自然資源犠牲のタイ農業「黄金時代」は短命 農水「EPA戦略」に展望はあるのか

農業情報研究所(WAPIC)

04.11.15

 タイ首相府の国家経済社会開発局(NESDB)が、タイは農業競争力の開発に成功し、今や世界8番目の農産物輸出国になったが、これは自然資源を犠牲にしたもので、「黄金時代」は短命に終わる可能性があると警告する報告書を発表した。これは、97年の第8次国家経済社会開発計画における現在までの持続可能な農業に関するタイの状況を評価したもので、02年、農業生産は国内総生産(GDP)の10.2%に寄与しており、農産物輸出額は67年の84億バーツ(1バーツは2.7円ほど)から02年には6,941億7,000万バーツに急増した。しかし、土壌・森林・流域の劣化や、生産コストを押し上げ・農民所得を損なう輸入化学肥料と農薬の大量の使用が競争力に悪影響を及ぼしており、黄金時代は長くは続かない恐れがあるという。

 14日付のバンコク・ポスト紙が要約するところによると、次のような事実が報告されている(Resources suffer as farming sector grows,Bangkok Post,11.14)。

 ・コメ収量は1ライ(0.16ha)当たり92年の392kgから02年には432kgに上昇したが、1,033kgの中国や728kgのベトナムには遠く及ばない。

 ・土壌は劣化が進み、1億9,100万ライ、国の総面積の59.5%が養分不足で破壊され、その損害は37億7,000バーツにのぼると推定される。生態系と土壌肥沃度の保全の失敗による土地の損失率が過去10年間上昇しており、「これらの問題が平均収量の低下を引き起こし、農民が一層多くの化学肥料を使うことを余儀なくさせている。これが農民を借金と貧困に駆り立て、次いで農地拡大のための森林侵略や職を求めての大都市への移住を促進している」。

 ・農地拡張のための森林伐採が増え、森林率は生態系の維持と生物多様性の保全に必要とされる基準=40%を大きく下回る25.3%(98年)に減った。

 ・化学肥料の輸入は、91年の237億トン・1,090億バーツから03年には384億トン・2,570億バーツに、13年間で62%増えた。この間、農薬輸入も200%増加、1万5,029トンから5万331トンに増えた。

 ・上昇する生産コストが農民所得に悪影響を及ぼしており、02年の農業者の月平均所得は、非農業者の半分にしかならない。

 ・貧困ライン以下で生きる620万の人々の大部分が農業部門に属する。

 ・第8次計画の間に1億1,195万ライの農地のうちの2,500万ライで持続可能な農業を普及という目標が掲げられたが、99年までに持続可能な農業が見られるのは268万ライにとどまる。この進捗の遅れは、土地所有権証書、水資源、労働者、投資の欠如や負債問題に起因する。農民自身も、持続可能な農業で成功を勝ち取ろうとする「発想」、忍耐力、努力を欠いている。

 こうして、報告は、政府が国家持続可能農業開発・研究組織を設立し、農業生産で使用される化学物質の輸入を禁止し、また農民への税制誘導措置やその他の財政支援を与えるべきだと言う。

 しかし、自由貿易協定(FTA)による農産物輸出に狂奔するタクシン政府がこれに耳を傾けるだろうか。

 農水省は12日、アジア諸国とのFTAを核とする経済連携協定(EPA)交渉を加速するための「みどりのアジアEPA推進戦略」を決めた。食料輸入の安定・多元化、安全・安心な食料輸入の確保、農林水産物の輸出促進、食品産業のビジネス環境整備に加え、農山漁村地域の貧困解消、地球環境保全と資源の持続可能な利用を柱とするという。JA全中もこれを「後方支援」、アジアの小規模農家の所得向上に向けた農業協力に積極的に取り組むという。フィリピンでは家族農業育成の「モデル農村」支援構想を提案した。しかし、これは、輸出拡大のために小農民の土地簒奪、森林侵略による大規模農業(プランテーション)に向かう有力企業家の動き、これを容認、あるいは援護さえする各国政府との軋轢なしには実現できないだろう。日本政府やJA全中に、そんな覚悟はあるのだろうか。

 タイやフィリピンでは、確かに小農民育成のための土地改革が進行中である。だが、それは困難を極めている。タイでは2.000万ライの土地が160万の土地無し農民に配分された。だが、その多くが、パームオイル生産などのプランテーション農業を目指す企業家に売られ、取り戻されている。政府は、こうした「違法行為」にもかかわらず、長期にわたりその土地を占有してきたという既成事実に配慮するばかりで、本気で取り組む姿勢を持たない(Probe into how often reform land changes hands illegally,Bangkok Post,11.13)。

 フィリピン・ミンダナオでは今、3大パームオイル企業の一つである”Kenram Philippines Incorporated”が、サウス・コタバト州で、小農民から大量の土地と基礎食料生産を奪い取るプランテーション拡張を計画している(Farmers oppose expansion of palm oil plantations in southern Philippine province,Soyatech.com,11.10,by Asia Pulse Businesswire)。この企業は、既に地域に5,000haのパームオイル・プランテーションを持ち、さらに4,000haを加える。農業当局は、これを止める気はないし、通商産業省も、これは農民に多大の追加収入をもたらすと支持する。だが、地元農民は、大量の農民が土地を追われ、食料自給の道を失うばかりか、地主が土地改革実施を逃れる道を開くものと、激しい反対運動を展開している。パームオイル・プランテーションは、同時に東南アジア諸国(タイやフィリピンだけでなく、マレーシア、インドネシアも含む)における熱帯雨林破壊の元凶の一つでもある。

 FTAは、このような小農民駆逐、貧困化、持続不能な農業、森林破壊への動きに、一層拍車をかけるだろう。政府や全中は、これを食い止めるためのどんな具体的手立てを考えているのだろうか。今のところ、この戦略は、FTAを急ぐために泥縄で編み出されたお題目にすぎないように見える。

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