実効は得られなかった。このような切羽詰った状況で、この提案となったわけだ。ここで、既存のフランスの対策と汚染の状況を振り返り、恐らくは農業者の反発を買うであろう肥料・飼料の購入への課税という新たな手段を持ち出さざるをえなくなった背景を見ておきたい。

 既存の硝酸塩汚染対策

 フランスにおける農業起原の窒素に関連した水質汚染防止の中心的規制手段は1991年12月12日のEU指令(91/676/EEC)、いわゆる「硝酸塩」指令に基づく。これは、化学肥料、畜産廃棄物、農業・食品廃棄物、汚泥など、すべての排出源からくる窒素、水源や用途の如何を問わないあらゆる水に関係するものである。

 この指令のフランスにおける実施は1994年に始まった。規制手段は次のようなものであった。

 @水の硝酸塩濃度が50r/lに近いか、これを超えており、富栄養化(藻の繁殖)傾向がある危急区域(zones vulunérables)の画定。現在、この画定にはフランス本土全県のほぼ4分の3に相当する74県が関係する。

 Aこの区域のすべての農業者に適用される危急区域対策計画の策定。第一期(1997-2000年)の計画は最大の汚染をもたらす慣行を正すことをめざし、第二次計画(2001-03年)は水質を保護し、さらに回復するために、これら慣行の改変を可能にすることを義務付けた。窒素肥料管理と土壌被覆の質的目標が地方ごとに定められた。

 B危急区域以外で自主的に適用される良好な農業慣行の全国規準の策定。

 C2004年に指令実施の地方的・全国的評価を行う。

 第二次計画の基本的措置は次のとおりである。

 @作物の要求と窒素肥料投入のバランスの尊重。

 A施肥計画の策定と行われた投入の記録。

 B畜産廃棄物投入の制限。農地への年間散布量を計画当初は窒素の量で210s/haとし、2002年12月20日までに170s/haにまで減らす。

 C窒素肥料散布禁止期間の尊重。

 D地表水近辺、急傾斜・冠水・氾濫・凍結・冠雪地での散布の制限。

 E畜産廃棄物貯蔵規制期間の尊重。

 F必要に応じての土壌被覆と水路土手の草地維持の義務。

 これらの措置を補完する次の対策も講じられた。

 @畜産に関連した構造的窒素過剰区域(ZES)で実施される特別に強化された対策。

 年々生じる畜産廃棄物の全体を散布すると年間窒素投入量が170s/haを超えることになる区域がZESと定められた。

 この区域では、個別経営のレベルで次の対策が実施される。

 ・許可を受けた最大限散布面積の決定。

 ・この最大限の限界内で散布できない廃棄物の処理または移転の義務付け。

 ・構造的過剰の吸収ができないかぎり、各種家畜頭数の増加の禁止。ただし、青年農業者(後継者)と経済規模が小さい経営は例外とする。

 A人間消費用地表水の取水地の上流で、硝酸塩濃度が基準値を超える状況にある傾斜地流域に位置する区域での追加対策。

 この区域では、個別経営のレベルで次の措置が実施される。

 ・硝酸塩が水に洗われる恐れがある期間中の冬季土壌被覆の義務。

 ・土手の草、草地、樹木、生垣、林地、そして地表水への流入を制限するためのあらゆる整備の水路沿いでの維持の義務。

 ・草地掘り返しに対する条件。

 ・起原が経営にあるかどうかを問わず、混合された全起原の窒素の投入制限。

 ・非常の場合、ZESで定められる強化された一定の対策措置。

 以上は専ら硝酸塩汚染抑制に当てられた措置であるが、その他の一般施策中にもこの目的に寄与するものがある。

 一つは、1999年農業基本法が制定した国土経営契約(CTE)である。その半数以上は農薬と肥料の使用の合理的管理などによる水質回復に専念する行動を契約の一つに含んでいた。個人の契約を一層有効にするために、流域傾斜地では、多数の集団的取り組みも約束された。

 もう一つは、EU共通農業政策(CAP)の直接援助の受給条件として義務付けられる行動(クロスコンプライアンス)にこれを含めることである。2002年からは、このような行動に農薬と肥料による水汚染の抑制が加えられた。

 硝酸塩汚染の現状と農業者の抵抗

 このような対策にもかわらず、フランスの硝酸塩汚染はむしろ悪化しているのが実情だ。

 フランス環境研究所によれば、自然環境への窒素放出の55%が農業起原のものである(家庭からが35%、工業からが10%)。散布される化学窒素肥料の量は年間90s/haとされ、これに畜産廃棄物からの50s/haが加わる。水の硝酸塩濃度が最も高いのは、パリ盆地、アルザス、フランス南部や西部のブルターニュ・ポワトーなどの穀作地域・野菜作地域、集約畜産地域である。この汚染は、農場に散布される窒素肥料成分の量が土壌と作物の吸収能力を超えていることから来るとされている。

 地下水、地表水の汚染の実態は10年間にわたり追跡されてきた。現在、1992-93年と1997-98年の数字の比較が可能であるが、地表水については、二つの時点に共通な調査地点の3分の2の硝酸塩濃度は10r/lを上回り、10%は40r/lを超えている。これら調査地点の43%では、この間に平均濃度が1r/l高まり、1r/l以上減ったのは25%だけである。

 地下水については、50r/l以上の地点が増え、半分の地点で1r/l以上高まり、5r/l以上高まった地点も4分の1に達している。

 これは、従来の対策が成果をあげていないことを意味する。農業省による2001年の窒素収支の研究(3)では、鉱物肥料と畜産廃棄物により投入された窒素と作物及び草により吸収された窒素の差は71万5千トンであり、農業による投入量の19%が土壌に残ることになる。窒素過剰が最も大きいのは、養豚・養鶏・野菜・養牛が集中するブルターニュであり、コート・ダムール県で3万5千トン、フィニステール県で2万9千トン、モルビアンで2万3千トンに達している。大規模耕種作物の中心地であるマルヌ県、ウール・エ・ロワール県でも窒素過剰の程度は高く、投入量の4分の1近くが残っている。過剰が1万5千トン以上の県は17に上り、64県(施肥可能面積の80%)で1,500トンを超えた。窒素収支が均衡しているのは、中央山塊やアルプス地方などの粗放的農業地域だけであった。

 この調査により、窒素投入の大部分が窒素肥料からのものであることも明かになった。全体(240万トン)の3分の2は窒素肥料からのものである。鉱物肥料は主に特に大規模耕種に利用されており、それを主体とする18県で鉱物窒素の40%を占める。これらの県の鉱物窒素の利用は平均して94s/haで、6県で155s/haを超えた。

 有機物起原の窒素については、家畜から140万トンが出る。そのうち75%が牛、8%が豚、6%が家禽からのものである。牛からのものが最大で、1頭当たり乳牛が85sグラム、肉用繁殖母牛が67sの窒素を排泄する。しかし、窒素収支から見て最も不均衡なのは養豚と養禽である。養豚と養禽が生み出す有機窒素は、1ha当たり、フィニステールで420s、コート・ダムールで390s、モルビアンで360s、イル・エ・ヴィレーヌで325sに達する。その上に、ここは一定の土地を必要とする養牛地域でもある。地域が生み出す21万7千トンの有機窒素をリサイクルするのは不可能に近い。硝酸塩汚染抑制で最大の問題地域がこれらブルターニュ地域である。

 かつてのフランスの最貧地域・ブルターニュは、戦後、土地非利用型の工業的畜産を発展させ、人口過密から来る最悪の生活から脱出した。この発展方式は、過剰生産と畜産廃棄物が生み出す極度の窒素汚染で、とうに行き詰まりが見えていた。しかし、ようやく手にしたこの生活は簡単に手放せない。豚肉・鶏肉価格暴落の周期的危機には一層の規模拡大・頭数増大で対応してきた。それがさらなる相場崩壊を招き、窒素汚染を一層深刻なものにしてきた。それでも、この路線にしがみつくしかない実情なのだ。

 昨年6月、ブルターニュのある県の県農業経営者連盟(FDSEA)の総会は、家畜排泄物の処理問題で農業者に対立する市民を攻撃、規制過剰を激しく批難した(4)。グローバリゼーションのなか、EU諸国ばかりか南米・アジアとの競争は厳しくなるばかりだ。このときにEUや政府は、環境や食品衛生・安全のための規制をますます強め、生産コスト削減を不可能にしている。これでは農民は生きていけないというのである。窒素汚染を減らすための根本的手段は頭数を減らし、土地面積に見合った飼養方式に移行するしかない、それは価格暴落を防ぐためにも不可欠だという農民同盟の主張に耳を傾けるブルターニュ農民は少ない。これは、程度は異なれ、大規模耕種農民にも共通する。既存の規制で窒素汚染を減らすのはほとんど不可能な状況のわけだ。

 議会委員会の提案には、農村共闘(CR)が早速、窒素肥料の価格は、石油価格とドルの変動で、この10年に2倍になった、こんな大きな価格変動があるから課徴金は窒素投入削減の刺激要因にならないと反発する声明を出した。課徴金は水機関の新たな職員を養うことだけが目的だろうと反発している。この提案の前途も多難である。

 硝酸塩汚染の問題一つをとっても、その削減と適切な需給調整策を欠く野放図なグローバリゼーション(それに対応するコスト・価格引き下げ競争)は両立しない。日本もそのうち肥料・飼料課税などと言わざるを得ない状況に追い込まれないように願いたいものだ。

(1)LE DEVELOPPEMENT DURABLE,REPONSE AUX ENJEUX AGRICOLES ET ENVIRONNEMENTAUX
2欧州委、農業起原水質汚染で英仏に法的措置(03.4.7)
3Catherine Chapelle, « Des nitrates agricoles à l'Ouest et dans les plaines céréalières », in Agreste Primeur n° 123, avril 2003
(4)Document:Retrouver notre liberte d’entreprendre dans le respect de l’envieronment,Agrisalon.com,02.6.2

 関連・参考情報
 
工場畜産環境汚染抑制に壁、規制緩める米国,03.6.18
 北林寿信「追いつめられるブルターニュの工場畜産」『地上』6月号

 農業情報研究所(WAPIC)

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